2022/7/25

【商船三井】過去最高利益、更新。なぜ、今「知の探索」に注力するのか

NewsPicks Brand Design Senior Editor
 企業が求めるイノベーションにおいて、その経営手法の新たな“王道”ともいわれる「両利きの経営」
 両利きの経営とは、「深化」と「探索」の「二兎」を追う戦略によって、未来を切り拓いていくことを意味する。
 既存事業を深める「知の深化」と、新規事業を探し事業化する「知の探索」を同時に進め、経営をより持続的なものにできる。
 しかし「言うは易く、行うは難し」だ。双方をバランスよく両立させるのは、簡単ではない。
 そんな両利きの経営を、意欲的に実践しようとしている企業がある。それが大手海運会社・商船三井だ。
 同社の21年度の連結経常利益は、過去最高を記録。2022年3月期決算によると、売上高1兆2693億1000万円。純利益は7088億1900万円となり、前年同期比で687.1%増となった。
 特に新型コロナウイルスの影響による物流需給の逼迫によって、運賃高騰が長期化。
 そこに円安が進んだことで、輸送契約の多くがドル建てで行われる海運業の業績を、さらに押し上げる形となり、利益の急拡大を後押しした。
 もちろん時勢の影響はあるが、まさに海運業という、トラディショナルなビジネスを起点としながら、それを「深化」させ、長年続けてきた結果といえる。
 しかし、同社は好況な海運業だけでなく、「マングローブ再生・保全事業」「CVC(コーポレートベンチャーキャピタル)事業」など、新規事業も積極的に展開しているのだ。
 なぜ主要事業が好調な中、新規事業に手を伸ばし「知の探索」を仕掛けていくのか。どのようにして勝ち筋を見出しているのか。
 新規事業を立ち上げた、次世代を担う30代社員のインタビューから、商船三井流の「知の探索」の姿を追う。
INDEX
  • 大好きな海を将来世代につなげたい
  • 海運業初の「CVC」への道のり
  • カンファレンスで「150人」にインタビュー
  • MOL PLUS発祥の事業を創出し、企業価値向上へ
  • 新規事業は未来への“航路”をつくる

大好きな海を将来世代につなげたい

「東京23区の面積の1/3を超える2万3500haで、マングローブの保全・植林を行う」
 そんな目標を掲げるのが、商船三井とワイエルフォレスト株式会社が共同で手がけ、インドネシアにおけるマングローブの再生・保全をする「ブルーカーボン事業」だ。
 ワイエルフォレストは、2013年より南スマトラ州に残る約1万4,000haのマングローブの保全活動を行ってきた会社だ。
 商船三井で同プロジェクトへの参画を事業提案した香田和良氏は話す。
配船業務や、LNG船関連の契約管理・新規契約の営業に関わる業務に就いた後、2022年に社内新規事業となるブルーカーボン事業を立ち上げ
「我々は、ネガティブ・エミッションを創出するための事業を展開しています。
 商船三井は2050年までに温室効果ガス(GHG)排出量をネットゼロにする目標を掲げていますが、海運業においてはどうしても排出量が残る可能性がある。
 それを相殺するために、社内新規事業としてブルーカーボン事業を立ち上げました」(香田氏)
 この「ネガティブ・エミッション」とは何か。
 2050年までにGHG排出量を実質ゼロにする「カーボンニュートラル」を宣言している日本は、その実現のために、積極的な再生可能エネルギーの導入など、排出削減に向けたあらゆる方策を固めている。
 しかし、気温上昇を1.5~2℃に抑えるために、世界全体で排出できる二酸化炭素(CO2)の量は限られており、排出削減と同時に、既に大気中に排出されたCO2を減らさなければならない。
 そのため、排出されたCO2を回収・固定する「ネガティブ・エミッション」が注目されているのだ。
「そこで、我々はマングローブなどの海洋生態系により、CO2を隔離できる『ブルーカーボン』に注目しました」
 マングローブは陸上植物に比べて地下部での炭素の蓄積が多い。また、潮間帯(海と陸の境界にあたる部分)に位置するため、雑草を刈り取るといったメンテナンス費用がかからない上、山火事リスクが小さいなど、独自の強みを持つ。
 同事業では30年間で、現存するマングローブによって約500万トンのCO2の排出抑制、さらには約1万haのマングローブ植林などにより、約600万トンのCO2の回収・固定を目指す。
 またマングローブと人が共生する社会を目指し、シルボフィッシャリー(※)も導入していく。商船三井は資金面の貢献にくわえ、現地でのプロジェクトの運営にも深く関わっている。
※シルボフィッシャリー
エビ養殖池にマングローブを植林し、自然に近い状態でエビや魚を育てる手法。水産・森林経営を持続可能なものとし、地域住民の生計向上を支援する。
 そもそも、なぜ香田氏は、海運業を140年近くも手がけてきた商船三井で、マングローブの保全・植林事業を中心とした新規事業提案をしたのか。
「会社の制度を使い、大学院でMBAを取得したのですが、そこでクライメート・ジャスティスについても学びました。
 私自身、3年前に結婚をしたこともあって、将来の世代を意識し始めていました。
 もともと海が好きで入社したので、自分の大好きな海を、次の世代につなげていかなくてはと。そうして、海と気候変動の問題に関わりたいと漠然と考えるようになりました」(香田氏)
 そんな香田氏の背中をさらに大きく押したのが、2020年に発生したモーリシャス沖で発生した油流出事故だった。
 大型貨物船がアフリカ南東部の島国モーリシャスの沖合で座礁し、重油など約1000トンの燃料が海に流出。
 その賠償責任を求められたのは、事故を起こした貨物船の所有会社(船主)ではあったが、商船三井は同船を傭船(チャーター)していた立場であった。
「そもそも海運業界は、世界全体のCO2排出量の約2%を占めています。そこに油濁事故が起こったことで、『自分は大好きな海を守るために仕事をしてきたのに、このままでいいのか』と落ち込みました。
 ただ、こんな自分の思いと、会社や社会の課題が重なることはないのでは?とも考えた。今こそ、自分も何か行動を起こすべきなんじゃないか、と。そこでブルーカーボン事業を社内提案制度で立案したんです」(香田氏)
 その後、香田氏の事業案は選考を通過し、事業化検証を経て、2022年1月に同事業を担うカーボン事業チームが立ち上げられた。この秋からいよいよインドネシアでのマングローブ植林に着手する予定だ。
提供:商船三井
 とはいえ、ビジネスとして成立させる以上、社会貢献の文脈だけで事業を持続していけるのだろうか。香田氏は、既にこのブルーカーボン事業によって未来を見据えた“勝ち筋”を描いている。
「大まかに3つの事業を想定しています。1つめが、自社用のネガティブ・エミッションとしての活用。
 そして2つめには、自社だけでなくカーボン・クレジットとして他社への販売も想定しています。
 つまり、ブルーカーボン事業によって得られた排出削減効果を、取引できる『クレジット』として売買できるようにすることです。
 最後が、ブランドイメージの向上です。海運業界の中で先がけてブルーカーボン事業に踏み出し、当社が本気で持続可能な未来を目指していることを世の中に発信できます。
 将来的にはこの事業を広げて海運事業にならぶほどの軸とし、ネガティブ・エミッションそのものを商船三井の大きな強みにしたいですね」(香田氏)
 最後に、重厚長大な海運エンタープライズで、今回の新規事業が成立した背景について、香田氏は話してくれた。
「当社は約140年の歴史で数多くの合併を経験し、さまざまな会社や人と融和してきました。
 今回、既存事業とは一見距離のある新規事業でありながら運営できているのは、そうしたインクルージョン=包摂の歴史があるからだと考えています。
 我々は、長年にわたり海上でビジネスをしてきました。そのインフラを守りながら、さらにより良いものにしていくためには、攻めの姿勢は必要。
 そういった覚悟は、商船三井にあると思います」(香田氏)

海運業初の「CVC」への道のり

 香田氏のブルーカーボン事業に先がけること約1年、実は同社ではもう1つ、チャレンジングな新規事業がスタートしていた。
 その事業内容は、CVC=コーポレートベンチャーキャピタル。立ち上げたのは、入社11年目の阪本拓也氏である。
鉄鋼原料船部やシンガポール法人出向、自動車船部を経て、2021年に商船三井100%出資のCVC・株式会社MOL PLUSを立ち上げる。
 あらゆる業種で、雨後の筍のごとく誕生するCVCだが、国内の海運業では初となるという。なぜ阪本氏はCVCに注目したのか。
 2012年に商船三井へ新卒入社した阪本氏も、香田氏と同様に、同社のコア事業である鉄鉱石輸送や自動車輸送の配船業務に関わってきた。
「海運のサプライチェーンは、重量ベースで全物流サプライチェーンの99%を占めます。
 まさに物流の一大インフラ。それを支えている自負もあり、仕事は極めて面白かったです」(阪本氏)
 一方、相反する気持ちもあった。
「これまで続けてきた海運業を、続けていけるのか。世界の社会や経済情勢は加速度的に変化しています。
 それに対応しなければ、いかに盤石な海運業といっても、あぐらをかいてはダメなのではないかと疑問を抱えていたんです。
 そんなときによく話をしていたのが、スタートアップで働く友人でした。彼らの先進性やスピード感に刺激を受けたんです」(阪本氏)
 海運業のビジネスから、スピンアウトする形で何か新しいビジネスはできないか。その思いが湧きたち、2019年、同社にできたばかりの社内提案制度に応募する。

カンファレンスで「150人」にインタビュー

 実は、当初の事業プランはCVCではなく、事業会社を検討していた。
「事業アイデアをいくつも挙げ、スタートアップ界隈で働く友人たちとディスカッションしたのですが、次第に彼らのビジネスアイデアや熱量にとても感銘を受けた。
 これは、彼らと同じ立場でやるよりも、そんな人々のアイデアと熱量を最大化できるパートナーとして、一緒に事業をしていきたいと思うようになっていったんです」(阪本氏)
 新事業の立ち上げも、投資業務に関わるのも、初めて。「不安はなかったといえば嘘になる(笑)」という阪本氏だが、起業家やVC、他社のCVCとカンファレンスなどでディスカッションをするたびに自信を深めていった。
「累計で150人にインタビューをしましたが、『海運業のCVC』という業態に興味を持ってもらえることが多かったんです。
 海運業は非常に市場規模が大きい。そこで、スタートアップを巻き込んでいきたいというMOL PLUSの思いを伝えると、想像以上に歓迎してもらえました」(阪本氏)
 商船三井としても、脱炭素や海洋汚染、地政学的リスクといった課題が山積するなかで、自社だけでは解決できないことは間違いなくある。
 こうして「CVCは、必ず未来の商船三井をつくる」と事業化に向け確かな手応えをつかみ、2021年に商船三井100%小会社の「MOL PLUS」を立ち上げる。
 スタートアップの先進的なアイデアやテクノロジーを、同社のアセットと組み合わせ、海運と社会そのものに新しい価値をプラスする。社名には、そんな意味が込められた。
 ではMOL PLUSは具体的にどんな会社に投資し、はたしてどんな勝ち筋を描いているのか?

MOL PLUS発祥の事業を創出し、企業価値向上へ

 MOL PLUSでは、国内外のアーリー・ミドルステージを中心としたスタートアップ企業を対象に、投資を行う。
 出資計画枠は40億円で、4年間で約7〜8割をスタートアップ企業への直接投資(25社程度を想定)に、約2〜3割をVCファンドへの出資に充てる計画である。
 その中からM&Aや、投資先とのジョイントベンチャーを通し、連結で商船三井の利益に寄与する案件を作っていくイメージだ。
 戦略的リターン以外にも、状況に応じて行うエグジットによる財務的リターンや、さらには投資先スタートアップとの人材交流や知見の共有、組織モデルの逆輸入といった副次的リターンも見込む。
 また、40億円をどう投資するかを決めるのは、MOL PLUSだ。海運業はリスクを最小限にし、サプライチェーンを担うのがメインとなるため、不確実性の高い投資はあまり行ってこなかった。
そのため、スタートアップ投資に即した意思決定プロセスを構築し、MOL PLUS内で判断していく座組が必要と考えた。
「だからこそ、商船三井の100%子会社となる形を取りました。MOL PLUSの投資基準を持ち、そのスキームのなかで確実に実行していきます。
 10年後、時価評価ベースで商船三井グループの事業の1割をMOL PLUS発祥にするということが目標です。
 ハードルが非常に高い野望と言われるかもしれませんが、実現可能性は十分あると考えています」(阪本氏)
 会社の未来をつくる事業を担うことから、MOL PLUSの投資ドメインは広い。
 環境事業にはじまり、SaaS・AR/VR・IoTなどのテクノロジー事業、フードテック、宇宙、ヘルスケアといった事業にいたるまで多岐にわたる。
「一見関連のなさそうな分野でも、5年後・10年後の世界から逆算して考えれば、海運業の知見を活かせそうな分野は多岐にわたると考えています。
 また10年後には、今の海運産業とはまったく別の軸に、売上がどんどん移行していく世界観もあり得ます。
 海運をバックグラウンドに持ちながら、新産業を生み出し続けていく組織にする。それこそが、MOL PLUSのゴールなんです」(阪本氏)

新規事業は未来への“航路”をつくる

 日本の海運業では、前例のない海運CVCを生み出した商船三井。その風土について、ブルーカーボン事業と同様に聞いてみた。
「前述のように、海運業はリスクヘッジがとても重要です。サプライチェーンを維持していくことは、商船三井のビジネスにとっても第一命題。
 ただ、一方で個人の提案や意見を受け止める商船三井の度量の大きさを感じています。
 実際に40億円の出資計画や、投資における意思決定の座組など、こちらの提案を了承してくれたことはまさにその一例かと。
 MOL PLUSはもちろん、香田さんのブルーカーボン事業など、商船三井は未来に対して投資する意志を強く持っていると思います」(阪本氏)
 この2つの「知の探索」、つまり新規事業から見えてきたものは、約140年にわたりさまざまな文化を取り入れてきた老舗海運企業ならではの、包容力や度量の広さだ。
 そして、その新規事業においても、海運エンタープライズならではのスケールの大きさとつながる。
 そんなケイパビリティを持つ会社が今、持続可能な会社と社会を切実に希求し、変革の帆を着々と掲げている。
 その“新航路”の開拓によって同社は、さらに成長を続けていく。