2022/6/30

【両利きの経営】「わかる」を「できる」へ。社員の学びで組織・事業の成長を加速する

NewsPicks / Brand Design 編集者
企業成長とビジョンの実現には、個々の社員のスキルアップが欠かせない。在宅勤務や働き方改革の追い風を受け、手軽さやコスパを売りにした多彩な学習サービスが登場しているが、こうした“手軽な学び”は企業成長につながっているのだろうか。

『両利きの組織をつくる──大企業病を打破する「攻めと守りの経営」』(英治出版)の共著者である組織開発コンサルタントの加藤雅則氏に、企業が持続的に成長していくために必要な「両利きの経営」を実践し、企業成長につながる人材開発の極意について聞いた。

人材開発、組織開発、事業開発は連携できているか

──加藤さんは多くの企業トップに接する中で、経営者は今どんなことに悩み、課題を持っていると感じていますか。
加藤 ビジネス環境が大きく変化する中で、自社がどう適応していくべきかに迷う経営者がとても多いように思います。
 今までのやり方では通用しないことは理解していても、具体的にどの方向へ舵を取るべきかがわからない。この不確実性にどう向き合い、マネジメントすべきかに頭を悩ませているんです。
 自社の勝ち筋がどこにあるのかは、ある程度試行錯誤して、失敗も経験しなければわかりません。そのこと自体は理解していても、大きな失敗はできないという思いが先に立ってしまうのでしょう。
 私はこうした企業に対し、まずは変えてはいけないものを明確にするようアドバイスしています。
 一般的に両利きの経営は、既存事業を深掘りする「深化」と、新規事業を開拓する「探索」を両立することだと説明されますが、これは「不易流行」とも言い換えられます。
 現状に危機感を抱く企業ほど新規事業に気を取られがちですが、リソースには限界があります。
 「探索」を広げていくには、何かをあきらめることも必要です。自社の強みや存在意義を明確にし、変えてはいけないものを特定することで、本当に「深化」すべきものと、思い切って捨てていくべきことが見えてくるものなんです。
──今、多くの企業が人材開発や組織開発に取り組んでいます。成功する企業とそうでない企業の違いはどんな点にあるのでしょう。
 人材のスキルアップを図る「人材開発」と、特定の目的を実現するためのチーム力を向上させる「組織開発」、向上させた能力で実際のビジネスを組み立てていく「事業開発」は密接に関連し合っています。
 しかし多くの企業では、人材開発は人事部、事業開発は新規事業担当部署、そして組織開発はそれぞれの現場に任せきり……という状態です。3つの取り組みが完全な縦割りで行われていたり、サイロ化していたりする企業はなかなか効果があがりません。
 中には、人材開発を担う人事部が下に見られていて事業部と対等の立場で戦略を練ることができない企業や、社員研修を子会社が担っていて組織開発や事業開発と完全に分断されている企業もあります。
 せっかく費用をかけて研修を行っても、これではあまり意味がないのです。
──企業の中で分断が起こっていると、人材開発や組織開発はうまくいかないのですね。
 その通りです。両利きの経営を目指すにしても、既存事業を深掘りする部署と新しい事業機会の探索を担う部署では、求められる組織能力は異なります。
 さらに言えば、これらの異なる能力を併存させる組織能力も必要で、これを実現するための組織カルチャーを適切にマネジメントしていかなければなりません。
 起点はどこでもかまわないので、個々のスキルをどう組織の能力に発展させていくのか、新規事業を軌道に乗せるためにどんな組織やメンバーのスキルが必要なのか、あるいは今ある人材や組織の力を生かしてどんな事業を進めていくのか──というように、人材・組織・事業開発は必ずつながって成長ストーリーを描けている必要があります。
 社員研修を行う場合も、個人の能力アップをどう組織力と事業成長に発展させていくかという具体的なシナリオが必要です。個人の自由なスキルアップを支援するだけであれば、必ずしも会社の費用で行う必要はないのです。

研修だけで終わってしまう人材開発は効果がない

──個人のスキルがアップすることで、組織にどんな効果がもたらされるでしょうか。
 イノベーションは組織から生まれるものではありません。組織の中のたった一人の視点やアイデアがイノベーションの起点になります。そのため、イノベーションを起こしたい企業は人材開発に力を入れるべきです。
 イノベーションの種である人材を育て、そのアイデアや気づきを企業が持つアセットを活用して大切に育てていく必要があります。
 そして、学びから得られる最も重要なものは、新しい視点です。これまで見えていなかった世界が見えるようになることで、人はさらに新しい「問い」を持つようになります。
 目の前の仕事やチームの中に新しい視点や問いかけが生まれ、それを他者と共有することで組織にも新しい視点と問いが生まれます。
 不確実なビジネス環境に適応していく妨げとなる固定観念や思い込みから脱出し、新しいアプローチや解にたどり着ける可能性が高まるのです。
 もちろん、既存事業の深化にも、人材開発は必要です。自社が持っている経営資源を見直し、それをどう活用していくかということにも、学びからもたらされる気づきがあるはずだから。
 私たちは目の前にやるべき仕事が山積みで、それをこなすための“HOW”ばかりに気を取られがちですが、学びや気づきは“WHY”の視点をもたらしてくれる効果もあります。
 ときには“WHY”に立ち返ることで、目の前の仕事の意義も見える化され、腹落ちできるので、「やらされ感」もなくなります。
 同じ仕事をしていても、ゴールが明確化された地図が頭の中に描かれ、現在地がわかっていれば、取り組む姿勢はまったく変わってくるものです。
──研修や人材開発で高い効果をあげていくために、重要なポイントを教えてください。
 まずは、研修を研修だけで閉じてしまわないことです。学生と違って社会人は皆、業務の現場を持っています。学んだことを仕事にどう生かすかというルートを考え、設定する必要があるでしょう。
 たとえば、アクセラレータープログラムや新規事業コンテストをそのひとつとしている企業も増えていますね。
 そして忘れてはいけないのは、会社からの明確なメッセージを伝えていくことです。
 会社はどの方向に進もうとしているのか、そのためには何をする必要があるのか。そのために社員はどんなことを学び、それをどう生かしてほしいかということを具体的に発信する必要があります。
 メッセージを出しても反応する人とそうでない人がいるでしょうが、それでかまいません。応える人が出てきて、彼らが結果を出し評価されていけば、そうでなかった人たちの意識や行動にも変化が生じてきます。
 組織はこうやって変わっていくものなのです。

アウトプットの機会とフィードバックで個別最適な学びを

──最近は学びのツールが多様化し、オーソドックスな座学研修から通信教育、動画教材、eラーニングなど多くの選択肢があります。どのようなツールを活用すべきか、選ぶポイントを教えてください。
 どんな学び方であれ、アウトプットしたり実践したりする機会を設けることが重要です。たとえば、動画教材の場合は手軽で理解しやすいというメリットがあるのですが、視聴しただけでなんとなくわかったつもりになってしまうおそれがあります。
 「わかる」と「できる」の間には大きな川が流れているので、実際に現場に生かしたり、手と頭を動かしレポートをまとめたりといったアウトプットの場を設け、その乖離をできる限り狭めていく必要があります。
 そのアウトプットには適切なフィードバックをして、学びを個別最適化していくことでより高い効果が期待できるでしょう。
精鋭の添削講師が社員一人ひとりに合った励ましや動機づけの添削を赤ペンで行い、伴走する
 実は私自身も、10年かかって密教学の修士号を取得した際は、通信制の大学院で学びました。
 キャンパスに通うことができなくても懸命に課題を仕上げて提出すると、丁寧な添削と評価が返ってきて励みになったし、ときには奮起してさらに学びを深めたことを覚えています。“赤ペン先生”の添削を楽しみにしていた子ども時代を思い出しましたね。
 人間の根源的欲求のひとつに承認欲求があるので、自分のアウトプットに注目されることは次の学びへの原動力になるんです。
 同じことを学んでいても、それをどう取り入れていくかは人によってまったく異なるので、一般論だけでは刺さらない。
 デジタルな刺激があふれる時代だからこそ、添削というヒューマンタッチな刺激が心に響くんですよね。
──企業の研修制度の有無にかかわらず、自ら学ぼうとするビジネスパーソンは多くいます。どのようなスキルを学んでいけばいいでしょうか。
 両利きの経営は企業の話ではありますが、個人レベルでも同様の姿勢が求められています。
 自分の本来の仕事を深掘りしていくとともに、ほかにもできることはないか、自分の力を生かせる領域はないかと探索し、学びと経験を広げていく姿勢が求められるでしょう。
 学びはもちろんですが、本業に生かすために関連領域の仕事を副業として行うようなことも同じ効果が期待できます。
 スキルも知識も広く持つに越したことはありませんが、時間は有限なので、何を学びどう生かしていくかは絞り込む必要があります。
 冒頭で「企業には変えてはいけないものがある」とお話ししましたが、それは個人にも言えること。自分はいったい何者なのか、社会にどんな爪痕を残したいのかを定期的に問い直してみてください。
 そうすることで、どんなスキルや知識をアドオンするべきかが、おのずと見えてくるはずです。
実務に直結していて実践的な内容だ。文字ばかりでなく図表で解説されていてわかりやすい。部門ごとに定義や理解の仕方が少しずつ違う場合も、通信教育を通して共通言語ができ、正確なコミュニケーションをとりやすくなったという企業も
──個人レベルでも、深化と探索が必要なのですね。学びを継続し、キャリアに役立てていくためのポイントを教えてください。
 学びを進めていくほど補強していくべき自らの弱点が見えてきますし、自身がどう変わり何をしていくべきかというストーリーも具体化していきます。
 「学びをどう生かしていくか」というストーリーを意識しながらインプットとアウトプットを繰り返していくことが重要で、そのプロセスそのものも楽しんでほしいですね。
 私はこれまで多くのビジネスパーソンの学ぶ過程を見てきましたが、伸びる人には共通点があると感じています。
 それは、自分ができないことを認め、受け入れられる人です。
 なんだそんなことか、と思われるかもしれませんが、できている人は決して多くありません。
 コーチングをしていると、「いやいやそんなことはわかっていますよ」という言葉をたくさん耳にしますが、そういう人ほどわかっていないか、思い込みに支配されています。
 わかったつもりでいたことにも、そうでない可能性を認める。
 できない自分を受け止め、いったん自分を解体して組み直すことができると、自分でも思わぬ伸びしろが生まれてくるものです。