2022/5/24

【石川】さいはての町に移転。社会課題のあるところビジネスあり

ライター
能登半島は、本州から約100キロ日本海に突き出ています。その先端にある石川県珠洲市に2021年6月、東証一部上場の医薬品商社「アステナホールディングス」(東京)が本社機能の一部を移転しました。

「なーんもない町になんで上場企業が来るんだ?」と、地元の人たちは驚きましたが、岩城慶太郎社長は「僕は社会貢献をするつもりじゃない。もうけるためにきたんです」と断言します。

人口1万3000人、高齢化率5割超の、本州の市でもっとも人口が少ない珠洲市にどんなビジネスチャンスがあるというのでしょう。
この記事はNewsPicksとNTTドコモが共同で運営するメディア「NewsPicks +d」編集部によるオリジナル記事です。NewsPicks +dは、NTTドコモが提供している無料の「ビジネスdアカウント」を持つ方が使えるサービスです(詳しくはこちら)。
INDEX
  • 相次ぐおすそわけ お返しすると怒られる
  • 社会課題の先進地 課題あるところビジネスあり
  • かやぶき古民家が本社

相次ぐおすそわけ お返しすると怒られる

岩城社長は5年ほど前の冬、航空券のマイルがたまったから「知らない町に行ってみよう」と、奧さんと2人ではじめて珠洲を訪ねました。自然の音しか聞こえない珠洲がなぜか気に入って、1、2カ月に一度、通うようになります。
珠洲市・木ノ浦海岸
北端の禄剛崎のちょっと西に、木ノ浦海岸というプライベートビーチのような小石の浜があります。透き通った海には色とりどりの魚が群れをなして泳いでいます。この海岸は、映画「さいはてにて」(2015年)の舞台になり、永作博美さんが「ヨダカ珈琲」というコーヒー店の店主を演じました。
岩城社長夫妻は週末を中心に通って、「木ノ浦ビレッジ」という宿泊施設に滞在していましたが、そのうちに家を購入してしまいます。
夫妻が木ノ浦にいるとわかると、「コロッケ揚げたから食べてみて」と、ご近所から次々におすそわけが届きます。
農家の男性に「ブロッコリーを2、3個買いたい」と頼むと、カブ10個と大根5本がおまけについてきました。
冬はイワノリです。ふつうの海苔よりはるかに香りが高く、1枚数百円もする高級品ですが、次々に届くから食べきれません。
能登はおすそわけや接待の文化が根づき「能登はやさしや土までも」といわれています。その典型が祭りの日の「呼ばれ」です。
岩城社長いわく「冬の海を見ていると元気が出る」そう
日が暮れると家々の軒先にちょうちんがともり、開け放った部屋に刺し身や煮物、赤飯……といったゴッツォ(ごちそう)をならべ、知人だけでなく道行く人も接待する風習です。3歳の子が客に座布団を出し、中学生になると熱燗のかげんがわかる……という経験の積み重ねが、和倉温泉のホテル「加賀屋」などの上質なおもてなしにつながっているといわれています。
相次ぐおすそわけに対して、「お返しをしなきゃ」と岩城社長は思いますが、お菓子などをお返しすると、「そんなつもりじゃない!」と怒られてしまいます。

社会課題の先進地 課題あるところビジネスあり

モノ以外でなにかお返しができないかなあ……岩城社長は悩んだ末に「課題の解決」にとりくめないかと思いついて、周囲の人に尋ねてみました。
「何か困ってることありますか?」
みんなキョトンとして
「とくに困っていることはないなあ。自分で解決できるし」
「田舎の人は貧しくて、将来の期待ももてず不自由な思いをしている、というのが都会にいる僕らのコモンセンスでした。だから困ってることがないと言われて、びっくりした。だれも困ってなくて、僕が困っちゃいました」
でも、しばらくすると、「困ってない」ことこそが人口減少を招いているのではないかと岩城社長は思うようになります。
「人口が減っても困らないから、増やそうというインセンティブがわかない。困ってないから生活を変えようとしない。逆にいやになった人は出ていく。それで人口が減っていくんです」
珠洲市の人口は1950年には3万8000人でしたが、今は1万3000人です。40年後にはゼロになってもおかしくありません。
豊かな文化や景観、生活様式を育んできた地域がなくなってしまうのは、国家的な損失です。
消滅を未然に防ぐには、産業をおこし、稼ぎ口をつくるしかありません。でも、能登半島は流通経路からはずれ、都市から地理的に遠いから工場誘致などは現実的ではありません。
全国には約1700の市町村がありますが、人口5万人以下で高齢化率が40パーセントを超えている、珠洲に似た状況の自治体が1/4の約400を占めています。今は繁栄している金沢市のような都市でも、人口は減少に転じています。30年後には今の珠洲と同様の課題を抱えることになります。
珠洲は「社会課題の先進地」ではないか――。岩城社長はそう考えるようになりました。
「珠洲にしかない固有のアセットは多くないけれど、400自治体が共通に困っている、人口偏在と少子高齢化にともなう社会課題が珠洲では容易に見つけられます。社会課題があるところにはビジネスチャンスがあります。珠洲で1000万円のビジネスを立ち上げ、それを400自治体に広げたら40億円のビジネスになります。奥能登は30年先にはトップランナーになれると僕は考えています」

かやぶき古民家が本社

テレワークやサテライトオフィスというと、管理や営業の部門を置くことが多いけれど、アステナは珠洲本社を「新規事業の研究センター」と位置づけています。
新規事業を立ち上げるには多大なエネルギーが必要です。ならば社長である自分がその場で陣頭指揮をするべきだと岩城社長は考えました。
本社機能の一部移転を決め、2020年9月3日、市役所を訪ねて泉谷 満寿裕(いずみや ますひろ)市長たちに報告しました。
「うそでしょ?」
「そもそも一部上場企業の社長さんが珠洲に来ているなんて思いもしませんでした」……
実は前日の9月2日、珠洲市は企業誘致のための「サテライトオフィス」の整備を発表していました。サテライトのオフィスどころか、一部上場企業の本社が来ることになってびっくりしてしまったのです。
市長からは、市中心部から5キロ東にある「文藝館」というかやぶきの古民家風施設の利用を勧められました。珠洲市が、市内のかやぶき民家3棟を解体し、その材料で豪農の家屋を再現したものです。長らく日本画家の勝田深氷氏(2012年死去)が拠点を置き、「勝東庵」と呼ばれていました。
珠洲の本社/外観
珠洲の本社・内観
岩城社長は当初、「かやぶき古民家なんか居心地がよいわけがない」と気乗りしませんでした。でも実物を見ると想像以上に美しく、普通のビルよりも広告塔にもなるのではないかと思えて市長の提案を受け入れることにしました。
同時に不動産業者に依頼して、市役所近くにオフィス用のビルと社員寮に使う民家を購入しました。
2021年6月、古民家の「珠洲本社」と、市中心部の「珠洲ESGオフィス」がスタートしました。
Vol2に続く(※NewsPicks +dの詳細はこちらから)