2022/5/12

【直言】元アップル日本法人代表が語る、2つの選社基準

NewsPicks Student Pickerがプロピッカーにインタビューを行う連載『素人質問で恐縮ですが』。
さまざまなキャリアを歩んできたプロピッカーの方々が、過去にどんな選択をしてきたのか。現在の活動の背景にはどんな原体験があったのか。そして、どんな未来像を描いているのか。
インタビューについては「素人」ながらも、さまざまな分野のニュースや事象に強い興味関心を持つNewsPicks Student Pickerが、学生の視点からインタビューを行う企画です。
第4回に登場するのは、株式会社リアルディア 代表取締役社長の前刀禎明氏。インタビュアーは、第1期Student Pickerの安東翼氏、木戸祐輔氏、山岸翔一朗氏が担当します。

2つの選社基準

安東 はじめまして、東京大学経済学部4年(取材時)の安東翼と申します。今日はよろしくお願いいたします。
前刀 はい、よろしくお願いします。まぁ、堅苦しい感じじゃなく、フラットな感じでいきましょう。たまにクラブハウスで大学生のルームをやるんだけど、そこに参加している大学生なんて、僕のこと、サキちゃんって呼んでいるからね。話を聞けば、そう大した人間じゃないとわかるから(笑)。
安東 いやいや、そんなそんな(笑)。…では最初の質問です。前刀さんはソニーから始まり、ベイン・アンド・カンパニー、ウォルト・ディズニー、AOL、アップル米国本社副社長、とすごいキャリアを歩んでこられました。当初からこのようなキャリアプランを立てていたんですか?
前刀 いや、キャリアプランを立てたこともないし、まったく計画的ではなかったな。
最初の就職先にソニーを選んだのは、井深大さんが1946年に東京通信工業(現ソニー)を創業された時に書いた設立趣意書に、めちゃめちゃ好きなフレーズがあったからです。
それは、「他社の追随を絶対許さざる境地に独自なる製品化を行う」。他のどの会社も追随できないような製品をつくりますよ、というメッセージに、僕はめちゃめちゃ惹かれたわけ。
大学院の学校推薦にソニーが2枠あったんだけど、何十人と希望者がいる上に、僕は成績が下位3分の1(笑)。お前には絶対ムリ、と皆に言われていたんだよね。
でも、先生との面接で「競争率なんて100倍だろうが1000倍だろうが関係ないですよ。偉くなるやつはなりますから」と話したら、なぜか学校推薦をもらえちゃった。
安東 前刀さんの自信に先生も丸め込まれてしまったんですね(笑)。ソニーの後も計画的ではなかった、と。
前刀 そうだね。今いる会社で何かをやり遂げたら、別の会社で新しいことにチャレンジしようと思って、いつも転職してきたんだけど、会社を選ぶ基準はソニーのときとまったく同じだった。
まずひとつは、「創業者のことが好きか」。ウォルト・ディズニーもスティーブ・ジョブズも、僕はすごく好きだったし、今でも好きだから。
もう一つは「新しい価値を創造しようとしているか」。井深さんの設立趣意書にあった「他社の追随を絶対に許さない」みたいな強烈な信念がある会社で仕事がしたかったんだよね。
そういう基準で選んでいたら、どの会社でも時代を創る仕事ができて楽しかったし、多くのことが学べた。
皆も、せっかく働くなら、「時代を創る」という考えを持って仕事すると良いと思うよ。すると、今のコロナ禍や円安のような事態が起きても、不安に駆られるどころか、元気でいられるから。
僕はいつも元気だけど、コロナ禍に入ってからより一層元気になったからね。なぜかというと、昔の戦国時代のように、既得権者がガタガタ揺らぐ時代がやってきたから。
こういう不安定なときは何か新しいことを起こしやすいんだ。「早くコロナの前に戻らないかな」とずっと嘆いていても仕方ない。そんなビジネスパーソンは淘汰されちゃうよ。
安東 ありがとうございます。4月からAmazonに就職が決まっているので、「時代を創る」という気概を持って頑張ります!

正解主義から抜け出すには

木戸 イタリアのジェノバ大学ロボット工学科に留学中の木戸祐輔です。いまイタリアからつないでいます。
コロナの影響で世の中が変わったからこそ新しい価値を生み出せるというお話にすごく刺激されました。これまでの正解が正解ではなくなった今、自分たちで正解を作り上げていけるのかな、と。
前刀 正解を作り出すというより、そもそも世の中に正解なんてないというのが僕の考え。
戦後の日本は画一的な教育をして、偏差値という一つの基準で人を測ってきた。偏差値の高い学校に入って一流企業に入ることが唯一の正解のように言われてきたよね。
でも、それだけが正解なはずがない。
僕は、人の生き方は、夜空にポーンと上がる花火のようなものだと思うんだ。いろいろな光が四方八方に広がっていくけど、進む方向も位置も違うから、一つひとつの光に勝ち組も負け組もない。比べようもないはずなんだよ。
ところが、日本の人の多くは、学歴社会という、ピーンと張られた一つの糸のような世界で生きているように錯覚しているから、その糸から落ちてしまうと人生が終わったかのように思ってしまう。
極端な話、それで犯罪に走る人も出てくるわけだよね。
日本の「正解」を求める考え方はあちこちにはびこっている。たとえば、以前、仕事で子供向けのお絵描き教室をしたのだけど、「自由に絵を描いてください」というと、何を描けばいいかわからないという子がすごく多かったんだ。
親の教育の影響で型にはまってしまい、常に正解を求める意識が常にあるから、そうなっちゃう。これは大人も同じで、真っ白なキャンバスに絵を描くのが苦手。でも、正解ありきで物事を考えるのは自分を苦しめるだけだと思うんだよね。
正解主義から抜け出して、力強く人生を生きて行くためには、「人と比べないこと」。それに尽きるから。
よくロールモデルというけど、ロールモデルが欲しいという考えは持たないほうがいいね。自分に合う考え方だけ上手につまみ食いして活かすならいいんだけど、お手本のように思ってしまうと、そこに縛られちゃうから。そもそも人のやり方だしね。
僕は井深さんもウォルト・ディズニーもスティーブ・ジョブズもめちゃめちゃ尊敬しているけど、ロールモデルだとは思っていなくて。
それどころかライバルだと思っているから。彼らには絶対に負けたくないし、「スティーブにできて俺にできないことはない」と思っている。でも、それぐらいの気持ちで生きた方が面白いんじゃん。
木戸 ありがとうございました! ロールモデルを目指しても、その人の下位互換にしかなれないと痛感しました。正解を追わずに、オリジナルな価値を生み出す先駆者を目指していきます。

お金も学歴も大事だけど

山岸 早稲田大学政治経済学部2年(取材時)の山岸翔一朗です。お話をうかがっていて、前刀さんは、「ここで経験を積んでおけば成長できる」という環境を見つけ出して掴み取る力が高いのかなと感じました。そういう環境を選び出す勘所みたいなものはありますか?
前刀 これも正解がないんだけど。僕の場合でいうと、「ここに行けば良い経験ができる」とは考えなかったよ。
それより、先程言ったような、「新しい価値を創造しようとしている会社かどうか」。あとは、「僕自身が、その会社の仕事を、情熱を持ってやり遂げることができるか」をすごく大事にしていた。
転職を何度もしたほうが良いかどうかは、人によるのでなんとも言えない。僕は転職を繰り返したおかげで、すべての会社からさまざまなことを学べたけどね。
ソニーでは新しい価値を創造する姿勢を学べたし、ベインではロジカルシンキングを学んだ。
ウォルト・ディズニーの「exceed expectations」、ゲストの期待を超えようというポリシーや、AOLの「大事なのは技術じゃない。あくまでもユーザーの利便性だ(not technology but convenience)」とサービスの価値を大事にする姿勢も、今の僕に大きく影響している。
でも、損していることもあって。僕はアップルに2004年に入ったのだけど、もし今日まで18年間在職してストックオプションをもらい続けていたら、その価値は100億円以上になっているかな。
でも、2006年に退社してストックオプションの権利の大半を放棄したので、ほとんど財を築けていないんだよ。
山岸 100億円…!! 想像を絶します。
前刀 でも、スティーブに負けたくなかったからさ。スティーブの会社でこのまま稼がせてもらうより、僕は僕で頑張ろうと思ってやめちゃったわけ。
木戸 つまり、お金よりも自分の価値観を大切にしたほうがいい、と?
前刀 いや、そうとも言えないな。お金はあったほうがいいに決まっているんだから。よく「お金じゃない」「学歴じゃない」という人がいるけど、あれ、僕、大嫌い。
お金も学歴も大事です。ただ、お金のことばかり考えていてもダメだし、良い歳こいて学歴だけにすがるやつはダメ、という話なんだよね。
だから、キャリアプランの話もそうで、僕のように、立てない方が良いわけじゃない。大学時代に、キャリアプランをしっかり立てるのはいいことだと思う。
でも、1~2年経験を積むと、見える景色も変わってくるから。そうしたら、またプランを練り直してみる。アジャイル開発のように、自分のキャリアプランもどんどんアップデートしていくのがいいよ。

「とりあえずコンサル」について

安東 正解がないことに気づいているものの、画一的なエリート思考から抜け出せない。そんな人は多いと思いますし、正直、僕もそういうところがあります。
たとえば東大に行くと、外資系コンサルに行くのが正解という考えがあり、キャンパスを歩けば外資系コンサル内定者に当たるみたいな感じなのですが、このような状況について、コンサルティング会社のご出身である前刀さんはどう思われますか?
前刀 外資系コンサルティング会社に入れば良いことばかりかというと、そうとはいえないと僕は思うね。
確かに、外資系コンサルは、他の業種に比べて給料が高いと思う。稼ぐ人は40歳で年収2000万円~4000万円ぐらいはいくからね。
でも、皆が皆、稼げるわけじゃない。コンサルタントの中でもピラミッドがあって、良いポジションに行ける人は限られるから。
お金の悩みよりも多くのコンサルタントが悩むのは、本当に自分がこの仕事をやりたいのか、わからなくなること。過去のケースやフレームワークに当てはめて提案する仕事が嫌になって、実業の経験をしたくなるんだ。
でも、40歳前後までコンサルティング会社にいて、実業の会社に転職しようとしても、同じような給料水準で雇える会社はほぼない。
となると生活水準を下げることになるよね。だから、40歳ぐらいの迷えるコンサルタントがめちゃめちゃ多いよ。よく相談される。
安東 最初から20代で実業の会社に転職するのが目的で、外資系コンサルに入る人も多いですが、それはアリですか?
前刀 止めはしないけど、外資系コンサルティング会社に入ったからといって、スキルが上がるかどうかはわからないよ。
確かに、現状分析をしたり、スライドを作ったりするのはめちゃくちゃ速くなる。ある新規事業プロジェクトを、コンサルタントを入れて立ち上げた時も、調査をしたりする初速は非常に速かった。
ところが、どんな新規事業を立ち上げるべきかを考えるフェーズになった途端に、コンサルタントたちはめちゃめちゃ失速しちゃった。要するに、ゼロベースで何かを考え出す能力がなかなか磨かれないんだよ。
だいたい、コンサルタントは日本に数万人いるみたいだけど、皆が皆、経営者を向こうに回して一人前にコンサルティングができるわけがない。
レベルはものすごくピンキリだと考えた方がいいんじゃないかな。

創造的思考の身に付け方

安東 もう一ついいですか。ビジネスパーソンには論理的思考と創造的思考が必要だと言われますが、実際、仕事のなかでどう必要になるのかが、具体的にピンときません。改めて教えていただいてもいいですか?
前刀 まずは論理的思考からいきましょう。こちらは、ロジカルに物事や理論を組み立てていく思考法で、ビシッと整理されたものを結びつけて答えを出していく方法だよね。
論理的に物事を話すことができないと、相手に言いたいことが伝わりません。
普段一緒に仕事をしている人ならある程度わかるかもしれないけれども、大企業のなかでプロジェクトを推進する時にさまざまな部署に説明する時には、論理的思考が絶対に必要。だから必ず身につけた方がいい。
ただ、論理的思考の弱点があって、それは、誰がやっても同じ答えにたどり着くこと。ということは、新規事業やマーケティングなどのアイデアを論理的思考で考えるだけでは、企業としての価値が生まれてこないんだよね。
そこで必要になってくるのが創造的思考、というわけ。時代を創っていく人になるためには、論理的思考は当たり前に持っていて、かつ創造的思考や感性の部分を磨いていくことが必要なんだよね。
安東 どうすれば創造的思考が身につけられるのでしょうか。
前刀 僕がおすすめするのは「ワンダーラーニング」。これ、僕の造語なんだけど、簡単にいえば「ワクワクしながら学ぶこと」をいう。
一番良いのは、自然の中で、五感で刺激を受けることなんだけど、別にどこかに行かなくても、普段の生活でできることはあって。
それは、見慣れた道でも、キョロキョロしながら歩くこと。すると、「あれ、こんなところにビルが建ったっけ?」「この店にこんなものが売っているんだ」といろいろなことに気づくんだよね。
僕の場合、いちいちそれに近寄っていくから、移動するのにめちゃめちゃ時間がかかる。これを「前刀病」と言っているんだけど(笑)。
こういうことを日常的にして、好奇心をふくらませていると、イメージで物事を考えられるようになる。
感覚的だけど、頭の中の引き出しがすべて半開きの状態になって、引き出しの中身同士が直感的に結びつくようなことが起こってくるんだよね。創造的な関連性を発見できる。
木戸 前刀さんはインスタに空の写真をアップしていますけど、あれも何か意味が?
前刀 そうそう。あれもワンダーラーニングのひとつだね。しょっちゅう空を見上げているだけでも、感性が磨かれてくる。手軽にできるので、これもすごくおすすめしたいな。
安東 さっそくやってみます。ありがとうございました。

NewsPicksの学生読者へ

山岸 最後にNewsPicksの学生読者にメッセージをいただけますか。
前刀 今日のすべての話に通ずると思うけど、「世の中の正解とは何か」と考えないことかな。そうやって考えてしまうと、自分で何かを思った時も、「正解」かどうか、すぐにSNSで確かめようとしちゃうから。
それで、皆と違う考えだったら、自分の考えを取り下げて皆に同調する。そんなことをしていたら、考え方が画一的になって当たり前だよね。
だから、今日、僕が言ったことが、自分と違ったからといって、自分の考えを取り下げる必要はないと思う。自分の考えをもっと信じてもいいんじゃないかな。違う考え方ができる自分はすごいって。