2022/5/7

【佐渡島庸平】なぜ今、仏教が必要なのか?

コルク 代表取締役社長
コルク×NewsPicksの漫画コラボレーション第3弾は、ビジネスの最先端を描いてきたこれまでとは180度転換し、800年前の鎌倉時代へ──権威に抗い、流罪にされても己を貫いた信念の人、日蓮を描く。

今、なぜ日蓮なのか? コルクを率いる佐渡島庸平氏に、その狙いを聞く。

すでに文化は知っていた

──前作『ザ・リーチ』の舞台は現代のシリコンバレー。そこから一気に時代を巻き戻し、今回は鎌倉時代。しかも、ビジネスではなく仏教。あまりの変化に、違和感すら覚えます。
佐渡島 (シャツの腕をまくり)今、二の腕に針を刺しているんです。見えますか? 
これ、iPhoneと連動させて、リアルタイムで血糖値を測れる機械なんです。僕、甘い物が大好きで、最近、血糖値が乱高下していて、糖尿病予備軍なんじゃないかと不安になったんです。
それで、いろいろ「血糖値の上がらない食事法」などを勉強して、この機械をつけて試してみました。ただ、やっぱり難しい。「あれもダメだった。これもダメだった」と試行錯誤を繰り返すうちに、食の喜びも薄れていくし、本末転倒です。そんな中、まったく血糖値の上がらない食事を見つけた。それは「コース料理」です。
不思議なもので、コース料理を食べていると、最後のデザートでも血糖値が上がらず安定しているんです。特に日本料理のコースでは、血糖値がすごく上がるはずの白米を食べても、まったく上がらない。
これはどういうことかというと、血糖値測定器などない時代に、昔の人は感覚や経験で、長生きできる食事法をすでに完成させていた、ということです。
Photo:GettyImages/John S Lander 
ヨガもそうです。
僕のいとこがヨガ講師なのですが、大昔のヨギーたちが「ここを動かすとこっちの筋肉が動く」など感覚と経験をもとにヨガのポーズを完成させていて、実は新しいポーズはほとんど発明されていないそうです。
つまり、「エビデンスはなくても、“すでに文化は知っていた”」ということ。
現代において科学は着実に進歩していますが、意外と人文の世界は進歩していなくて、むしろ科学の進歩によって昔の人間が直感的にやっていたことが「実は正しかった」と裏付けられるケースのほうが多い。
そう考えると、時代の最先端ばかりに目を向けても本質はつかめず、まずは過去をたずね、改めて理解することが重要だと思うようになったんです。

それは、お経で言っている

──それにしても「NewsPicks×仏教」という組み合わせは意外です。
そんなことないですよ。
たとえば、お経って膨大な数があって、ある人には「お金はしっかりためなさい」と説いたかと思えば、ある人には「お金などためずに全部使ってしまいなさい」と説いていたりする。臨機応変、矛盾、相反するものさえ、すべてを肯定しながら広がっていて、そこにはさまざまな人間の知恵が詰まっている。
だから、NewsPicksパブリッシングにしても、世の中に出ているビジネス本にしても、「それ、一回お経で言ってますよ」という状態。「最先端のまだ誰も気づいてないことが書いてあります」みたいな装いでも、「いや、それはお経で言ってます」という(笑)。
もうひとつ言えば、NewsPicksでも「マインドフルネス」などは特集していますよね。これは「ビジネスの役に立つ」という切り口なのだと思いますが、「すぐ役に立つ情報」って賞味期限が短い。
一方で、「どこにどう関係して、どう役に立つかわからないけど、普遍的なもの」って賞味期限が長くて、魅力的なんです。

もっとも仏教を理解している人

──「漫画×仏教」という組み合わせは、どうですか?
これも、落語の発祥が、江戸時代にお経をちゃんと読まなくなったから、面白くしたらみんな読むだろうというところにあるように、ポップカルチャーとの相性は悪くない。お経とポップミュージックを融合させたYouTubeも人気ですしね。
ちなみに、取材中にさまざまな人と話しているとき、「現代でもっとも仏教を理解している人は誰だろう?」という話題になったことがありました。僧侶も含めて、です。
そのときに、最終的に「赤塚不二夫さんじゃないか」という結論になったんです。「これでいいのだ」という考え方。「賛成の反対なのだ」という、すべてを受け入れる感覚。
実は赤塚さんは、仏教思想をギャグ漫画に昇華させているという見方もできる。
先ほど言ったように、人文、思想というものはもう何百年もそこまで新しくはなっておらず、むしろ、その本質を現代的に伝えていく方法が重要。つまり、目先の新しさよりも、古いものをどう理解して、どう表現するか? 
その意味で、「仏教を現代的な漫画に落とし込んだらどうなるのか?」というのは、自分の中では挑戦でした。
紫綬褒章受賞時の漫画家・赤塚不二夫さん(photo:時事)

過激な活動家では、800年も続かない

その上で、今回は「きちんと取材できた」ことが非常に大きかったです。漫画を作る上でもっとも難しいこと。それは、僕の経験から言えば「取材」です。
読者を引き込む物語を作るには、一回や二回、インタビューしたくらいでは、まったく足りない。特に週刊誌連載などでは、毎週毎週、「ちょっとここら辺の話を」と聞くわけです。先方も都合がありますから、そこで取材に協力的な相手であるかどうかが、ものすごく大切になってくる。
僕が担当した『エンゼルバンク』にしても前回の『ザ・リーチ』にしても、自分たちのやっていることを広めたいという思いがあるから、取材に積極的に協力してもらえました。
『君たちはどう生きるか』の漫画版を担当した羽賀翔一が『昼間のパパは光ってる』というダム建設を舞台にした物語を描いたときは、「土木業界の人手不足を解消したい」という取材先の思いがあり、普段は取材申請しても絶対に入れないダムの建設現場を全部見せてもらいました。
同様に、今年は日蓮生誕800年の節目の年ということで、日蓮宗サイドが取材に協力してくれたことが大きかったです。
実は今、仏教の中で、もっとも広まっているのが日蓮宗なのだそうです。メジャーなのは浄土宗や浄土真宗というイメージですから、意外ですよね。
ですが、歴史の授業で習った限りでは、なんとなく日蓮は「他宗派を批判・糾弾していた過激な人」という理解で終わっていることも多い。
かくいう僕もそうでしたが、“ただの過激な活動家”というだけでは、800年も続かない。これは、自分たちが知らない何かがあるはずだと「がっつり話を聞かせてください」というのが、そもそものスタートでした。
「日蓮聖人降誕800年 特設ウェブサイト」
──取材を進めて、日蓮への印象は変わりましたか?
取材を始めたとき、世界はすでにコロナ禍でした。日蓮が生まれたのも疫病がはやっていた時期。個人ではあらがいようのない災厄に対し、当時の仏教は「死んだら救われる」と死後の世界の話ばかりしていたわけです。
一方で、日蓮はとことん現実しか見ていない。すべての人、すべての生には価値があって、現世で幸せになっていい、幸せになる努力をしようという考え方です。
たとえば、「大切な人を亡くしてしまったら、どうすればいいのか?」「自分に才能がないと感じてしまったら、どうすればいいのか?」といったふうに、完全に現代でも通じる、生きる苦悩に向き合っている。今だったら、「異世界転生したつもりでメタバースでアバターになって生きる」とかもあるかもしれませんが、日蓮は「生きていること自体が尊い」と自分の生に向き合うことを説いた。
では、なぜそうしたリアリストである日蓮が迫害されたかというと、リアリストだからこそ、「多くの人を幸せにするためには国を変えなければいけない」と考えたんです。
当時の多くの宗教者は「宗教は宗教、国は国」と距離を置いていたけれど、日蓮は現実を変えようとして、国に提言を続け、迫害された。何度も殺されそうになり、それでも自分を変えなかった。
他の宗派とのいさかいについても、仏教にはお経が無数にあって、どれを信じればいいのかわからなくなったときに、「まずは法華経だ」と日蓮は言った。
客観的に見れば、もちろん法華経以外も十分正しいところはあります。ですが、それでも日蓮が「まずは法華経」と言ったことに、僕は『ドラゴン桜』の桜木に通じるものを感じました。多くの人に伝えるためには、まずはわかりやすさを担保しなければいけない。だから、桜木が「まずは東大に行け」と言ったように「まずは法華経だ」と。これはあくまで個人的な見方ですが。
とにかく、日蓮はリアリストでパワフル。人物そのものが、非常に味わい深いんです。宗派に名前がついているのって、日蓮宗くらいですから。

NewsPicks読者にこそ、伝えたい

──たしかに、言われてみると、そうですね。
僕は漫画や小説などの創作は、すべてが人間賛歌である以上、光も闇も、人間のすべての面を等しく描き、何が良くて何が悪いのかを先に決めない態度が重要だと思っています。
人を裏切るのも人間、殺すのも人間、戦争をするのも人間、同時に人を救うのも人間。その点で、死後の世界については語らず、現世にこだわり抜いた日蓮の姿を漫画で描くことに、なんら躊躇はありませんでした。その思想は、完全に現代に通用するし、だからこそ800年たっても多くの人に広まっているわけです。
また、今回あえてNewsPicksでこの作品を連載しようと思ったのには、ひとつ理由があります。
それは、NewsPicksの読者が真面目だからです。「無駄な時間を使っている暇はない」「もっと役に立つ情報を得て、社会の役に立たないといけない」。そう思っている人が少なくない印象です。
しかし、それは裏を返せば「自信のなさ」の表れなのかな、とも思います。自信がないから「もっと新しいものを」と焦るし、努力しようとする。だからこそ、いったん「あなたはすでに十分に尊い」という日蓮のメッセージを伝える意味がある気がしたんです。
特にコロナ禍で、緩やかに息苦しさが増していく時代に、「あなたは無力で価値がない人間じゃない。もう生きている価値が十分にあって、だからこそ、一緒に現世で幸せになるために生きていこう」という日蓮の声は、今すぐに役に立つ情報ではなくとも、通奏低音として人生を推し進める普遍的な力があると思います。

“原液”もアウトプットする

──最後にひとつだけ、取材のお話で「相手が取材に協力的なことが重要」とおっしゃいましたが、それは同時に「相手の言いたいこと、良い面だけを伝えるリスク」をはらむとも思います。
そこは一番最初に擦り合わせます。相手が作品をコントロールしてこようとしたら、走り出していても、途中でボツにすることは普通にあります。絶対に面白い作品になりませんから。そこは真っ先にケアします。
僕がやりたいのは、あくまで立体的な日蓮像、人間と思想のエッセンスを、現代の漫画という手法で表現し直すこと。その結果、改めて研究する学者が出てきたり、ドラマで光が当たったり、という展開になればうれしいですね。
──たしかに、大河ドラマにしたら面白そうだと思いました。
大河にするには、もっともっとドラマを作り込まないといけませんけど(笑)。あと、「協力的な取材相手」には、先ほど言っていなかったもうひとつのメリットがあって、深く取材することで本質にまで手が届くと、それを抽象化することで、新たな作品につながるんです。
今回の作品は、日蓮という人間について取材した限りのことを、ある意味、そのまま漫画化した、言うなれば“原液”です。ここから、そのエッセンスをたとえばビジネスだったりグルメなどと掛け合わせることで、新たな切り口の漫画が生まれる。
具体、抽象、具体と行き来して、最後の仕上がり切った作品を発表するという方法もありますが、僕は原液の段階でも作品にしてしまう。アウトプットしてしまったほうが、フィードバックもあり、さらにサイクルの質が良くなっていくという考え方です。
なんだか日蓮について語っていたのに、最後は僕の企画や創作の方法が丸裸になってしまって、恥ずかしいですね(笑)。

明日5月8日(日)より連載スタート

「あなたは尊い 残念な世界を肯定する8つの物語」