2022/4/15

【愛媛】アートのチカラで道後温泉を活性化

NewsPicks +d編集部
観光客が増え続けていたとはいえ、「お年寄りの行くところ」というイメージも拭えなかった愛媛県松山市の道後温泉。さらに本館の大規模保存修理工事、コロナ禍での客足の落ち込みもありましたが、先を見据えた「アート」の活用法で、マイナス要素を払拭。いま、「気軽にアートが楽しめる街」に生まれ変わっています。そこには、「最古にして最先端」な街とアートの融合がありました。<前編>
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INDEX
  • レトロな街に最先端のアート出現
  • 規制の多い重要文化財での催し
  • 工事に伴う経済損失348億円
  • 道後は若い人が少ない?
  • コロナ禍でも対応は柔軟に
  • 生きる喜びをアートで感じる

レトロな街に最先端のアート出現

「日本最古」「レトロ」といわれる道後温泉に、巨大なインスタレーションが登場したのは、2021年10月のこと。230点にもおよぶ花の写真は、写真家・映画監督 蜷川実花さんの作品です。まだコロナ禍で観光への打撃が続いていた中、この作品によって、温泉街一帯がぱっと明るく元気を取り戻したようでした。
©mika ninagawa,Courtesy of Tomio Koyama Gallery / dogo2021
道後温泉別館 飛鳥乃湯泉中庭に展示されている、蜷川実花さんの作品「飛鳥乃湯泉インスタレーション」。昼と夜とで異なる雰囲気が楽しめる。2024年2月29日まで展示中。
続く2021年12月、巨大なアート作品ですっぽり覆われたのは、温泉街の中心にある道後温泉本館。「ちぎり絵」をもとにした作品は、愛媛県宇和島市を拠点に活動する画家・大竹伸朗さんによるものです。
© Shinro Ohtake / dogo2021
工事中の道後温泉本館に設置された、素屋根テント膜の作品『熱景/NETSU-KEI』。人や街が生み出す「エネルギー」が込められた。2024年12月まで設置予定。
離れた場所からでも、言葉を交わさなくても、ひとりでも、鑑賞できるこうしたアートの形は、偶然にもコロナ禍に適したスタイル。そして道後温泉ならではの、復興のかたち。もちろん、計画時点からそれを狙っていたわけではありませんでしたが。
「ね、迫力あるでしょう。でも、道を歩いていると、大きすぎて気がつかない人もいるんですよ(笑)。原画は3メートルくらいのちぎり絵で、それを高精細のカメラで撮影して、引き伸ばして。初めてのことで不安はあったけれど、やってみて本当によかった」
そう語るのは、これらのアート作品の総合ディレクターを務める松田朋春さん。
松田朋春(まつだともはる)
プランナー、詩人。「道後オンセナート2014」プロデューサー、同2022総合ディレクター。グッドデザイン賞審査委員歴任。多摩美術大学非常勤講師。著書に『わたしの犬退治』(新風舎)、『ワークショップ』『シビックプライド』(共著・宣伝会議)がある。
「道後温泉をアートで活性化するプロジェクトに最初に関わったのは、2014年でした。『道後オンセナート2014』です。そのときのコンセプトは、『最古にして最先端』。実は当初、地元の方たちから『アートはいらない』『歴史があるんだから、それで十分』という意見も出ていました。そこで、私はこんなふうにお話ししたんです。『歴史や古さを売りにしているかぎり、“いま”道後に行く理由はありません。毎年毎年、後回しになってしまいます。“今年の”道後温泉を見る理由をつくらないと』」

規制の多い重要文化財での催し

こうして始まったアートフェスティバル「道後オンセナート2014」は、その後も苦難続きでした。重要文化財に指定されている道後温泉本館は、アート展示の場とするにも、釘1本も打てないし、大小さまざまな規制があります。アーティストのやりたいことが実現できない、アート展示の直前まで許可が下りない……。そんな狭間で、最大限にできることを模索しながら、道後温泉の新しい試みがスタートしました。
©FUJIKO NAKAYA / Dogo Onsenart 2014
アーティスト中谷芙二子による「道後オンセナート2014」を象徴する作品。道後温泉本館前に『霧の彫刻』を出現させた。
©YAYOI KUSAMA Dogo Onsenart 2014 & HOTEL HORIZONTAL, All Rights Reserved
2013年12月24日〜2015年8月、宝荘ホテルでは草間彌生ワールドの部屋がお目見え。合わせて9つのホテルが期間限定でアーティストとコラボし、大きな話題になった。

工事に伴う経済損失348億円

「道後に行く理由」にこだわったのには、もうひとつの背景がありました。道後温泉事務所に所属する越智文子さんは、こう振り返ります。
越智文子(おちふみこ) 松山市役所 産業経済部 道後温泉事務所 副主幹
地元愛媛県で育ち、道後温泉に親しんできた。2021年から「みんなの道後温泉活性化プロジェクト」に加わる。道後温泉でのお気に入りは、冠山から見る道後の風景。
「道後温泉の観光客数は、ゆるやかではありましたが増え続けていました。そんな中、観光の中心である道後温泉本館の老朽化・耐震化対策のために、大規模な保存修理工事が必要になっていて。当初の計画では、工事にかかる年月が11年。営業しながらの工事ではあっても、一部閉館などによるマイナス経済効果が466億円。別のシンクタンクの試算でも、工期を8年に短縮しても348億円のマイナス効果ということでした。
これは影響が大きいということになり、経済のマイナスを埋める活性化策を打ち出すことに。2024年度まで10年間の計画を立て、街並みや景観の整備、観光客を受け入れる工夫などを、順次進めていったのです」(越智さん)
その代表が、このページで最初に紹介した蜷川実花さんのインスタレーションがある「道後温泉別館 飛鳥乃湯泉」(2017年新設)や、「空の散歩道」(2019年リニューアル)です。「空の散歩道」からは、足湯につかりながら大竹伸朗さんのアート作品鑑賞ができるようになりました。
足湯につかりながら、道後温泉本館の全景を眺めることができる「空の散歩道」。散歩中に立ち寄れて、観光の人気スポットにもなっている(撮影は2018年)。

道後は若い人が少ない?

「ひと昔前まで、道後温泉のお客様は年齢層が高いのではというイメージがありましたよね。でも、街はきれいで治安はいいし、見たい場所が歩いて回れる距離にあって、若い女性のひとり旅にも、とても適しているんです。『おんな一人旅に人気の温泉地ランキング』では5年連続1位(楽天トラベル調べ。2014〜2018年)だったんですよ」と越智さん。
アートという大きな集客のフックができて、そこへつながる道路や施設の整備、そして地元の観光業者の営業努力が重なって、2014年から6年で観光客数は150万人増加。経済波及効果は約312億円と推算されています。
さらに、現地を訪れなくても、写真映えするアート作品はSNS上で拡散され、道後温泉の変化が若い層にも広く認知されることにもなりました。

コロナ禍でも対応は柔軟に

好調に観光客を集めていたところに見舞われたのが、コロナによる影響でした。客足は減ったものの、アートの勢いを止めるわけにはいかないと、展示方法やスケジュールを少しずつ予定変更しながら、2020年から2021年にかけても中断することなく継続。たとえばプロジェクションマッピングは、人が集まりすぎないよう、実施回数を増やして分散させるなど、屋外のアートだからこそやれる方法はいろいろあるのです。
感染が落ち着いたらすぐ観光客を呼べるように、また過熱する地域間競争に負けないように、アートの公開は中断させたくない……。そう希望したのは、地元住民だったのです。
またホテルでは、ワーケーションやおひとり様の旅に合わせたプランを立てたり、サービス内容を考えたりも。そうした努力の結果、2022年の春、かつての団体旅行に代わり、老若男女の個人旅行や、卒業旅行の小グループが、街に戻りつつあります。道を歩きながら、足湯につかりながら、外湯のついでに、それぞれの楽しみ方でアートを鑑賞。それは、道後温泉が待ち望んでいた光景です。
道後温泉駅前の足湯(撮影は2018年)。

生きる喜びをアートで感じる

そして2022年4月28日からは、「道後オンセナート2022」が始まります。テーマは、「いきるよろこび」。総合ディレクターの松田さんは、その目的をこう語ります。
「この2年、外出や旅行などみんながガマンを重ねてきた。それは、生きる喜びをガマンすることでもありました。ここでもう一度、喜びを取り返したい。それも、道後にしかできない形で。多くの地方で、芸術祭やアートによる活性化を試みているけれど、コンパクトな街ならではの形――歩いて回れて、いつでもたくさんのアートに出会えて――。2022年は、これまでよりもさらに多くの作品が、屋内外たくさんの場所で展示される予定です」
*展示内容やスケジュールは、変更になることがあります。
*「道後オンセナート2022」の試みについては<後編>で
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