2022/4/15

【愛媛】半径500mにアートが連なる芸術祭@道後温泉

NewsPicks +d編集部
愛媛県松山市・道後温泉のシンボル、道後温泉本館。ただいま保存修理工事を進めながら営業中です(2階・3階は閉鎖)。工事予定期間は約6年。そのデメリットをはねのけ、道後温泉の魅力を伝え続けようと、4年ぶり3回目の芸術祭「道後オンセナート2022」が開かれます。<後編>
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▽前編はこちらから
INDEX
  • 半径500mに作品がぎっしり
  • 珠玉のガイドブックが誕生
  • アーティストが歓迎される街
  • ゴールは「かつての」姿
道後温泉本館。上の写真が保存修理工事着手前。1894年に改築した木造3階建ての神の湯棟など、その後何度かの改築・改造を経てこの姿に。2009年に発行されたミシュラン・グリーンガイド・ジャポンでは、最高位の三つ星を獲得。下の写真が改装が始まり囲いで覆われた状態のもの。今回の改築の計画は約6年。

半径500mに作品がぎっしり

「道後オンセナート」は、これまで2014年と2018年に開催されてきました。いわゆる美術館での展示とは異なり、レトロな街とアートとの融合が大きな特徴です。ユニークな例をご紹介すると……。
アーティスト髙橋匡太の作品であり、参加型のプログラムでもある、道後公園のライトアップ「ひかりの実」。2014年以降毎年開催されている。
尾野光子さん(マルチメディアデザイナー)の作品AR「WARM UP DOGO」。2024年2月29日まで展開中。道後温泉本館の新たな顔となる又新殿・霊の湯棟を背景に、Instagramを起動させてリアルの景色とバーチャルのキャラクターが混ざり合う写真・動画が撮影できる。尾野光子さんの作品は、「道後オンセナート2022」でも継続展示される。
さて、来たる2022年の展示はどんな点がこれまでと異なるのでしょうか。
「主要なものがコンパクトなエリアに集まっている道後温泉。この地の利を生かして、誰もが歩いて回れて、いつでも、そしてこれまで以上にたくさんの、アートに出会える芸術祭にしたい。今年は、これまでで最大数のアーティストが参加予定です。1泊2日では回りきれない数の多さです」と語るのは、総合ディレクターの松田朋春さん。
松田朋春(まつだともはる)
プランナー、詩人。「道後オンセナート2014」プロデューサー、同2022総合ディレクター。グッドデザイン賞審査委員歴任。多摩美術大学非常勤講師。著書に『わたしの犬退治』(新風舎)、『ワークショップ』『シビックプライド』(共著・宣伝会議)がある。
そのラインアップは、すでに作品展示中の大竹伸朗さんや蜷川実花さん(前編を参照)などに加え、国籍・性別・年代、さらに作風もばらばらの約30組。それらの作品が、半径500mの温泉街にぎっしりと常設展示される予定です。
参加アーティストのひとり市原えつこさんは、ただいま展示作品の仕上げ真っ最中。
©Yves Krier
市原えつこ
メディアアーティスト。1988年生まれ。早稲田大学卒業。Yahoo! JAPANを退社し独立し、フリーランスに。日本的な文化・習慣・信仰を独自の観点で読み解き、テクノロジーを用いて新しい切り口を示す作品で文化庁メディア芸術祭優秀賞、世界的なメディアアート賞アルスエレクトロニカで栄誉賞を受賞。2025大阪・関西万博「日本館基本構想事業」クリエイター。
「今回発表するのは『神縁ポータル』というタイトルの作品です。“異世界への観光案内所”のような作品で、これを駅前のリアルな観光案内所の前に設置します。普段の作品制作では、ここまで直接的に地域振興を意識することはないけれど、この松山に実家があった時期もあり、思い入れが大きいんです。今回は、松山にもゆかりのある建築グループ『銭湯山車巡行部』とのコラボで作品を制作しています。母が元シンガー・ソングライターなので、彼女の音楽性を取り入れることも検討しています」(市原さん)

珠玉のガイドブックが誕生

市原さんのように、松山や道後温泉とすでに縁のあったクリエイターがいれば、まったくなかったクリエイターもいます。そんな人たちのために、2021年は「クリエイティブステイ」というプログラムも実施されました(2021年11月〜2022年1月)。このプログラムは、道後温泉に1週間ほど滞在して、自由に創作活動を行ってもらうというもの。
応募人数753名から選ばれた50名のクリエイターは、歴史、文化、人、風景などに触れつつ、滞在の最後にビデオメッセージを作成し、後日YouTubeで公開。参加者は、美術関係だけでなく、落語家や詩人、作曲家やソムリエなど、実にさまざま。今回の「道後オンセナート2022」に参加する人もいるし、日常に戻ったそれぞれの生活の中で、道後温泉を伝える役目を担って活動を続けている人もいます。
また、「クリエイティブステイ」には、思わぬ副産物もありました。クリエイターたちが道後温泉滞在中に見つけた「おいしいもの」「面白いもの」などをフェイスブックに随時投稿。滞在した人ならでは、アーティストならではの目線で集められた「ネタ帖」は、どこにもない珠玉のガイドブックとなって、密かに人気を集めています。

アーティストが歓迎される街

前出の市原えつこさんは、アーティストとして感じる道後の街の魅力を、こう語ります。
「道後の街の魅力は知っているつもりでしたが、街の人のアートや文化への信頼が高いことに驚きました。これまで国内外さまざまな土地で仕事をしてきましたが、アーティストがここまで歓迎される街はありません」(市原さん)
その背景には、俳人・正岡子規を輩出し、小説『坊っちゃん』の舞台になった松山市の文化度の高さもありますが、観光で栄えてきた街ならではの「おもてなし」精神にもありそうです。道後を訪れたからには、道後を好きになってもらいたい。そんな気持ちが、街のあちこちにあふれています。
「夜でも安心して歩けるように、街灯の明るさを気遣ったり、街の美しさにこだわったり。住民や旅館、商店街の方々が自発的に協力してくださっています。観光客が歩きやすいように道路の整備も進み、道端のゴミも見かけなくなりました。街中がきれいだから、道でゴミを見つけると気になって、つい拾ってしまうのも習慣です(笑)」と松山市役所 道後温泉事務所の越智文子さん。
道後温泉の駅から温泉街へとつながる「道後ハイカラ通り」(撮影は2018年)。

ゴールは「かつての」姿

最後にもうひとつ、活性化プロジェクトの中で、少し変わった取り組みもご紹介します。観光と湯治体験に、「美しさ」のための科学的メソッドを組み合わせた「ボディケアツーリズム」が進行中。体のバランス感覚を測定したり、歩き姿をチェックしたり、その結果から必要なエクササイズを提案したりという「きれいになるための」滞在プログラムです。下着メーカーのワコールが提供し、それを道後温泉で行うというもので、モニターによる実証実験も終わり、旅行商品としての検討も進んでいます。
道後温泉の泉質は、刺激が少なく肌に優しいアルカリ性。実は「美しさ」がテーマの滞在には最適な場所でもあるのです。湯治と美を掛け合わせたプログラムによって、新しい観光目的が加わり、道後温泉がさらに活気づく。こんな未来に、期待が高まります。
道後温泉本館の保存修理工事は、改築130周年を迎える2024年末に完了予定。
「この工事が無事に完了して、でも見た目には以前と変わらない歴史を感じる姿がそこにあって、待ち望んだお披露目ができて。その時にはコロナも収束し、道後温泉ににぎわいが戻ってくる。そんな日を待ち望んでいます」(越智さん)
*展示内容やスケジュールは、変更になることがあります。
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