2022/4/8

【データ活用の罠】短期間で乗り越えたUCCの徹底DX

NewsPicks BrandDesign ChiefEditor / NewsPicksパブリッシング 編集者
 ヒト・モノ・カネに続き、第4の資産とみなされるようになった「データ」。
 データ活用は、経営課題の重要なテーマだが、実践できていないどころか、それ以前の旧態依然としたシステムの課題で足踏みする会社は多い。
 その原因は敢えて絞ると2つになる。
 1つは、データ活用以前の課題である社内システムの老朽化・複雑化である。
 そしてもう1つは、データ活用に踏み切るには多大なコストがかかり、投資対効果(ROI)が読めないことだ。
 ここには皮肉な現実がある。データ分析への期待が高まるにつれ、新たなツールや技術が次々と市場に投入され、現場の紛糾を招く原因となる──
アナリティクスのパラドックス」だ。
 しかし、このパラドックスをわずか3年足らずで乗り越えた企業がある。
 コーヒー関連事業を営むUCCグループ(以下、UCC)だ。
 UCCは、長年このパラドックスに陥っていた。
 1933年創業、栽培から1杯のコーヒーまで一貫して手掛ける同グループは、コーヒーのトータルソリューションを提供するグループとして、世界20か国、国内外の78社で事業を展開し、コーヒー事業において、B to Bで世界トップクラスの規模を誇るという。
 しかしその規模と伝統ゆえに、事業会社間・部署間におけるデータ利活用の分断も深刻だった。
 デジタル変革を断行したのは、CISO黒澤俊夫氏だ。
 外資系でキャリアを積み、前職の大手外資系医療機器メーカーではCIOを務めた経験があり、海外のデータマネジメント事情にくわしい。
 2019年9月にUCCホールディングスに入社した同氏は、3年ほどの短期間でデータ活用のプラットフォームを再構築しつつある。
 社内のPC/コミュニケーションツールなど足元の整備から始まり、今やDXを牽引するデジタル変革の実践について、黒澤氏に聞いた。

足元からのデジタル変革

──黒澤さんがUCCホールディングスにジョインしたのは2019年。DXを推進するため、まずしたことは何ですか?
黒澤 IT環境をイチから変えました。Windows7搭載のPCをなくす、社内にMicrosoft365を導入する、勤怠の入力をスマホでできるようにする、VPNだった社内ネットワークを変える……。
──おお、そんな足元からですか。
黒澤 沼地に家は建たないじゃないですか。デジタルワークプレイスを改善し、地盤改良をしないと次に進めません。
外資系企業を中心に25年以上のITキャリアを持つエンタープライズICTのプロフェッショナル。プログラマー→ITコンサルタント→事業会社IT部門長とキャリアを形成し、前職は大手外資系医療機器メーカーのCIO/CISOとして、グローバル化とビジネス成長をドライブするIT組織への改革で辣腕を振るう。2019年9月にUCCホールディングスへ移籍し、2020年7月より現職。2021年6月からはグループIT子会社ユーコット・インフォテクノ代表取締役社長を兼務。
 当時、UCCのIT環境は立ち遅れていました。とくに課題だったのは、プライベートクラウドにあるオンプレミス環境(社内運用)のサーバ群を中心としたIT環境でした。
 例えばメールボックスもグループ全体で使える上限が決まっていました。これを社員5,000人に割り当てるので、みんな少ない容量でやりくりしなければいけない。月に一度は容量を節約するため、メールの整理をしていたわけです。
「去年の冬から1人2GBまで使えるようになったんですよ」と自慢気に担当が言うけれど、「いや、それじゃヤバくない? Microsoft365なら100 GB使えるよ」と……。
 それで2020年1月の会議にかけ、同年9月末までにほとんどすべての足回りを変えました。
 当時のIT部長やIT子会社のメンバーからは「導入したばかりのメール・ポータルシステムの償却がこれから始まるから、あと5年待ってくれ」と言われました。この時代に5年を待つことで失うものを理解できていないわけです。
 わりと多くの企業で“あるある”ではないでしょうか? このプロジェクトでは億円単位のペナルティがかかってきましたけど、リターンはその何倍にもなります。
──よく押し切れましたね。どう社内を説得したんですか?
黒澤 UCCは経営陣での議論が活発な組織です。経営会議など然るべき手続きを踏まえた上でトップの了承を得れば、実行自体は可能ですし、この環境に不満を持っていた方はシニアマネジメントから現場まで少なくなかったですので、それが後押しになりました。
──黒澤さんはトップの信任を得ていた、と。現場から不満は出ませんでしたか?
黒澤 あまり出ませんでしたね。一定程度の反対勢力はあったと思います。ただそれよりも不便を感じる人が多かった。それが助けになりました。
「毎月メールを整理したくない」「いちいちPCを立ち上げてVPNに入らないと勤怠の入力ができないのは面倒」「外に出てバリバリ営業しているのにWindows7では辛い」など(笑)。
──社員の方々は新しい仕組みにすぐ馴染みましたか?
黒澤 そう、この手の話で一番難しいのは、チェンジマネジメントです。
 新たなネットワークへの切り替えは2020年4月から8月にかけて段階的に行いました。ちょうどコロナが蔓延し始めたころです。そのため4月ごろテレワークを始めた人の多くはVPNから社内システムを利用するしかありませんでした。
 もともと補完的な位置づけで作ったネットワークだから、みんながZoomでつないだりすると、すぐパンクする。すると今度は基幹系のデータが取り込めなくなり、業務にインパクトが出る。小手先で帯域を増やすと、今度はルータが追いつかない……。
 4月半ばから5月の第2〜3週ぐらいまでは火を噴いていましたね。その時、社員に「社内システムを使わなくても済むことはインターネットでやろう」と教育しました。コロナ禍が変化を後押ししてくれた側面はありますね。

属人化・高齢化という経営課題のためのデータ整備

──そもそもDXの推進で解決すべきUCCの経営課題は何だったのでしょう。
黒澤 多くの企業と同様に、「属人化」「高齢化」への対策、「生産性の向上」が経営課題です。
 仕事のやり方が属人化し、社員が高齢化している。ありがちですが、長年同じ業務をしていくと、些細で部分的こだわりで全体の生産性が落ちてしまう。
 もう一つ、海外のオペレーションをいかに可視化するかという課題です。日本の人口が減少して内需が頭打ちになり、グループ全体の売上は3分の1強が海外という現状があります。
 例えば、今までは個別にやっていたコーヒー豆の調達を集約するなど、「業務プロセスの集中と標準化」が一つのキーワードになってくるでしょう。
 また、UCCのコアなお客様が高齢化しているため、若い世代にどうブランドを浸透させるかも大きな課題です。新商品を発売した時にSNSでどういう反応があったかもフォローできていません。このようにデータをもとに解決すべき課題はたくさんあります。
──そうした経営課題に取り組むため、次にしたことは?
黒澤 まずは「マスターデータ」の概念を植え付け、その理解を促し、データを整理しました。言い換えればマスターデータの単純化・正規化ですね。
 日本企業の多くは手組みで作った基幹システムを使っていて、下部システムがそれに引っ張られています。新しいクラウドサービスを入れたり、既存のオンプレを変えたりするたび、基幹システムとのつなぎ込みが必要になり、スピード感が出ないうえ、費用もかさみます。
 では、なぜ基幹システムとつなぐ必要があるか。当社の名簿には顧客情報をはじめとする「マスターデータ群」が中にあって、それを参照するためなんです。「じゃあマスターを中から出そう」と考えました。これは次世代のERPを考えるうえでも避けて通れないことです。
 細かいところを見ていただく必要はありませんが、こちらのビフォー・アフターの図をみていただくと雰囲気がわかると思います。
──これは大変ですね……。最終的には、だいぶシンプルになっています。具体的にはどういうことをしていったのでしょうか。
黒澤 例えばグループの食品卸会社は、基幹システム内のマスターで倉庫の管理をしていたせいでオペレーション上の制限がありました。そもそも手組みのERPはWMS(倉庫管理システム)ではないですからね(笑)。
 同社には国内100拠点ぐらいの倉庫があり、お客様から受注すると、そこから商品をピッキングして出荷します。しかし、先に申しましたように、基幹システムは倉庫用に作られていませんから、細かい賞味期限の管理や欠品対応はリアルタイムにできませんでした。
 注文後のピッキングや出荷も、現在はハンディスキャナ方式に切り替えています。少し前までは「事前にピッキングリストを印刷して、鉛筆で印をつける」というアナログなオペレーションでした。これではミスが起きて当然ですし、漢字が読めない外国人スタッフなどは到底雇えません。
 この状況を改善するためにWMSを導入しようと考えました。しかし、多くのマスターデータが基幹システムにあり、それによって色々と課題があり、「基幹のデータベースが弱いから、新たにデータベースを立てよう」という話が出ました。
 私が入った時点で、プライベートクラウドには130前後のサーバがあって、何かするたびにアプリケーションとデータベースをセットでつくっていたんですが、これだけあるのに、また立てるのかと……。
 それでマスターデータベースをクラウドに出して、ごちゃごちゃだった線をすっきりさせました。
──やはりデータ活用のかなり手前の取り組みですね。変革を進める時のポイントは何でしょう?
黒澤 とにかくマスターデータの改善です。社員とは「どんな情報がマスターとして必要か」という観点で考えるようにと話しています。
 今までUCCには「同じお客様なのに、マスター上は別に見える」という問題がありました。食品卸会社が登録した「A」というお客様と、コーヒーマシン会社が登録した「A」というお客様。実は同じ会社なのに、システム上は別扱いです。
 出入りの激しい飲食業では貸し倒れがよく起きます。しかしマスターが冗長だと、破産申請があった時、グループ全体でその会社にいくら貸しているか、すぐには出てきません。
 このケースの場合、マスターには社名・住所・代表・資本金のようなお客様の基本情報さえあれば、グループ全体でいくら取引があるのかすぐわかります。
 でも「お客様への配送が何曜日になるか紐付けたい」と現場が考え、よけいな情報をくっつけてしまうと、何か変更が発生するたびに触らなくてはいけなくなり、メンテに2〜3人は必要になってくる。
 これでは本末転倒です。配送曜日の管理がしたいなら、別のシステムですればいいだけですよね。現在こういう観点からマスターの整理を進めている最中です。
──現場の運用から変えないといけませんね。揺り戻しは、起きませんか?
黒澤 それはもちろん起きます。システムは長年積み上げてきたものですから、「なぜそうなっているのか」という理由が誰にもわからなくなっている場合があります。私はこれを「秘伝のタレの継ぎ足し運用」と呼んでいます。
 この機能がなくなると業務が止まってしまうかもしれない――そんな思いがあって方針転換が怖くなるのかもしれません。業務システムにアドオンがどんどん付加されていくのは、きっとその表れでしょうね。

データ整備のキーポイント

──そういう運用がなされている基幹システムは、多そうです。そんな状況でも、マスターを整理するには何がキーポイントなのでしょうか。
黒澤 鍵は「どこでどのようなデータが生まれるか」を把握することです。
 我々の場合、外部から入手するデータとして、気象データや、自社製品に関するSNS投稿、そして小売店でのPOSデータなどがあります。
 当然、社内では、在庫管理や倉庫のトランザクションのようなデータが日々大量に更新されます。
 鰻の稚魚がどこで生まれるかを特定すれば、ちゃんと養殖できる。でも、それを押さえていないと育てようがないのと一緒です。
──どのように膨大なデータを整備したのでしょうか。
黒澤 各事業会社に「データスチュアード」という、データ管理の実務担当者を置く体制にしました。これは私が長年いた外資企業では当たり前でした。
 結局、データは現場で生まれてくるじゃないですか。その段階で不備があると、ゴミになって使えません。
 自分たちが使うデータの品質には、自分たちで責任を持つ。そういう姿勢を身につけてほしいと思い、このような体制にしました。この体制によって、グループ全体がより一元的に、標準化されたルールのもとでデータを運用するようになりました。
──データの管理・分析にはどのようなプラットフォームを使っていますか?
黒澤 Microsoft Azureの「Synapse Analytics」を使っています。類似製品も含めて検討しましたが、ビジネスの全体最適を考えた場合、これが最もバランスがいい。もっと大量のデータを扱える製品もあるけれど、現場からするとオーバースペックなんですね。
──決め手となったのは?
黒澤 整理すると以下のような図になります。
 まずはスモールスタートできる点。クラウドベースなので、オンプレでデータウェアハウスを持つのとは違い、初期費用や運用・保守人員にコストをかけずにスタートできます。用途に合わせて好きな時にサイジングできるのは魅力ですね。
 あとはセキュリティ面でも安心です。Azureの場合、Azure Active Directoryで権限が設定できます。特定ユーザーに一時的にアクセス権限を与えるつもりが、権限付与した事実を忘れてしまい、情報漏洩につながってしまう、これって「あるある」なんですよ。
 ただ、それを厳格にしてしまうと、業務上で手続きが面倒になったり、全体的にスピード感が落ちたりしてしまいます。Azure Active Directoryとの連携は運用上のハードルを下げてくれますが、セキュリティ上の管理レベルは上げてくれます。
 また、他社クラウドサービスとの連携も楽です。Microsoft365はもちろん、DocuSign、ServiceNowなどともスムーズにつなげられます
──今後、さらなるデータ活用には何を行う予定でしょうか。
黒澤 スコープに入っているのは、過去データ分析の脱却です。
 冒頭にお伝えした通り、UCCグループにはプライベートクラウドのオンプレミス環境があり、それを中心にオペレーションが回っています。それらを次世代のERPに変えていきます。
 その中でマスターデータの概念や一元的にデータを集めるデータレイクの本格活用など、色々とやるべきことがあります。また、オンプレミス環境のデータウェアハウスをデータマートにダウンサイジングしてAzureに持っていく予定です。
 散らばった鰻の稚魚を一つの池にすべて集めるイメージで、工場から店舗までのデータをまずは一元管理したいですね。
 それとデータの分析や活用が前月や前年など、過去ベースですので、これを複合的なデータの組み合わせやAIも一部活用して未来予測に変えていきます。
──これからDXを推進していきたい、けれど問題が山積している――そんな悩みを抱える事業部責任者は多いのではないかと感じます。アドバイスするとしたら?
黒澤 まずは身の回りから見直してみることが第一歩です。オポチュニティは「外」ではなく「内」にある。ある意味で“青い鳥”と言えるかもしれません。
 DXをめぐっては飛び道具的な話がたくさんありますが、それに惑わされずビジネスのマネジメントとしての目線で、どのようなITソリューションが自分たちにフィットするかを判断する。デジタル人材はビジネスサイドにこそ必要です。

データ活用を阻む3つの原因

──UCCにはデータ活用を阻む壁がいくつも存在していました。これは多くの企業に共通する課題なのでしょうか?
松丸 はい。過去に「OA化」をいち早く取り入れた企業ほど、データがサイロ化している傾向があります。業務の最適化だけであればそれでも良かったのかもしれません。しかしシステム同士の連携は考慮されていませんでした。
 現在ビジネスを取り巻くデータの量(Volume)・種類(Variety)・求められる処理速度(Velocity)は、劇的に増え続けており、サイロ化してしまっている状態では、システム間のデータを連携し、分析するといった「データの利活用」は非常に難しいんです。
──なぜでしょうか。
松丸 企業がデータ利活用を進めようとすればするほど、データの種類や分析方法はサイロ化されていき、オペレーションが複雑になっていくからです。
 これをMicrosoftでは「アナリティクスのパラドックス」と呼んでいます。データビジネスが過渡期にある現在、多くの企業がこれを少しずつ感じ始めていると思います。
 サイロ化の原因は以下の3つです。
 このために、各部門・各部署で扱いがバラバラになってしまうのです。
──UCCの場合はどうしたのでしょうか。
松丸 Azureの「Synapse Analytics」の導入ですね。 Synapse Analytics最大の強みは、カバーする領域の広さです。
 データウェアハウス、ビッグデータ分析、機械学習、そしてデータのガバナンス。これら4つの機能が揃っています。つまり、すべてのデータを一元的に集め、用途に合わせて加工から分析まで行える。これによってサイロ化が防げるのです。
──Synapse Analyticsはどのような職種にニーズがあるのでしょう。
松丸 特に財務や経理のファイナンス戦略担当者、マーケティング戦略担当者などビジネス層のユーザーですね。みなさんやはり悩まれているのは、サイロ化の問題です。社内のさまざまな場所にデータがあって、部署ごとに管理されている。
 それを統合的なプラットフォームに集め、各事業部それぞれが分析できる基盤を作りたい──その手段としてクラウドベースで「ミニマムに始められる」Synapse Analyticsをお選びいただいています。
──理想的にはどのような環境をつくるといいのでしょうか。
松丸 マイクロソフトは、アナリティクスコンティニアムという考え方を強く推奨しています。
 コンティニアムとは連続性、または連続体という意味を持ちますが、マイクロソフトはこのコンセプトのもとで、アナリティクスを取り巻くこの逆説的な状況の解決に取り組もうとしています。
 やはり利用者の業務の一部として、シームレスに導入できる環境が必要だからです。組織全体としてデータをもとにしたビジネス改革を目指すお役に立てればと思っています。