2022/3/25

“逆境の東北”で勃興する「ビジネスリーダー」の新たな生み出し方

NewsPicks Re:gion 編集長
 地域で圧倒的に不足しているのが経営人材だ。既存企業の後継者不在や、新たな事業を起こす起業家不在は、地域経済の喫緊の課題となっている。
 地域で新たなビジネスリーダーを生むための試みとは?
 NewsPicks Re:gionは2月、TOHOKU Growth Acceleratorとのコラボレーションにて東北を舞台にしたカンファレンス「Re:gion×TOHOKU」を開催した。
 そのうち、「地域を活性化させる“事業創出人材”を生む新手法」について議論したセッションの内容をお届けする。
INDEX
  • 地域から「経営人材」を生む新手法
  • 東北に求められるのは「世代交代」だ
  • 「社員を抱えない経営」へのシフトが要る
  • 地域が優先すべきは「優秀な後継ぎ」の増加
  • 「チャンス」と「出口」をセットでつくる

地域から「経営人材」を生む新手法

──ビジネスリーダーを生み出す新手法について、登壇者の方々が実際に取り組んでいることを教えてください。
小松 福島県・女川町を拠点に「VENTURE FOR JAPAN(以下、VFJ)」を提供している小松です。
 これは起業家志望の新卒・第二新卒の若者が、経営者直下の事業責任者などのポジションで地方の中堅企業に期間限定で就職するプログラムです。
 経営者と毎日一緒に仕事をする経験を通じて、スキルだけでなくメンタル、意思決定力を鍛え、2年後には起業できるだけの能力を身に付けてもらうことを目指しています。
 いわゆる大企業就活の流れに乗ったら絶対にできない経験が、地域企業では可能です。これを「ステップアップ起業」と名付け、Z世代が目標に向かって最短距離で成長する機会として提供しています。
──続いて山口キャピタルの取り組みについて古堂さんご紹介をお願いします。
古堂 私は東北の人間ではないですが、地域の課題という点では同じ危機意識を持っています。
 サーチファンドは、3年前に山口キャピタルが日本で初めて導入した仕組みです。
 簡単に言うと経営者を目指す個人が、投資家の支援を受けながら承継したい中小企業を探し、その事業を承継し、経営者として会社を成長させていく投資モデルです。
 日本において個人M&Aによる事業承継はまだ一般的でなく、地域には高いポテンシャルがありながら次世代への承継がうまくいっていない企業が少なくありません。
 そこで我々が資金面や実行面で支援することで、地域の中堅企業と優秀な経営者候補とのマッチングを加速させることを目指しています。
 起業以外で経営者になるキャリアを提供することで、地域の後継者不在企業と、これから経営者を目指す個人を結びつけています。
──続いて、バトンズの大山さんお願いします。
大山 私は上場会社の創業者の一人で、20年近くその会社を経営した後、社内ベンチャーをスピンアウトさせる形でバトンズを創業しました。
 提供しているのは、地域の小さな事業や商店をネットで簡単に売り買いできるサービスです。特に東北は全国的に見ても廃業率の割合が高いため、力を入れて活動しているエリアのひとつです。
 「東北を日本で一番廃業が少ない地域にする」ことを目指して、後継者のいない地域の産業を、若い人たちに引き継いでもらっています。
──最後に福留さん、お願いします。
福留 MAKOTOキャピタルは、東北に根ざして現在投資している唯一の独立系ベンチャーキャピタルとして、スタートアップや起業家の支援を行っています。
 加えて、事業支援のノウハウやスタートアップが持つ知見と、DX推進を強みとしたコンサルティングファームの出身である私自身が持つ知見を元に、東北の中核企業が元気になるためのデジタル化・DXもサポートしています。

東北に求められるのは「世代交代」だ

──早速ですが、東北エリアは全体的に開業率が低く、廃業率が高い。つまり新しい事業を創る人材、経営人材が生まれづらい状況です。これはなぜだと思いますか?
福留 私は大阪出身で、大学から東北に来ました。なので今でも大阪のスタートアップの方と話す機会がよくあるのですが、彼らの活発さと比較すると、東北は若い人たちの「横の動き」が少ないと思います。
 理由はいろいろ考えられますが、現在のビジネス環境も含めて、歴史的・地理的な要因も大きいと思っています。
──歴史に詳しい大山さんはどのように見ていますか。
大山 東北6県の広さは日本の3割を占め、約900万人の人口があります。つまり、東京23区とほぼ同じ人口が存在する、規模的には決して小さくないマーケットなんですね。
 でも東京と違う点は2つあって、一つは山脈と盆地に囲まれた土地なのでマーケットが分断されていること。
 東京は小さなエリアに人が集約されているから、いろんな融合や相乗効果が生まれますが、東北は広すぎて分断されています。
 もう一つは、東北の人口最盛期は昭和の終わりだったこと。
 かつての東北地方は日本の製造業を担っていた場所で、いろんな会社が東北に大きな工場を造り、そこで作ったモノを世界中に輸出していました。
 ところが、日本の製造業が衰退し、働いていた人たちの高齢化も進んだ結果、働く場所がなくなって若い人が流出し、新しい産業が生まれなくなった。
 これを繰り返したことで東北経済は衰えてしまったんですね。
 この負の循環によって若い人が出て行ってしまったわけですから、若い人を呼び戻す、もしくは新たに来てもらう循環をつくることができれば、新しい産業が生まれるようになると思っています。
 人の面で言うと、東北の人は粘り強く、長く頑張る気質があります。これは長所ですが、一方で短所にもなっている。人材の新陳代謝が起きづらいのです。
 先代のトップが長いこと一人で頑張ってしまうから、その間に若者がいなくなって後継者不在になってしまう。東北に今求められているのは、若い人たちが主役になる「世代交代」だと思います。

「社員を抱えない経営」へのシフトが要る

──どうすれば世代交代ができるのか? 東北に限らない日本の課題ですが、地域からそれを進めるために、何ができるでしょうか。
小松 地域で若者たちを主役にするためには、地域企業はかなりドラスティックな変革が必要だと思います。
 私が日頃、Z世代の若者と接していて感じるのは、彼らの価値観はそれ以上の年代とはまったく異なるということ。シニア世代だけでなく、30〜40代のミドル世代の感覚とも乖離しています。
 キャリア観ひとつをとっても「転職」や「副業」は当たり前で、ひとつの地域、ひとつの会社にとどまるという感覚はなじまない。優秀な人ほど経験を積んだら次へいくことを前提にする必要があります。
 採用の仕方も大きく変える必要があって、すでにアメリカのZ世代は、就職活動に従来の就活サービスを使っていません。気になる会社があれば、そこで働いている人のSNSにメッセージを送って直接話を聞くのが主流になってきている。
 日本のZ世代もその傾向になりつつあります。企業は価値観を大きく変えなければキャッチアップできない。逆に言えば、それができれば地域企業でもチャンスは増えるはずです。
──新しい価値観に対応できる企業は、地域でも増えるでしょうか?
小松 VFJで関わらせてもらっている地域企業は対応し始めています。わかりやすい違いは、「社員を抱え込まない」という価値観へのシフトです。
 優秀な若者ほど、成長につれてより広いフィールドに出ていく。それを惜しむのではなく、ポジティブに受けとめて称賛した方がいい。
 なぜなら、良い関係性が持続できていれば、地域を離れたあとも兼業・副業で一緒に仕事をし続けられるかもしれない。新たなビジネス拡大の起点になる可能性だってある。
 抱え込むのではなく、つながり続けるための環境をつくることが大事だ、と考える経営者が登場してきています。
──移住者よりも「関係人口」を増やすことが地域課題として叫ばれていますが、企業にとっても同じということですね。
福留 大企業勤めで東北支社に配属された人が、数年働いて東京に戻るとき「東北との関係を持ち続けたい」と思ってくれるケースは実際に少なくありません。それが意外と、ビジネスの縁として継続するんですね。
 関係人口をいかにマネジメントするか、いかに関わり続けてもらうか。副業や兼業というスタイルも広がってきています。地域企業が関係人口を増やす視点は重要になってきていると思います。

地域が優先すべきは「優秀な後継ぎ」の増加

──地域において経営者をいかに増やすか。選択肢としては起業と事業承継、どちらを増やすことが重要でしょうか。
古堂 それを考えるには時間軸の観点が必要だと思います。
 もちろん地域に起業家が増えることは素晴らしい。ユニコーンが生まれたら最高に素晴らしい。ですが、地域にとってゼロイチをやるスタートアップ人材だけが必要なわけではありません。
 地域経済が衰退している流れのなかで、現時点において地域を支えている既存の中堅企業がつぶれていくことのダメージは無視できません。
 地域の規模によっても異なりますが、ゼロイチの人材がすぐに地域に集まる可能性の方が低いでしょう。であれば、先に優秀な後継ぎを増やすアプローチが正しいと私は思っています。
 ポテンシャルのある地域企業を優れた若者が承継し、良い経営で事業を成長させていく。するとゼロイチの新規事業も生まれていく。長い時間軸で考えれば、こちらの方が地域に成長事業を増やせると思っています。
大山 そのためには、加えて「この会社を誰かに引き継いでもらいたい」と考えるシニア世代、世代交代の意思を持つ経営者をいかに増やすかの観点も重要ですね。
──地域企業の事業承継というと「血縁承継」を前提に考えがちですが、外部から若い経営者を連れてくるべきだと。
古堂 そのとおりです。血縁承継にこだわっている余裕は、もはや地域には無いと思っています。
 実際、山口キャピタルが提供しているサーチファンドでは、過去4年間で5人のM&A実績がありますが、そのうち4人は別の地域からの「移住承継」です。
 バトンズをクリックするのも、サーチファンドにエントリーするのも、VFJに申し込むのも、ゼロイチではない形で経営者になる新しい手法です。もっと多くの方に知ってもらいたいですね。

「チャンス」と「出口」をセットでつくる

──東北がより多くの経営者を輩出する地域になるために、何が必要だと思いますか?
小松 2つあって、一つは大学が就活の仕組みを変えること。既存の就活システムのままでは「大企業に就職する人や官僚になる人が成功だ」という慣習は変わりません。挑戦するキャリアを応援する仕組みをつくるべきだと思っています。
 もう一つは企業が考え方を変えること。若い世代の価値観を理解した受け入れと、キャリアアップにつながるような仕事を用意する必要があると思っています。
古堂 これは自戒を込めて言いますが、地域の金融機関がキーパーソンにならないといけないと思っています。
 金融機関に必要なのは、地域と共に成長するスタンスを持って、いろんな活動をすること。地域の経済が発展せず、地域の金融機関だけが発展する道はないですから。
福留 私も2つあって、一つは高校生や大学生などの学生が、自分で自分の人生を狭めてしまわないことです。小松さんのVFJもあるし、行政の起業支援も充実してきているので、どんどん挑戦してほしいと思っています。
 もう一つが、東京で働く東北出身の人たちに関わってもらうことです。東京に出るとき、いつか東北に戻りたいと思った人は少なくないはず。
 物理的に東北に戻るのは難しくても、ビジネスを通じて積極的なご縁をつくってほしいと思っています。
大山 一番大事なのは、「チャンス」と「出口」があることだと思うんですね。
 若い人が東京に行くのはチャンスがたくさんあるからで、それが地域になければ残るはずもありません。
 一生同じ仕事をやり続けたい人は若い世代にいないのだから、地域にチャンスをたくさんつくるのが大人の役割だと思っています。
 そして、「チャンス」をつくったら必ず「出口」を用意する、もしくは出口を許すことが大切です。
 うまくいかなくて辞めても、別の人に譲っても構わない、許される仕組みを地域や行政が整えるべきではないでしょうか。
 この「チャンス」と「出口」の仕組みができたら、生かすのは地域の若い人たちです。
 仕組みをつくるだけでは何も変わりませんが、若い人たちが魂を入れていけば、エコシステムは回り始めると思います。この考えを持って、各地で事業創出人材を増やしてほしいですね。