「明確な楽観主義」の最後の砦が、シリコンバレーだ

2014/11/4
ティールの起業家精神についての考え方は、著書『ゼロ・トゥ・ワン──君はゼロから何を生み出せるか』に要約されている。
同書は、ベンチャーキャピタルとハイテク企業を立ち上げる方法を指南する紛れもないハウツー本だが、西側世界が未来への信頼を失ってしまったとする主張や、社会を救うテクノロジーの力などについて、ティールの考えが自由闊達に語られている。
出版のきっかけは、2012年にティールがスタンフォード大学で行った「主権とテクノロジー、グローバル化」というテーマの一連の講義だった。
法律を学んでいたブレイク・マスターズがクラスのノートをオンラインのブログに掲載したところ、数千回の閲覧があった。ティールらしく、腹を立てることもなく、シリコンバレーでは珍しくない「オープンソース」の考え方としてこれを受け入れ、講義を本にするためにマスターズに協力を要請した。マスターズは共著者として名を連ねている。

「漠然とした悲観主義」に漂う西側世界

ティールは、米国は20世紀の大半において「明確な楽観主義」の幸福な状態にあったと考えている。その成長は、州際高速道路からアポロ宇宙計画まであらゆるものを生み出した限りない未来への信頼感によって推進された。
ティールはいたずらっぽく笑いながら、この時期の終わりの始まりは1969年の夏だったと言う。7月20日にニール・アームストロングが人類で初めて月面を歩き、その3週間後にはウッドストックでロックフェスティバルが開かれた。
「振り返ってみると、進歩が死んでヒッピーがとって代わったのはこのときだった」とティールは言う。
ヒッピーを攻撃しているわけではない、とティールは付け加える。ただ、これをきっかけに科学と技術の進歩への信頼が人々を活気づける強い力でなくなってしまった。
それ以来、米国は「漠然とした楽観主義」に陥った。将来はどうにかしてよくなるだろうとあいまいに考え、なんとかやっていくが、将来がよくなることを保証するための計画を立てる必要性を感じなかった。

数十年にわたる好況が始まった

ところが今では、米国は将来をあきらめてしまった。ほとんどの人がだれかほかの人が自分たちの問題を解決してくれると考え、自己満足に浸り、前に進む気はない。人々は将来が今より悪くなると信じているが、それについて何をしたらいいか明確な考えがない「漠然とした悲観主義」の中にある。
ティールはこう語る。
「日本は1990年代以来ずっとこうした漠然とした悲観主義の中にあり、今では欧州がそうした状況だと考えている。文化的に言って、これは極めて有害だ。米国のミレニアム世代は、将来に対する期待が親より低くなった初めての世代だ。それは退廃的で、衰退論的だと思う」。
米国は、「確実な未来」に戻る道を見つけなければならない。そしてそれを実践している場所、米国の「明確な楽観主義」の最後の砦はもちろんシリコンバレーだ。
「ここは先進世界で最もダイナミックな場所だと思う。極めて楽観的な場所で、未来についてまったく違った考え方をしている。それで非常に居心地が悪くなる人もいるが、私は数十年にわたる好況が始まったと考えている」。

ティールのiPhoneのアプリは?

懐疑的な人だったら、人類が直面する大きな問題にシリコンバレーが答えを提供したことがあっただろうかと考えるかもしれない。シリコンバレーは、ささいなことにたいへんなエネルギーを費やし、巨額の利益を生み出す場所のように思われることがある。
例えば、若者や技術に精通した人々の切迫した問題に対処するモバイルのアプリや、配車サービス「ウーバー」の車をできるだけ早く呼ぶ方法、混雑したバーの反対側に立っている友人を見つける方法などなど。
ティールもその問題は理解している。ファウンダーズ・ファンドのウェブサイトのスローガンはこういうものだ。
「空飛ぶ車が欲しかったのに、手に入れたのは140文字だった」。
ティールのiPhone(アイフォーン)にはほとんどアプリが入っていない。「消費者向けテクノロジーをいち早く採り入れるタイプでないのは確かだ」とティールは話す。
彼はフェイスブックを「大きく成功したビジネスで、重要な意味で世界を良い方に変えた」と擁護するが、本人は「適度な」利用者にすぎないという。「各利用者が関心を持つ可能性が高いニュース提供のアルゴリズムがかなり改善した」。猫のビデオは?「見ない」。
ツイッターでだれ一人フォローせず、自らも一度もつぶやいたことがないにもかかわらず、ティールには4万4000人のフォロワーがいる。
「急いで書き込みをして、後で後悔するリスクがある。でも、時間をかけて何かをしても、やはり後悔するようなことをしてしまうリスクはある」とティール。ソーシャルメディアが「我々の文明を次のレベルまで引き上げることはないのは確かだ。だから必要ない、という議論があるが、私はもっと必要だと思う」。
次回へつづく。
(執筆:Mick Brown記者、翻訳:飯田雅美)
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