【歴史理解】ロシアが「反ナチス」にこだわる絶対的背景
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「生存圏」という概念があります。ドイツでは20世紀の初めから唱えられてきて、ドイツ人が生存するためには、東方、つまりポーランドやリトアニア、ロシア、ウクライナに領土を獲得しなければならない、という主張でした。
ヒトラーは1920年代から主張していましたが、ドイツが1941年にソ連に攻めこんだ目的も、この「生存圏」の獲得であるとされてきました。
ドイツとロシアの因縁は古く、19世紀にドイツ統一を成し遂げたプロイセンは、もともとドイツ騎士団でしたが、ドイツ騎士団は12世紀から「北方十字軍」と称して、ポーランドやリトアニア、ロシアに攻めこみ、入植を続けてきました。ロシアなどは東方正教会であり、カトリックではないので、これを滅ぼすのは十字軍である、という理屈でした。
「生存圏」という概念は、世界に広く影響を与え、日本でも満州を制圧して日本人を入植していかなければ、日本の人口を支えきれない、といった主張が実行に移されてしまいました。
この「生存圏」論の非合理性を指摘して、「小日本主義」を唱えたのが、戦後に首相になった石橋湛山でした。増え続ける人口を支えるのに必要なのは領土の拡大などではなく、教育と技術、製造業と貿易によって雇用と所得を増大させることだ、という石橋の主張は、戦後に実証されました。
「生存圏」論に脅かされて亡国の危機に瀕したことのあるロシアは、今度は自分たちの生存圏を確保しなければ存亡に関わる、といった思考が一部で持たれるようになりました。
このあたりは中国も似ているでしょう。日本が中国を攻め滅ぼすことなどありえないし、ドイツがロシアを攻め滅ぼすことも、もはやありえないのですが、米国を新たな脅威と見立てて、生存のための闘争に直面していると大真面目に信じているのが、今のロシア政府の指導部です。
歴史を知ることは重要なのですが、歴史を現在に生かす、というのはひどく難しいことです。歴史に学んでいると信じて迷妄に囚われてしまうことも多く、今のロシア政府がいい例です。
歴史を現在に生かす、といっても、まず現在の世界のことを理解している必要があります。経済や技術、軍事、文化、その他諸々を通して現在の世界を理解したうえで歴史を応用するのですが、現在の世界についての理解が間違っていると、歴史の応用も間違ってしまいます。ヨーロッパを席巻したナチスを弱らせたのが独ソ戦だったというのは、異論の無いところです。ソ連および東欧諸国が死闘を繰り広げた結果、ナチスを止めることができたという歴史観は、ここまでであれば理解できます。
ただ、大木先生が触れている通り、反ナチス戦争に乗じていろいろと悪辣なことをやったのも事実です。その他、有名なエピソードとしては「カチンの森」「ワルシャワ蜂起」あたりでしょうか。
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/カティンの森事件
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/ワルシャワ蜂起
ソ連が戦後のポーランド統治を潤滑化するために、ポーランド人将校を大量虐殺し、ワルシャワでは反ナチス武装蜂起のハシゴを外して国力を低下させたという話です。
やはりプーチンの歴史観は、ずいぶん自分に都合の良い部分ばかりを切り取ったものです。
歴史上に起こった無茶な失敗やそれに伴う悲劇を分析し、仮説を立てて検証し、理論的に解釈することで我々は学ぶことができます。
また、そういった歴史学の試みを続けて行くことが、いま起こっていることと、それに対する我々の考えを後世に伝えていくことにつながります。
現在我々はプーチンのウクライナ侵攻が、観念上でも実践上でも無茶苦茶だと認識しています。そして、これに対していろいろと思うところがあります。
後世に健全な歴史学が残っていれば、このウクライナ侵攻が本当に無茶苦茶であったのかどうか、その無茶の結果が何を引き起こしたのかを検証するでしょう。そして併せて、21世紀に生きた我々がこれに対して考えたことをも受け止めてくれるはずです。「世界史が変わる」5話目は、独ソ戦を掘り下げました。
この戦いは、80年経った今でも欧州の価値観、歴史観に影響を及ぼすほどの大戦争でした。日本では詳細に語られることがあまりないような気がしますが、この戦いの内幕を描いた大木毅先生にインタビューし、「理性では説明できない」独ソ戦の特徴や、私たちが歴史を学ぶ意味について大いに語っていただきました。
諸説ある犠牲者ですが、仮に3000万人とすると東京都、神奈川県、千葉県のほぼ全人口に匹敵します。これだけの人数が4年間で失われたと考えたら、この戦争の異質さが理解できるのではないでしょうか。「軍事的合理性を欠いた複合戦争」というのもわかる気がします。
そして、プーチン氏がしきりにナチス関連の発言を引用するのも、ロシアにとっては祖国を守った戦争であり、国にとっての誇りという面が非常に大きいからです(だからと言って、今回の行動は何一つ正当化されません)。
最後の「我々が決断する時に何を考えればいいのか、あるいは何を入れてはいけないのかということを、参考にするために歴史学はある」という言葉が、非常に重く心に残りました。