2022/3/23

【市場創造】地球にやさしい通貨、2050年の市場をつくる

NewsPicks Brand Design / Senior Editor
日本が掲げるカーボンニュートラルのリミットは、2050年。それまでに、2020年時点で11.49億トン(※速報値ベース)もあるGHG(温室効果ガス)排出量を実質ゼロにしなければならない。

カーボンニュートラル社会の実現に向けて、ビジネスはどのように貢献できるのか? 誰一人として他人事ではない取り組みを広げ、社会に促すために必要な仕組みとは?

新たなアプローチに注力する三菱商事ソフトバンクの2社の取り組みから、カーボンニュートラル実現の糸口と、その先に生まれる新しい市場の可能性を探った。
INDEX
  • 「目先の削減」と「新技術への投資」の両輪が必要だ
  • 世界に最も普及した建築材に「CO2を生かす」
  • 経済的なインセンティブ「カーボン・クレジット」とは
  • 見える化だけでは“答え”は得られない
  • “菌のコントロール”で脱炭素に貢献
  • カーボン・クレジットの盛り上がりは、想定された未来

「目先の削減」と「新技術への投資」の両輪が必要だ

 地球温暖化の原因といわれるGHG(温室効果ガス)削減の新たな手法として、大きな効果が見込まれているのが、CO2を分離・貯留し、再利用する技術だ。
 IEA(国際エネルギー機関)の報告書では、排出されたCO2を地中に貯留する「CCS(Carbon dioxide Capture and Storage)」が、2060年までの累積削減量の14%を担うと期待されている。
 そして、回収したCO2を再利用するのが「CCU(Carbon dioxide Capture and Utilization)」だ。
 総合商社の三菱商事は、EX(エネルギートランスフォーメーション)を掲げており、エネルギーの安定供給責任を果たしつつ、脱炭素社会へ円滑に移行するための取り組みを進めている。
三菱商事は、DXによる効率化と併せてEXを推進する。脱炭素への移行期は化石燃料の中でも環境負荷の低い天然ガスを活用。CCUS等でGHGを削減しながら、再生可能エネルギー主体の低・脱炭素社会へのシフトを目指す。
 同社は国内外のあらゆる産業に接点を持つ総合商社ならではの強みを生かして、新たな技術開発に投資し、サプライチェーンをつなげる役割を担っている。
 たとえば米国や豪州、インドネシアのLNG(液化天然ガス)事業の周辺で、枯渇したガス田等にCO2を貯留する事業の検討を始めた。また、北米でCCSを活用した水素・アンモニアの製造事業の検討も進めている。
「こうしたCCS事業は、将来的に大きな削減効果が見込まれるものの、地域・国ごとの法制度や経済的インセンティブ、社会受容性といった面でまだ課題があります。足下の施策として取り組んでいるのが、回収したCO2を『コンクリート』に固定する技術です」
 そう語るのは、三菱商事のCCUタスクフォースメンバーである小山真生氏だ。

世界に最も普及した建築材に「CO2を生かす」

 「グリーンコンクリート」とも呼ばれる建材系CCUは、製鉄所や火力発電所・セメント工場などから回収したCO2をコンクリートに固定する新技術だ。
 日本には鹿島建設と中国電力、デンカ、ランデスの4社が10年ほど前から開発してきた「CO2-SUICOM(シーオーツースイコム)」があり、鉄筋を用いない「無筋コンクリート製品」としては、すでに道路ブロック等で実用化がなされている。
 最大の利点は、水素が不要なこと。CCUには建材系の他に、CO2と水素を反応させて合成燃料や化学品を作る燃料化学品系CCUがある。しかし、大量の水素をいかに環境負荷やコストを抑えて調達するかが、大きな課題となっている。
「コンクリートは、世の中で最も多く使用される産業素材です。年間30億トンほどのCO2吸収効果が見込まれており、アメリカ政府も先日、数兆円をかけてグリーンコンクリートを調達していくと明言しました。その市場ポテンシャルは非常に高いのです
 北米では、カナダのCarbonCure社(※)の建材系CCU技術が、500以上の生コン工場で導入され、Amazonの第2本社やLinkedInのオフィス、ハワイの公共事業等にも使われています。現在は日本展開も検討中です。
 CO2-SUICOMは、CO2を固定化する対象領域を広げるべく、鹿島建設と中国電力と共同研究開発に取り組んでいるところです」(小山氏)
※編注:同社の最大株主はビル・ゲイツ氏率いる世界最大の脱炭素VC「Breakthrough Energy Ventures」。三菱商事もAmazonやMicrosoftと同タイミングで出資を行った。
 この共同研究は、NEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構)の公募委託事業に採択され、カーボンニュートラル社会の実現に向けて、大きな期待を背負っている。
 技術の進歩が待たれる一方で、小山氏はもう一つの課題について次のように語ってくれた。
「環境負荷を軽減するからといって、それだけで新しい製品を受け入れようとはなかなかならない。
 グリーンコンクリートの普及には、従来のコンクリートから置き換えても経済性を損なわないためのコストダウンはもちろん、積極的に導入したいと思わせるインセンティブの設計が必要です。
 その一つとして期待しているのが『カーボン・クレジット』制度です」

経済的なインセンティブ「カーボン・クレジット」とは

 カーボン・クレジットとは、GHG排出量削減・吸収による貢献を可視化し、クレジット化して売買する仕組みだ。
 三菱商事は2021年5月、カーボン・クレジット世界最大手であるスイスのSouth Pole社と協業し、CCUSなどに由来するカーボン・クレジットの開発・販売にも取り組んでいる。
 小山氏は「カーボン・クレジットは、2つの側面でGHG削減の後押しにつながる価値がある」と語る。一つは“対企業”の面だ。
「前提としてカーボンニュートラル社会は、すべての人が取り組まねば実現できないものです。ただ、どうしても自社ではGHGを削減できなかったり、削減コストが極端に上がってしまったりする産業もあるでしょう。
 そうした産業では、まず自社のGHG削減を最大限実施した上で、それでもなお残るGHG排出量はカーボン・クレジットでオフセットしていくことも削減手段となります。
 一方で、自らのビジネスの中で容易にGHGの削減ができる企業は、新しい技術を導入するなどしてクレジットを創出し、積極的に削減価値を提供すれば、それが自社の利益につながります。
 企業間取引を通じて、社会全体としての脱炭素コストを最小化する。これがカーボン・クレジットの意義です」
 そしてカーボン・クレジットのもう一つの意義について、世界中にいる“投資家“へのインパクトをにらんでいる。
「昨今の脱炭素トレンドの中で、環境関連の投資が注目されるようになりましたが、それも経済性が成り立つことが大前提。すると、再生可能エネルギーのような既存の技術にしか投資が集まりません。
 そこにカーボン・クレジットによるインセンティブが生まれると、新技術や新規事業にも投資が促進され、その資金によって事業の拡大やまた新たな技術開発・雇用創出へという好循環が生まれるはずです」
 技術開発にとどまらず、事業への広がりを見据えてカーボンニュートラル実現を目指す三菱商事。
 目先の削減を進めながら、中長期的な市場を見据えた取り組みは、国内外のあらゆる産業とつながる同社ならではの総合力を生かした戦略と言えるだろう。

見える化だけでは“答え”は得られない

CCUSのようなソリューションは、GHG削減の有力な手段である一方で、大規模かつ長期的な投資が必要な技術だ。

しかし、私たちにも身近なところで、家族単位のビジネスでもGHG削減が進むユニークな新技術が活用され始めている。
 そもそも、これから紹介するソフトバンクの「e-kakashi」は、温室効果ガス削減のために考案されたサービスではない
 その名に「かかし」を冠しているように、IoT センサーとAIを活用して農業をアシストしてくれるアグリテックのサービスだ。
 環境センシングデバイスを田畑やビニールハウス等に設置し、作物が感じているであろう温湿度、土壌の温度や含水率などを計測。
 施設園芸ではCO2濃度、水田なら水深など、作物に合わせてさまざまな環境データを収集できる。
【市場創造】地球にやさしい通貨、2050年の市場をつくる
 最大の特徴は、植物科学の知見を取り入れたAIが、収集した環境データなどから“最適な栽培方法”を提案する点にある。e-kakashiの開発を手掛けたソフトバンク・データソリューション部担当部長の戸上崇氏はこう話す。
「農業従事者のみなさんが求めているのは“答え”でした。環境データと作物の関係が理解されていなければ、データを提供されても使えない。
 そこで市場のニーズに合わせて、植物科学の知見を取り入れ、 作物の品質や収穫高を向上させるために“何をすべきか”がわかるサービスとして生まれたのがe-kakashiです」
 e-kakashiによる「農業の最適化」が目指すビジョンには、“3つの輪”がある。その一つが環境保全だ。
「農業従事者の方々としては、高品質な作物を効率よく生産する必要がある。そのために、科学的な知見や環境データを活用しましょう、というのがe-kakashiの発想です」(戸上氏)

“菌のコントロール”で脱炭素に貢献

 こうして生まれたe-kakashiは、農作物の生産性を上げるだけでなく、さまざまな環境保全に貢献する役割が注目されるようになった。
 たとえば、日本全国の水使用量の3分の2を占める農業用水。この適切な管理は、SDGsの6つ目のゴール「安全な水とトイレを世界中に」にも含まれる水資源の保全につながると同時に、温室効果ガス削減にも貢献する。
 人間の活動で発生する温室効果ガスの70%以上を占めるCO2に次いで、約14%をメタンが占める。
 実は、メタンは水田から多く放出されており、その割合は人間の活動による総排出量の20%に上るという研究結果も存在する(※)。
※Climate news network(2016)
「水田の土壌には、酸素が少ない状況下でメタンを作る微生物(メタン生成菌)が棲んでおり、水を張ったまま田んぼを放置するとメタンの放出量が増えてしまいます。
 メタン生成菌の活性を抑制するには、田んぼの水深を適切に管理し、土中に酸素を供給する「間断灌漑(かんだんかんがい)」と呼ばれる方法があります。
 海外の研究論文によると、適切な管理によって、メタンの発生をおよそ35%抑制できるという結果も出ています。
 ただしアナログな方法では、農業従事者の方々の工数が増えるだけ。たとえばソフトバンクは、国際熱帯農業センターが米州開発銀行と実施するコメ栽培プロジェクトに、e-kakashiを納入しています。
 ここでは、ベトナムの研究事例でも使われている水管理方法を参考に、水田メタンの発生抑制に向けて、水深センサーを使った環境データの取得などに取り組んでいます」

カーボン・クレジットの盛り上がりは、想定された未来

 戸上氏は、第一次産業における温室効果ガス削減に向けた課題についてこう語る。
「重要なのは、いかに農業従事者のみなさんにとっての“利益”と“便益”を示せるかです。
 たとえば海外の場合、収入が少ない小規模農家の方々には、いくら『環境にやさしいですよ』と伝えたところで、作業工数がかかる上に収益に直結しなければ手が出しにくい状況があります。
 環境への貢献を評価して、その社会的価値に見合う利益を還元する仕組みができると、第一次産業のDXや、温室効果ガス削減の加速につながるのではないかと思います」
 そんななか、日本におけるカーボン・クレジットを巡る動きについては、可能性と期待を感じているという。
「世界的なカーボン・クレジット市場の盛り上がりは、数年前から感じていました。環境保全の面でも農業を支えていく面でも、必ずこういった経済的な後押しとなる仕組みが必要になるだろう、と。
 e-kakashiとしてまだ具体的な予定はありませんが、 構想として検討していきたいと考えています。
 国内でももっと活発に議論され、方法論が確立されていくことで、温室効果ガス削減に向けた動きが広がるのを期待しています」(戸上)
 こうした新たなソリューションの普及を後押しすべく、経済産業省 環境経済室が主催するカーボン・クレジット検討会で、新技術に関するクレジット化について議論が始まっている。
 その間にもe-kakashiの活用範囲は農業支援にとどまらず、富山県黒部市の「YKKセンターパーク」では、緑地におけるCO2吸収量をリアルタイムで可視化する実証実験なども進む。
 このようなデータが評価されれば、自治体や産業用地の緑化に新たなインセンティブが加わる可能性もあるだろう
気象データと独自のアルゴリズムで、芝生や森林におけるCO2吸収量を可視化。「カーボン・クレジットと組み合わせて、さまざまな環境活動に貢献できるアイデアも生まれればいいと思っています」と戸上氏。
 興味を持った企業からe-kakashiに寄せられる問い合わせは年々増えているとのことで、「私たちが考えもしなかったアイデアが飛び出すこともあり、カーボンニュートラル実現に向けて、多くの企業のマインドが高まっているのを感じます」と戸上氏も驚きを隠せない。
 環境保全活動を経済効果へと接続するカーボン・クレジットのような仕組みが進んだ先には、新しい技術や既存のビジネスが広がりを見せていくことになるかもしれない。