2022/3/9

【秘話】台湾の命運を握る女性リーダー、蔡英文の「横顔」

ジャーナリスト、大東文化大特任教授
「世界に力強く伝えましょう、台湾とウクライナは共にあり、台湾と民主は共にあると」
2月下旬、台湾の蔡英文総統は、ウクライナ情勢を受けて、自らの給与1カ月を全額、ウクライナ義援金に充てることを明らかにした。
それで勢いがついて、義援金口座開設5日間で日本円にして12億円が集まった。
「今日のウクライナは明日の台湾」。ウクライナへロシアの攻撃が始まったあと、台湾のSNSではウクライナを台湾に例えるフレーズが一気に広がった。
最初は中国に攻め込まれる姿を想像し、悲観的な反応が多かったが、ウクライナの善戦が伝えられると、今度はそれを逆手にとって「ウクライナと共に」をアピールする戦略に打って出たのだ。経済制裁にも米国らに同調した。
3月6日、「台湾はウクライナと共に」と掲げる台湾の人々(写真:Walid Berrazeg/SOPA Images/LightRocket via Getty Images)
3月7日、ロシア政府が公表した「非友好国」のリストに、米英日、欧州などに並んで台湾の名前が入った。台湾の世論は逆に大喜びだった。
「台湾がロシアに国家と認められた」というブラックジョークも広がった。自由社会のロシア制裁に乗り遅れなかったことは、台湾の今後の安全強化につながる。
「災い転じて福となす」という蔡英文の国際感覚が光る結果となった。
2月には、台湾のメディアやシンクタンクの世論調査結果が次々と発表された。
民進党の蔡英文総統に対する「満足度」は、軒並み上昇し、どの調査でも5割を超える高水準に達した。政党支持率も、民進党は野党のライバル国民党をタブルスコア以上に引き離している。
2016年に初当選し、2020年に再選されて、いま2期目の折り返し点に差し掛かっている蔡英文政権は、際立った安定飛行を続けている。
新型コロナ対策で強権に頼らずに抑え込みを成功させ、半導体ビジネスでは世界をリードする経済政策を展開。米国や日本を巧みに味方につけながら、大国・中国の圧力にも屈しないかじ取りが評価されてのことだ。
台湾総統の蔡英文(写真:Ceng Shou Yi/NurPhoto via Getty Images)
台湾の総統は2期8年まで。2024年1月に行われる予定の次期総統選挙でも、民進党が勝利を収める見込みは高い。
このままいけば、蔡英文総統は、民進党中興の祖として歴史に名前を残すだろう。
日本以上にメディアの批判や世論の移り変わりの激しい台湾で、ここまで人気を高止まりに維持できる蔡英文のパーソナリティの秘密を、改めて洗い直してみたい。
INDEX
  • ①タフな交渉人
  • ②習近平との駆け引き
  • ③2つの幸運
  • ④プライベートな素顔

①タフな交渉人

もともと蔡英文はズブの政治素人だった。
1990年代半ば、欧米での研究生活を終え、台湾の大学で教鞭を執っていた若き日の蔡英文に白羽の矢を立てたのは、当時の総統李登輝だった。
台湾は、WTO加盟交渉を控え、国際貿易・法務に精通した人材を必要としていた。蔡英文が政府のアドバイザーになると有能さはすぐに知れ渡り、その任務は国政全般に及んで行く。
2012年、国民党の馬英九との総統選にのぞんだ蔡英文(左)と李登輝(右)(写真:AP/アフロ)