2022/3/9

【井上一鷹】あの人の運転は、どうしたら優しくなるのか

NewsPicks Brand Design editor
 ニュースで連日報道される痛ましい交通事故の多くは、ドライバーのちょっとした不注意から起きている。事故まで発展しなくても、自分や周りの人の運転にヒヤリとするシーンは多いだろう。

 安全運転の意識を高め、適切に集中力を保つ方法はあるのだろうか。

 集中力を可視化し、向上する目的で開発されたメガネ型デバイス「JINS MEME(ジンズミーム)」プロジェクトで責任者を務めた経験を持つ井上一鷹氏と、安全運転を促進する新しい自動車保険「&e(アンディー)」の開発責任者であるイーデザイン損害保険、取締役の藤田謙一氏が、ドライバーに安全運転を促す方法と、そこにテクノロジーがどう貢献できるかを話し合った。
INDEX
  • 集中できる時間には限度がある
  • フィードバックで行動は変わる
  • いかに習慣化できるか?
  • 自動運転で人間の感覚は鈍る

集中できる時間には限度がある

──運転と集中は、切っても切れないトピックですよね。そもそも人が集中できる条件には、どんなものがあるのでしょうか?
井上 集中するために整えるべき条件は、大きく三つに分類されると考えています。
 まずは、体調面。しっかり寝ているか、風邪で頭がボーッとしていないかといった要素ですね。次に、暑すぎないか、うるさすぎないかといった環境面
 そして最後が、取り組み方を知ること。どうしたら集中力を上げられるかの方法を知り、自分に合ったやり方で実践することです。
 集中する対象が仕事でも運転でも、これらは変わらず共通する条件だと思います。
 そもそも、人が集中できる時間は限られています。運転の話で言えば、3時間のドライブで、全ての瞬間で集中していろというのは無理な話。
 空いている高速道路では多少はリラックスして、交通量や歩行者が多い街中の交差点では神経を尖らせるなど、集中の度合いには緩急をつけるものです。
 そのためには、事故が起きやすい場所や状況など、注意が必要になるポイントを理解する必要がある。安全運転の第一ステップは、それらをきちんと把握することではないでしょうか。
藤田 警察庁のデータによると、横断歩道ではない場所で歩行者が死亡した事故では、6割以上にドライバーの前方不注意か安全不確認の違反があります(注)。
 集中が必要な状況にもかかわらず、つい注意散漫になってしまったり、安全確認を怠ったりする。それが、取り返しのつかない悲しい事故につながっているのです。
(注)警察庁交通局 「令和2年における交通事故の発生状況等について」 横断歩道以外横断中事故における法令違反別歩行中死者数(車両等の法令違反別)データより

フィードバックで行動は変わる

藤田 そういった事故を減らしたいと、イーデザイン損保が昨年発表したのが、新しい自動車保険の「&e(アンディー)」です。
 これまでの自動車保険が「事故ありき」のビジネスモデルだったのに対して、「事故のない世界」を目指すことをコンセプトに掲げた、これまでにない保険だと自負しています。
 どのように事故削減に貢献するかというと、まず「&e」を契約したお客さまのもとに、チロルチョコ大のIoTセンサーが届きます。それを車に設置すると、ドライバーの急ブレーキや急ハンドル、急加速といった危険挙動を感知。
「&e」契約者に届く、チロルチョコ大のIoTセンサー
 連動する専用のスマホアプリにドライバーの運転スコアがTripレポートとして表示されて、自身の運転を客観的に振り返れる。そうすることで、より安全な運転を心がけられるようになります。
 さらに、どこで急ブレーキや急加速をしてしまったのかを地図上で表示します。運転が荒くなったポイント、つまり先ほど井上さんがおっしゃっていた、運転に集中すべきポイントが可視化されるのです。
運転スコアが10点満点で表示されるほか、急加速や急ブレーキが見られた場所を、地図上で確認できる。
── なるほど。ですが、自身の運転スコアや傾向を知るだけで、本当に安全運転を意識できるものでしょうか?
井上 ダイエットをするなら、まずは毎日体重計に乗らなければ始まりませんよね。データという客観的なフィードバックを受けることで、それが意識づけとなって食生活や運動習慣を変えられる。
 歩数計がついたデバイスを使っている人は、それだけで1日の歩数が2000歩増えるというデータもあります。データでフィードバックを受けるだけで、人の行動は大きく変わると思いますよ。
取材場所までは、「&e」搭載の車で移動。実際に「&e」がどのような運転フィードバックをするのか、井上氏に体験いただいた。
藤田 さらに「&e」は、頻出する事故のパターンから作成した安全運転のためのヒントが詰まった「運転テーマ」を定期的に配信しています。
 このコンテンツは、私たちが持つ事故データを活用しながら、大学の交通事故の専門家と一緒に制作しました。ドライバーの皆さんの頭に残るように、キャッチーなイラストと表現を心がけています。
 まずはご自身の運転傾向を客観的にわかっていただいた上で、具体的に気をつけるべきポイントをアドバイスする。
 今はまだパーソナライズの段階には至っていませんが、今後はドライバーの特性に合わせたアドバイスができる世界も、思い描いています。

いかに習慣化できるか?

── 先ほど挙げていただいたダイエットの例と同じく、安全運転も意識が高くないと続けるのは難しいと思います。行動や意識を習慣化するには、どんな方法が効果的なのでしょうか?
井上 わかりやすく効果的なのは、インセンティブ設計です。ここまで頑張ったら何かがもらえるとか、友達に自慢できるといった仕組みがあれば、シンプルにやる気は出ますよね。
 同様に重要なのが、自分の結果やスコアを他の人と比べられること。
 データは本来、比較して初めて意味づけできるものなんです。
 ランニングはわかりやすい例ですが、このコースを走るのに自分は30分かかるけど、他の人は25分で走っているとわかれば、「あと5分タイムを縮めよう」といった目標を立てられる。
 自分のスコアを相対化できることで、楽しみ方の幅が一気に広がるんですよ。
藤田 まさにその通りで、安全運転は絶対に意識しなければいけないけれど、習慣化が難しい。「&e」開発の過程でも、その難しさは議論を重ねたポイントでした。
 そこで、安全運転を続けるとハート(ポイント)がたまり、コンビニのコーヒーやスイーツなどと交換できる仕組みを作りました。安全運転を続けるモチベーションを持ち続けてほしい、せっかくなら楽しく取り組んでいただきたいという想いからです。
 さらに、「&e」の運転スコアを、家族や友人とシェアできる機能もあり、良い意味で競い合いながら安全運転を楽しく続けていただける。
 私も妻や息子と運転スコアを共有していますが、スコアをきっかけに「あの交差点、やっぱり危ないよね」というような会話のきっかけにもなっています。
井上 スコアをきっかけに、会話が始まるのはいいですね。自分の親の運転スコアを見て、「1日に3回も急ブレーキ踏んでるじゃん」と気付けば、気になって電話してしまうと思います。
「&e」のスコアを確認する井上氏と藤田氏
藤田 そうなんですよ。私の母は、今は毎日元気に運転していますが、この先は運転が不安になるタイミングもあると思います。そんな時に「&e」のスコアが下がっていれば、免許返納の時期の目安にもなる。
 単に「そろそろ運転やめた方がいいんじゃない?」と勧めるよりも、「&e」の客観的なデータを見せる方が、納得してもらいやすいのではと思います。
井上 考えてみれば、運転って最もフィードバックをしづらい行動かもしれませんね。たとえば料理だったら「ちょっとしょっぱいね」と気軽に言えますが、「お父さんの運転は乱暴だね」とは、なぜか言いづらい(笑)。
 それを客観的な数字で評価してくれるのは、「&e」の大きな価値かもしれませんね。

自動運転で人間の感覚は鈍る

── これから「&e」には、たくさんの走行データが蓄積していきます。どんな活用法がありうるでしょうか?
井上 個人的にすごく可能性を感じたのは、自動運転への移行を補完する役割です。
 自動運転の精度はどんどん高まってはいますが、完全な自動運転が一般に普及するまでには、まだ時間がかかります。
 その過渡期である今は、空いているまっすぐな道路は自動運転機能をオンにして、人通りの多い道になったらドライバーが運転するという風に、運転の役割を車と人で分担するケースも多くなりました。
 でもその状態が実は、結構危ないんじゃないかと。車に運転を半分任せられたら、どんな状況で集中して運転すべきかという人間の感覚は、鈍ってしまうと思うのです。
 そういう時に、「この場所は事故が多いから集中してくださいね」とアラートを出せるような仕組みができれば、事故を防ぐことにつなげられる。
「&e」の走行データは、そこに大いに貢献できるのではないでしょうか。
藤田 そうなんです。車載のIoTセンサーから得られた走行データを活用すれば、急ブレーキが頻発する場所や、事故が起きやすい危険な場所がわかります。
 これからは、それをマップにして情報提供したり、自治体と協力して危険な道路を整備したりと、事故のない街づくりを促していきたいと考えています。
井上 なるほど、楽しみですね。正直言うと、これまで自動車保険の存在って意識したことがほとんどありませんでした。
 自動車保険はサブスクビジネスで顧客との付き合いも長いのに、顧客との密な関係をあまり築けてこなかった領域なのではと。自分がどの自動車保険に加入しているか、調べないとわからない人も、実際多いのではないでしょうか。
 これが仮に同じサブスクビジネスのNetflixならば、自分がNetflixに加入している自覚がない人って、多分いないんですよね。
 コンテンツに対しても、自分の好みを把握したレコメンデーションに対しても顧客が愛着を感じていて、Netflixのファンになっている。
 自動車保険も本来は、顧客とこうした関係を作っていける商品のはず。「&e」は、そこにチャレンジしているサービスなのだなと、非常に可能性を感じました。
藤田 ありがとうございます。おっしゃる通り、自動車保険は現状、年に1度の更新の時だけ思い出して、またすぐに忘れてしまう存在。
 もっとお客さまの方を向いて、事故や更新の時以外にも寄り添える存在になれるのではないか。これが、私たちが持っていた課題意識です。
 私たちは、お客さまに主体的に「&e」を好きになってもらえる、そんなサービスづくりをしていきたい。お客さまの体験を最大限高め、安全運転をサポートするために、さらに進化を続けていきたいと思います。