2022/3/4

社長自ら「逸脱」を推進。生まれ変わるレガシー企業

NewsPicks Brand Design シニアエディター
 POS市場で国内販売台数の5割超を占める東芝テック。
 ウォルマートをはじめ米国の小売業界にも多くの顧客を持つなど、国内外で堅実な事業を展開する。
 だが、代表取締役社長の錦織弘信氏「安定事業にも必ず賞味期限が訪れる」と危機感を隠さない。
 EC市場の拡大やセルフレジの普及など、「買い物」をめぐる環境が激変する時代。
 POSのガリバーから「グローバルトップのソリューションパートナー」へと進化を図る東芝テックの姿に迫る。

POSの本質的な価値はデータにある

 東芝テック品川オフィスの一角を占める「TEC 01 SIGHT SHOWROOM」。
 このショールームは、小売業、飲食業、製造・物流業からオフィスまで、幅広い領域のソリューションを体験できる場だ。
 東芝テックとTOUCH TO GO社の協業により販売を強化している次世代の無人店舗も、そうしたソリューションのひとつ。
 商品を棚から手に取りレジの前に立つと、瞬時に決済金額が表示され、店舗が無人であっても安心して買い物ができる。
東芝テックとTOUCH TO GO社の協業により販売を強化している次世代の無人店舗。棚ごとに重量センサーが設置され、重量の変化で商品がピックアップされたことを認識する。また、天井に設置されたカメラで人の位置や動きを捉え、棚の重量の変化と合わせて誰がどの商品をカートに入れているかを認識し、その情報をセルフレジに飛ばす。消費者は商品を選択後、レジに向かえば、自動的に会計が始まり、スムーズに決済ができる。
 先進技術を活用した数々のソリューションの裏には、どんな戦略があるのか。錦織社長の話からは同社の確固たる狙いが見えてくる。
1980年、富士通入社。2009年、事業売却で東芝へ。執行役上席常務、執行役専務、東芝テック副社長などを経て、20年6月より現職。
──コロナ禍において東芝テックが主要領域とする小売業界は大きな打撃を受けましたが、貴社の事業に変化はありましたか?
 コロナ禍による決定的な変化はありません。その前から買い物手段や決済手段の多様化が進んでおり、主力事業のPOS領域でもさまざまな機器のラインナップを取り揃えていました。
 コンビニやスーパーなどの店舗は、レジが止まると会計ができなくなるので、耐久性が高く、システムがダウンしない従来通りのPOSを引き続きご利用いただいています。
 しかし、中小規模の飲食店や専門店はタブレット型POSの導入も増えてきている。
 もちろん当社もタブレット型の端末を扱っており、昨年からラインナップを強化しています。
──大型機器の需要減は東芝テックに大きな影響を及ぼしているのでは?
「ハード販売+保守」の売上が将来的に減少していくのは間違いないでしょう。ただしそれはPOSの価値が失われていくことを意味しているわけではありません。
 POSとは「Point of Sales」(販売時点情報管理)のこと。
 例えば、当社のショールームに展示している「画像認識AIカート」は、ペアリングしたスマホにカート内の商品情報を表示し、決済もできる仕組みですが、これはPOSの形が変わったものと言えます。
東芝テックが出資するニュージーランドのベンチャー企業「IMAGR(イマジャー)」が開発したAIカートシステム。商品をカートに入れると、画像認識技術で商品を認識し、ペアリングしたスマホに商品名や価格が表示され、スマホ上で決済ができる。東芝テックは、レジの無人化に向けてAIカートシステムの実用化を進めている。
 POSがどんな姿になっても、人間が買い物をやめない限り、データ管理へのニーズは確実に残り続けます。
 我々はこれまで以上に多様なPOSや店舗サービスを提供し、そこから得られる膨大なデータを活用するプラットフォーマーへと事業転換を進めています。
 リテール業界にとどまらず、多分野にソリューションを提供するデータプラットフォーマーです。
──中期経営計画でも「流通業界でグローバルトップのソリューションパートナーに」を基本戦略に掲げていますが、その達成に向けた戦略はありますか?
 カギは米国でのシェア拡大です。
 グローバルトップ10の小売業のうち7社が米国にあり、ウォルマートをはじめとする5社が東芝テックのPOSを使っています。その顧客基盤を活かして新しいソリューションの開発を加速させます。
 米国は日本の流通業界に比べ、新しいソリューションを取り入れるペースが格段に早い。それに合わせて、東芝テックもビジネスのやり方を変える必要があります。
 すべて自社の力だけで進めるのではなく、パートナー企業と一緒に成長し、ソリューションを生み出す。いわゆるパートナー戦略です。
 昨年リリースした小売業向けグローバルプラットフォーム「ELERA(エレラ)」も、そうした構想の下に生まれたものです。
──「小売業向けプラットフォーム」とは具体的にどういうものですか?
「ELERA(エレラ)」は当社が提供する各種のPOSのソフトウェアを搭載したプラットフォームで、顧客のデータも蓄積されます。
 特長はAPIを公開し、外部ベンダーなどが開発したソフトウェアも簡単に接続できる仕組みになっていることです。
「ELERA(エレラ)」を軸に他社と東芝テックで新たなソリューションを生み出し、顧客に提供する。
 一例を挙げると、店舗の返品管理を効率化するサービスや、無人店舗といったソリューションの開発がすでに進んでいます。
 こうした「共創」によって得られた利益を両社で分かち合う。このスタイルが拡大すれば、提供できるサービスの幅も、事業領域も広がっていきます。
 新しいソリューションを通じて当社にどんどんデータが蓄積され、それが新たなソリューションや事業を創出するベースになるからです。
 ゆくゆくは既存の事業領域以外の外部パートナーとの共創も拡大し、ヘルスケアやカーボンニュートラル推進、食品ロス削減といった社会課題の解決にもつなげていく構想です。
──東芝テックはなぜ自力ではなく、他社と変わる道を選んだのでしょうか。
 伝統的な日本企業には、どこか「自前でやる」という気持ちがあるんです。技術力に自信があるから、自社で何でもできると思いこんでしまっている。
 でも、ソリューションの幅を広げるためには、自社で管理できない領域にもアプローチしなくてはならず、自前主義では不可能です。
──共創は双方がメリットを感じないと成立しません。他社は東芝テックのどのような点に魅力を感じるのでしょうか。
 当社が何より強みとしているのが、創業以来積み重ねてきた強固な顧客基盤と、きめ細かいサービス網に基づいた圧倒的なタッチポイントの多さです。
 これは当社のバランスシート上には表れない唯一無二のアセットと言えます。
 共創相手の多くは先端のテック企業ですが、彼らがデジタルビジネスを展開する上で、当社が抱える大規模な顧客にアプローチできるメリットは大きい。
 一方、我々からすると、デジタルサービスのビジネスに長けている彼らのノウハウは魅力です。
 そういう補完関係にあるからこそ、互いのアセットを活用しあうことで、両者でフィジカルとサイバーを融合した新たなソリューションを生み出していくことができます。
 これからの時代、互いのアセットを活用して一緒にサービスを生み出し、プロフィット(利益)をシェアすることがビジネスの大きな潮流になります。
 他社と共創するためのエコシステムを作らない限り、生き残れないでしょう。
──顧客基盤とサービス網は貴社の生命線とも言えそうですが、そもそも東芝テックはなぜPOS市場で高いシェアを獲得できているのでしょうか。
 それはお客様にずっと寄り添ってきたからというほかありません。
 リテール業界には、トラブルが起きれば24時間365日、現場に駆け付けて対応するという非常に泥臭い面がありますし、日本全国の営業がお客様の声や要望を聞き、それに応えてきた。
 かつては市場の大きさから大手メーカーがひしめいていましたが、業務の効率化の難しさから1社、2社と抜けていく中で我々は残りました。
 当社は国内で約100カ所のサービス拠点に約1500人、米国においても750人を超える保守サービスのエンジニアがいます。
 長年にわたってフェーストゥフェースで築いてきた信頼関係はそう簡単には崩れません。

組織の枠組みから外した新規事業戦略部

 消費者の利便性の向上、感動的な買い物体験の創出、店舗運営の効率化、さらには食品ロスの削減など、東芝テックが目指す課題解決の射程は広い。
 既存領域を超えたソリューションパートナーとなるべく、東芝テックは21年春に社長直轄の部署として「新規事業戦略部」を立ち上げた。
 この新規事業戦略部は、投資戦略企画室、CVC推進室、データサービス推進室、スマートレシート推進室の4室で構成されている。
──新規事業戦略部を立ち上げるにいたった背景をお聞かせください。
 先ほどお話しした通り、当社はリテール領域をはじめ、多分野でソリューションを提供する企業になることを目指しています。
 とはいえ、創業70年を超える、歴史のある会社です。変わらなくてはならないと頭では分かっていても、実際は難しい。
 これを変えるには、従来の東芝テックの価値観から逸脱した体制が必要です。
 そこでまずは、組織の未来を牽引する新規事業戦略部を社長直下に置き、働き方の自由度や柔軟性を高めた上で、積極的にキャリア採用も行い、外の価値観を取り入れるようにしました。
 いきなり全社を変えるのではなく、まずは変革の象徴となるチームから新しい文化を取り入れ、その風を全社的に広げようと考えたのです。
 新規事業戦略部には現在26人が在籍し、キャリア採用組が多い。彼らは積極的に社外の人と連携するなど、社内にいい刺激を与えてくれています。
──以前も新規事業を担当する部署はあったそうですが、何が違うのでしょうか。
 東芝テックの事業本部の中に新規事業を担当する部署を置いたことはあります。しかし事業本部の判断の下で、チャレンジングでもすぐにお金にならない新規事業は後回しになっていました。
 もちろん既存事業のお客様が大切であることは今も変わりはありません。しかし、新規事業を立ち上げるのであれば、新たな発想が必要です。
 ときには、既存事業の競争相手とも手を組む場面もあるでしょう。
 当然、既存事業と新規事業では話す相手も変わりますし、動き方も違ってしかるべきです。
──新規事業戦略部では新たな試みが始まっていますが、注目の取り組みを挙げるとすれば?
 新規事業の核に据えているのが、「スマートレシート」です。
「スマートレシート」はレシートの電子化アプリで、利用者(消費者)からすると、日々の買い物動向を把握できるほか、キャンペーン応募やクーポン利用、スタンプカード機能などもスムーズに行えます。
 一方、小売店から見ると、消費者からデータの使用許諾を取った上で、どのような属性の方がいつ・何を・どこで買ったかがわかります。
 これまでPOSが扱ってきたのは、いつ・何が・どれくらい売れたかといった店舗における販売データです。
 これに「スマートレシート」で収集する消費者側のデータをかけあわせれば、さらに詳細なデータの利活用が可能です。
 消費者の「買い物中」のデータを取れる「スマートレシート」を中核として、「買い物前」「買い物後」にアプローチするサービスをパートナー企業と創出、提供すれば、事業者側はより消費者の特性に即した販促施策を打てるようになります。
──東芝テックは現在も主要事業が堅調です。その中で危機感を共有し、スマートレシートなど新しい取り組みを推進していくのは難しくありませんか。
  POS事業が国内トップシェアを収めていることは、素晴らしいことと自負しています。
 しかし、先ほど申し上げた通り、もはやハードの販売や保守で利益を得る時代ではなくなっている。今までの成功体験に頼っているだけでは会社は終わります。
 だから社内でも折を見て「安定事業にも必ず賞味期限が訪れる」と話しています。
 当社は現在、「データサービス」「次世代店舗」「決済」「サプライチェーンマネジメント」という4つの成長領域に注力し、新規事業の創出を加速させています。
 新規事業が育つほど、提供できるソリューションが社会全体に広がっていく。
 その先に思い描いているのは、「買い物」のスタイルが変わり、デジタルの社会実装が加速し、社会課題の解決による豊かな暮らしが実現している未来の姿です。
 私はイノベーティブな人材と一緒に世の中の景色を変えていきたい。
 東芝テックのアセットを最大限活用すれば必ずや実現できると思っています。