2022/2/15

あなたの会社も、対象です。脱炭素の新トレンド

NewsPicks Brand Design editor
 脱炭素に取り組まない企業は、“本当に”サプライチェーンから外される。そんな時代が、すでに到来している。

 米Appleは2030年までに、製造工程はもちろん、下流の物流、デバイスの利用時の排出も含めたカーボンニュートラルを⽬指すと宣言。あらゆる企業にとって脱炭素は、待ったなしの課題となっているのだ。

 サプライチェーン全体の温室効果ガスは、どのように可視化できるのか。脱炭素は、どこから始めればいいのか。

 CO2をはじめとした温室効果ガスの排出量を算定するクラウドサービスを開発・提供するゼロボード代表取締役の渡慶次(とけいじ)道隆氏、ゼロボードと業務提携し、化学業界の脱炭素化を目指す長瀬産業サステナビリティ推進室の増井祐介氏が語る。
INDEX
  • 中小にとっても死活問題
  • 脱炭素のエコシステムをつくる
  • 化学業界の脱炭素をリードする
  • Scope3の削減目標を設定

中小にとっても死活問題

── 渡慶次さんから見て、脱炭素に関する日本企業の意識は、どう変わっていると感じますか?
渡慶次 脱炭素が企業にとっての「経営課題」であるとの認識は、ここ数年でかなり広まったと感じています。
 ESG投資の潮流を背景に、脱炭素の努力をしなければ投資も得られなくなっていきます。消費者の意識も変わり、エコでない商品は消費者からもそっぽを向かれかねない。その危機感は醸成されてきているでしょう。
 一方で、脱炭素は大企業だけの問題だと捉え、「自分たちには関係ない」と考えている企業は多い。しかしながら今は、日本企業の9割以上を占める中小企業にとっても、脱炭素は全く他人事ではないのです。
 脱炭素の実践を急ぐべき対象企業が、一部の大企業から“全ての企業”になった。これが、ここ数年の大きな変化だと考えています。
── なぜ、中小企業にとっても脱炭素は重要課題と言えるのでしょうか?
渡慶次 これまでは、企業に義務として提出が求められていたのは、自社が直接排出した温室効果ガスの量や削減目標だけでした。しかしながら、今求められているのは、サプライチェーン全体におけるデータの開示と削減。
 たとえば自動車メーカーであれば、取引先の部品メーカーが、その部品を作る過程で排出した温室効果ガスの量も、開示・削減することが求められるんです。
 そうすると大手メーカーは、取引先の部品メーカーに対して温室効果ガス排出量の削減を求めます。裏を返せば、それができない企業はサプライチェーンから外される可能性すらあります。
 これは海外だけのトレンドではなく、日立製作所も昨年、調達先を含むサプライチェーン全体で2050年度までに脱炭素を実現すると発表しました。
── なるほど。その変化が起きるきっかけはあったのでしょうか?
渡慶次 日本の事情でいうと起点となるのは、2022年4月の東証市場再編。それを機に、上場企業は温室効果ガスの排出量やその削減目標といった気候関連財務情報の開示が求められるようになるんです。
 つまり、これまでは「開示した方がいいよね」という温度感だったのが、「開示しなければならない」に移行しつつある。削減に向けた切迫感が、増しているんですね。
 さらにプライム市場(注)の上場企業に推奨されているのが、サプライチェーン全体の温室効果ガス排出量の開示。
(注)従来の東証1部の中でも流動性の高い大型企業向けの市場のこと。
 サプライチェーン全体の排出量が何を指すか少しご説明すると、そもそも温室効果ガス排出量は「GHGプロトコル」と呼ばれるグローバル基準に基づいて、Scope1〜3の3つに分類されています。
 Scope1、2は、自社が直接的に、または間接的に出した温室効果ガス。一方で今注目を集めているのが、Scope3
 Scope3は、自社を除いたサプライチェーンの上流と下流の温室効果ガス排出を指します。上流は原材料の生産やその輸送などで出るもの、下流は製品・サービスの使用時、製品を廃棄する際の温室効果ガスなどを含みます。
 ですからScope3は、サプライチェーン全体の温室効果ガス排出量とも言い換えられるのです。
 今年の東証市場再編では、業種によってはScope3の開示も推奨されることが、明らかになっています。だからこそ、各企業が取引先を含めたサプライチェーン全体の脱炭素の取り組みに、躍起になっているというわけです。

脱炭素のエコシステムをつくる

── Scope3の算出は、すごく手間がかかりそうな印象です。具体的に、どのように算定するのでしょうか?
渡慶次 温室効果ガス排出量は、「企業の活動量×排出原単位(一単位あたりの活動量から排出される温室効果ガスの量)」で算定するのが基本です。
 まず、企業の活動量つまり算定期間の間に調達した物やサービスの量を収集し、私たちのクラウドサービス「zeroboard(ゼロボード)」に入力します。
 原単位については、環境省等が開示しているデータベースが計算式として埋め込まれていますので、簡易的にはそれを用いて自動で排出量が算定できます。
 しかし、正式にはサプライヤーに原単位を算定・開示してもらう作業が必要です。そこが一番高いハードルですが、Scope3を含むサプライチェーン排出量の正確な把握・削減を目指すには欠かせない作業です。
zeroboardの画面イメージ
── 温室効果ガス排出量を算定するプラットフォームは複数ありますが、zeroboardの強みは何なのでしょう?
 私たちはzeroboardを使って、温室効果ガス排出量の可視化が経済的インセンティブを生むエコシステムをつくろうとしています。これが最大の違いではないでしょうか。
 特に中小規模のサプライヤーに排出データを提供してもらうためには、そのインセンティブ作りが何より重要になります。
 直接の開示義務自体はないわけですから、手間のかかることはみんなやりたくないですよね。だからこそ、温室効果ガスを可視化・削減している企業が、明確なメリットを得られる仕組みが必要ではないかと。
 温室効果ガス排出量を下げたいのは、何も事業会社だけではありません。銀行も投融資先の排出量をScope3として認識する必要があり、グリーンローンやサステナビリティローンといった形で融資先に脱炭素経営へのシフトを促す傾向が強まっています。
 さらに自治体もパートナー企業を探しています。環境省は、2030年度までに全国で少なくとも100ヵ所の「脱炭素先行地域」をつくろうとしている。
 企業同士はもちろん、脱炭素を推進したい銀行や自治体ともゼロボードが関係を築き、脱炭素を実践している企業とつないでいきたいのです。そうすることで、脱炭素に取り組む企業や自治体が、メリットを得られるようにしたい。

化学業界の脱炭素をリードする

── 長瀬産業は、zeroboardとの協業を発表しました。どういった背景があったのでしょうか?
増井 まず長瀬産業について少し説明させていただくと、私たちは化学領域に特化した専門商社です。
 化学品と言われると、それだけで難しそうと敬遠されてしまうことも多いですが、ここにあるスマートフォンから特殊なボールペンのインク、テレビのディスプレイまで、みなさんの身近なもののほとんどに、長瀬産業が取り扱う材料が使われています。
 そんな化学業界は、鉄やセメントに次いで温室効果ガス排出量の多い業界と言われています。
 特に脱炭素の緊急性が高い業界だからこそ、化学産業を下支えしている専門商社としてサプライチェーン全体の脱炭素を本気で実現していかなければならない。
 ですが、化学領域のサプライチェーンは非常に長く、加えてグローバルで複雑なんです。それこそみなさんがご存じの大手メーカーから、小さな部品を作っている数人規模の町工場まで、世界各国に点在している。
 長瀬産業が取引するお客様数も、グローバルで約1万8千社に上ります。
 サプライチェーン全体、つまりScope3の排出量を一刻も早く把握したいけれど、その複雑さゆえに難しい。だからこそ2021年9月からゼロボードと業務提携し、長瀬産業が音頭をとって、業界全体の脱炭素経営をサポートしていくことにしたのです。
渡慶次 ゼロボードとしても、長瀬産業を通じて現場からの生のフィードバックを得られるのはすごくありがたいんです。
 化学業界には特有の商売慣習や温室効果ガス排出の項目があり、それらをきちんとシステムに実装していきたい。もちろんガラパゴス化はしないように気をつけながら、長瀬産業との協業を通してサービスの拡大と改善を図っていきます。

Scope3の削減目標を設定

── 総合商社や大手メーカーなど、サプライチェーンの脱炭素をリードできる存在は、他にもいますよね。長瀬産業だからこそできる脱炭素への貢献とは、なんでしょうか?
渡慶次 実は私も前職は商社勤務だったのですが、長瀬産業の強みはその専門性だと感じます。
 化学領域に一途に向き合って専門性を磨いてきたからこそ、サプライチェーンのかなり深くまで食い込んでいるのは、大きいのではないでしょうか。
 一般的に総合商社は、10年、20年後にどの領域が儲かるかを予想して、ビジネスの領域や業態を臨機応変に変えていく戦略を取るんです。これからは石炭を掘ってもなかなか儲からないから別の資源を探そう、というように。
 一方で長瀬産業は、化学領域一筋。だから社員のみなさんの専門知識レベルがすごく高いし、それこそサプライチェーンのあらゆるレイヤーの企業とも付き合いが深いですよね。
増井 ありがとうございます。まさに言っていただいたように、長瀬産業は、サプライチェーンの川上から川下までお客様がいて、1社1社と密に連携しています。
 そういった積み重ねがあるからこそ、温室効果ガス排出量見える化の支援も伴走させていただけるのだと思います。
 温室効果ガス削減の取り組みは、もう本当に地道なんですよ。
 まずは削減の必要性をお客様にしっかりと理解いただいた上で、一緒にzeroboardを使ってどの過程で温室効果ガスを出しているか確認、その量を見える化して自社の現状を知る。
 そこではじめて、どう削減できるかを考えます。再生可能エネルギーへの移行が代表例として挙げられますが、まだ日本では多く普及しておらず、現実的には難しい側面もある。
 ですから、重油を使っていたところをガスにするとか、水素を使って削減できないかとか、低炭素排出の素材に調達を切り替えられないかなど、ありとあらゆる削減方法を一緒に考えていくのです。
 昨今の原材料の価格の高騰、調達難に加え、次は脱炭素の潮流が来て……というように、サプライチェーンへの負荷は非常に高まっている。本当に困っている企業がたくさんあるなか、そこにしっかりと寄り添っていきたいと考えています。
── 業界全体の脱炭素に向けた第一ステップとして、zeroboardとの協業があると。今後は、どのように取り組みを発展させるのでしょう?
増井 長瀬産業も、今年の1月25日にNAGASEグループカーボンニュートラルを宣言しましたが、2030年までにScope1、2を46%削減(2013年比)、Scope3を12.3%以上削減(2020年比)する目標を設定しました。
 お客様と協力してサプライチェーン上で温室効果ガス削減を進める以上、やはり自分たちがまず、その目標を掲げてカーボンニュートラルに挑もうと考えた結果です。
 難易度の高いScope3まで具体的数値目標を掲げるのは、商社業界でも新しい取り組みだと思います。
 また、今は温室効果ガス排出量に注目が集まっていますが、サプライチェーンにおけるCO2以外の環境負荷や、人権デューデリジェンスなど、他の課題への対応を促す流れも強まっていくでしょう。
 長瀬産業としては、サプライチェーン全体の透明性をより高め、我々が扱う・製造する製品は環境の面でも人権の面でも安心であると、自信を持って伝えていけるようにしたい。今はその一歩を踏み出したところです。
 ここから勢いを止めずに、さらにリーダーシップを発揮していきたいと思います。