2022/1/19

【サーキュラーエコノミー】プラスチック循環でなぜ生活が変わるのか

NewsPicks / Brand Design 編集者
「化学の力で地球を救う」をミッションに、社会課題の解決に向けて挑戦を続ける三菱ケミカル。
今回取り上げるのは鹿島東部コンビナートに建設を進めているプラスチックのケミカルリサイクル工場だ。
廃棄されたプラスチックを再び石油と同等のリサイクル石油に戻すという、魔法のような装置が完成すれば地球環境にやさしい循環型社会のひとつのモデルが生まれるだけでなく、サーキュラーエコノミーという新たな経済潮流が確立される。
そのプラント立ち上げに全力を尽くすメンバーたちと、サーキュラーエコノミー推進本部を取材した。

新たな経済潮流、サーキュラーエコノミーとは?

いま、世界の経済活動の様相が大きく変わりつつある。その大きな潮流が、最近よく耳にする「サーキュラーエコノミー」、日本語で「循環型経済」と訳される経済モデルだ。
これまでの経済モデルは「リニア型」と呼ばれる。資源やエネルギーを取り出し、それを使ってものを作り、作られたものは使用後に廃棄するという一方通行型経済だ。
サーキュラーエコノミーは、そこで廃棄される製品や原材料を新たな資源として循環させる経済の仕組み。いわゆる「循環型社会」と異なるのは、そこに経済成長や新たな雇用を生み出すことも含まれる点だ。ここに大きな経済の転換がある。
サーキュラーエコノミーへの転換は世界中に広がっているが、EUでは廃棄物処理や製品設計などのルール改正を提示するなど、取り組みが積極的だ。
特に廃プラスチックにおける有効利用率の低さといった世界的課題を踏まえ、環境省は2019年に「プラスチック資源循環戦略」を策定。2035年までに使用済プラスチックを100%リユース・リサイクル等により有効利用するというマイルストーンを挙げている。

日本のプラスチックリサイクルの現状

もちろん日本でもプラスチックの使用そのものを減らす取り組みが行われ、同時にリサイクルが進められている。その方法にはマテリアルリサイクル、サーマルリサイクル、それに今回ご紹介するケミカルリサイクルがある。
日本のリサイクル率84%のうち56%を占めるサーマルリサイクルは、プラスチックを焼却し、その時に出る熱エネルギーを発電や暖房などに使う方法だ。欧米では「サーマルリカバリー」(熱回収)などと呼ばれている。
マテリアルリサイクルにおいては、産業系廃プラスチックを原料に、コンテナやベンチなどさまざまな製品に生まれ変わっている。ペットボトルからポリエステル繊維が生まれるのもこの方法だ。
だが、最初につくったものよりダウングレードしたものしかつくれないという課題がある。

プラスチックが石油に戻ればリサイクルが可能

ケミカルリサイクルは、日本のリサイクル率のうちたった4%だ。
三菱ケミカルがENEOSとの共同事業で取り組むケミカルリサイクルは、廃プラスチックを再び原料である石油と同等のリサイクル石油に戻す。
廃プラスチックをリサイクル石油にする技術は、イギリスのMura Technology社から導入。
この技術は、高温高圧な超臨界水の中で熱を加えて化学的に廃プラスチックを油化して、リサイクル石油を製造する。こうしてつくられたリサイクル石油は、石油精製装置(ENEOS)とナフサクラッカー(三菱ケミカル)で原料として使用され、石油製品や各種プラスチックへと再製品化される。
この方法を使えば、再利用品は新しいものとほぼ同品質になる。廃プラスチックを資源として活用し、石油製品・プラを含む石油化学製品へとリサイクルできるのだ。そこから経済の循環が生まれ、まさにサーキュラーエコノミーが構築される。
三菱ケミカルはENEOSとの取り組みにおいて、このプラントに年間2万トンの処理能力をもたせる計画で、完成すれば日本最大規模。この規模でプラスチックを油化させるケミカルリサイクルが行われるのは、日本初だ。
まさに同社が掲げる「化学の力で地球を救う」画期的で重要な事業となる。さっそく現場を訪ねてみよう。

多様な人材がそろったプラント立ち上げチーム

石油化学関連企業が計画的に配置されたコンビナートのひとつ、茨城県神栖市にある鹿島東部コンビナートに、三菱ケミカル茨城事業所がある。
石油由来の原料からエチレンやプロピレンなどを生産する巨大な茨城事業所の面積は約160万㎡。東京ドームが約34個すっぽり入る広さである。
この巨大な事業所の中に、ケミカルリサイクルプラント建設地が存在する。ここに2023年、国内最大規模のプラスチックケミカルリサイクルのプラントが完成する予定だ。
茨城事業所でケミカルリサイクルプラントをゼロから立ち上げるケミカルリサイクルプロジェクトは、2021年4月1日に産声を上げた。現在のメンバーは11人。
アシスタントプロジェクトマネージャーの三浦佳子氏は、岡山事業所から社内公募に応募してやってきた。
「プラント建設をやりたいと、入社時からずっと思っていました。新しくプラントを建て、それを運転していく仕事がしたかったので、念願がかないました」
設計前提の検討を担当する山本理博氏は、関連会社である三菱ケミカルエンジニアリングからの出向だ。
「国内で誰も扱ったことのない技術を使った、誰もやったことのないプロジェクトです。技術的にも面白そうだし、環境問題や、今注目されているサーキュラーエコノミーにも興味がありました」と動機を語る。
官庁申請を担当する千田茂希氏は、セメント会社から転職したキャリア採用だ。前職では製造工程を一通り経験し、その後、サーマルリサイクルに取り組んでいた。
「プラスチックを燃やして、その熱量を使ってセメントを製造するサーマルリサイクルに取り組んでいたのですが、これだけでは環境問題をクリアできないと思うようになりました。そんなとき、このプロジェクトのキャリア採用を見つけて、応募しました」

最新のテクノロジーに自社の知見をプラス

イギリスのMura Technology社の技術をもとに、プラスチックケミカルリサイクルのプラントを建設しているが、
「データを実際のプラント設計に落とし込んでいくのは大変です。修正を加えながら、あるべき形に向かって設計しています。イギリスと日本では法規が異なるので、それを日本にアプライしていく作業もありますね」と山本氏。
まったく初めての技術なので、当然模索する部分も多い。だが、「新しい技術ではありますが、それを分解していくと、当社がこれまで培った知見が生きてくるわけです。プラスチックをリサイクル石油にする、その石油の部分にはこの茨城事業所が長年取り組んできた石油化学分野の知見があります。その先のプラスチックの製造工程ではプラスチック分野の知見があります。そういう当社の知見のすべてを判断軸にしています。さらに大学の研究者にも協力を仰ぎながら進めています」(三浦氏)

自社で循環が完結──そんなプラスチックができるかもしれない

プラスチックの環境問題を解決し、循環型社会のために重要なプラントづくりに取り組むメンバーたち。その意義をどう感じているのだろう。
「私たちはこれまで、燃料を燃やして、排水や排ガスを出してものをつくってきましたから、少しでも地球に還元できるプラントがつくれることは誇らしいです」と三浦氏。
千田氏もうなずきながらこう話す。
「前職でサーマルリサイクルを担当したときには、設備改良してたくさんの廃プラスチックを燃やして処理できるようにすることが目標でした。でも、燃やしてばかりでいいのかという疑問がありました。実は海外では、サーマルリサイクルはリサイクルではない、という考えの国も多いんです。日本はプラスチックのリサイクル率が高いといわれていますが、それはサーマルリサイクル由来がほとんどで、反対に海外ではサーマルはリサイクルに含まないのでカウントしません。そういったリサイクルへの意識の違いがあります。そんな状況のなか、今回のケミカルリサイクルのロジックは、自分にはとても魅力的です」
「三菱ケミカルでもプラスチックをつくっています。それがここに戻ってきてもう一度プラスチックの原料になれば、三菱ケミカルの中で循環します。最初から最後まで手掛けていけるわけで、そうなったらかっこいいなあと思うんですよ」と山本氏も言う。
「石油化学製品は、いくつものメーカー、すなわちバリューチェーンパートナーを経て最終製品として消費者に届きます。一番おおもとの原料が使用済みプラスチックからできました、と言っても、消費者の皆さんが目で見てわかるものではないですよね。このケミカルリサイクルが循環炭素社会に役立つことを知ってもらい、炭素を循環させることが当たり前な社会へ皆さんの意識が向くといいなと思っています」と三浦氏は言う。
実際にプラスチックのケミカルリサイクルが進むと、私たちの暮らしはどのように変わるだろうか。

プラスチックでつくるサーキュラーエコノミー

「今、プラスチックは海洋汚染やマイクロプラスチックが問題視されていますが、正しく使用され、リサイクルされれば、まだまだ人々の暮らしに貢献できる素材だと思います。プラスチック循環のループをつくっていくことで、素材に対する再評価がされるのではないでしょうか。
そもそもプラスチックはリサイクルされることが当たり前の素材だ、リサイクルされた素材が使われた製品を選ぶこと、それってかっこいいよね、ということにつながっていけば。それをビジネスにして伝えていきたいですね」
こう話すのは三菱ケミカル サーキュラーエコノミー推進本部長の馬渡謙一郎氏。サーキュラーエコノミー推進本部は、前身となる組織から2021年4月に改組された部署だ。
ここからは馬渡氏にお話を伺おう。
馬渡 私たちが考えるサーキュラーエコノミーのひとつの例は、インプットつまり枯渇資源である化石原料の使用量をできる限り減らし、使われた後の製品を原料(石油)など再利用できる形にするリサイクルを進め、それをビジネスとするものです。
茨城の事業では、使用済みのプラスチックを回収して原料として活用する。回収の仕組みづくりは、サーキュラーエコノミー推進本部が主体となって進め、リファインバース社をはじめとする静脈産業の皆さんと一緒に取り組んでいます。
サーキュラーエコノミーは温室効果ガス(GHG)排出量削減の有効な手段のひとつとしてとらえられており、多くの企業が注力して取り組んでいます。
製品の原料・製造から使用後の処理までの仕組みが循環型であるということは、これからのビジネスにおいて必要条件になってくるのではないでしょうか。
当社が茨城で始めようとしているケミカルリサイクルは、サーキュラーエコノミーのひとつのモデルとなります。
2050年のカーボンニュートラルに向けて、私たちはまずプラスチック循環から取り組み、通過点である2030年までにこの解決手法を仕上げなければならないと思っています。
持続可能なバイオ原料による化学品製造やCO2から化学品を作る研究開発も進めています。

ライフサイクルアセスメント算定の仕組みづくり

今、三菱ケミカルホールディングス全体で1600万トン余りのGHGを排出しています。
三菱ケミカルではサーキュラーエコノミー推進本部が旗振り役になって、全社活動としてこの削減に取り組んでいますが、まず、ライフサイクルアセスメント(LCA)を効率的に算定できる体制を整えています。
LCAとは、製品のライフサイクルに発生した環境負荷を可視化するもので、現在は温室効果ガス(GHG)が主な対象です。原料の採取、製造、加工、使用、処理においてどれぐらいのGHGが排出されているかわかる仕組みです。
私たちは多くの素材を提供していますが、まずは原料から製造までのカーボンフットプリントの迅速かつ効率的な算定の仕組みを確立します。
さらにいえば、私たちの製品を使うユーザーが加工するときにどれくらいの環境負荷がかかり、廃棄するときにどれくらいのエネルギーが使われるのか。
それらを一連で可視化できれば、環境負荷を減らすためにどこを見直せばよいのかサプライチェーン全体で一緒に議論することができるでしょう。
LCAはそのための共通言語だと考えています。
同時に社内炭素価格制度を設けます。これは投資を行うときにGHGの排出量に価格をつけて、収益計算していこうという考え方です。
例えばCO2がこれだけ削減できるのであれば、収益性に加点評価ができるという具合に、GHGの排出削減効果を可視化する、新しい投資判断のひとつとなります。
カーボンニュートラルへの道筋は、どれが正解なのか、誰も答えを知りません。そのなかでサーキュラーエコノミー推進本部は短期・中期・長期にわたる全社的な方向づけを行い、課題の解決に取り組んでいきます。
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その第一歩として茨城事業所で進められるプラスチックケミカルリサイクル。その循環の輪に大きな期待が寄せられている。