ジャーナリズムの未来

ジャーナリスト菅谷明子インタビュー(4)

現場より統計。報道を変えた「真のイノベーター」

2014/10/9
ネットからスマホへと、激変が続くニュースメディア。その動きの中心であり、世界中のメディアが注視しているのがアメリカだ。アメリカのジャーナリズムについて取材を続ける在米ジャーナリストの菅谷明子さんに、アメリカと日本のジャーナリズム事情について聞いた。以下、読者向けに編集を加えたものを5回に分けてお届けする。
第1回 米国メディア界を変えた「破壊的イノベーション」
第2回 ジャーナリズム:変わるもの、変わらないもの
第3回 バズフィードとベゾスが、雰囲気をがらりと変えた

 [YF]菅谷4

ハーバードが扱う最重要テーマ

――アメリカでは今、デジタルやテクノロジーをどんなふうにジャーナリズムに生かそうとしているのでしょうか?

日本で誤解されていると思うのは、例えば今、データジャーナリズムという言葉が流行っていますが、これは新しいものではありません。「Computer-assisted reporting」(コンピュータ・アシステッド・リポーティング)といって、大量のデータを分析するような調査報道は20年以上前から行われていました。データベース・ジャーナリストやコンピュータ・アシステッド・リポーターという肩書きを持つ人たちは随分前から存在し、ある程度の規模の新聞社であれば、その人たちと記者がチームを組むという伝統もずっとありました。

だからデータジャーナリズムというのは、昨日今日のものではないのです。それと同様に、情報の視覚化などもそうですが、日本と比べるとテクノロジーが可能になった段階から、取材手法や紙面の見せ方などに積極的に取り入れて来たという経緯があります。

――最先端のジャーナリズムを研究しているニーマンフェロー・プログラムでは今、何が重要なテーマとして上がっているのでしょうか?

「デジタル時代のジャーナリストをどう育成するか」ですね。たとえ自分が全てできなくても、新しいメディア環境を理解しなければやって行けない、という姿勢です。私がいた3年前に比べても、去年、一昨年とこの点にさらに力を入れるようになりました。今はデータ分析、ビジュアライゼーションに加えて、コードを書く重要性も共有されています。

2年前からは、ロースクールの中にあるインターネット社会研究所と共同研究員制度を始めています。初回フェローは「Homicide Watch D.C」(ホミサイド・ウォッチD.C)という、ワシントンDCで殺人事件専門のサイトを創設した方でした。

このほか短期フェロー制度も作りました。ジャーナリストが1年間休職してハーバードに来るのは昨今では難しい現状もあります。短期フェローの初期メンバーには、YouTubeの創業メンバーがいて、彼は「Keepr」(キーパ)という、ツイッターのつぶやきがどれくらい信憑性があるかをチェックするアプリを開発していました。その最中にボストンマラソンテロ事件が起きて、システムを試すという意味では絶好の機会を得ることができました。

ツイッターでつぶやく時にユーザーがロケーションをオンにしていると、その人がどこでつぶやいてるか分かりますが、彼はそうした情報などを加味して、一番信頼性のあるツイートがわかるシステムを作っているのです。テクノロジーを理解している人が、ジャーナリズムに貢献できる事例の一つでもあります。

「現場に行くことで、本当に理解できるのか」

――そんな菅谷さんが現在、特に注目しているジャーナリストは誰ですか?

『ニューヨーク・タイムズ』の政治統計ブログを書いていて、スポーツメディアに移籍した統計の専門家のネイト・シルバーはすごく面白いですね。会ったこともありますけど変人です、よい意味で。強いビジョンを持っていて、これまでのジャーナリズムの根底を覆すことを実践しているパイオニアとも言えます。

ジャーナリズムは現場を大事にしますが、シルバーの問いかけは「現場に行くことで、本当にその現象が深く理解できるのか」ということです。もちろん、現場に行くことは大事ですし、その場で人の顔を見ながら話を聞くことも必要ですが、それだけでは点を理解するだけで、全体像が見えないわけです。

取材対象というのは、グーグルアースではないですが、顔をクローズアップで見るところからカメラを引いて、ビルの上に立って道を上から見たり、坂の上から、あるいは山の上から町を見下ろすなど、異なる視点で対象を眺めて、初めてその事象を語れるのではないか、と思うのです。例えば、現場に行って10人に話を聞くよりも、ある町の50万人のデータがあれば、もっと見えることもあるのではないでしょうか。

シルバーを有名にしたのは、2008年にオバマの大統領選挙です。選挙の勝敗を1州を除いて全て当てました。2回目の選挙の際、私は『ニューヨーク・タイムズ』の彼のコラムが大好きだったのでドキドキしながらサイトを見ていましたが、その時は全州の勝敗をぴたりと当てました。

予想が当たる前は、政治記者や政治評論家には「まともに現場を取材したことがない奴に何がわかる」といろいろと叩かれていました。でもふたを開けてみると、コメンテーターが言っていたことはほとんど外れ、彼が正しかったわけです。記者や評論家は、自分の取材経験やそこから導き出される勘などを頼りにします。しかし、それが綿密に組み合わせたデータからはじき出したものに比べると、バイアスに満ちたものであるとも言えるわけです。

サッカー報道でも、有名な解説者がコメントしたりしますが、つきつめるとその人の主観がかなり入っています。その解説者のキャラが好きで、その人が言うことに価値があればそれは良いのですが、試合分析の正確さという点からいえば少し違ってくる。シルバーたちは、過去のデータなどを持ち込んで勝算やプレーを分析するわけです。それがスポーツの見方に新しい視点を加えたと言えます。

もちろん、トピックによっては、伝統的な取材の方が最適なものもありますし、彼らの手法が万全でもありません。いずれにしても、これまでとは全く異なる窓から世界を見るための手法を確立した点は評価したいですし、今後も目が離せません。彼は真のイノベーターです。

動画向きのコンテンツはたくさんある

――動画メディアはいかがでしょう?

動画といえば、『Upworthy』(アップワーシー )がキュレーションしたもので面白い物を見ました。

アメリカでは、極端に痩せたモデルの体型が良しとされ、その影響で過度なダイエットなどが社会問題になっていました。私たちが雑誌などで見るモデルの姿はコンピュータで修正したものですが、それが実際どう行われるかは具体的にはわからなかった。ところが、この動画は1分ほどの短さにもかかわらず、そのプロセスを綿密に描くことで、モデルの美貌や体型は作られたものにすぎないというからくりを示し、ユーチューブで2000万回近く再生されています。

私もこの動画を見て以来、広告などのモデルを見る眼がすっかり変わりました。社会問題の提起でもありますが、どこか娯楽的な要素もあり、文字では語ることができない動画の力を見せつけた好例だと思います。バイラルでもあっという間に広がりました。

また、映像でしかできないことを考えさせられたのは、ハーバードの社会科学統計研究所のメンバーの話を聞いた時です。アメリカの鉄道網が歴史的にどう広がったかを時間軸で地図に示したものですが、映像は3分くらい。でもこれを本にすると何千冊にもなるそうです。文章だと頭から順番にしか読めませんが、映像なら複数のことを同時に起きているものとして表現できます。文字よりも映像で見せたほうが圧倒的に理解が深まるものはたくさんあります。

その意味では『Vine』(ヴァイン)というショートビデオも躍進しています。これは、6秒という短さがいい。『ニューヨーク・タイムズ』をはじめ新聞社もニュース解説の番組を作っていますが面白くない。結局、映像に向いているコンテンツが何かを追求できれば、映像は文字よりも優れている場合も多々あるということです。

※続きは明日掲載します。

(写真:大澤誠)