ペイパルの戦略転換
アップルが9月に発表した決済サービス「アップルペイ」は、スマートフォンで日常のさまざまな支払いができるようになるというものだ。この発表を受けてインターネット業界では、「おサイフケータイ」が現金やクレジットカードに代わる支払い手段となる時代を見越した動きが盛んになっている。
アップルの決済ビジネスへの参入が与える衝撃の大きさを疑う人がいたとしても、9月30日には沈黙したはずだ。この日、ネット競売大手イーベイが、傘下のネット決済サービス「ペイパル」を分社化すると発表。変化の速い市場に対応すべく、ペイパルの機動性を高めるためだ。
ペイパル分社化の発表に際し、イーベイのジョン・ドナホー最高経営責任者(CEO)は「デジタル決済の時代がやってきた」と述べた。
アップルペイが本当に普及するかどうかはまだ分からない。スマホを使って手軽で安全に支払いができると謳うサービスは以前から存在した。手がけたのはグーグルのような大手だったりベンチャーだったりしたが、謳い文句ほどの使い勝手は実現できずに現在に至っている。
だがアップルペイが発表されて以降、業界の動きが盛んになっているのをみると、クレジットカードや現金を使った従来の支払い方法が転換期を迎えていることは明らかだ。
スマホを使ったクレジットカード決済サービス「スクエア」は、将来的に加盟店でアップルペイを使った支払いを可能にする予定だ。ネット決済システムの「ストライプ」は、零細業者でもアップルペイでの支払いが受け取れるよう、アップルと協力していくことで合意している。
ペイパル分社化の発表は、従来のペイパルの方針を180度転換するものだった。今年、「物言う投資家」として知られる大株主のカール・アイカーンからペイパル分離を求められた際も、経営陣はイーベイとペイパルは一緒のほうが企業価値を高められると強く主張した。アップルペイが成功した場合、最も大きな傷を負うのはおそらくペイパルだ。
米国はおサイフケータイ不毛地帯
「かつて、インターネットは(アウトローが闊歩する)開拓時代の米西部のようだった」と、ストライプのジョン・コリソン社長は言う。「10年前なら、どこの馬の骨とも分からないウェブサイトで支払いをするのは恐いことだった。だが今では、消費者はオンラインショッピングにすっかり慣れている」
これまでにアメリカで登場したおサイフケータイのサービスは、どれも壁にぶつかった。
グーグルの決済サービス「グーグル・ウォレット」をみてみよう。おサイフケータイには欠かせない近距離無線通信(NFC)機能が、アメリカでは一部の携帯電話にしか搭載されなかった。グーグル・ウォレットの利用に制限をかける携帯電話会社もあり、結局、グーグルはスマホ決済に力を入れるのをやめてしまった。
米大手携帯電話会社が共同で立ち上げた決済サービス「ソフトカード」も、同じような理由でほとんど普及していない。
その結果、アメリカではおサイフケータイの普及が進まず、今も現金とクレジットカードによる支払いが当たり前の状態が続いている。おサイフケータイでの支払いのほうがクレジットカードで決済するより速くて安全だということが、アメリカの消費者には伝わっていない。
ネット市場調査会社コムスコアによれば、アメリカの4〜6月期のネットショッピングの売上のうち、携帯電話からの取引が占める割合は11%に過ぎなかった。残りはパソコンからの利用で、理由は主に、支払い情報の入力がスマホより楽だからだ。
「アップルペイは決済サービスに関わるすべてのプレーヤーに利益をもたらす。最終的には、携帯電話を使った決済を増やすからだ」とコリソンは言う。
アップルペイではネットショップであれ実店舗であれ、iPhone5S以降の機種に搭載された指紋認証機能を使って本人確認を行い、支払いができるようになる。
アップルに言わせれば、競合サービスより迅速で安全。アメリカではマクドナルドやホール・フーズ、メーシーズなど、大手外食産業や小売チェーンで利用できるようになるという(続きは明日に掲載します)。
(執筆:Mike Isaac記者 写真:Jim Wilson/The New York Times)
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