2021/12/30

「シャドーイング」は、なぜ“最強”の英語学習法なのか

NewsPicks Brand Design Senior Editor
 今年こそ、英語を話せるようになりたい。そう意気込んだものの、巷にはスクールや教材があふれ、なにから手を付ければよいのか悩ましい。英会話に通っても、TOEIC®︎ L&Rテストの点数が上がっても、実際のビジネスの前線で使える英語力が身につく日はこの先、来ないんじゃないか──。
 そんな悩みを持つビジネスパーソンに、今すぐ取り組んでほしい学習法が「シャドーイング」だ。英語力、とくに英会話がいつまでも上達しない主な理由、それは“正しく聞けていない”こと。同時通訳者を目指す人たちが必ず行うと言われるほど、リスニング力向上に効く訓練、それがシャドーイングなのだ。
 なぜ、英会話に「聞く力」が重要なのか。シャドーイングの効果的な方法とは。日本トップクラスの同時通訳者・関谷英里子氏と、シャドーイング特化型サブスクサービス「シャドテン」を提供するプログリットの矢部大輔氏が、奥深きシャドーイングの効果を語り合った。

「英語=コミュニケーションスキル」である

矢部 TOEIC®︎ L&Rテストなどでは高得点が取れても、英会話には苦手意識が強い。そんな方が少なくない印象ですが、関谷さんは「日本人が英語を話せない」状況をどう見ていますか。
関谷 日本では、英語ができなくても困る場面が少ない。最大の理由は、必要に迫られないからでしょうか。
 私自身の英語力も、仕事で使う機会が増えてから大きく伸びたと思います。
 ただ、幼少期と高校時代に海外で生活したことが、英語を“言語”として捉えるきっかけになりました。
 高校時代には、アメリカの女子高に留学し寮生活をしていたのですが、かなり自分を追い込んで英語と向き合っていましたね。
 寮のルールが厳しく消灯後に起きていると怒られるので、いつもトイレに籠って深夜まで英語の勉強をしていました。
矢部 すさまじい努力ですね。なぜ、そんなに頑張ることができたのでしょうか。
関谷 学生生活を楽しみたい高校生にとって、友達の有無は死活問題。友達を作るためには、英語で話せることが絶対に必要だったんです。
 日本で教育を受けて育つと、「英語=受験に必要な教科」というイメージが刷り込まれています。
 でも、本当は英語が話せると世界中の方とコミュニケーションが取れるし、言語の壁を越え情報を手に入れることができる。
 みなさん英語に対しては「好き・嫌い」「得意・不得意」と言うけれど、「私は日本語が不得意で……」とは言いません。
 英語に対して、それを媒介にして情報を得たり、話したりする“言語”という捉え方があまりされていないのかもしれません。
 英語力とは、現代の重要な「コミュニケーションスキル」。
 そう考えると、英語を学ぶことの価値が広がっていくと思います。
矢部 おっしゃる通りですね。英語はそれ自体が目的ではなく、さまざまな目的を可能にする手段のひとつ。とはいえ、すべての方が関谷さんのようにストイックに自分を追い込めないと思うのですが、英会話に苦手意識がある方に向けて、おすすめの方法はありますか。
関谷 たとえば、英語で話す力をつけたいとなると、どうしても「自分が話すこと」ばかりを考えてしまう。
 でも実際は、話している先には相手がいるので、相手を理解し、自分の言いたいことを理解してもらうやり取りがあるはずです。
 相槌を打つ、聞き取れなかったら聞き返すといったやり取りを含めて、“会話”だと認識することがまずは大切だと思います。
 実践的な手法で言えば、節目ごとにテストを受けるなど習慣的に自分の現状を把握する機会があるといいですね。
 現在地を知って、自分が英語で何を実現したいのかを見直すと、英語への向き合い方が変わります。

「聞く」を鍛えると英語が劇的に変わる

矢部 学習効率を上げるために、現在地を知り目標をはっきりさせることは我々も非常に重要だと思っています。
 プログリットでは、シャドーイング特化型サブスクサービス「シャドテン」を提供していますが、初回登録時にはまずテストを受けていただきます。
 そこで、自分がどの地点から、何を目指したいかをクリアにしていく。
 具体的には、ディクテーション形式で聞き取れているかを1問1答形式で解答していくと、「あなたは1分間に発話された単語数(Words Per Minute:WPM)をこの程度聞き取れています」とレベル分けされた教材が提案されるんです。
 シャドテンは、英語をコミュニケーションスキルと捉えた際の「聞く力」にフォーカスし、聞く力を鍛えるために効果的な学習方法とされるシャドーイングに特化したアプリです。
 関谷さんはリスニングの重要性をどう見ていらっしゃいますか。
関谷 聞く力は、英語のスキルの中で最も伸ばしやすい部分だと思っています。
 たとえば、海外の新聞記者のように書く力を身に着けるのは難しいし、海外の著名人のスピーチのような話す力を習得するのも容易ではない。
 でも、ネイティブの彼らと同じように聞き取ることは、受け身な分、目指しやすい。
 聞く力を伸ばすことは、英語力をつけるための第一歩として効率的な道だと思います。
 私が普段、聞く力を鍛える方法としておすすめしているのはディクテーションです。
 ただ、ディクテーションのデメリットはハードルが高いところ。題材を用意して、再生して、自分で書きとって、また止めて、確認して……と、しっかりやろうとするとけっこう大変です。
 そこで、同じように効果的で、かつディクテーションほど負荷をかけずに続けられる点でおすすめなのが、シャドーイングですね。
 なんといっても、ただ聞いてしゃべればいいんですから簡単です。
 内容がわからない音声を聞くのが難しいのなら、スクリプトを先に読んで意味を理解してから聞けばいい。
 どんどんハードルを低くして、聞くのはほんの1分程度でもいいと思います。
矢部 まさに、シャドテンでは、40秒から1分程度の課題を聞いて発話してもらいます。
 最適なインプットにするためには“理解できる内容”を音として浴びることが有効だと言われます。
 そこでシャドテンでは、ボタンひとつで英文のスクリプトや和訳が出る仕組みを備え、事前に目を通しておけば言っている内容がわかるようにしています。
関谷 言語を習得するためには、「自分のものに」落とし込む段階が必要なんですよね。
 理解できない内容でも、シャワーのように浴びることで習得できるのは幼児の言語習得プロセスで、第二言語習得のためには、ある程度、中身がわかったものを聞かなければいけない。
 でも、理解できる教材を集めて準備するのは大変ですから、こうした仕組みは手軽に継続する上でとてもいいですね。
矢部 “継続”は、やはり言語学習において重要ですよね。
関谷 言語は続けてこそ伸びるものなんですよね。
 私も仕事上、海外生活の経験があって日本語も英語も話せる方とたくさんお会いしますが、同じ境遇で育っても、英語力をバイリンガルレベルに保っている人とそうではない人に分かれます。
 その違いは、言語に触れ続けたかどうか。決定的なのは、文章で読み続けていたかどうかでしょう。
 つまり、海外生活の経験があっても英語に触れ続けなければ英語力は維持できないし、逆に海外生活の経験がなくても、英語の習得は可能だということ。
 いつから学び始めても、できるようになる人とそうじゃない人がいる。そこは量・質ともに勉強の差じゃないかなと思います。
矢部 社会人になってからでも、ちゃんと正しく学習をすればできる。
 関谷さんにそう言っていただけると、希望が持てますね。
関谷 今日が始める最良の日、ということです。

同時通訳者から見る、シャドーイングの価値

矢部 同時通訳の方は、シャドーイングを勉強法に取り入れているそうですね。
関谷 シャドーイングという勉強法を知ったのは、社会人になって改めて英語を勉強し始めてからです。
 同時通訳をしているときは、相手が話している内容を把握する映像のようなものが頭の中にあり、その内容を伝えるときに話す言葉が、英語か日本語か、という感覚でいます。
 英語を日本語に(あるいは日本語を英語に)訳している、というよりも、頭の中の映像を説明する言葉がどっちかの言語で出てくる、という感じ。
 なので「聞いて話す」ことができるようになれば同時通訳ができるようになる。
 それに最も近いのが、シャドーイングなんです。
 英語を聞いて英語を話し、それを同時通訳することは、実はとてもハードルが低い。英語で聞いたことを日本語で言えばいいだけですから。
矢部 つまり、聞いていることの意味が理解できていて、それを英語で発するのではなく、日本語で発することができれば同時通訳ができる、と。
関谷 そうです。シャドーイングができるということは、聞いている内容がわかっているということですから。
 シャドーイングには2つのステップがあって、第1ステップは、聞こえた音をそのまましゃべること。
 さらに力を伸ばしたいと思ったら、中身を聞いて理解してそれを自分が繰り返せるようになっているかという第2ステップに進むといいと思います。
 英語力が総合的に上がりますし、まさにそれが、同時通訳者がやっていることだと思います。
矢部 まさに、シャドーイングの研究者が提唱しているのが「プロソディシャドーイング」と「コンテンツシャドーイング」です。
 前者は音を聞いて音を再現すること。後者は中身を理解して楽しみながらシャドーイングすること。
 関谷さんがおっしゃった2ステップを経て、シャドーイングは完成すると言われているんです。
 シャドテンでは、まずプロソディシャドーイング、すなわち音声面での再現を意識していただきます。
 録音をお送りいただき、それに対してフィードバックする。
 たとえば、音の連結が生じているところで、「put」と「it」「off」をそれぞれ別の音として発音していたら、「元の音源ではどのように発話されていましたか」とフィードバックします(put it off の場合、カタカナで表記すると「プリロフ」というような発音になる)。
あなたのシャドーイングに対し、英語のプロフェッショナルが具体的かつ詳細にアドバイス
 意味を把握する前提として、音を聞いてきちんと単語を拾えているかが大事だと考えているので、「きちんと音を聞けていますか」というフィードバックが多めになりますね。
関谷 添削というサービス形式には、どんな意義があると捉えていますか。
矢部 きちんと音を聞けているかの確認と、「次は言われたことをできるようにしよう」というモチベーションにつなげることで、長く続けてもらう意味合いがあります。
 間違った音でシャドーイングして間違ったまま覚えてしまうことがないよう、添削を通じて正しい音をしっかり認識していただき発話の練習を繰り返す仕組みになっています。
 正しい音で何回も反復練習することによって、自分の脳裏に正しい音声データがインプットされ、耳で聞けるサイクルを回していくこと。
 これがシャドテンのサービスのコアになりますね。
関谷 なるほど。人は、自分が発話できない音を認識することができないですからね。
矢部 加えて、いかに継続してもらうかという点では「人がフィードバックする」ことに価値があると思っています。
 機械がシステマティックに点数を出すのではなく、「ちゃんと見てくれている」人の気配が、続ける力になると思うんです。
 たとえば、お客様から「いつもは1教材4日で次の教材に進むところを、『今回は同じ教材を明日もやってください』と提案された。『自分の声をしっかり聞いてくれているんだ』と感じ、すごくやる気につながった」という声をいただくことも。
関谷 英語学習を毎日続けるには、覚悟が必要ですからね。
 しんどいときに続けられるかは、その先に応援してくれる人がいるかどうかが大きな要素になると私も思います。
矢部 テック偏重にならず、人とテクノロジーの両輪でサポートしたいという思いが、サービスコンセプトの根底にありますね。

マネすることで、英語の世界へ飛び込む

矢部 関谷さんは、シャドーイングを続けて成長を実感したり、少し変わったかも……と思ったりしたことはありましたか。
関谷 シャドーイングは、続けると自信につながりますね。
 私も普段シャドーイングを活用して自主練をしています。
 現場に行くまでは通訳相手がどういう風にしゃべるのかがわからないけれど、シャドーイングをすることで「大丈夫。できるはず」と自信をつけて臨むことができる。
矢部 これから通訳する方の音源で事前練習するということでしょうか。
関谷 そうです。過去の講演動画やインタビュー動画を見ます。ビジネス領域の方は話すスピードが速いので、彼らの速さに慣れるよう、テレビ出演時のものを選んで練習することも多いですね。
 もう一つは、英単語の短さに慣れるのも大事なポイントです。
 たとえば、オレンジジュースは日本語だと1文字ずつ音がありますが、英語だと「Orange Juice」とアクセントをつける音が2つくらいしかない。
 自分で聞いて自分で発話して英語の音に慣れることができるのが、シャドーイングの良さですね。
矢部 日本の方は、「発音を良くしたい」という目標を立てる方が多いのですが、発音の重要性についてはどう考えていますか。
関谷 気持ちはすごくわかります。「日本語っぽいアクセントだな」って気になる気持ち。
 でも、英語は音節が短くて単語の中のアクセントや文章の抑揚で伝わるところが多い。
 本質は発音自体ではないと思うんですよね。
 伝わらないときは、どちらかというと声の小ささが影響していることが多いのではないでしょうか。
「自分の発音が悪いんじゃないか」と、恥ずかしさから声が小さくなり、相手に聞き返されてひるんでしまう。さらに自信をなくして「発音が悪いから」と思い込む人が少なくない気がします。
矢部 そもそも英語はコミュニケーション手段だと関谷さんがおっしゃっていたのはまさにその通りだと思うんです。大事なのは自分の思いを相手に伝え、相手のことを理解すること。
 なのに、発音が良くないから伝えられていないと思い込んでしまう。伝わらなかったら、もっとシンプルな言葉に言い換えてみたり、補足してみたり、いろんな方法があるのに、「発音が悪い」ことに集約して理由づけをしている面はあるかもしれないですね。
関谷 そうそう。私も英語圏で暮らしていたときに、自分の英語が伝わっていないな、と感じることがありました。
 笑われたり、聞き返されたりするのが嫌で、必死に周りの人の英語を自分なりにマネしながら習得していきました。
 今振り返れば、まさにシャドーイングの要素を使いながら英語を身につけていたのかもしれません。
 自分では出さない音声を発音しているので最初は恥ずかしさがあるんです。でも繰り返すうちに慣れてくる。身体化していく感覚に近いですね。
矢部 自分流の発声ではなく聞いた音を再現することを、やはり積み重ねていらっしゃったんですね。
関谷 そうですね。音声を聞いてマネすることで、英語の世界に飛び込むためのスイッチを入れているイメージですね。
 頭の中で繰り返すのではなく、口に出して自分の声で発することで、英語をしゃべる自分に慣れていくことが大切なんだと思います。
矢部 共感するお話が多くて大変うれしいです。
 最後に、関谷さんが、これからの社会で英語を話す意味をどう考えていらっしゃるか、ぜひ教えていただきたいです。
関谷 今の社会は、英語を話さない国の人たちが、英語を話せる人と同等のマーケットに出てきて活躍できる社会です。
 そこで交わされているのは、人間同士の会話です。
 アクセントが異なっても、一生懸命話している姿勢に心が打たれ、ビジネス上で相手の行動を促すことにつながるかもしれない。
 英語を頑張っている姿勢を見せるだけで、誠実さが伝わることもあるでしょう。自分の言葉でコミュニケーションをするうちは、英語が話せることに損はないと思います。
矢部 ありがとうございます。とても勇気をいただきました。我々も、シャドテンを通して、英語力を武器にチャレンジする方を応援していきたいと考えています。