2021/12/10

「0→1」に必要なのは「失敗を防ぐ知識」と「安心して失敗できる環境」

NewsPicks, Inc Brand Design Head of Creative
多くの企業で新規事業開発が活発化している一方で、日本の若者の起業率は諸外国と比べて低い。理由は複数あるが、「失敗」を恐れる国民性がその理由の一つだと考えられている。
そんな中、ソニーは2014年、新規事業の創出と事業運営を支援する「Sony Startup Acceleration Program (SSAP)」を発足させた。2019年には東京大学大学院工学研究科と共同で「社会連携講座」を開講し、「失敗学」の第一人者である東京大学大学院工学系研究科教授の中尾政之氏と共に、学生のアイデアを事業化するためのサポートを手がけている。
「失敗学」は新規事業の創出にどう関係があるのか。「0→1」を生む場に欠かせない要素とは何か。東京大学の中尾教授と、ソニーグループ株式会社のStartup Acceleration部門 Open Innovation & Collaboration部で社会連携講座の企画運営を担当する杉上雄紀氏、同部門COSIA事業部 Ideation Service TeamでProducerを務める堂道有香氏による鼎談から、新規事業を成功へと導くためのヒントを探る。

「安く・うまく・早く」失敗できる場が必要

──ソニーと東大が手を組んで「社会連携講座」を始めたきっかけについて教えてください。
杉上 もともとは、私が中尾先生の研究室の卒業生だったことがきっかけなんです。先生に導いていただきながら、自分のアイデアをもとに設計をして、モノをつくる「創造設計」の演習を受けていました。
中尾 創造設計演習は、機械と電気を融合させた「メカトロニクス」分野でモノづくりに学生がチャレンジする内容です。杉上さんは、つくりたいモノがたくさんある学生だったと記憶しています(笑)。卒業後はモノづくりの会社で新規事業をやりたいと言ってソニーグループを選びましたよね。
杉上 はい、もともと学生時代から新しい価値を創造することに興味があった中、ソニーに入社して7年目から新規事業を担当しています。
 社内での新規事業の立ち上げのほか、今ではSony Startup Acceleration Program(SSAP)を通じてZ世代向けのイノベーション教育や大企業の新規事業開発を支援する活動も行っています。この間に私が学んだのは「新規事業は多産多死」、「挑戦と失敗と再挑戦のサイクルをいかに多く回すか」が重要だということです。
 前例のない価値を生み出すことは、そう簡単ではありません。むしろ失敗の連続。幾多の失敗から何かを学び、活路を見出していく。それが新規事業の創出には必要なプロセスです。
 ただ、現実的には、今大企業で新規事業開発に携わっている人も、これから起業を考えている学生も失敗を何度も許容できる環境にいる人は少ないと思います。
 社会に出る前に、本格的に起業や新規事業に携わる前に、なるべく若い時から失敗を「安く・うまく・早く」経験するにはどうすればいいか、そこでたどり着いたのが大学でした。
 大学には大企業よりもしがらみが少ないし、失敗しても人事評価に響くこともない。若者が失敗しながら「0→1」を学ぶのにこれ以上最適な場はないと思ったのです。そこで中尾先生に、大学生と大企業が連携して新規事業に挑戦するようなプログラムをいっしょにつくりませんかと相談したんです。
中尾 創造設計演習のように自由闊達にモノづくりにチャレンジする活動を広げていきたいと考えていたところに、杉上さんというそれをリードする「最適な人」から話があったわけですから、協力しない理由はありません。話をもらって、すぐに学生に声をかけましたね。

多様性のある環境で“What to do”を伸ばす

──社会連携講座には中尾先生の専門である「失敗学」の知見も生かされていると聞きました。そもそも「失敗学」とはどのような学問なんでしょうか。
中尾 「失敗」って、昔から似たようなものが繰り返されているケースが多いんです。そういう前例のある失敗は、過去を学んで原因を分析すれば、防止策が見つかります。
 「失敗のナレッジマネジメント」によって、しなくていい失敗を防ぐ。未来の同様のプロジェクトが成功するためのヒントにする。それが「失敗学」です。
 先ほど杉上さんが話したように、必要な失敗もある。ただ、過去から学べる失敗はできるだけ避けたほうが良くて、未知の失敗をたくさんさせてあげたい。そういう意味で、失敗学はこの社会連携講座の役に立つと思っています。
──失敗学の観点から、前例のない事態が起きた時、そこで大事になることは何ですか。
中尾 確かに、最近は前例のないことが起こるようになりました。その最たるものが新型コロナウイルスの感染拡大でしょう。
 100年前のスペイン風邪の時とは、われわれを取り巻く環境は大きく変わっています。PCR検査、mRNAワクチンのように当時なかったものも登場している。過去のデータを一生懸命に調べても、こんなことなかったから、最適解がわかりません。
 こうした未知の事態に対処する際に必要なのは、「違和感」です。普通であれば見逃すような違和感を感じられる感度の高さと、それをもとにあらゆる思考を広げていく力が必要です。
杉上 私も新規事業の創出において、違和感はとても大事にしています。違和感は異なる人材から得られやすい。ですので、社会連携講座では「多様性」のある環境づくりを意識的に行っています。
 こんなことがありました。講座が始まった当初のメンバーは、東大の工学系大学院生だけだったんですが、始めてみて3か月ぐらいで発想に詰まる人がちらほら見受けられました。メンバーが偏っていたんですね。
 そこで東京藝術大学とデジタルハリウッド大学の学生にも参加してもらうことにしました。東大と藝大は、学んでいる学問に違いはありますが、それぞれの分野でとてつもない努力をしてきた人たちだから、交ぜ合わせるとお互いの価値観や才能を素直に認めてリスペクトし、良い化学反応が生まれる。それによって講座により活気が生まれたんです。
中尾 工学系の学生の多くは一点集中型で、“How to make”を掘り下げることは得意だけれど、“What to do”を考えるのが不得意。言われたものをつくることはできても、何をつくるべきかを考えたことがない学生が大多数です。
 一方、文系や芸術系の子は“What to do”が得意だから、両者がうまく交ざり合うと面白いアイデアがたくさん生まれ、またそれをカタチにできる。社会連携講座の様子を見て、私もその良い化学反応を目の当たりにしましたね。

「0→1」を体験してほしい。「1→100」は企業でもできる

──実際に、社会連携講座で学生たちはどんなことに取り組んでいますか。
堂道 講座は大まかに「トレーニング」「ワークショップ」「オーディション」に分かれています。
 「トレーニング」では毎週、杉上や私のようなSSAPのプロデューサーがレクチャーやメンタリングを行います。具体的にはアイデア出しや顧客ニーズの仮説検証、アイデアのプロトタイプ開発や想定顧客インタビュー、フィールドワークなどを行います。
 「ワークショップ」では、4、5人ずつのチームに分かれてテーマに沿った考察や議論を行い、最後にチームで成果を発表します。その場でアイデアを考え、それを共同でカタチにしていくプロセスを経験することもあります。
 「オーディション」は講座の締めくくりとして位置づけているピッチイベントです。チームで考えたアイデアとニーズの検証結果を審査員の前で発表し、評価を受けるんです。
杉上 講座の第1期にあたる2019年度のオーディションでは、初の商品化事例が生まれました。
 最高賞を獲得したチームは、講座終了後も賞金を活用してアイデアをブラッシュアップ。お客様の足をスマホで撮影、3Dスキャンし、3Dプリンタでフルオーダーメイドのインソール(靴の中敷き)を作成するサービス「ソレイユソール」の商品化に成功しています。
中尾 商品化まですべてたどり着くのがいいのかもしれませんが、私はこうしたプログラムに参加して何もないところから新しいモノを生み出すチャレンジをするだけでも価値があると思っていますから、できるだけ多くの学生にこうした「0→1」の体験をしてもらいたいですね。
 日本に圧倒的に足りていないのは「0→1」の取り組みです。「0→1」を体験した人が少ないから、このプログラムで学んだ時間は、その後の人生にとってきっと大きな財産になる。すでにある商品を世に出し、売上を伸ばしていく「1→100」は企業でもできます。
 今は工学領域でもSDGsやソーシャルグッドを満たすことが求められるし、それに対して投資したいという人が増えています。その上、Z世代と呼ばれる今の若者は社会貢献への欲求が高い。
 若くても、アイデア次第でお金を集めてアイデアを実現できる環境は整いつつあります。将来は講座を通して「0→1」に挑戦する若者を育てる教育方法を確立し、工学系以外の学生や他大学にまで広げていけたらと考えています。

「可燃性の人」にいかに火をつけるかが大事

──講座の運営で大事にしているポイントは何ですか。
杉上 ソニーと東大の社会連携講座は「IGNITE YOUR AMBITION(野心に火をつけろ)」というプログラム名で運営しています。
 「0→1」を生み出すフェーズでは、自分自身やメンバーの心に「火をつける」ことが大事です。ビジネスにおいて、ひとりでできることは限られていますからチームで取り組む。そのとき、一人ひとりが意欲に燃えていなければなりません。
 京セラ名誉会長の稲盛和夫さんがよく、「自ら燃える」という話をされています。
 “物には可燃性、不燃性、自燃性のものがあるように、人間のタイプにも火を近づけると燃え上がる可燃性の人、火を近づけても燃えない不燃性の人、自分でカッカと燃え上がる自燃性の人がいます。何かを成し遂げようとする人は、自ら燃える情熱をもたなければなりません。”(『京セラフィロソフィ』稲盛和夫、サンマーク出版より)
  人には他者が何もしなくても自発的に燃えている自燃性のタイプもいれば、今はまだ燃えていないけれども今後燃える可能性のある可燃性の人が混在しています。
 社会連携講座では可燃性の人に火をつけるために、自燃性の人と接点をもたせるアプローチをとってきました。可燃性の人にすでに燃えている人の話を聞かせたり、同じチームに入れたりしています。そうしたメンバー同士の交流促進も私たちの大事な役割です。これは、社会連携講座だけでなく、SSAP全体の取り組みの中でも大事にしていることです。
中尾 異なる人材同士で摩擦が起こることを恐れてはいけないと僕は思っています。日本人は議論を避けて、多数決で物事を決めようとする。でも、僕の研究室でも社会連携講座でも、多数決は絶対にさせません。とことん話し合えば、みんなが納得する結論を出せるはずなんです。
 「自分の意見を言ってみよう」と思える雰囲気をつくっていく。摩擦を恐れず発言する。その積み重ねが自分にも周りにも火をつけ、新しいモノを生み出すことにつながるんだと思います。
堂道 失敗した人の話を聞いたり、年齢や所属を超えて夢を分かち合えたりするような、そんなフラットなプラットフォームを私たちは目指しています。中尾先生がおっしゃったように、日本人は多数に流される傾向が強い。年齢を言った途端、パワーバランスが生まれる場面も多いと感じます。
 社会連携講座のように所属の異なる人がいっしょにチャレンジする場では、年齢や性別などによるパワーバランスや無意識のバイアスを崩さないと生まれるものも生まれない。こういう場がたくさんできたら、チャレンジする人はもっと増えると思います。
杉上 私は、あまり理屈で考えすぎず、シンプルに「楽しいからやる」という状態にもっていくのが理想だと思います。「楽しい」があるから没頭も継続もできる。成果も出やすくなります。
 自分の市場価値を上げるためにイノベーティブな人材を目指そうではなく、気が付いたら夢中になってイノベーション活動をしてしまっているような環境をつくりたいですね。
 そのためにも、社会連携講座ではアントレプレナーシップ(Entrepreneurship)とエンターテインメント(Entertainment)をくっつけた「アントレテインメント(Entretainment)」の実現を目指していきたいと思っています。
堂道 挑戦がないと、失敗も成功もない。そう考えれば、挑戦自体が学生にとってはすでに達成だと思います。結果が失敗であっても成功であっても、そこから学ぶことはたくさんあるはずですから。
 ただ、ビジネスの現場や、取り組んでいるテーマのリアルをあまりにも知らないがゆえに起こる失敗ばかりしていてはもったいない。そういう失敗は、事前に私たちがサポートして避けられるようにしたいですね。
中尾 そのとおりで、冒頭にも話したように過去のケースから学んで防げる失敗を防ぎ、違和感を大事にし、未知の課題に対してはその解決に向けてどんどんチャレンジしてほしい。失敗は恐れるものではないんです。

企業の人に、もっと大学をうまく使ってほしい

──今後、SSAPとしてはどのような展開を考えていますか。
杉上 社会連携講座自体は大学生向けのプログラムですが、今日お話しした多様性のあるチーム作りや、チャレンジしやすい風土、0→1を生み出すためのメソッド、アントレテインメント、そして失敗学のエッセンスは大企業の新規事業開発にも共通する要素です。そこで、SSAPでは大企業×大学生のコラボレーション促進にも取り組んでいます。
 実はすでに大企業と大学との協業をSSAPがアレンジしたプロジェクトはいくつもあるんです。2つ事例をお伝えすると、ソニー生命とレジャー施設「ムーミンバレーパーク」があります。
堂道 ソニー生命では、「Z世代が最初に選ぶ生命保険」として想起させるために何が必要かをテーマに、東京大学、東京藝術大学、デジタルハリウッドの学生とプロジェクトを走らせています。
 生命保険をテーマにアイデアソンを実施し、その後生命保険に関するニーズ検証、プロトタイプづくり、ユーザーインタビューなどを通じて社内プレゼンを行う流れです。ソニー生命から5人、学生が8人、それを支えるSSAPメンバーが3人の合計16人がチームメをつくり、奮闘している最中です。
杉上 ムーミンバレーパークの事例では、「自然とテクノロジーの融合。新しい過ごし方、楽しみ方」というテーマに東大とデジタルハリウッドの学生が取り組んでいます。
 ソニー生命では大企業の社員と学生がONE TEAMを構成するスタイルですが、ムーミンバレーパークでは、企業側と東大と東京藝大の学生で担う役割を分ける形をとっています。
 プロジェクトのプロセスを大きく「市場機会の特定」「コンセプト創造」「コンセプト検証」「ソリューション開発」「導入」の5区分としており、市場機会の特定と導入を大企業が担い、そのほかを学生が担当。これらすべての工程をSSAPメンバーが支えるかたちです。
 学生たちはパークの視察を経てさまざまなアイデアを出し、企業側にプレゼン。最初はARを用いた宝探し体験提案をしたのですが、OKが出ず、ARを用いたキャンプ体験やコレクション体験など喧々囂々のディスカッションでどんどん良いアイデアになっていく様子が印象的でした。
 大企業が協業する相手は、なにも企業、ビジネスパーソンだけである必要はありません。若い優秀な人材と大企業のコラボレーションをアレンジできるような仕掛けをもっとつくっていければと思っています。安くうまく早く探索して、チャンスを見つけたら一気にリソースを投下するのが理想の流れ。いわば、「大学生のように舞い、大企業のように刺す」です。
 オープンイノベーションや協業を支援する企業は複数存在しますが、大学やZ世代との連携という点はSSAPの強みの一つだと思いますので、大学生だけでなく大企業にもこの強みを提供していき、もっと協業していき、大企業と大学のコラボレーション事業を増やしていきたいと思います。