2021/12/14

「トヨタ式」新規事業の生まれ方。“社内起業家”はこうして覚醒する

NewsPicks Brand Designチーフプロデューサー Next Culture Studioプロデューサー、UB Venturesエディトリアルパートナー
 多くの大企業が新規事業を重点テーマに掲げる一方で、現実に事業化まで至るケースは決して多くはない。全社を挙げて推進しているはずなのに、社内の承認の壁に直面したり、思うように顧客が集まらないまま撤退に至ったりする失敗はなぜ起きるのだろうか?
 世界トップの自動車メーカーとして、日本経済をけん引してきたトヨタ自動車。さまざまな新規事業創出プロジェクトを実施してきた中で、これまで社内で不足ぎみだった“Will(意思)”を重視したアプローチに着目した。事業案なしで応募できる新制度で選抜された中川拓也氏、事務局の一員で起案者としても事業創出を進める小池優仁氏と、彼らを新規事業開発制度設計支援でサポートしてきたアルファドライブの土井雄介氏に、“Will”を大切にした社内起業のリアルについて聞いた。

新規事業は「“尖った人材”がやること」か

――中川さんと小池さんは、トヨタ自動車の社内新規事業に取り組んでいますね。どのような経緯で取り組むようになったのでしょうか。
中川 もともと新規事業には「特別なアイデアを持った尖った人がやること」というイメージがあって、自分には縁がないものだと思っていました。
 ところが、昨年社内でアナウンスされた事業創生プラットフォームという制度に、具体的な事業案がなくても応募できる “社会課題DeepDive”という仕組みがあることを知りました。
 自分には「人の役に立ちたい、社会に貢献できている実感を持ちたい」という気持ちがあって、実は以前から休日を利用して住んでいる岐阜県土岐市の町おこし活動に取り組んでいました。
 社会課題の解決を目指す新規事業に挑む人材を募集する“社会課題DeepDive”の制度を知って、「これを仕事でやっていいんだ」と驚いて、やってみたいと思ったんです。
小池 当社の新規事業創出プロジェクトは、“Breakthrough-project(B-project)”という一般的な公募制度に加えて、社会課題のテーマを定めて解決に取り組む人材を選抜する“社会課題DeepDive”という制度があります。
 選ばれてから課題に向き合い、どんな事業を生み出していくべきかを絞り込んでいくんです。次世代のリーダーに必要な行動力や当事者意識を醸成しながら、社会課題の現場から将来のビジネスの種を生み出すことが目的です。
 私自身はこのB-projectの事務局をしていたのですが、自分でもチャレンジしてみたいと思うようになり、提案者になったのです。
――新規事業というと、ビジネスプランがなければ始まらないイメージがあります。
土井 イノベーションを起こすためにまず必要なのは、画期的なアイデアやビジネスプランではありません。それよりも、「誰の」「どんな課題を」「なぜあなたが解決するのか」という明確な使命感や当事者意識ともいえる“Will(意思)”が重要です。
 一般的に、成功した起業家は強い原体験から来る強烈なWillを持っている人も多く、だからこそ中川さんも「新規事業は尖った人がやるもの」と思っていたのでしょう。
 そもそも大企業に勤める人でWillを最初から持っている人は多くありません。でも、Willは後から育んでいくことが可能です。

大企業社員が「原体験化」を経験するプロセスとは

小池 もともとは、とにかくチャレンジしてみたい!ということが動機でしたが、B-projectのプロセスを経験する中で、自分のWill がどんどん強くなっていくのを実感したんです。
――どんなふうにWillが形成されていくのでしょうか。
小池 学生時代にテレビ局でアルバイトをしていた時のことです。何度も行った火災現場での経験や、消防や救急医療に携わる友人たちの話から、火災現場に課題を感じていたことを思い出し、「消防の課題解決」をテーマに応募しました。
 当初は、もっと早く火災を発見し、もっと早く消防隊の方々が現場に駆けつけるにはどうしたらいいかを考えていました。 B-projectでは、まずはひたすら顧客となる人たちへのヒアリングを重ねます。消防関係の皆さんの話を聞くうちに、自分が想定していたものとは異なる課題が浮かびあがってきました。
 年々件数が減っている火災より、高齢化などで出動件数が急増している救急のほうが、より深刻だということ。また、119番通報をされる方の多くがパニックになっており、消防隊員が現場に到着すると、想定とは異なる事態が生じていることが多いそうなんです。
 例えば、たった1台の路上駐車があっただけで対応を大きく変える必要があったり、現場で救急車の数が足りず応援を要請したりすることもあります。このような具体的なお話を聞くにつれ、「他人事」ではなく「自分事」として、「本気でなんとかしたい!」という思いが強くなってきました。
土井 新規事業ではどうしても技術ありき、プロダクトありきのアプローチに偏ってしまいがちですが、新規事業が成功するかどうかは「そこに顧客の課題/ニーズがあるか」にかかっています。
 アルファドライブの新規事業創出プロジェクトは、初期の段階で顧客との対話を徹底的に繰り返し、本当に解決すべき課題とニーズがあるかを検証するというアプローチを重視して設計しています。
中川 私も顧客と向き合ううちに、当初頭の中で想定していたものとは異なる、より深刻な課題が現場には存在するということを知りました。
 当初は台風の被災地でヒアリングをしていたのですが、地元の人たちがより切実に困っているのはむしろ雪の被害でした。
 自治体は除雪作業に多額の予算を投じ、現場の作業員は危険を伴う深夜の除雪作業に懸命に従事しているにもかかわらず、住民の満足度は高くない。外出の中止や回り道を余儀なくされたり、ものすごく時間がかかったり、ひどいときには車が動けなくなって立ち往生してしまうからです。
 こうした除雪の問題について話を聞きに行くと、地元の人たちは身を乗り出して話してくれます。自分たちがあきらめていた問題を解決しようとする人が目の前にいることに驚き、喜び、期待してくれる。
 そんな人たちと対話を重ねるうちに、何とかしてこの人たちのために問題を解決したいという思いが日に日に強くなっていくのです。
土井 トヨタ自動車は「現地現物主義」を徹底していることもあり、働く人たちは事実を論理的かつ客観的に考え、判断する習慣が当たり前のようにできる方が多いです。
 それは安全な製品を世に送り出すことを求められる自動車メーカーとしては素晴らしいことなのですが、「自分が何をしたいか」という自分自身の内面に向き合う機会があまりないという側面もあります。
小池 その通りだと思います。私は以前、商品企画の部署にいましたが、これまでのデータやお客様からの声に基づいて企画を進めていました。
 自分の中で「もっとこうしてみたい」という思いもありましたが、YARISのような車両企画は、まずはターゲットとなるお客様を第一に考え企画をする必要がありました。

顧客起点のアプローチと「トヨタ生産方式」の類似点

中川 客観性を重視する環境で育ったため、新規事業を手がけるようになり「あなたはどうしたいのか」と聞かれることが突然増えて戸惑いました。最初は「自分がやりたいことを言っていいのか」と驚いたのですが、むしろ新規事業は「自分はどうしたいのか」という問いの連続であるように感じます。
 上司はもちろん、社内で答えを持っている人などいません。唯一それを知っているのは顧客です。その顧客と一番対話を重ねてきた自分が、すべてを決めなければならない。自分を強く持っていなければ続けられないのです。
土井 社内起業にWillが必要な理由は、まさにそこにあります。
 新規事業では、正解のない問いに答えを出し続けていくことが求められます。こうした苦しい意思決定を乗り越えていくには、強いWillが必要です。
小池 その通りですね。私自身、どんなに難しい問題に対しても自分で決断したいと思えるようになりました。
 上司に判断を仰げればどんなにか楽でしょうが、社内のだれよりも消防・救急の現場やそこに立つ隊員の思いを知っているという自負を持てたからこそ、他者に任せたくはないのです。
中川 選考会プレゼンの質疑応答で雪国の現場の話をしていると、困っている地元の人たちの顔が浮かんできて、こみあげてくるものがありました。
 彼らのためになんとしても目の前の審査員を納得させなければ、と涙をこらえて説明するうちに、「これはやっぱり自分がやりたいことなんだ」と再確認ができました。
土井 中川さんや小池さんのチーム以外でも、困難を抱える人たちの力になろうと涙ながらにプレゼンする姿があり、アルファドライブから参加した審査員も全員もらい泣きしていましたね。
 全員が原体験を持っているわけではないはずなのに、圧倒的な「自分事化」ができていた。いい年をした大人が、泣きながら取り組める仕事ってそうはないですよ。
 日本を代表する大企業の人たちが、こんなにも弱い立場にある人たちに寄り添い、情熱を持った仕事ができるのかと驚き、感動しました。
小池 アルファドライブが設計してくれた事業創生プラットフォームの「型」が、参加者の心に火をつけてくれたのだと改めて思います。
「トヨタ生産方式」は、製造業として、顧客ニーズに基づいてムダを徹底的に排除して効率的に早くいいものをつくることですが、私たちは、社会人になってから一貫してこれを学んで実践してきています。
 顧客の声に真摯に耳を傾け、「社会に求められることは何か」という問いに絞りこんで徹底的に追求していく顧客起点のアプローチは、この「トヨタ生産方式」と親和性が高いことに気づきました。
土井 実は、事業創生プラットフォームそのものが、必要な時に必要なものをつくる、また、異常があったら止まるという、トヨタ生産方式と同じ考え方で設計されているのです。
 プロセスを複数のステージに分割して、次に進む要件をクリアできているかを評価しながら選考していくステージゲート方式で、参加チームが各フェーズでやるべきことを明確にし、集中できることを重視しています。
 具体的には、最初のプロセスでWillを醸成し、顧客と課題を明確にしていくフェーズを経て、そこで立てた仮説が本当に実在するかを検証し、解決策と事業計画に落とし込んでいきます。
 新規事業を生み出していくプロセスは困難の連続なので、各チームには定期的にメンタリングを行い、サポートしています。中川さんや小池さんは、第1期で選抜された各チームに所属していますが、現在商用が可能かどうかの検証を行う「SEED Stage4」のフェーズ。アルファドライブとして、引き続きそれぞれの取り組みに伴走しているところです。
中川 当社の社員は「トヨタの問題解決手法」というプロセスも叩き込まれているんですが、それになぞらえて説明してくれた点も理解を深めてくれました。企業文化に合わせたアドバイスで、自分たちにもできる、という自信につながりました。

トヨタが新規事業創出に取り組む意義とは

――トヨタ自動車がクルマ以外の幅広い領域で新規事業創出に取り組む意義はどんなところにあるのでしょうか。
中川 当社は「幸せを量産する」というミッションを掲げています。社会にはまだまだ解決されていないたくさんの課題があり、様々な視点からこれらを解決する新規事業を起こすことが幸せの量産につながっていくはずです。
 今の私たちのように、もがきながら事業の芽をつくって成長させていくサイクルを回すことで、将来のトヨタを支える存在にしていきたいと思っています。
小池 当社に限らず大企業には、これまで築いてきたノウハウ、人材や技術力、数多くのグループ会社といったアセットがあります。短期的な投資回収が難しい領域でも、大企業だからこそ可能になるチャレンジは多く、取り組む意義は大きいと思います。
土井 実際にトヨタ自動車の新規事業創出に伴走していて感じるのは、メンバーが自分の部署でそれぞれの取り組みや成果を報告すると、現場でそのアプローチを取り入れたり評価したりする動きが起こっていることです。
 同じ仕事を続けていると固まってしまいがちな価値観が、少し離れたドメインで顧客と対話しながら意思決定するプロセスを経験していくことで変化を遂げ、それが周囲に良い影響を及ぼしている。こんなに大きな企業でも、こうして少しずつ変わっていけるのだという可能性を感じています。
 とはいえ、最も重要なのは進行中の案件の事業化を成功させることです。トップダウンの事業だけでなく、これらのボトムアップの新規事業を成功させて、継続的に新しいビジネスを生み出すサイクルを回し続けていく必要があります。
 新規事業は「センミツ(1000のうち成功するのは3つ)」と言われますが、1000のうち7や8、もしくはそれ以上に確率を上げていくことは可能です。アルファドライブとして、そこに寄り添っていきたいと思っています。