iモードの猛獣使い

商社に学んだ「千三つ」の精神

イノベーションに必要なのは「体感的確信」

2014/10/1

当時の栃木支店は宇都宮市の中心部から離れた郊外に立地していました。自動車電話の販売および取り付けが主力の仕事であった時代の名残です。

東北新幹線がすでに走っていたので、宇都宮は東京への通勤圏内でした。ということは東京から宇都宮へは通勤できるということですが、駅から離れていて、朝晩渋滞する道路の先にある職場では人生初の単身赴任とならざるを得ませんでした。私は、月曜日の朝に出社し金曜日に自宅に帰るという4泊5日の短期出張繰り返しタイプの単身赴任を選択することにしました。

家に帰ると、当時高校生だった娘がポケベルで友達と会話していました。

家のプッシュホンで「おはよう」と打っては電話を切り、相手から返事が来るとまた打つというようなことを繰り返していました。

平日は、月曜日から金曜日まで職場でベル友の猛威にさらされ、週末家に帰ると娘のベル友ぶりを目にするわけです。

短文メールというコミュニケーションの強大な力を身近で経験していたおかげで、マッキンゼーのレポートを読んだ時、「ベル友のようなメール機能をうまく作ると彼女らは買ってくれるな。使ってくれるな」という確信がありました。という訳で、前述のように、大星さんからiモード開発を命ぜられた時私は「ラッキー」と思ったのです。

体感的確信とは??

この心の動きを私は「体感的確信」と呼んでいます。

頭ではなく、理屈ではなく、数値ではなく、自分の身体や肌で感じる確信、日常生活から生まれる確信です。

新商品は、商品開発担当者の方が考えに考え、市場調査を繰り返して生み出すもの。そして、当然ながら、それらはすべて「売れる」という結論に理屈上はなります。

しかしなかなか売れません。売れる方が稀です。

新規に企画した商品がすべて売れたら世の中はヒット商品だらけです。

ドコモは2012年に創業20年になりました。その間多くの製品やサービスを世に出してきましたが、主力商品になったのはiモードだけです。

1000件トライして3つヒットすればよい世界

まさに「千三つ」、1000件トライして3つヒットすればよいという世界です。

この言葉は商社の方から聞きました。

言われてみればその通りです。毎年大型ヒットを飛ばす商社などありません。

雌伏10年、20年で、会社の新しい屋台骨を背負える事業を掘り当てます。その事業がコア事業となり、そこから生まれる利益がまた新たな事業を生み出します。

挑戦こそが重要で、挑戦しなければ成果は生まれず、失敗を恐れていては駄目だ、とよく言われますが、最も重要なことは、多くの失敗を会社が許容するということです。

仕事柄いろいろな企業の方とお会いしました。

経営が厳しい企業の方もいらっしゃいます。

どの企業も新規事業への期待が高まる一方、利益の薄くなった既存事業からの圧力が高まり、使える資金が少なくなるのに成功率は逆に高くせよと言われると困ってしまうし、ビビってしまうようです。

企業経営側は、直ぐに果実を手に入れたいと焦るのではなく、千三つとは言わなくても100件に1件、50件に1件当たればよいぐらいの余裕を腹に持つことが、部下を委縮させることなく成功に導く勘どころではないかと思います。

百発百中は漫画の世界、2件に1件も無理。せめて10件に1件当てろと言われないと、下は自己防衛に走ってしまいます。

部下にリスクを背負わせるのではなく、トップは失敗したら俺が責任をとるとの覚悟を決め、新しい分野へ取り組むべきです。その心意気が職場に広がり、活力となって事業の成功を導くのだと思います。

しかし無謀に突入しても駄目です。玉砕するかもしれません。突撃が成功するためには指揮官の確信が必要です。

その時、トップの体感的確信が大きな支えになるのではないでしょうか。

商品開発にはある程度時間がかかります。iモードの場合、開発開始から販売まで二年かかりました。その間、お金も人もかかりますから、「こんなに金を使っていて本当に売れるのか」「設備投資は回収できるのか」「売れなかったら責任はとれるのか」というような圧力も社内各所からいろいろかかってきます。

そのとき私を支えてくれたのがこの「体感的確信」でした。

肌身で感じた経験から得られる信念です。

身体の中から湧き出る生き生きとした成功のイメージです。

心理学者のユングは「イメージは生命力があるが明確さに欠け、理念は明確さはあるが生命力に欠ける」と言ったそうです。もちろん理念もないといけませんが、商品開発のような先例のない、先の見えないようなキツイ仕事の時は、生命力を生む、生き生きとしたイメージを持つことがとても重要だと思います。