2021/12/7

スウェーデンに学ぶ。企業はなぜサステナブルに本気になったか

NewsPicks Brand Design chief editor
2021年のノーベル物理学賞が、気候変動対策の基礎となる「気候モデル」を開発した真鍋淑郎博士に贈られた。これは、カーボンニュートラルの実現に向けて「待ったなし」の世界の状況を如実に反映した結果だろう。
しかし、気候変動対策の主語は研究者ではない。私たち一人ひとりがビジネスを変え、消費パターンを変え、地球を健康な状態に戻さなくてはならないのだ。いかにこの取り組みを加速させるか。「スウェーデンと日本で道を切り開こう」をテーマに開かれた「Sweden-Japan Sustainability Summit 2021」の一部を紹介しよう。

世界全員参加必須。「産業革命」レベルの変化とは

現在、2050年のカーボンニュートラルな社会の実現という目標を、すべてのG7諸国を含む120を超える国と、EU諸国が共有している。
このムーブメントの大きな特徴は、自治体や企業といった「非国家主体」がリードしている点だろう。
「世界は今、産業革命と同じくらいの抜本的な変化を迫られています」と語るのは、駐日スウェーデン大使のペールエリック・ヘーグベリ氏だ。
「消費パターンを変え、エネルギー資源を変え、生活もビジネスも変える。環境リスク軽減のために、官民問わず世界中の全員がこの革命に参加しなくてはなりません。
一方で、新たなテクノロジーによって地球との共存・繁栄の道を探れる、面白い時代だとも言えるでしょう。
現在日本には150社以上のスウェーデン企業が進出し、逆にスウェーデンには300社以上の日本企業があります。ビジネス面ではすでに固く結ばれた2国が協力すれば、気候変動対策においてもより良い解が生まれるはずです」(ヘーグベリ氏)
企業がイノベーションを起こすためには、社内外のパートナーとの共創「Co-Creation」が必要だとされる。気候変動対策でイノベーションを起こすには、官民を超え、国境を超えた連携が必要だということだ。
これは日本政府も同意見だ。経済産業省大臣官房審議官環境問題担当の木原伸一氏は「日本とスウェーデンの連携にポテンシャルを感じる」とした上で、テクノロジーをリードする国・日本としての矜持を語る。
「これまでの経済偏重の世界が地球環境を悪化させました。しかし、経済成長か地球環境かという二択では、世界の叡智を結集なしに取り組むことはできません。
経済成長と環境維持を両立させる好循環を日本から生み出し、そのノウハウを世界に広げていきます」

環境リスクは経営リスクである

経済成長と環境維持を両立するためには、企業の動きが欠かせない。
企業がサステナビリティをリードする一例として、「Science Based Targets」が挙げられる。これは、世界の気温上昇を産業革命前より1.5℃に抑えることを目指す、パリ協定が求める水準と整合した目標を企業自身が持つことを推奨したイニシアティブだ。
現在世界1970社が参加し、日本からも、サントリーホールディングスや日立製作所など多くの企業が参加している。
また、企業が自らの事業の使用電力を100%再生可能エネルギーで賄うことを目指す国際的なイニシアティブ「RE100」にも、すでに62社の日本企業が参加している。
では、なぜ今企業は動きを加速させているのか。
東京大学未来ビジョン研究センター教授、高村ゆかり氏は次のように説明する。
「1つめは、現実化する気候変動の悪影響と将来のリスクに対する懸念。2つめは、気候変動問題に対する取り組みが、金融市場やサプライチェーンにおける企業価値を左右するようになったことでしょう。
金融機関や投資家は、企業に対して中長期の気候変動リスクを考慮した戦略を立て、開示するよう求めはじめています。気候変動対策が疎かであれば、融資が受けられない可能性も出てくるということです」
気候変動への対応をいかに経営に統合できるかが、企業価値を左右し、製品や競争力をも左右する。逆に言えば、今カーボンニュートラルな社会の実現に向けて投資することで、未来の市場に生き残ることができるのだ。
「スウェーデンでもCO2排出量の極めて少ない『グリーンスチール』などに大きな投資を行い、未来を切り拓いているところです。
サステナビリティは、変化する環境の中で、企業を正しい方向へとガイドできる強いツール。次の世代により良い世界を残すためにも、今向き合わなくては」(スウェーデン大使館 商務参事官 カーステン・グローンブラット 氏)
企業はある意味、生き残りをかけてカーボンニュートラルに取り組んでいるのだ。

アストラゼネカ、本気の10億ドル投資の全貌

では、先進的な企業の取り組みを見ていこう。
自動車業界は、その環境負荷の高さから注目される業界だ。乗用車から排出される温室効果ガスは、全体の約9%を占めるとされる。
一方で、移動手段の必要性は高まっている。自動車業界は今、環境負荷が低く、サステナブルな移動手段の開発という難題に取り組んでいる。
それに対し、野心的な目標を掲げるのがボルボ・カーだ。ボルボの目標は3つ。
①2040年までにクライメート・ニュートラルな企業になる
②2040年までに循環型ビジネスを実現する
③2030年までに販売する新車すべてを電気自動車にする
特に③について、これまでのボルボを知る人ほど驚くのではないだろうか。ボルボ・カー・ジャパン代表取締役社長のマーティン・パーソン氏は、次のように説明する。
「これは環境のことだけを考えた目標ではありません。やがて、プレミアム・カー市場は完全に電動化される。つまり、今から取り組むことでその市場のリーダーになれる、ビジネスチャンスがあるということです。
電気自動車が増えれば、製造コストは下がり、全体に安くなる。充電する場所も増え、今より便利になる。安くて、便利で、環境に優しければ、電気自動車を選ばない理由はありません」
ボルボは今年11月、日本で同社初となる電気自動車「C40 Recharge 」の発売を開始した。これは、ほんのはじまりにすぎない。
グローバルに事業を展開する大手製薬メーカー・アストラゼネカも、ここ数年で一気にカーボンニュートラルに向けて前進した企業のひとつ。同社は、2020年1月のダボス会議で「アンビション・ゼロカーボン」を発表している。
アンビション・ゼロカーボンとは、
①2025年までに事業全体でゼロカーボンの実現
②2030年までにバリューチェーン全体でカーボンネガティブ(経済活動によって排出されるCO2の排出量よりも、吸収されるCO2の量が多い状態)の達成。
この2つの目標の実現に向けて、最大10億ドルの投資と、5000万本の植林を計画。2015年から2020年にかけて、温室効果ガスの排出を60%削減したのに加え、昨年は調達した電気の99%以上を再生可能エネルギーに転換した。
「製薬メーカーとして、『正しいこと』主導ではなく、『サイエンス』主導のアプローチにより、ステークホルダーの期待に応えていく」と話すのは、アストラゼネカPLC サステナビリティ担当エグゼクティブバイスプレジデントのカタリナ・アーゲボーリ氏だ。
「他の企業もサステナビリティの目標を実現するためには、次のような支援政策も欠かせません。
①クリーンで調達しやすいエネルギー ②電気自動車とそのインフラ ③患者中心のネットゼロに向けた医療システム ④政策及び財源措置に関する長期的な道筋 ⑤政府による市民の意識啓発と政策実行における強力なリーダシップ。
近い将来、『アストラゼネカ白書』を作成し、日本政府に対してもアクションを促していきます」

半永久的にリサイクルできる日本発の技術「ケミカルリサイクル」

こうした企業の動きを支えるのが、新たなテクノロジーだ。特にリサイクルに関して、私たちの想像以上にテクノロジーは進化している。
たとえば飲料メーカーであるサントリーは、飲料の容器として、昨今大きな課題となっているプラスチックを大量に使用している。
「目標は、2030年にはグローバルで使用するすべてのペットボトルを、リサイクル素材、あるいは植物由来素材100%に切り替え、新たな化石由来原料の使用をゼロにすることです」
と、サントリーホールディングス執行役員、サステナビリティ経営推進本部⾧の福本ともみ氏。
しかし、そうすることで莫大なコストがかかるようでは、ビジネスとしては成り立たない。
そこで2018年、リサイクルの工程を効率化する新技術「FtoPダイレクトリサイクル技術」を開発。これにより、化石由来原料のペットボトルと比べて60%以上のCO2排出量削減になるほか、リサイクルのコストダウンにも成功した。
現在、アメリカのバイオベンチャー・アネロテック社と共に、植物由来素材原料を使用してペットボトル原料を生成することにも取り組んでいる。
日本環境設計は、あらゆるものを 循環させる「ケミカルリサイクル」の技術を持つ企業だ。通常の「リサイクル」というと、できても1〜2回。それ以上リサイクルをすると、素材が劣化してしまうからだ。
しかし、ケミカルリサイクルなら何度でもリサイクルが可能になる。にわかには信じがたいが、どのような技術なのか。
「ケミカルリサイクルとは、化学的な処理を施して、元素や分子レベルの原料に戻してからリサイクルする技術。100回でも1万回でもリサイクルできて、劣化しない唯一の技術です。
ですから、1着の服からは1着の服を、おもちゃからおもちゃ、ペットボトルからペットボトルを半永久的につくることができます」(日本環境設計取締役会長 岩元美智彦氏)
まるで夢のような技術が、日本から生まれているのだ。これは、テクノロジーの国、ものづくりの国、として、世界に誇るべきことだろう。
実際、日本マクドナルドのおもちゃリサイクルにもこの技術が用いられ、フランスの政府筋からの引き合いもあるという。

元祖サーキュラーエコノミー=日本

大量生産・大量消費というこれまでの経済のあり方が、今、大きく変わろうとしている。2030年までの約10年間は、人間が地球と生存できるかどうかの重要な局面だと言えるだろう。
企業を後押しするため、日本政府も動き出している。今年になって立ち上げられた「循環経済パートナーシップ」は、その好例だ。
環境省、経済産業省及び経団連の官民連携により、企業が自社のビジネス戦略として資源循環に取り組む動きを加速させられるよう、情報共有やネットワーク形成を行なっている。
「リサイクル技術の進歩を知れば、ごみはなく、すべては循環できるということがわかる。私たち全員がそれを念頭に置いて、いかにコラボレーションし、共創できるかがカギです。
テクノロジーを上手く活用することでサーキュラーな社会にし、エネルギー面ではカーボンニュートラルにしていく。『サーキュラーエコノミー』と聞くと外国から来たもののようですが、実は江戸時代の日本は完全循環型社会でした。
私たちなら、またそれを目指せるはずです」(環境省 環境事務次官 中井徳太郎氏)
昨年、菅義偉元首相が「2050年までに二酸化炭素ネット排出量ゼロ(カーボンニュートラル)にする」という政策目標を表明した。現在の進捗を見ると、あまりにも遠い道のりに思えるが、私たちには歩みを緩めている時間はない。
気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の報告によれば、即時に大規模な温室効果ガスの削減を行わなければ、パリ協定の目標は達成できないという。まさに、今が勝負のときなのだ。
「スウェーデンでは、2045年までにカーボンニュートラル、それ以降はカーボンネガティブな状態を目指し、巨額の投資を行なっています。しかし、それによって雇用が創出され、国際的な競争力も高まっている。チャンスのときでもあるのです。
変革はすでにはじまっています。日本とスウェーデンが連携して、世界にこのアクションを広げていきましょう」(スウェーデン環境・気候変動副大臣 アンニカ・ヤコプソン氏)