2021/11/24

ゼロからの制度づくり。社内ベンチャー制度を軌道に乗せるには

NewsPicks Brand Design editor
 多くの大企業が新規事業を重点テーマに掲げる一方で、1年で頓挫してしまう、事業化まで至らずにチームが解散してしまうといったケースは多い。
 そんななか不動産ビジネスを主事業とする東急不動産ホールディングスは、社内ベンチャー制度「STEP」をゼロから創出。そこから約2年で、新会社設立まで至る事例を出した
 “アイデアコンテスト”に終始せず、 新会社設立まで到達できた要因はなんだったのか。社内ベンチャー制度を成功に導く法則はあるのか。
 制度を企画し、運営してきた同社STEP事務局の坂東太郎氏と大塚祐貴氏、そして彼らをサポートしてきた新規事業開発支援のAlphaDriveインキュベーション事業部の川上裕太郎氏に、制度立ち上げの全貌と成功の要因を聞いた。

チャレンジ精神を呼び覚ませ

──東急不動産ホールディングスは、住宅分譲からビル賃貸業、リゾート運営など、すでに広い領域でビジネス展開をしています。あえて社内ベンチャー制度の立ち上げに踏み出した背景はなんですか?
坂東 不動産ビジネスは、特に人口に影響を受けやすい業態です。これからの人口減が明らかな現実を見ると、市場縮小を見越して手を打っていく必要があると考えていました。
 さらにGAFAのようなIT事業とは違い、不動産開発・賃貸業は莫大な投資が必要であるため、ROE(自己資本利益率)が重視される情勢下、今後は投資家の評価が得にくくなる可能性もある。
 既存事業とは別に、これからの時代に合った新しい事業の柱をつくっていく必要に迫られていたのです。
大塚 当社グループは東急ハンズや東急ハーヴェストクラブなど、世に先駆けて新たな業態に挑んできた実績があり、ベンチャーマインドにあふれた企業文化があります。
 しかしその一方で、こうしたチャレンジ精神が年々失われつつあるのではという危機感を、近年抱いていました。
 グループ各社で、様々な試みをして新規事業に取り組むも、なかなか事業化まで至ることは難しい。仮に事業化に至っても、思うように成長させることができず、ジレンマを抱えていました。
 新規事業を生み出せる素地はあるのに、それをグロースさせる仕組みが欠けていた。
 だからこそ、東急不動産ホールディングスがグループを横断した社内ベンチャー制度をつくることで、スケールメリットを活かし、事業化から成長フェーズまで支援できる体制を整えるべきだと考えました。
 そんな背景から、STEPの構想が出来上がっていったのです。

経営陣の説得には時間をかける

──STEPはトップダウンではなく、ボトムアップで立ち上げられた制度なのですね。どのように上層部の理解を得ていったのでしょうか?
坂東 まずは、グループ内でかつて新規事業を経験した人たちに、ヒアリングを重ねました。
 これまで新規事業を生み出せなかったボトルネックは何か、足りない要素は何かといった現場のリアルな情報を、根掘り葉掘り聞いていったんですね。そしてついに2018年、社内ベンチャー制度の企画をつくり上げました。
 ですが経営陣に、そのまま受け入れてもらうのは厳しかった。「各社の社長の意見は聞いているのか」といった指摘を受けて、突き返されてしまったんです。
 そこで、経営陣が気になることを一つひとつ聞いていく作業を繰り返し、会社としてのリスクも従来の方法に比べて少なくなるよう、制度を再設計しました。
 最終的には1年半後に経営会議にかけることができ、会社の承認を得ることができました。
川上 経営陣の後押しがあるかどうかは、制度を運営する上で大きな分かれ道。
 特にグループ横断の新規事業創出となれば、事業会社ごとに新規事業に対する温度感も異なりますから、その分制度を維持する難易度も上がります。
 その状況で、丁寧に経営陣と合意を取れたことは、大きなポイントですよね。
坂東 最終的に経営陣を説得する決め手となったのは、この制度を風土改革や人材育成のためではなく、事業を生み出すための装置だと明確化したことだったと思います。
 そのためには、事業として成長できる予算と環境を獲得することは絶対に必要。「ヒト・モノ・カネ」を提供できる仕組みをつくることには、私たちも徹底的にこだわりました。

新規事業は、一にも二にも顧客視点

──どんな点を重視して、STEPの制度を設計したのでしょうか?
坂東 これはAlphaDriveさんからのアドバイスでもありますが、起案者が「顧客起点」の提案ができるよう、とにかく重視しました。
 不動産ビジネスは、「こういうモノを建てればお客さんが来てくれるんじゃないか」といったプロダクトアウトの発想になりがちでした。
 ですが、人口が減少し建物も供給過多になっていくこれからの時代、本気で新規事業を生み出すならば、顧客起点の発想が不可欠だったのです。
川上 そこで、最初に提出するエントリーシートにも工夫をしました。
 事業案を公募する際には、エントリーシートにビジネスモデルや事業規模といった項目を書かせるケースが一般的です。ですがそれでは、完璧なビジネスモデルだけが存在し、実は顧客不在という状況に陥りやすい。
 そこでSTEPでは、不動産ビジネスはいったん忘れ、困り事を抱えている人たちの課題を起点に考えようと。だからこそSTEPのエントリーシートは、「顧客は誰か」「その課題は何か」といった項目を主軸に組み立てました。
──とはいえ、グループ横断の社内ベンチャー制度という初の試みで、行き詰まることはなかったのでしょうか?
坂東 それはもう、行き詰まることだらけでしたよ。事務局の私たちにとってはSTEPの立ち上げそのものが新規事業でしたから、本当に困難の連続でした。
 制度が承認されるまでも大変でしたが、動き出した後も、選考やその過程での支援、メンタリングの仕組みづくりはもちろん、法律事務所など外部の専門家も交えた事業化のルールづくりもハードな経験でした。
 グループとして新会社を立ち上げる際には、新会社との間に株主間契約を結んだり、経営に関するルールを明文化して契約書に盛り込んだりと、膨大な量の決め事があるんです。事務局の少ないメンバーでこれを回すのは、なかなか大変でした。

200件以上の顧客ヒアリング、新会社設立へ

──2019年、ついに初年度の応募を開始しました。手応えはどうでしたか。
大塚 初年度の応募数は100案以上と、手応えを感じられる数字となりました。
 起案内容を吟味し、約15案が書類選考を通過。通過者には、潜在顧客のニーズを深掘りする顧客検証に取り組んでもらい、ビジネスモデルを固めてプレゼン選考に臨んでもらいました。
 この選考で4案に絞りこみ、そこから1年かけて事業化を検証。最終的に、デジタルが苦手なお年寄りのITサービス活用を支援し、情報格差を解消する事業案がこの春、「TQコネクト」という新会社設立に至ったんです。
高齢者向けインターネットサービスを通して、これまで必要な情報にたどり着けなかったお年寄りの可能性を広げるプラットフォームサービス。インターネットサポートのほか、各種コンテンツ、行政との橋渡しといった機能を提供する。
──TQコネクトが事業化に至った決め手はなんだったのでしょうか。
坂東 顧客検証の段階で、お年寄りやその家族に200件以上のヒアリングを実施し、顧客ニーズを丁寧に追いかけていました。事業化検証の段階でも、割り当てた予算をオーバーする勢いで、実証実験を繰り返していましたね。
 こうしたプロセスを経てたどり着いた事業案には説得力がありましたし、実現性が見込めたことも大きかったです。
大塚 それこそ最初は「押し売り撃退サービス」というアイデアでしたが、顧客検証に注力することでアイデアが洗練されていき、その過程を見ると私たちも感動を覚えましたね。
坂東 TQコネクトの起案者は50代と30代の組み合わせでしたし、若手だけでなくベテラン社員が数多く参加してくれたことは驚きでした。
 グループ会社の幹部クラスからも応募があり、「こういう制度をつくってくれたおかげで、この歳になっても挑戦することができた」という言葉をもらったときは、苦労が報われた思いがして非常に嬉しかったです。

新規事業成功の法則はあるか

──STEPも今年で3年目を迎えました。これまでを振り返り、制度を軌道に乗せられた要因はなんだと思いますか?
大塚 「2年で事業化案件をつくる」と決めて取り組んだことは、ポイントだったと感じます。
 グループの次の事業の柱を育てるという覚悟を持って取り組んだことで、事業化のためにきちんと「ヒト・モノ・カネ」を投入することができました。
 また、川上さんを中心にAlphaDriveの皆様に実施いただいた、起案者に対するメンタリングも効果的でした。
 新規事業には一定の型はありますが、やはり個別の悩みや課題には、個別のアドバイスが必要。
 それをプロフェッショナルの視点からやっていただけたことで、起案内容が目に見えてブラッシュアップしていったのは、非常に印象的でしたね。
──川上さんの視点から見て、社内ベンチャー制度を成功に導く方法は何かあるのでしょうか?
川上 当たり前に聞こえるかもしれませんが、毎年継続することが何より重要。
 新規事業は「千三つ」(1000のうち3つしか成功できない)ともいわれており、成功確率を上げるためには、とにかく制度を毎年やり続けるしかない。これに尽きると思います。
 STEPでも、落選した人が翌年に再挑戦する例は複数ありますよね。通過案のレベルは、回を重ねるごとに上がっていると感じます。
──とはいえ、制度を続けるにしても、社員のモチベーションを保ち続けるのは至難の業です。事務局としてどんな工夫をしているのですか?
大塚 STEPが社員の目に触れる機会をなるべく増やす、応募の前段階で、活動への参加登録を促して説明会や研修に呼び込む、といったことに心を配っています。
 たとえば、事業を考えるきっかけになるようなテーマでイベントを設定したり、アイデアの参考になりそうなニュースをトレンド情報としてメールマガジンに発信したり。
川上 まさに社内マーケティングですね。人が行動するには、まずは認知して、好意を持つというプロセスが必要なので、こうした取り組みは重要だと思います。

新規事業目当てに人が集まる企業に

──制度がうまく回り始めているいま、さらにどんな方面に力を入れていくのでしょうか?
川上 第二期では、落選した人やオーディエンスの中から、通過したチームに加わりたい人を募る仕掛けにもトライしました。
 気心の知れた同士でチームを組んで応募するのもいいのですが、それだけだと同質化してしまいますから。
坂東 社外の人たちを巻き込む仕組みもつくっていきたいと考えています。
 現状でも社員でない人と一緒に応募はできますが、普段から外の人たちとアイデアを出し合ったり練り上げたりする機会を一緒につくっていきたいですよね。
 当社はコーポレート・ベンチャー・キャピタル(CVC)も持っているので、ここを通じてスタートアップや他社の新規事業との協業を促すような取り組みにも発展させたいと構想を練っています。
川上 新規事業創出に取り組む企業がCVCを持っているというのは、最強の座組なんですよ。まずは他社と合同のワークショップから始めて、育てていきたいですね。
坂東 今は第一期のTQコネクトが本格的に営業をスタートし、二期以降も事業化検証と選考が進んでいます。これらのチームにもっと活躍してもらって成功事例をつくり、後に続きたいと思ってもらえることが目下の目標です。
川上 そうやってインナーブランディングとアウターブランディングの双方を強化することで、東急不動産ホールディングスは新規事業創出に熱心で成功させた実績もあるという認知を広げていきたいですね。
「STEPがあるから」「新規事業をやりたいから」といった理由で入社を希望する人たちが集まるようになれば、非常に大きな価値になります。巻き込んでいく人たちや組織も広げて、大きなムーブメントにしていきましょう。