プロ経営者という働き方

改革を断行する嫌われ役か、次世代の教育係か?

プロ経営者が大企業で引っ張りだこな3つの理由

2014/9/26
三菱商事からローソンを経てサントリーHDのかじ取りを任された新浪剛史氏、日商岩井を経て日本GE社長に就任後、LIXILグループの代表執行役社長兼CEOになった 藤森義明氏などいわゆる「経営のプロ」がトップとして招聘される例が増えている。
今、なぜ、日本の大手企業でプロ経営者が求められるのか?
マーケティングの分野では「時代の潮流は勝手に変わるものでなく必ず原因がある」とされる。この分野で日本有数の識者とされる方たちに話を聞くと、いくつかの理由が見えてきた。
Suntory Holdings Ltd's next president Takeshi Niinami poses for a photo with current Suntory president and chairman Nobutada Saji, during a news conference in Tokyo

新浪氏は次世代サントリー社長の「家庭教師役」? (ロイター/アフロ)

世界大手の人材コンサルティング企業であるコーン・フェリー・インターナショナルで長年、日本代表を担当し、現在は味の素、ブリヂストンなど数々の大手日本企業で社外取締役を務める橘・フクシマ・咲江氏は、「企業のライフサイクルが短縮化する中、その時代、時代に適した経営者像が異なり、自前だけで調達することが無理だと認識されてきたから」だと話す。

さらにブレイクダウンしていくと、プロ経営者の招聘の背景には3つの理由が挙げられそうだ。

第一の理由として、事業フェーズの変更に対応するための改革リーダーとしての招聘が挙げられる。

たとえば、アップルのスティーブ・ジョブズのような創造的な経営者が起業した場合。その会社が成長して100人前後の規模になると、カリスマ創業者1人では管理の目が行き届かなくなる。すると、制度の確立が急務となり、労務管理者タイプの幹部が必要になる。

しかし、システムや制度、セクションの整備は、諸刃の剣だ。各人の仕事の分担が決まることで、次第に縦割りの弊害が出て、自分が所属する事業部の利益しか頭にない社員が続出する。いわゆる、官僚主義、大企業病の横行だ。

さらに、追い討ちをかけるように、創業の勢いや理念を知るスタッフが退職していくと、社員のモチベーションが低下。やがては、組織の活力が失われ、会社の業績は下がる。

そんな時、チェンジエージェント(改革の推進者)が必要になる。これまで、「経営のプロ」の多くは、この役目を担ってきた。

「欧米の企業では、日本より早く、その時々の経営課題を解決するのに合った経営者を入れ替える『適材適所』が当たり前に行われてきた。株主の発言力が大きく、経営者交代を要求することもある。

一方、株主の意見に従ってばかりでは、社長が頻繁に交代し、短期志向になりすぎるなどの弊害も出るので、日本型と欧米型の優劣の議論は無意味。とはいえ、日産のカルロス・ゴーン氏が成功して以来、日本でも、状況に応じて外部から経営のプロを招聘するケースが増えてきた」(フクシマ氏)

欲しいのは「爆速CEO」

日本でも経営のプロが増えた第二の理由として、即戦力としての招聘が挙げられる。

商品やサービスの寿命が短くなり、事業環境もめまぐるしく変化する中、「爆速」ともいえる事業スピードが要求されるようになり、それに応じてすぐに組織を構築できる即戦力が求められることが多くなった。

経営幹部の紹介に特化した人材紹介会社リクルートエグゼクティブエージェントの波戸内啓介社長が話す。

「海外進出や、事業のIT化を進めるとき、自社内に適切な人材がいなければ、外部から責任者を招聘するほうが早い場合がある」

もっとも、日本の会社は一般的に、人材もシステムも「自前主義」を尊ぶ風土がある。だが、組織内で人材を育成するだけでは急激な市場変化に対応できないーーそう悟った企業が増えているのか、波戸内氏は「経営トップだけでなく、各部門の責任者も、社外の経験・能力のある人に任せたいとの意向が高まっている」と言う。

定量的なデータは外部に出していないというが、「この2、3年で急速に経営幹部・責任者の外部招聘が活発になった」(同)と明かす。

適切な幹部がいなければビジネスの好機を逸してしまう。同社のヘッドハンターである中村一正氏は「少し前のケース」と前置きしながらも、こんな事例を紹介してくれた。

「ある地方で、サービス関連事業を成功させた創業者が、もっと社会的に意義ある事業を始めたがっていた。そこで『既存の事業を任せられる責任者を採用したい』との採用の相談を受け、店舗スタッフのマネジメントに長け、なおかつ企業が急成長するステージを経験した流通サービス業界の取締役を紹介しました。その後、同社を訪ねると、紹介した新社長が『私は創業者がやりたいことをやらせるために、ここで社長をやっている』と言っていた」

内部の人間を育てる時間的余裕がない場合、外部招聘が最良の選択肢となる場合も多い。

ミッションは次期社長の「家庭教師役」

そして第三の理由は、次世代の経営者を育成する家庭教師的役割としての招聘だ。

グロービス・グループの経営人材紹介会社社長をつとめ、現在は経営のプロを育成するコンサルティング会社プロノバの社長を務める岡島悦子氏は、その背景についてこう話す。

「企業には『タレントパイプライン』といって5年、10年かけ、次の経営チームを作っていくサクセッションプランが不可欠。たとえば、次世代の経営者として目される人物に子会社の経営を任せるなどして課題を与え、何度もそれをクリアさせていく。それだけでは経験が足りなければ、ビジネススクールに行ってもらう。時には、生え抜きのタレント人材と、社外から招聘した人間を競わせることもある」

もっとも、ある程度の規模の社長を育てるには時間も労力もかかる。よって、タレント人材の育成が次期経営陣の入れ替えに追いつかない場合も多々ある。

そんな時に、白羽の矢が立つのがやはり「プロ経営者」だ。この場合、「期限付きの社長役」を担うと同時に、次世代の経営陣の「家庭教師役」としての役割も期待されることもある。

たとえば、サントリーは長く創業家出身者が経営トップを務めてきており、新浪剛史社長は、同社で創業家出身者ではない初めての経営者となる。

岡島氏は「今後は社外の人物がトップになる流れになるのか、それとも再び創業家に戻るのかはわからないが、いずれにせよ新浪氏は、次世代の経営陣の『家庭教師役』としての期待もされているのではないか」と指摘する。

生え抜き経営者に改革は無理?

改革の旗ふり役、経営のピンチヒッター、そして次世代経営者の家庭教師役……現在成立している「経営のプロ」たちの市場では、彼らをアサインする企業が今、ライフラインのどのフェーズにいるかにより、様々な役割を求められている。

前出の岡島氏は、「コンサルティングや金融機関で経験を積んだ若手の中には『経営のプロになりたい』という人が結構いるが、そう簡単ではない」と言う。

「経営のプロと聞いて、BS(バランスシート=貸借対照表)を見て財務を建て直し、PL(プロフィット&ロスステートメント=損益計算書)を見てコストカットをするのが仕事、と思っている人は、今のビジネスの流れに取り残されている。それくらいのことなら大概のコンサルタントならできるし、そうした人材は既にコモディティ化している」(岡島氏)

「経営のプロ」と聞き、コストカッターやターンアラウンド・マネージャーを思い描くのは、もはや“周回遅れ”なのだろう。

では、次世代の「経営のプロ」たちは、実際にどのように企業を変えていくのか。次回も彼らのインタビューを通し、その全容について読み解いてゆきたい。