プロ経営者という働き方

ロジック三昧で会議が踊る?

コンサル出身者が「プロ経営者」に向かない理由

2014/10/8
 経営のプロは、会社をどう変えていくのか。プロ経営者の最新動向に詳しい識者に聞くと、一様に「定石はない」と言う。だが、「最初に手をつけるべきこと」という点では、取材した全員がほぼ同じ回答を口にする一定のパターンがあった。連載「”プロ経営者”という働き方」第2回は、経営のプロが転職後、最初に手がける仕事について焦点を当てたい。
第1回 プロ経営者が大企業で引っ張りだこな3つの理由

3ヶ月はじっとしておけ

世界大手の人材コンサルティング企業、コーン・フェリー・インターナショナルの日本拠点で長年社長を担当し、現在は味の素、ブリヂストンなど数々の大手日本企業で社外取締役を務める橘・フクシマ・咲江氏と、リクルートエグゼクティブエージェント・波戸内啓介社長は、奇しくも同じキーワードを挙げた。

「私は(企業へ紹介した人材に)『3カ月はじっとしておいてください』とお願いしています。成果を焦るあまり、いきなり会社や社員を変えようとするのでは、それがたとえ正しいことだったとしても、反発を買うだけですからね」(波戸内氏)

「新たな経営幹部には『3カ月間、充分に現場の人と話してください』とお願いしています」(フクシマ氏)

外部から要職に就く人はただでさえ「落下傘」などと揶揄されがちだ。その上、周囲の話も聞かず、強引に仕事を進めるようでは、悪印象しか与えない。もっとも、経営者全般を見渡せば、思い立ったら即実行型の“爆速型豪腕経営者”のほうが多いはずだ。

たとえば松井証券の松井道夫氏は、普通の証券界者からネット証券に移行するとき、営業マンを全員切る決断をしたし、ユニ・チャームの高原慶一朗氏は自身の発案である「SAPS経営」を反発も覚悟の上で一気に全社に取り入れ、事業を隆盛に導いている。

「でも、いずれもがオーナー経営者ですよね?」

経営のプロを育成するコンサルティング会社プロノバの社長の岡島悦子氏は、そう切り返す。

経営の現場をよく知る、リクルートエグゼクティブエージェントのヘッドハンター中村一正氏も、オーナー経営者や生え抜きの内部出世型経営者とプロ経営者は、役割や要諦が異なると口を揃える。

オーナー経営者には独断専行も朝令暮改も許されるが、プロ経営者はオーナー経営者や本社経営陣の意向を受け、経営戦略の実行役を担う立場上、ワンマン経営は許されないのだ。

「人の話を聞く姿勢がない方が経営幹部として転職しても、うまくいく例が極めて少ない。その傾向は特に若い経営者の場合に顕著で、自身の成功体験を踏襲した戦略を強引に進めて、結果として人が付いてこないという失敗例が多い」(中村氏)

ちなみにプロ経営者は名門企業でキャリアを積んだ人が多いが、かえってその経験が仇となり、経営者としてのスタートラインを切った瞬間からつまずくケースもある。

優秀な人材や良好な職場環境の中で働くことが当たり前と勘違いして、余計なことを言い、ひんしゅくを買ってしまうのだ。

「新しい会社の経営陣に着任した瞬間、『これはひどいね。前の会社では、あり得ない』などと言い、いきなり会社や社員を否定する方もありますが、こうしたやり方は社員に遺恨を残します」(フクシマ氏)

従業員の反発を買えば、新経営陣は多勢に無勢。改革推進はままならない。

こうした事態をさけるため、フクシマ氏は「移籍するときは、以前から仕事を共にするチームごと移る」ことも勧めている。だが仮に、チームでの転職が実現したとしても、既存の従業員数には対抗できない。

だからこそ、フクシマ氏は「プロ経営者は最初の3か月で課題抽出を行い、解決策を策定するために現場の話を聞いて欲しい」と念を押す。戦後の日本に乗り込んできた進駐軍のようになってはいけないのだ。

「自分は正しいことをしているのだから、独断専行も許される」——。そう慢心すること、独善的な言動こそが、経営のプロが陥りやすい罠なのだ。
02_日本の代表的プロ経営者

サプライズ人事で驚かせる

では、優秀なプロ経営者は「最初の3カ月」の間、具体的にどんな仕事をしているのか。前出・岡島氏が話す。

「たとえば、役員たちが使う喫煙室の仲間に入らないことには大事な情報が手に入らないだとか、この人が賛成しないとみんな賛成しづらいなど、どこの誰を動かせば物事が変わるのかをひたすら観察するのです。組織は、ただハードを変えただけでは変わりませんからね」

ヘッドハンターの中村一正氏も「組織はパワーポイントで作成した行動指針では変わらない。組織変革実現の鍵を握るのはキーマンの掌握」だと同様の意見を述べる。

そして、そのキーマン探しが難しい。彼ら彼女らは必ずしもお偉いさんとは限らないからだ。目に見えるヒエラルキーは組織図を見れば明らかだが、人の集まりには、見えざるヒエラルキーもある。

また、岡島氏はプロ経営者は経営の手綱を握る組織内の人材は、どんな動機で働いているのか、どんなことに喜びを感じるのか、反対に何をもって恥だと思うのか、といった「各組織のカルチャーや価値観への深い洞察がないことには、組織は動かない、と指摘する。

「たとえば、内向きで横並び意識の強い組織を活性化するために、無理矢理、競争原理を持ち込んだとしても、従業員がその意味について心底納得しなければ、組織が活性化するどころか、面従腹背や内ゲバが起こり、下手をすれば企業犯罪の原因にさえなりかねません」(岡島氏)

社内フォロワーはこうして作る

こうした最悪な事態を避けるためにこそ、優秀なプロ経営者は着任直後をじっくり「人を観察する期間」に充てるわけだ。
それと同時に、岡島氏は「この時期は、社内でフォロワーをつくることが欠かせない」と話す。

たとえば、企業の業績が下降気味で再生ステージにある場合、現場で顧客と直接接している従業員は「最近なぜか、うちの商品が売れない」などと敏感に危機を察知している場合が多く、そうした従業員を巻き込めば、危機感を共有してくれることが多いという。

また、前任の社長が傍若無人な人物だった場合、その被害にあっていた従業員の話をじっくり聞き、今後の対策を話し合うだけでフォロワーになってくれる場合もある。

また、岡島氏は、社内フォロワーを獲得するには、“サプライズ”を提供することも有効だと指摘する。

「その策の一つが、社内の多くの人が『おおー!』と驚く人事を実施すること。たとえば、社内変革プロジェクトチームを組成する場合、上役からの覚えがめでたい学級委員タイプを中心に集めてしまうと、従業員は『またか。どうせ、人事が作ったリストを見て決めただけだろう』と落胆して当然です。しかし、たとえば、リーダー役が女性で、なおかつ子持ちで短時間勤務といったこれまでなら絶対にリーダーにならなかったタイプを抜擢した場合、多くの従業員が、『会社は本気で変わる気なんだな』と認識し、『この人なら変えてくれるかも』という期待感が醸成されます。プロ経営者とは、元来、こうした古参の社員の心のスイッチを押すあらゆる手立てを考えられる人であるべきなのです」

従業員の心を動かすには、一人一人面談することでお互いの理解を深める、あるいはランチやディナーをともにするなど、様々な手段がある。

この手段をパターンを変えていくつ持っているかも、経営のプロの資質と言っていい。

コンプレックスをさらけだす素直さ

ところで、プロ経営者の成功例としてたびたび挙げられる日産のカルロス・ゴーン氏は、一般に強面な「豪腕」の印象もあるが、識者に話を聞くと印象はまったく逆のようだ。

「ゴーンさんは日産の社員に対し、ずっと『(フランスのルノーが買収したものの)日産は日系の企業だ』と言い続けていました」(波戸内氏)

つまり、社員たちに自社が買収されたことに対して屈辱感を持たないよう、常に気を配っていたそうだ。

ちなみに、筆者は、西友を改革し、同社の基本戦略「KY(=カカクヤスク)」を浸透させた人物を知っている。

彼は見た目も雰囲気も漫画家の蛭子能収氏にそっくりなのだが、「私、この見た目なので、トクしているんです。人に警戒されないですからね」と話してくれた。

こういうことをサラッと言えてしまうチャーミングさこそ、経営のプロに欠かせない資質なのかもしれない。

岡島氏も、人を惹き付ける素養はプロ経営者に不可欠だと言う。

「今どき、『事業戦略を立案せよ』と言われれば、たいていの経営者が正解を導き出すことができます。では、事業計画が策定できれば経営のプロになれるか、と言えば否。事業計画スキルは既にコモディティ化しています。ならば、今実際に経営を任されている人物は、ただの事業計画策定者とどこが違うかと言えば、それを実行できるか、できないかの違い。そして、実行スピードの違いです。

とくに、現状経営危機に直面していない企業の場合、経営陣だけは遠く未来を見据えていても、現場の人間は、『ウチの会社はうまくいっているのに、なぜ、変わらなくてはいけないのか』と考えており、戦略の変更の合意形成が取れない場合が多い。

そんなとき、本物のプロ経営者は、守旧派の考えにも理解と共感を示し、どこの誰に何を話せば説得できるかを考えることができる。反対に、実力あるコンサルや金融出身者が経営のプロとして社長になっても、必ずしも成功するわけではないのは、この『実行』部分が難しいからです」

コンサルや金融機関に勤務する人の間では、相変わらずプロ経営者になりたいと言う人は多い。

「だが、仮に自身が共感力や洞察力はそう高くないと認識しているのなら、事業会社で意思決定をする立場には回らず、ロジカルに意思決定を支援する立場に残った方がいいと思います」(岡島氏)

企業経営を解析する能力と、実際に企業を運営する能力は、まるで異なる能力というわけだ。

次回は、「プロ経営者が起こす破壊的イノベーション」について論じる。

※本連載は毎週水曜日に掲載する予定です