2021/11/9

【髙田春奈】「地域とのつながり」は、私たちの日常に何をもたらすのか

ジャパネットたかた創業者の髙田明氏から引き継ぎ、JリーグクラブのV・ファーレン長崎の代表取締役社長に就任した髙田春奈氏。企業としての事業性を追求しながらも、地域とともに地域活性化や社会課題の解決を目指す髙田氏の連載をお届けします。連載第二回目は、「地域とのつながりが私たちの日常にもたらすこと」をテーマにつづってもらいました。
INDEX
  • 地域の魅力を作る人たち
  • 「弱いつながり」の持つ力
  • いざ「帰れるホームを持つ」ということ

地域の魅力を作る人たち

私は長崎県平戸市に生まれ、12歳まで佐世保市に住み、中学入学を機に関西へ引っ越しました。
長崎に暮らしていたのは小学生までで、行動範囲も限られているため、地元のことをあまり知らないまま大人になりました。
実家に帰っても、遊びに行きたい場所もなければ一緒に遊ぶ友人もいない。だから、地元の魅力や繋がりについてほとんど考えたこともありませんでした。
それでも親や親戚はずっと長崎に住み続けていて、帰省する先も長崎なので、観光地や食事処は全然知らなくても、自分の地元は「長崎」でした。
甲子園や春高バレーでは長崎県代表チームを応援し、長崎出身者の活躍を喜びます。そのたびに自分が長崎出身だということを認識し、自分が帰れる場所、地元と言える場所があるというのは幸せなことだといつも感じていたように思います。
そして2018年からV・ファーレン長崎のクラブ運営に携わるようになり、特に2020年に居を移してからは、長崎の魅力を肌で感じていくことになりました。
県北の出身だった私は、長崎市内でさえ右も左もわかりませんでしたが、五島、壱岐、対馬などの離島や、熊本にほど近い島原地区も含め、様々な場所へ足を踏み入れる機会を得ることができ、取引先や同僚との会話、ローカルメディアなどを通して、たくさんの魅力を知っていきました。
そこで感じたのは、地域の魅力を作るのは地元の人だというごく当たり前のことでした。漁業でも農業でも、飲食店経営でももちろんサッカークラブの経営でも、その地に根差した人は、日々の生活で出会う人や触れる空気から得たインスピレーションを形にしています。
それが無意識であっても、大きな野望や夢がなくても、その土地が好きで、そこにいることの幸せを感じられている人が、そこに生きて、人とつながって生活している。そんな彼らと触れ合うことで、私たちはまたその地域とのつながりを得ることができるのです。

「弱いつながり」の持つ力

しかし「地域」とはクローズな結束の強い世界で、そこにいる人だけが幸せだと感じればいいかというと、そうではありません。閉じられた人間関係の中で終わってしまう世界は、閉塞感や見えない規律に縛られてしまい、発展性もありません。
何より、外部との「違い」に気づけなければ、その良さすら感じることができない。地域が開かれ、多くの人とつながっていくべきなのは、その地域が地域であるために欠かせない要素なのではないかと思います。そのためにもより多くの人と触れ合う機会が地域には必要だと思います。
例えばJリーグサポーターにとってアウェイ戦の遠征は楽しみなイベントの一つです。リーグ戦の日程が発表されると、ホームゲームに何試合足を運ぶかと同時に、どの土地のアウェイ戦に参戦して、地場の食事や観光の楽しみを考えるのも、ファンの醍醐味ではないかと思います。
世界新三大夜景の稲佐山から長崎の夕暮れの近代的な街並み(istock:insjoy)
その中でたった1回、訪れただけの場所が、忘れられない特別な場所になることもあります。​​2018年のある調査で、「長崎への遠征後に"長崎県は自分にとって大切な場所だ”と思うようになりましたか?」という問いに対し、「はい」と答えた方が約9割いらっしゃいました。
長崎では地元の方々の自発的なアウェイサポーターへのおもてなしが一つの特徴になっていますが、J1に昇格した2018年は毎試合多くのサポーターさんが長崎を訪れ、長崎県内はその影響力に驚いていました。
そしてお迎えする立場の地元の方々が自発的におもてなしの企画をして、多くの方が喜んで帰られました。長崎のサポーターたちも、相手チームのサポーターに敵意をむき出す以上に、はるばる来てくれた喜びを共有したいと感じる方が、圧倒的多数でした。
その年はスタジアムのある諫早市の観光客が前年比対7.2%増となり、明らかな経済効果もありました。
これらの取り組みはほとんどが自発的なものであり、観光促進やスポーツツーリズムなどを狙ったものではありません。
ただ長崎の人たちが地元のプロサッカークラブを純粋に応援し、強くなり、J1に上がったら多くの有名選手やそのサポーターさん達が来てくれた。そしてそのことが嬉しくて、来てくれた人をおもてなしした結果として表れたものです。
それはまさに地域とのつながりの一つのカタチだと思います。
すなわち、地域とのつながりは、出生地や訪れた回数、過ごした時間の長さだけが関係するものではありません。たとえ短い時間でも顔を合わせ、特別な時間を共有すること、心を開き、相手を受け入れることにより生み出されるものが、「地域とのつながり」なのではないかと思います。
つながりというと、強ければ強いほどいいと思いがちですが、それは強固な同質性につながり、異なるものへの排除にもつながる危険性を秘めています。
いつも一緒にいるわけじゃないけど、いつもその場所のことを考えているわけじゃないけど、そこに戻るとほっとする。それだけで十分なのではないかと。地域とのつながりは弱くてもいい、のではないでしょうか。

いざ「帰れるホームを持つ」ということ

サッカーは比較的移籍が多く、別れの多いスポーツだと思いますが、その分、その限られた時間にその場所にいた体験を、選手達もファンサポーターも大切にします。
例えば4つの地域で選手経験を持つ人は、その4地域共にそれぞれの魅力を感じるでしょうし、それぞれに繋がりを感じ続けると思います。
つまりすべてがその人にとっての「ホーム」になる。だから対戦相手として戻ってきたときには、かつていたチームのサポーターに挨拶に行き、サポーターは勝ち負けに関係なく戻ってきた選手達に惜しみない拍手を送ります。
(画像提供:V・ファーレン長崎)
それはスタジアムの中だけではなく、その地域全体とのつながりも同様です。先日、雲仙温泉を訪問した際、観光協会の方から、長崎から他のチームに移籍した選手が家族と雲仙温泉に旅行に来ていたと語ってくれました。
長崎に選手として暮らしていた間訪れた土地の魅力を忘れられずに、離れた後も時々訪れてしまうというのは、その人にとってそこが一つのホームになれたということではないかと思いました。
地域創生が叫ばれて久しい昨今、必ずしもずっと一緒にいることだけが地域のつながりなのではないのだと思います。
その土地で何かを経験したその刹那的な瞬間が、その人と地域とのオリジナルなつながりを生み出し、個々の人生に彩を与えてくれる、それが地域とつながる価値なのではないでしょうか。
地域とのつながりが私たちの日常に何をもたらすのか、それはいざというときに「帰れるホーム」をもって生きられる安心感なのかもしれません。