2021/10/31

【豊田啓介】“アフター万博”の共創が、日本経済の突破口になる

NewsPicks Re:gion 編集長
 先端テクノロジーの融合による「未来社会の実験場」をコンセプトに掲げ、2025年に開催される大阪・関西万博。世界初となる、会場に来られない人もVRやARで参加できる“バーチャル万博”として実施される見込みだ。
 単なる期間限定のイベント、一過性のテーマパークと捉えられがちだが、今回の万博は未来に何を残そうとしているのか。
 万博誘致における会場計画アドバイザーを務めた建築家であり、万博への企業参画を促すために設けられた「PLL促進会議」の有識者でもある豊田啓介氏に聞いた。
INDEX
  • 世界で類を見ない壮大な実証実験の場
  • GAFAによるスマートシティの根本的欠陥
  • “70年万博の再現”をしても失望するだけ
  • 離散化と流動化が許容される社会へ

世界で類を見ない壮大な実証実験の場

──万博招致の会場計画アドバイザーとして携わった豊田さんから見て、2025年の万博はどんな意味を持つイベントになりますか?
 まず、これだけは間違いないと思うのが、2025年の大阪・関西万博は、日本経済にとって「千載一遇の奇跡的なチャンス」であるということです。
 われわれが暮らす現代の社会は、インターネットによって情報(デジタル)の世界と物理的な世界とが常時つながっているように感じられます。しかし、実際はまだ、いくつかのサービスやデバイスによる“点や面”の接続でしかありません。
 私が提唱している「コモングラウンド」は、それがさらに発展した世界です。一般的に言われる「スマートシティ」の延長線にある未来ともいえます。
 ちょうどフェイスブックが、メタバースを意識した社名「META」に変更して話題になりましたが、今後、社会のプラットフォームが“点や面”だけの接続から、空間全体に移行しようとしている流れは、一般的なイメージよりもずっと大きく、早くやってきます。
 メタバースはまだバーチャルに閉じていますが、その先では、いかにバーチャルを現実世界に持ってくるかが鍵になる。双方向性が重要です。
 将来的には、ARやVR、AI、自動運転などの先端技術によって、物理的な実空間全体が情報の接点になり、シームレスにバーチャルと接続し続ける世界がやってきます。
 つまり、その未来社会──コモングラウンドを社会実装するための実証実験の場が、2025年の大阪・関西万博なんです。
 現在は藤本壮介氏のプロデュースの下で、その実装計画案が進められています。
藤本壮介氏のプロデュースによる、大阪・関西万博の会場イメージ。(提供:2025年日本国際博覧会協会)
 万博では、国・企業・市民が一体となって「半年間の実証実験都市」という巨大な空間を作り、先端技術を融合させながら効果を検証します。
 複数のサービスレイヤーにまたがるコモングラウンドが実装された都市を作る、その絶好機なのです。
 しかも、そこに「人が住み続ける」ことが要素として含まれていないため、エンタメとして昇華しつつ、半年後には後腐れなく解体できる。
 このような機会は、世界中を見渡しても大阪・関西万博しかないと思っています。

GAFAによるスマートシティの根本的欠陥

──世界各地で取り組まれているスマートシティと万博にはどのような差分があるのでしょうか。
 スマートシティの本質は、社会全体で「オープンに価値を可視化し共有していく」ことです。
 現在、世界各地でGAFAなどの巨大IT企業が主導するプロジェクトが進んでいますが、10年近く続くスマートシティへの挑戦で、いまだに成功と呼べる事例がほとんど出ていません。
 その大きな理由が、「人が永久的に住む」という要素が加わった瞬間に、ハードルが劇的に上がってしまうからです。
 たとえば、グーグルの親会社アルファベット傘下のSidewalk Labsは、カナダのトロントで進めてきた「未来都市(スマートシティ)」プロジェクトを中止しました。
アルファベット傘下のSidewalk Labsによる「未来都市」プロジェクトは、2020年に撤退が発表された。(写真はトロントのウォーターフロント地区)
 情報を一社で寡占することのリスクが高まったのはもちろん、情報企業が物理的な人やモノ、都市に対して敬意がないまま進めてしまったことが、その背景にあります。
 一言でいえば、彼らは物理的世界への見積もりが甘すぎたんです。
 一方でヨーロッパは、EU全体でスマートシティのオープンプラットフォームを構築しています。
 ただ、EU全体で技術力やノウハウ、データを共有したプラットフォームを作っても、それを社会実装する主体は各地のローカルコミュニティになるため、自治体の規模などによっては実装できないというジレンマがあります。
──では大阪・関西万博はどうなるのでしょう?
 これらの既存プロジェクトと比較すると、今回の大阪・関西万博は、大阪・関西地域で官・民・学と市民が協業しながら作り上げるものです。
 つまり、一つの企業や自治体が独占的に進めるのではなく、最初から「オープンな協業・共創」という要素がプロジェクトに組み込まれているわけです。それが最大の違いです。
 日本には、いまでも各領域に世界最高水準の技術力を持つものづくり企業がたくさん集積しています。
 その一社一社が個別に戦うだけでは厳しいですが、“日本連合”としてオープンに協業できれば、先端領域において圧倒的な競争力を持ち得る可能性がある。
 私は、これが日本の産業が生き残る道になると思っています。
 とはいえ、日本には昭和的な古い体質が残っている。どうしても複数企業でのオープンな協業が苦手という側面があります。この体質を変えないと、日本が持つ優位性は発揮できないのは事実です。
 今回の万博は、そのきっかけとして千載一遇のチャンスといえます。
 いきなり100%オープンな協業は難しくても、30%でも50%でもいいので、日本連合が強さを生かせる「共創の土壌」を作ることが重要だと思っています。

“70年万博の再現”をしても失望するだけ

──「万博=太陽の塔」のイメージが強いので、未来都市の実証実験の場と聞いて驚きました。
 実際、委員会でもモニュメントや記念碑を作りたい人たちがマジョリティなので、1970年に開催された万博を引きずっている感はあります。
 たしかに、70年の万博はテレビゲームもインターネットもない時代の「特別なコンテンツ」でした。
 しかし、現代の日本にはディズニーランドがあるし、YouTubeもNetflixもある。ゲームならフォートナイトが圧倒的に面白いですよね。
 これだけ各ジャンルで魅力的なコンテンツが溢れている現代で、70年の万博を再現しても失望するだけです。万博はオワコンだ、と。
 だからこそ、今回の万博でやるべきことは、自動運転やAR/VRなど個別に存在する先端技術を統合・編集し、それによって未来の価値を生み出す実験なのです。
 拡張した世界をどう編集すれば面白い体験を生み出せるのか。それは事業としての新しい可能性につながるのか。事業化する上での問題は何か。巨大な実証実験を行い、可視化・検証できる大きなチャンスです。
 ただ、これをビジネスの文脈で進めようとすると、地味で面白くないんですよ。より多くの人に興味を持ってもらうために、エンタメ体験に昇華させることが非常に大切です。
 皆が「体験してみたい」「面白そう」と思うモチベーションを作り、「よくわからないけれど万博の波に乗るしかない!」というムーブメントを起こしていく。
 それが今回の万博の、新しい存在価値になると思っています。

離散化と流動化が許容される社会へ

──万博をきっかけに、関西や日本全体にどんな変化が生まれると思いますか?
 繰り返しになりますが、大阪・関西万博は地域を超えたステークホルダー同士が社会価値を「共創」する機会となります。
 多くの自治体、そして多くの企業にとって、オープンにデータを共有しながら実装していくノウハウと経験は、大きなレガシー(遺産)になるでしょう。
 加えて、複数のサテライト会場を設ける万博がもたらす副産物として、各地でローカルの価値を高める動きが起きるはずです。
夢洲会場のほか、京都・兵庫・滋賀などの各地域にサテライト会場の設置検討が進んでいる。(提供:2025年日本国際博覧会協会)
──ローカルの価値を高める動きとは?
 そもそも、万博で実証実験をする「コモングラウンド」が社会実装された先の未来では、東京一極集中ではなく、すべてがフラットかつ対等な世界に変わります。
 つまり、時間・場所・所属といった制約はなくなり、離散化と流動化が進行する。すでに、コロナ禍が後押しする形で離散化と流動化は進み、働き方も働く時間も既成概念が取っ払われましたよね。
 社会が変わっていくと、今までのように「都会か田舎か」の選択肢しかない状態ではなくなるんです。
 そのとき地域にとって大事な観点は、地域の個性を明確にすることです。各地が自分たちの個性を打ち出していけば、5%でも10%でも関わりたい人が増えるはず。
──個性のある地域に、分散化された人のリソースが集まるようになる。
 関西圏は近接する中国地方も含めて、文化や自然、日本の原風景、歴史的文化財が混在した、世界的にも珍しいエリアです。
 今回の万博をきっかけに、個性を価値化することが、新たな産業創出につながるという成功体験を得てほしいと思っています。
 たとえば、東京の人は東京の劣化コピーのような地域に関わりたいとは思わないでしょう。 「古い街並み」をどれだけ巧妙に再現してもフェイクでしかないように、本物の集落が持つ歴史の厚みは、どうやってもデザインできません。
 歴史的な建造物や自然や伝承、それを継承するコミュニティといった「土地の歴史」こそが強いコンテンツとして価値化する世界。それは近い将来、必ずやってくるはずです。
(本インタビューは9月末にオンラインで実施しました。写真は2019年撮影)