日本が問われる多様性と共生-不安やまぬ「今ある問題」解消できるか
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世界は、広い。
90歳になる母親は徳島の片田舎に住み、もはや半径数キロ内だけが彼女の「すべての世界」になっている。ボクは小さいときから、差別的発言をよく聞かされて育った。その反動で、反面教師として、なぜその人たちが差別的扱いを受けなければいけないのか、ずっと「怒り」が薄皮を重ねるがごとく積み重なっていた。
20代前半でアメリカ・ロサンゼルスに約1年間住んでいた時のこと。あるバーのトイレで白人に「イエローモンキー」と面と向かって言われたことがある。もう40年以上前のことだ。
一度、自分自身が「差別される側」を経験してみたらいい。それがどんなに理不尽でショーモナイことであるかがよくわかる。
人口減少が止まらないこの国は、当たり前だが労働力も足りなくなってしまう。その時は否応なく、海外からの人たちを受け入れざるを得なくなるだろう。どんな形であれ、多くの人たちが日本を訪れればいい。人種が混ざり合えばいい。
いろんな国の、いろんな慣習や宗教や価値観を持った人たちがいるということを、まずは知ることが重要だ。人種で差別するなんて、そんなクダラナイことがなくなるためにも。記事中の、明治大学大学院河庚希氏のコメントが印象に残りました。
「労働人口が減っているから、外国人を受け入れなければいけないから、ダイバーシティーを考えないといけないという論理には、私自身はすごく違和感がある」
ダイバーシティーは、外国人労働者受け入れや職場の障害者雇用、ジェンダーバランスの配慮など何らかの課題に結びつけられて議論されることが多いのですが、多様性を認める意識は、本来は「何かのために必要だから」という理由で求められるものではないことを心の中に刻んでおきたいと思いました。移民の議論は本当に慎重に考えた方がいい。
多様性(ダイバーシティ)って最近よく聞くようになったが、
多様性は同化とは異なる。
各々の国で生まれ、育って行く過程で形成されるアイデンティティを持って日本に来るから、溶け込むことは難しい。
だから、各国のコミュニティ(中華街や、ブラジリアンタウン等)を作り固まって生活することになる。
私も以前海外で生活していた時、その国やその国に来ている他の国の人達と遊ぶことも仕事をする事もたくさんあったけど、やはり日本人どうしで集まる方が気楽だし意思の疎通もし易いと感じてた。
日本だからとか、外国だからでは無くそれが当たり前なんだと思う。
そう考えると各国のコミュニティができてそこで暮らす人達と近くに住む日本人達とは大小あれど、隔たりが出来ることになる。
更に今議論になっている、労働人口の、減少を埋める為と言う考え方で日本にくる方は高所得者ではなく、労働者的な位置づけになってしまい、豊かな生活も出来ない可能性が高い。
そうなると、治安の悪化にも繋がる。
移民で労働者を確保と言うのは移民で来られる人を人と見ていない証拠で、
人口が減ったから連れてきたらいいと言うのは、裏を返せば人手が足りるようになったら帰らせてしまえばいいと言っているに等しい。
これは多様性ではなく同化で、その方々に敬意を持って接すれば出てくる話では無い。
是非真面目にその人のことを考えて議論していただきたいと思います。
生産年齢人口が減少しているであれば生産性を上げて対応するのが王道です。