(ブルームバーグ):

日本は職場であらゆる種類の多様性を一段と推進する世界的な動きとは比較的無縁だった。厳格な入国管理法を背景に民主主義国家ではまれな水準の「同質性」が維持されてきた。「ワールド・ファクトブック」によれば、国内居住者の98%が「日本人」と推計されている。

しかし、少子高齢化社会および低迷し続ける経済成長を背景に、政策当局者は移民受け入れの姿勢を緩和し、多くの政治家は来日する外国人が増えることを期待している。実際にそうなれば、自分が歓迎されていると外国人にいかに感じてもらえるようにするか、企業や社会が方法を見つける必要性に本格的に迫られることになる。

中央大学総合政策学部の李里花准教授は、外国人にも「人権があるという考え方」のほか、労働者としてだけでなく、社会で共に「暮らすという視点がないというのが、すごく問題かなという気がする」と指摘。「住民という視点があったら日本も、日本の人たちにとっても良い。グローバル化に向かっていく道になる」と述べた。

そうした21世紀の時代、企業幹部が従業員とのコミュニケーションのために印刷物の資料を配布することは珍しい。だが、戦前に日本に定住化した朝鮮半島出身者の子孫を指す在日コリアンに関し、分譲住宅事業などを手掛けるフジ住宅(大阪府岸和田市)の配布資料の一部に含まれたメッセージは時代にさらに逆行するものだった。

「在日は死ねよ」などの書き込みがコメント欄にある動画のスクリーンショットを含むものや、従軍慰安婦は「売春婦」だとするものもあった資料に不安を募らせた在日韓国人3世の女性パート社員は、そうした資料配布をやめるようフジ住宅に求めたものの同社が応じなかったため、2015年に提訴した。女性が嫌がらせを受ける恐れがあり、ブルームバーグは名前を伏せている。

日本は人種差別を直接処罰する包括的な法を持たないが、1995年に「あらゆる形態の人種差別の撤廃に関する国際条約(人種差別撤廃条約)」に加入した。フジ住宅と今井光郎会長を相手取って大阪地裁に訴えを起こした女性は、問題の資料配布は同条約が定める差別的言動に当たるほか、労働法上の職場環境に配慮する義務に違反していると主張。2016年にヘイトスピーチ解消法が施行された際、同女性と代理人の弁護士は、フジ住宅の配布資料にあった文言が同法の定める、日本以外の国・地域出身者に対する「不当な差別的言動」に該当すると指摘した。

同地裁による昨年の判決は同社が原告に精神的な苦痛をもたらしたとした上で、配布資料が原告個人に対する直接の差別的言動と認めることはできないとした。フジ住宅は控訴し、配布したのは「参考資料」であり、これは言論の自由によって守られているとしている。今井会長は電子メールで、「それらはヘイト文書ではなく、それらを配る事は社員に、広く国際情勢を知ってもらうための参考資料だと考えている」と述べた。

この裁判は11月に控訴審の判決が言い渡される予定。こうした問題は、在日のみではなく、拡大しつつある移民コミュニティー全般に対して日本社会が抱く長年の戸惑いを浮き彫りにするものだ。もやもやとした不安が暴力的な言動につながることもある。

日本政府は民族性や人種などに関するデータを収集していない。在日コリアンの多くは日本名を名乗り、日本国籍を取得する人も多く、朝鮮半島へのつながりを事実上隠すようになっている。同化や人口減少で在日の数は減りつつあるとの印象で、偏見もいずれは解消されるといった一般的な見方が助長されている。

現代日本の人種や民族性の問題について研究するサンフランシスコ大学のファジ・シン准教授(社会学)は、在日が「政府統計上ではより目立たなくなっているが、それは問題が存在しないと意味するわけではない」と指摘。「公式統計による人口規模に基づいて重大性を測るべきではない」とした。

経済的に裕福な国々で移民は意見の分かれる問題であり、日本も例外ではない。国連のデータによると、日本では2000-19年に移民人口が48%増えた。東京では20代の約10%が外国生まれだ。政府は労働市場における技能の不足を埋めるため外国人労働者の採用を引き続き後押ししており、日本人の多くは取り組みが既に十分に行われたと考えている。ピュー・リサーチ・センターが18年に実施した調査によれば、政府が外国人労働者をさらに受け入れるべきだと回答したのは23%にとどまった。

ハードルはさらにある。日本の政策は外国人労働を一時的なものとする前提であることが多く、いずれは帰国するか日本国籍を取得すると想定していることだ。トロント大学の社会学者、ジェレミー・デービソン、イトー・ペン両氏が21年に公表した論文によると、「外国系日本人」をアイデンティティーとする余地は見られない。日本では「永住ないし国籍を取得するつもりで外国に定住するといった西側諸国の移民概念は、やや異質」だと捉えられていると分析する。

日本は二重国籍を認めていない数少ない国の一つ。このため、テニス界のスター、大坂なおみ選手は米国か日本のどちらかを選ぶことを余儀なくされた。日本国籍を選択したのに伴い、大坂選手は日本での人種偏見や差別について対話を始めるようになった。米プロバスケットボールNBAの八村塁選手も同じように積極的に発言している。両選手のスポンサー企業である米ナイキは昨年、在日コリアンなどに対する日本国内の差別的な態度やいじめに照準を定めた広告を流し、物議を醸した。

 職場における偏見は目立たない形であることが多いが、必ずしもそうではない。日本のメディアの昨年12月の報道によると、化粧品会社DHCの吉田嘉明会長は、サントリーのコマーシャルに起用されているタレントを巡って在日コリアンを蔑視する表現を使い、起用タレントを含めDHCは「純粋な日本企業」だと述べた。同社はコメントを控えた。

新たに来日する外国人で経済の穴埋めを図る前に、国内に既にいる外国人により関心を向けるべきだと、明治大学大学院特任講師で在日コリアンの河庚希(ハ・キョンヒ)氏は話す。「労働人口が減っているから、外国人を受け入れなければいけないから、ダイバーシティーを考えないといけないという論理には、私自身はすごく違和感がある」とし、サポートなしに「新しい人を受け入れても、その人たちが苦労するだけじゃないかと思う」とコメント。「今ある問題に向き合うことが大事だ」と語った。

日本による20世紀初めの韓国併合に伴い、朝鮮半島の人々は日本国籍とされた。米ライス大学アジア研究センターのソニア・リャン教授がまとめた調査によれば、1920年から30年までに日本国内の朝鮮人は10倍となり約42万人に達した。

戦時中には鉱山や建設、製造、機械工業などで労働者を確保するため約63万4000人の男性が朝鮮半島から徴用され、日本に住む朝鮮半島出身者は1945年には200万人を超えていた。日本の敗戦に伴い、これらの人々は帰国するか日本にとどまるかの選択を迫られ、約3分の2は本国に戻ることを選んだ。

残りの3分の1は在日として日本にとどまることを選択。敗戦から数年後、日本の旧植民地出身者は日本国籍を喪失し、在日の人々は外国人として法的地位が不安定なものになった。2世や3世のほとんどは日本以外の本国を知らず、差別や不必要な注目を避けるため日本名を名乗る人が多い。1986年に実施された調査によれば、神奈川県在住の在日コリアンの91%が日本名も使っていると回答した。

一方、日本と韓国・北朝鮮の間では政治的な緊張が続いており、ソーシャルメディアやポップカルチャーなどにも波及することが多い。2002年に北朝鮮の金正日総書記(当時)が日本人拉致を認めて謝罪した際、在日社会に対する感情が大きく悪化した。09年には在日韓国・朝鮮人の排斥を掲げる団体が京都朝鮮第一初級学校近くでデモを行い、同校の生徒に対し「スパイの子供」などと拡声器で連呼した。

ソフトバンクグループの孫正義社長は15年の日経ビジネスオンラインのインタビューで、在日韓国人としての生い立ちから子供の時に言葉の暴力や身体的な攻撃を受けたと振り返った。在日の家庭に生まれたために「言われなき差別を受ける小さな子供がいっぱいいる」と指摘し、自身も小中学生の時に「本気で自殺しようかと思ったぐらい悩んだ。それぐらい差別、人間に対する差別というのは、つらいものがある」と吐露した。

あからさまな敵意に加え、在日コリアンは賃金の安い職に就く傾向が多いなど経済的苦難も強いられてきたと、関西学院大学の金明秀教授は調査リポートで指摘している。

国会で議員立法として人種差別撤廃に向けた法案が提出されたのは、日本の人種差別撤廃条約加入から20年後の15年だった。最高裁は14年、京都朝鮮第一初級学校に対するヘイトスピーチを巡る裁判で、「在日特権を許さない市民の会」(在特会)の上告を退ける決定を下し、在特会への約1200万円の損害賠償を命じた一、二審判決が確定した。

川崎市の多文化総合教育施設「川崎市ふれあい館」の館長で、在日コリアン3世の崔江以子(チェ・カンイジャ)さんは、16年にヘイトスピーチ解消法案の参院法務委員会の審議で被害の実態について証言した際、在日コリアンが多く暮らす地区に向かっていたヘイトデモ集団の町内進入を在日らが人垣をつくって阻止した時のことについて振り返った。崔さんと当時中学生だった息子の目の前で、デモ隊は「韓国、北朝鮮は敵国だ」「敵国人に対して死ね、殺せと言うのは当たり前だ」「ゴキブリ朝鮮人は出ていけ」「朝鮮人は空気が汚れるから空気を吸うな」などと叫び、「また来るぞ」と言い残したという。

崔さんは「とても怖いです。表に立ってヘイトスピーチの被害を語ると、反日朝鮮人と誹謗(ひぼう)中傷を受けます。私はきょう、反日の立場で陳述するのでは決してありません」と国会で語った。

同じ委員会で参考人として証言した龍谷大学法科大学院の金尚均教授は、16年に成立したヘイトスピーチ解消法について、完璧ではないが「大きく一歩前進したと思う。それまでは本当に何もなかった」とインタビューで語った。

フジ住宅のパート社員にとり、同社が楽しい職場だった時期もあった。同僚と飲みに行くこともあり、家族の世話のために早退しなければならなかった時に上司は柔軟に対応してくれた。50代半ばの在日韓国人として他の職を見つけるのは難しいと考え、今でも同社に勤務している。ただ、嫌韓的な資料配布は続いており、楽しい職場とは程遠いと今年1月に法廷で証言した。

原告女性の名前は公表されておらず、裁判所での証言や書類では伏せられている。ただ、この女性以外に職場で韓国名を名乗っている人はおらず、訴訟を起こしたことで非難の的となった。配布資料には複数回にわたり他の従業員が訴訟について述べた意見が含まれ、「温情を仇(あだ)で返すバカ者」などと女性を中傷するものもあった。女性と代理人の弁護士は、こうした資料配布の差し止めも大阪高裁に求めている。

フジ住宅は自社の立場を擁護する文書を会社のブログに掲載している。表現の自由を挙げているほか、社内で配布された書類は特定の人物を標的にしておらず、読むことを義務付けるものではないとしている。また、大阪高裁で証言した取締役1人と従業員1人は元在日韓国人で現在は日本国籍を取得していると説明した。

フジ住宅の代理人を務める中井崇弁護士は、裁判所が原告の主張を支持することは「会社の本質に関わることであり、絶対に容認できない」と法廷で述べた。そのような判断が下されれば、同社は社内で資料を配布する際、常に「原告およびその支援団体の意に反する内容ではないかを気にしなければならないことになり、経営の根幹が破壊される危機的事態に追い込まれることになる」と主張した。

今井会長の代理人を務める中村正彦弁護士は、「原判決の根本的な問題点は、一番被告今井光郎の表現の自由への考慮が決定的に不足しているということ」だと述べた。

ヘイトスピーチ解消法が16年に成立する前に聞かれた主な反対意見は、日本国憲法で保障された「集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由」に反するというものだった。また、同法の内容では十分ではないとの批判もある。「強制力がないため無意味だ」と外国法事務弁護士のスティーブン・ギブンズ氏は指摘。「法律が意味を持つのは強制力を伴う場合のみだ」と述べた。同氏は16年の参院法務委の審議で同法案に反対の立場で参考人として証言した。

国内最大級のコリアンコミュニティーを抱える川崎市では昨年、公共の場で外国出身者やその子孫に対するヘイトスピーチを禁じ、違反を繰り返す者に最高50万円の罰金を科す条例が施行された。

同市の崔さんは、新しい法律や条例の効果が出ていると指摘しながらも、嫌がらせ行為は続いていると説明。最近では「死ね」の文字を繰り返す文書が封書で送られてきたという。「私は、もう個人でできることは全部やっている。行政に働き掛けているし、裁判もやっているし、警察にも届けている」と話す崔さんは、「個人では限界です」とも付け加えた。

フジ住宅を巡る裁判は11月の控訴審判決では決着しそうにない。同社を訴えた女性の代理人を務める弁護士は、納得できない判決が出た場合はさらなる行動を取るとしている。フジ住宅は「弊社のためだけでなく、わが国の言論の自由を守るために、完全勝訴まで、当裁判を戦わざるを得ない」としている。

原題:Hate-Speech Case Forces Japan to Confront Racism in Workplace (抜粋)

©2021 Bloomberg L.P.