【宮竹貴久】なぜ私は人生を「昆虫の研究」に懸けたのか?
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注目のコメント
流行っていそうな分野の研究に飛びついて、流行りそうな文章を書いても、死後10年もすれば誰も読む人はいなくなります。
100年後も読む人のいる文章を書くのが研究者の本懐です。
できるだけ多くの人に見出されるためには、論文は英語で書いた方が絶対にいいです。
後世にも読まれる論文を書くにはどうすればいいか、というと、好きなことを書けばいいということはありません。
マイナーな種であっても、昆虫や魚について知りたい人は、後世にも必ずいます。江戸時代の小さな藩のある1人の大名の1代について書いた論文は、他に書いている人がいなければ、100年後でも読まれる可能性は十分あります。
他に誰も書いていないことについて、誰よりも調べて書く、というのが一番確実です。コクヌストモドキという昆虫の死にまねについて、知りたい人というのは、100年後でも世界のどこかにはいるでしょう。もし、その研究が生物学の他の研究にも広く活用されるようになれば儲けものですが、そこはかなり運のようなものです。「自分の好きなことの話をすると止まらなくなる人」ってとても魅力があると思います(その人を好きになるかどうかは別ですが)。「好きなことを職業にする」ことの是非は色々ありますが、他人の目を気にすることさえなければ、個人的にはとってもいいことだと思っています。
連載最終日は宮竹教授ご自身の「生存戦略」についてです。
そのなかでも、「小さな分野でも新しい発見をすれば人類にとっても知識が一つ増えることになります」という言葉が印象的でした。
研究にも時代によってその時々のトレンドがありますが、宮竹教授のお話を伺い思ったことが上記の言葉にまとめられていると思いました。私も大学院で研究しており、新しい発見をするのに苦労しています。宮竹教授の言葉を忘れずに地道に続けたいです。