2023/10/2

【祝ノーベル賞】mRNAワクチン開発の立役者、カリコ博士が語ったこと

NewsPicks 副編集長 / 科学ジャーナリスト
科学賞の中でも最高の栄誉とされるノーベル賞。その生理学・医学賞の受賞者が、日本時間の10月2日午後6時45分過ぎに発表されました。
2023年の受賞者に選ばれたのは、ドイツのバイオベンチャー、ビオンテック社の顧問、カタリン・カリコ博士と、米ペンシルベニア大学のドリュー・ワイスマン教授の2人です。
COVID-19(新型コロナウイルス感染症)に対するメッセンジャーRNA(mRNA)ワクチンの開発において、ブレークスルーとなる発見を成し遂げたことが評価されました。
NewsPicksは、パンデミックが始まってまもない2020年4月から、2度にわたりカリコ氏への独占インタビューを敢行。地道な基礎研究から生まれた功績とともに、彼女の実直な人柄や研究への真摯な思いを伝えてきました。
mRNAワクチンの仕組みや開発状況についても、様々な記事で解説しています。
今回はノーベル賞発表を受けた特別企画として、貴重なロングインタビュー2本を含む3本の記事を紹介します。
INDEX
  • ①受賞理由となった発見は?
  • ②最速で実現した独占インタビュー
  • ③2回目の取材で語った「使命」と「未来」

①受賞理由となった発見は?

 mRNAワクチンは、COVID-19(新型コロナウイルス感染症)のパンデミックで初めて実用化された、新しい仕組みのワクチンです。
どういう仕組みのワクチンなのか、そこでカリコ氏らがどんな貢献を果たしたのかを押さえたい方は、2021年9月20〜25日公開のオリジナル特集「すごいmRNA」の初回を飾ったこちらの記事をご覧ください。
「そもそもRNA(リボ核酸)って何?」という基礎的なところから、mRNAワクチンの仕組み、カリコ氏らによるブレークスルーと研究のエピソード、他の感染症やがんなどを対象としたmRNA医薬の可能性までを、インフォグラフィクスでわかりやすく解説しています。
私たちの体には、病原体を記憶してそれに特化した抗体を作っておき、同じ病原体が再びやってきた時に素早く、効率的に攻撃できるようにする「獲得免疫」のシステムが備わっています。
抗原を体内に入れてあらかじめ抗体を作らせ、感染や発症、重症化しにくくさせるのがワクチンの基本コンセプトです。
弱毒化・不活化した病原体や、抗原タンパク質を直接接種する従来のワクチンに対し、mRNAワクチンは抗原タンパク質の設計図であるmRNAを投与し、体の中で抗原を作らせます。
言わば「人の体を”医薬品工場”にする」という新しい発想で作られたワクチンなのです。
「mRNAを治療に使えないか」という発想は古くからありました。短期間での開発成功の裏には、数十年に及ぶ基礎研究の蓄積があります。
最大の問題は、mRNAを体外から入れると、通常は「異物」と見なされ、免疫システムに攻撃されて壊れたり炎症を起こしたりしてしまうことでした。
ところが、mRNAにある「修正」を施すことで「ステルス化」し、免疫の攻撃を免れることができます。その方法を発見し、2005年に論文発表したのが、カリコ、ワイスマン両氏でした。
ワイスマン氏(左)とカリコ氏(写真:カリコ氏提供)

②最速で実現した独占インタビュー

NewsPicksが、他の国内メディアに先駆けてカリコ氏への初のインタビューを実施したのは、2020年4月半ばでした。mRNAワクチンの開発の行方が果たしてどうなるか、確信を持って語れる人は誰もいなかった時期です。
実は当時、mRNAワクチンの開発で脚光を浴びていたのは、カリコ氏のいるビオンテックではなく、最も早く臨床研究を開始した米バイオベンチャー、モデルナでした。
同社の共同創業者、デリック・ロッシ氏にインタビューした編集部は、スター企業となったモデルナが、これまで累計7500万ドル(約80億円)という莫大なライセンス料を払っている特許があることを知りました。
その技術を開発したのがカリコ氏らであるとわかり、岡ゆづは記者がすぐに本人へのコンタクトを試みたのです。
「『mRNAを治療に使う』というアイデアは、なにもモデルナが一番最初だったわけではありません。読者のみなさんには、ぜひこの歴史をもっとよく知ってもらいたい」
そう切り出したカリコ氏は、1970年代後半にさかのぼるmRNA研究のきっかけや、出身地のハンガリーからアメリカに研究の場を移した経緯、さらにワイスマン氏との出会いやブレークスルーの裏側、その後に直面した思わぬ困難について明かしました。
カリコ氏らの発見をきっかけに誕生したモデルナは、なぜ巨額の投資を集める「スター企業」に変身したのか。mRNAを使った薬やワクチンは、なぜコロナ禍の前には実用化していなかったのか。
これらについても、率直に自らの見解を述べた上で、「モデルナはライバル企業ですが、新しいテクノロジーを世に出そうとしているという意味では、仲間でもある」と話しました。

③2回目の取材で語った「使命」と「未来」

カリコ氏がNewsPicksの2度目のインタビューに応じたのは2020年12月。すでにモデルナやビオンテック/米ファイザーの大規模な治験で、95%前後という高い発症予防効果が示され、状況は一変していました。
カリコ氏も海外メディアで「mRNAワクチンの母」として取り上げられるなど、注目を浴びつつある頃でした。それでも、オンライン取材での気さくな態度は前回と全く変わらず、「私の本質は何も変わっていませんよ。前の取材の時と同じ、気取りのない科学者です」と笑顔を見せました。
治験で示された高い効果については、その前段階の動物実験で高い効果が出ていたことから「ある程度予想していた。サプライズではない」と冷静に分析。
また、新規のワクチンの接種に不安を覚える人の心情に理解を示しつつ、「人々が正しい選択をできるように、mRNAワクチンの仕組みについてきちんとした知識を広めることが大事だ」として、mRNAが一定期間が経つと体内で分解されることなどを丁寧に説明しました。
また、他の感染症のワクチンやがん、希少疾患の治療薬など、mRNA医薬の幅広い可能性についても紹介し、「今回mRNAに注目が集まったことで、こうしたベンチャーも資金調達がしやすくなりました。この分野は長年資金集めに苦労してきたので、喜ばしいことです」と語りました。
母国ハンガリーで研究資金の打ち切りにより大学での職を失い、1980年代半ばに夫と当時2歳の娘を連れて米国に移住し、研究を続けたカリコ氏。
後にブレークスルーと評価される発見の後も、ワイスマン氏と創業したベンチャー企業が失敗に終わるなど、何度も苦難を味わいました。
インタビューの後半では、決して順風満帆ではなかった研究人生を振り返りつつ、こう語っています。
私が生きていく上で指針にしている、一冊の本があります。高校生の頃に読んだ、ハンス・セリエという医学者による「the stress of life(人生におけるストレス)」という本です。

セリエは、ストレス学説を唱えて「ストレス」という概念を世に広めた人物です。彼の本からは、ストレスのない人生を歩んでいくための大事な学びを得ました。

他人を変えることはできない。私にできることは、自分にとって何が大事なのかを見定め、あっちこっちよそ見したりせず、行動すること。

一度決断したら、後から振り返って「あの時、あっちの道を選んでおいた方が良かったのではないか」と考えたりしない。

その本のおかげで、私は「あの時ハンガリーを出ずに母国に残っていたらどうなっていただろう」「もっと違う場所で働いていた方が良かったんじゃないか」と思いを巡らせて、時間を無駄にせずに済みました。

実験がうまくいかず成果が出ない時には、「彼女はとても苦労している。みじめ(miserable)な人生だろう」と周りからは思われていたことでしょう。「あんなに夜通し働いて、最悪だろう」と。

でも、私はずっと、とても幸せでした。
カタリン・カリコ氏(写真:本人提供)