2021/9/30

【討論】福岡を「人材集結都市」にするアイデアはこれだ

NewsPicks Re:gion 編集長
“地域性をビジネスの熱に変える”を掲げるNewsPicks Re:gionは8月、福岡県にて第一弾カンファレンス「NewEra,NewCity」を開催した。多様なテーマでの議論が繰り広げられたプログラムのうち、本記事では福岡・東京のキーパーソンが集い「地域の人材獲得」について議論したラウンドテーブルの模様をお届けする。
INDEX
  • 「多様なキャリアを持つ人材」が重要に
  • 帰りたい人の「受け皿」をつくる
  • 「正社員」や「移住」を絶対条件にしない
  • 「ターゲットと条件」を具体に落とす
  • 福岡で何ができるかという「旗」を立てる
  • 育てたいなら「育つ場」をつくるべき
  • 「理想と現実のギャップ」を知る

「多様なキャリアを持つ人材」が重要に

──まず、福岡が求める「人材」のイメージとは?
石丸 転入転出データをみれば、福岡市は「人の入れ替わり」が激しい地域だとわかります。しかし、福岡市で働いている事業所間での人材の流動性は高いとはいえず、同じ会社や団体に長く勤める「単一キャリア」の方が非常に多いんです。
 福岡市が今後、新しい価値を創出して産業構造を変えるためには、それらの人材に加えて、地域外に出たことがある人材、さまざまな業界を経験して物事を俯瞰的に見られる人材など、多様な属性を持つ人材」が協働していくことが重要なのではないかと思っています。
入戸野 私は、福岡は「思い」のある人と相性がいい街だと感じています。なぜなら、福岡は思いを持つ人同士をつなぐ機能がすごく強いからです。これは私自身が東京から福岡に来て実感していることでもあります。
 東京では「今度紹介したい人がいるから飲みましょう」と言われても社交辞令で終わることも多いのですが、福岡ではそういう話が十中八九実現して新しい取り組みにつながるということがたびたびありました。
 しっかりとした思いを持つ人材だと、福岡の土地柄にフィットしてよりいい仕事ができると思います。
五十嵐 福岡を含む九州の経済は日本のGDPの10%を支えているために「10%経済」だと表現されます。また、県外資本の企業の支店や子会社が置かれるという意味で「支店経済」とよばれることもあります。
 働く場所がたくさんあって、一見いいことのように思えますが、福岡の会社員は県外にある本社の意向に従わないといけない。転勤もあるでしょう。意外と不自由なんです。
 これからの福岡は、福岡としての独自性を出しながら、どんな新産業を興していけるかを考えていかないといけません。これは福岡に限らず、地方の課題でもあります。
 東京や大阪から離れていかにオリジナリティを出せるか。そこで「アントレプレナーシップ」を持った人材群が必要になります。

帰りたい人の「受け皿」をつくる

──では福岡の企業が今後、欲しい人材を獲得するために何が必要でしょうか? キーワードをお書きください。
正能 じゃあ私から。「オンライン関係人口2.0」と書いてみました。
 地域の人材獲得に関するキーワードに、定住人口でも交流人口でもない形で地域と関わる「関係人口」という概念があります。この数年、これが地域と人材の関わりをスタートさせるきっかけになってきた側面は大きいと思います。
 いきなり地域に就職したり移住したりは難しいけれど、もっとライトに “関係する人”を増やしましょうという考え方です。
 私もコロナ前は、この「関係人口」として地域へ足を運んで、地域の方々と関係を築きながら、地域でプロジェクトを興してきました。地域側も、関係人口をきっかけに人材獲得ができていた。
 でもコロナ禍に入って人の行き来がなくなり、それが一気に難しくなってしまったんです。都会の人が地域を知るきっかけもなければ、行ったことのない地域でプロジェクトを始めようともなかなか思えない。
「オンライン関係人口」にかじを切って継続させようという動きももちろんあるけれど、良くも悪くもオンラインで完結してしまうので、リアルとの接続が難しいんですよね。
 だから、これからはリアルとの接続まで見据えて設計した「オンライン関係人口2.0」にアップデートしていく必要があると私は考えています。
木下 それでいうと、コロナ前から関係人口を地道につくってきた地域と、コロナを期に急に始めた地域とではスタートラインがそもそも違うんですよね。
 後発地域はその点を意識して、「こういう人にこういうことをしてほしい」とフォーカスしてオファーを出すことが必要でしょうね。
 どの地域も「うちに来てください」「自然がいいです」と言いますが、日本の地方はたいてい自然豊かですから、そういう声のかけ方は全然響かないんですよね。
五十嵐 福岡は気候がいいし、物価が安いし、芸能が盛んだし、食べ物がおいしい。魅力的な地域です。でもドイツの大学教授にそれを話したら「そんな街は世界中にたくさんあるよ」と言われました。
 求める人材を引きつけるには、それ以上の魅力が必要なのかもしれませんね。僕は福岡が人材を獲得するためのキーワードとして「受け皿」と書きました。
 九州大学の学生は95%が九州、山口、愛媛の出身です。卒業後は40%が首都圏に就職して、近畿圏は15%、福岡に残るのが40%ぐらい。
 教え子と話していると「福岡に帰ってきたいけど、どこにどういう会社があって、どういう経営者がいるかわからない」と言われます。
 今は副業しやすい環境になりつつあるから、受け皿があってマッチングをしてあげれば、帰ってきたい人はたくさんいると思います。

「正社員」や「移住」を絶対条件にしない

入戸野 私自身は筑邦銀行でデジタル戦略を担当してほしいというお話をいただいて2018年に福岡に来るようになりました。
  福岡へ行きたいと自分から動いたわけではなく、定住するつもりでもなかったのですが、一度来てみたら、人と人がどんどんつながって思いが形になり、会社まで立ち上げることになりました。
 最初のきっかけは「100」でなくていい。そういう意味も込めて「100を求めないお試し」と書きました。
 人材を獲得するのに、最初から「正社員」や「移住」を絶対条件にしなくてもいいんじゃないでしょうか。
 まずは一つのプロジェクトをいっしょにやってみる。福岡には魅力がありますから、その過程で引き込まれる人が必ず出てきます。
正能 確かにリモートワークが進んで、兼業・副業の動きも加速してくると、東京に住んでこれまでの仕事をしながら「福岡“でも”働く」みたいなことができちゃうわけですから、まずは気軽にお試ししてみればいいと思うんですよね。
 私が委員を務めている内閣官房の「まち・ひと・しごと創生会議」でも最近、今の会社に勤めたままテレワークなどを活用して地域に移住する「転職なき移住」というキーワードがよく挙がるのですが、これもお試しの方法としてはありだと思います。
 結果、地域で暮らし始めたらすっかりその地域にほれ込んでしまって、多少の給与差があっても仕事も変えちゃうような人が出てくるかもしれない。
入戸野 私自身、東京にいたときは地方に行こうと思ったことはありませんでした。でも、こうして福岡に来てみると視野が広がったんですよね。他の地域にも目がいくようになりました。
 東京の人には「一回出たほうがいいよ」と言いたいですね。
 東京は人が多いといっても1400万人。日本全体の10分の1の人しかいないとも言えます。ほとんどの人たちは地域にいて、そこにリーチするのは東京の企業にとっての永遠の課題です。そういう意味では、地域との交流は東京にとっても必要なんだと思います。

「ターゲットと条件」を具体に落とす

木下 人材獲得には「お金と楽しさ」が必要だと思います。福岡は給与が低いので、まずその問題と向き合い「所得倍増計画」のようなことを考えないといけない。
 単身者は多少給料が低くても気軽に来られるかもしれないけれど、夫婦共働きだったり家族がいたりすると、給与格差は生活設計上、無視できない要素になる。
 そのためにも福岡の産業をもっと付加価値の高いものに転換する、その割合を高めていくべきです。諸外国をみれば、産業構造の転換に成功している地域はたくさんありますから、福岡もきっとできるはずです。
 大企業ならではの専門スキルを持っている人材を獲得することも考えたほうがいいですね。都市には、大企業に勤めてはいるけれども楽しく働けていない、時間をつぶしているだけの人って結構多いんです。
 そういう人、特に地域の中小企業が雇うのが難しいスキルを持っている人にオンラインでもいいから働いてもらえたらいいですよね。
 今、大企業でも副業解禁の流れができつつありますから、これを利用しない手はないと思います。そうすれば地域は助かるし、本人も仕事が楽しくなって収入が増える。
五十嵐 1人の人材の能力と時間を複数の企業でシェアして、相性がよければフルコミットを考えてもらうことも考えられますね。地域の中小企業1社では給与を賄いきれませんから。
 共働きの夫婦であれば片方だけ移住や転職はしづらいと思いますから、2人とも来られるようなパッケージを考えるのも一つの方法かなと思います。
木下 ミレニアル世代やZ世代はふつうに転職をする世代です。だからこれからは、地域の企業もいい条件をちゃんとつければ優秀な人材を獲得することができるはずです。
 そのときに平均年収ぐらい出しておけばいいか、という一般論で考えてはダメ。どのあたりの層にどういう収入モデルを提案したら来てもらえそうか、具体に落としてほしい。
 今、東京ではミドルマネージャークラスの離職が非常に多いんです。彼らは再就職の機会に事欠かないからあっさり辞めたり転職したりします。なかには移住を考えている人もいる。福岡はそういう人たちをキャッチできると思います。
  そういうことを考える企業が福岡にどんどん増えるといいですね。スタートアップだけでなく、中堅企業の動きもカギになると思います。

福岡で何ができるかという「旗」を立てる

石丸 「旗を立てる」と書きました。いい人材を獲得したいなら、私たちは福岡に来ると何ができるのかを明らかにして、たとえば給与なども含めてそれを可視化することが大事だと考えています。
 可視化すると、おのずと競争が起こりますので、その競争に勝つための「知恵」も必要になります。そこで福岡の強みをしっかりPRできれば勝てるのではないかと思います。
 木下さんが「中堅企業がカギになる」とおっしゃっていました。私も賛成です。大企業を含む福岡の既存企業が今後どういう「旗」を立てるか。それが福岡の産業構造を変えていくことに直結すると思います。
 福岡は起業する人にとっては解像度の高い都市です。福岡で起業するとこういうことができそうだ、こんなエコシステムがある、こんな資金調達ができるとイメージできる。
 一方で、既存企業の解像度は今、極めて低い。福岡で働きたい人が、どういう企業があってそこで何をできるかのイメージをなかなか持てない。解像度をどう上げるかが勝負になると思います。
正能 そう思うと、マッチングを加速するには、人材側も自分という人材の解像度を上げていくべきかもしれませんね。
 たとえば私が福岡でも働かせてもらうなら、「東京の正能茉優」に求められる役割と、「福岡の正能茉優」に求められる役割って変わると思うんです。自分の経験やスキル、そしてできることをハッシュタグ化したものを私は「ワークタグ」と呼んでるんですが、求められるワークタグは環境によって変わる。
 だからこそ、人材側も地域といっしょに自分のワークタグを明確にして、自分という人材の解像度を上げていけると、もっとマッチングが進むと思います。
五十嵐 UIJターンの問題点としてよく言われるのが「地域の側が必要な人材を定義できていない」ことなんですよ。
 福岡のスタートアップや中堅企業の経営者が「今、自分たちの会社がこういうフェーズにあって、こういう人材が必要だ」と定義して説明できるようになるのも大事だと思います。

育てたいなら「育つ場」をつくるべき

──次のテーマです。地域外からの人材獲得だけでなく、地域内にいる人材をさらに育てるためのキーワードとは?
木下 もっと積極的に学生とのコネクトポイントをつくるべきという意味で、これは「出ていく前に雇う」ですね。
 大学生は新卒のタイミングで地域外に出て行ってしまうわけです。ならば地域の中小企業は「大学を卒業したら」なんて悠長なことを言わず、高校を卒業した段階で雇ったり、大学に通ってもらいながらいっしょにプロジェクトをしたりすればいい。
 地方の中小企業の後継ぎが地元に戻ってくるのは、そこに「事業資産」があるからなんです。戻れば実家があるし、仕事もあるから戻ってくるのはあたりまえなんですよ。
 サラリーマン世帯は地元に事業資産があるわけじゃないから、戻ってくる理由がない。だから、なんとなく企業数の多い都会に出ていってしまうんです。
 優秀な若者にはちゃんと地元の中で活躍できる場をつくる。人材育成をしたいなら「育つ場」をつくらないといけません。奨学金を出していっしょに仕事をしたり、研究環境を整えてあげたり、大学に寄付講座をつくってもいい。地元にいるからこそ唾をつけるべきですよ。
入戸野 インターンシップのもっと前の段階で関係をつくっておくということですね。地域貢献のボランティアとしてではなく、ちゃんとした仕事をしてもらって給料を払う。対等に交流する。
木下 そう。地元で仕事をしてみて、嫌だったら出てもいいんですよ。最初から地元が選択肢の外にあるよりはよっぽどいい
 地方には「アルバイト禁止」の高校もいまだにありますが、若い子は地元にいるうちに学校以外の地元の人との関わりをつくっておいたほうがいいと思いますね。
 地域の企業がこれから、学生の学んでいることと地元の仕事を結びつける機会をいかにつくれるか。若い人が減ってきた今だからこそ向き合うべき課題だと思います。

「理想と現実のギャップ」を知る

石丸 「地域課題の解決に関わらせる」と書きました。地域って、ビジネスに必要な学びがほとんどある場だと思うんです。
 課題もあるし、当事者もいるし、ユーザーもいる。リソースをどう配分するのか。ミッションを実現するために、取るべきものと諦めるべきものは何なのか。そういういろんなことを考えないといけない。
 普段は見えづらい地域の問題は、地域課題の解決に関わって「自分ごと」になった瞬間にクリアに見えてくるものです。そこで地域への愛着が生まれたり、自分のアイデンティティーを再認識したり、自分自身にさまざまな変化が起きてきます。若い人にはそれをぜひ体験してほしい。
 もう一つ、地域課題の解決に関わるメリットは、理想と現実のギャップに気づくことができるということです。
 政策にしてもビジネスにしても、実際に取り組んでみるとアイデアと社会実装はまったく別物だということを痛感すると思います。すんなり社会実装できることなんかありません。
 政治的な大きな声に阻まれたり、地道な合意形成が必要だったりする。そういうカオスに突っ込んでいきながら、自分が重要だと考えるアイデアをどう社会実装につなげるかを地域では真剣に学べます。
入戸野 人材育成では「本質を考える」ことが大事かなと思いました。別セッションに登壇された佐渡島庸平さんが「役に立つことを目指さない」とおっしゃっていました。
 たとえばこのセッションで、登壇者は「会場のみなさんに素晴らしい価値を提供してあげなきゃいけない」と思わなくていいし、会場のみなさんも「ここから新しいものを得よう」と焦らなくていい。
 自然体でコミュニケーションをとったほうが、むしろ良い関係を築けることもあるんじゃないか、そういうお話をされていたんです。
 こういうことは一人一人が「本質」を考えているからこそ可能なんだと思いますし、福岡ではそれをしやすいんじゃないかと感じました。
 東京だとどうしても力が入って、すぐに数字を考えたり戦略に走ったりしてしまいがちですが、福岡ではそういうことを考えずにすむ環境があると感じます。
 肩の力を抜いて、自分は何をしたいのか、福岡や日本をどう変えていきたいのか。若い人たちはそういう「本質」についてじっくり考えてみてほしい。そうすれば自然と成長していけるんじゃないかと思います。
五十嵐 1つめに「まず実践。それから内省、修正」、2つめに「多様性の担保」と書きました。
 今は不確実性の高い時代です。だから考えるより先に、まず行動。そのあと内省をして、何が正しくて何が正しくなかったのかを学び、修正することが大事だと思います。だからまず実践する機会をつくることが教育の場では必要。
 そして教育の場はモノカルチャーであってはならないと思います。
 「地方」と一くくりにされますが、商売をしている人もいれば、工業に携わる人もいる。ガバナーもいれば、住民もいる。ステークホルダーがたくさんいて、価値観も求めるものも違う。
 地域でビジネスをするなら、いろんなバックグラウンドのいろんな考えの人たちと話をして何を選ぶのか、どういう価値観を選択するのか考えることが必要で、そういう意味では多様性が重要だと考えています。
正能 私は「Prototype City 福岡」と書きました。福岡をはじめ、地域は東京のクローンになっては意味がない。オリジナルを目指さないといけないけれど、どこに勝ち筋があるかは実践してみないとわからない。
 だからこそ、いろんなバックグラウンドのいろんな考えの人が必要で、地域の人の力だけでなく、地域外の人の力も必要です。
 地域外のいろんな考えの人を巻き込むとなると、「福岡をどうにかしたい。力を貸してほしい」というよりは、「福岡『で』あなたのやってみたいことを試せますよ」というメッセージを出したほうがいいのかなと思いました。
 まずは福岡に来て試してみてよ、と。
 それがうまくいったら福岡で広げるもよし、福岡モデルとして他地域に展開していくもよし。結果として、福岡の地域課題も解決するものが生まれたら最高ですよね。