2021/9/19

【成毛眞×加藤崇】ベンチャービジネスは脳内麻薬が出る理由

書評サイトHONZ 代表
 現在、連載中の「リーチ―無限の起業家―」。本作が生まれる発端は、主人公の熱き起業家・加藤崇氏と「HONZ」代表・成毛眞氏の出会いにあった。
「漫画嫌いの成毛さんが『漫画にしたほうがいいヤツがいる』と僕に言ってきた。これは“超ド級”に違いないとすぐに会いに行った」と編集者・佐渡島庸平氏が語るように、成毛氏は加藤氏にどんな魅力を感じたのか?
 その出会いから、二人だからこそ知るシリコンバレーのビジネスまでをじっくり語り合った。
INDEX
  • 人を見極めるのは「5分」
  • 起業家は“ジャンキー”かもしれない
  • 連続起業家という生き方
  • まったく異なるシリコンバレー
  • 『リーチ』が生まれた背景

人を見極めるのは「5分」

成毛 加藤さんと最初に会ったのは、某金融機関のビジネスプランコンテストだったよね。
加藤 成毛さんが審査委員長で、僕が審査員として参加していました。
成毛 そうそう。審査自体はしょうもないビジネスプランばかりで退屈だったけど、隣にとんでもない熱量を発してるヤツがいたんだ。
加藤 GoogleにSCHAFTを売却する前ですね。いろいろお話しさせていただいて、「お前、面白いヤツだな。今度、改めて呼ぶから」と声を掛けてもらったのが始まりでした。それで成毛さんの集まりに顔を出すようになったんですが、出会って2、3回目でいきなり「行くぞ!」と深夜にナイトクラブに連れていかれて、暗闇の中で延々と二人で朝まで踊り狂うという。
 もう訳がわからないけれど、そのとき、僕は圧倒的なリスペクトを成毛さんに感じたんです。
成毛 なんでだよ(笑)。
加藤 もともと成毛さんの本は読んでいて、その中にはいつも「大人げない大人になれ」と書いてあり、成毛さん自身がその言葉のままだったからです。
 仕事柄、いろいろな経営者と出会ってきましたが、言葉では聞き心地のよいことを言っていても、どこか表面的で、自分の口から出た言葉ほど突き抜けていない人たちばかりでした。
 でも、成毛さんは自分の言葉をナチュラルに体現できていて、なおかつ突き抜けている。だから、僕が「この人はすごい」とおおっぴらに書くのは、成毛さんだけなんです。
成毛 今度から、面白いヤツを見つけたら朝まで踊らにゃいかんと学びましたよ(笑)。
 当時は「表参道パルプンテ」という、とにかく面白いヤツらを集める会を開いていてね。ジャズシンガーのAI研究者とか、世界最悪の冒険をした歌手とか。峠恵子さんという方で、『冒険歌手 珍・世界最悪の旅』という本になっているけれど、めちゃくちゃ面白いから読んだほういい。それから理論物理学者や自衛隊の特殊部隊の創設者とか。
 まあ、普通の人から見ると十分、とんでもない人たちなんだけど、何か物足りない。「そうだ、現役の“超エネルギー系”がいないんだ!」って加藤さんを呼んだわけ。加藤さんのように現役かつむちゃくちゃな人って、とんでもない人たちを100人集めても、その中に1人くらいしかいないんです。
 将来、すごいことをするのは分かるけれど、何をするのか見当もつかないっていう人は。表面的な「声が大きい」とか「言葉が強い」とかでは、決して推し量れない。
 じゃあ、どうやって見分けるのかというと、これが“動物的な勘”としか言いようがないんだよなぁ。
加藤 僕の仲間選びも同じです。面接なんて10秒、20秒あれば十分ですから。「この人は本当にいい仕事をする人」「この人は口先だけの人」というのは、表情や顔つき、声や雰囲気で伝わります。
成毛 アメリカのマイクロソフト本社は、最初、面接は5分だったからね。人事部じゃなくて現場の人間が行うのだけど、「5分で『こいつは絶対採用したい』と思わなければ採るな」というルールだった。
 3人面接して、3人とも5分以内にOKを出した時点で初めて採用となる。ところが、このルールが有名になって、逆に「俺、1時間面接されたから落ちた」なんてことが言われるようになった。で、これはまずいから「いいときも悪いときも1時間面接しろ」とルールを変えたら、今度は現場から「1時間もやってられるか!」と反乱が起きて、結局、面接時間が30分になったというバカな話もある。
 少し話がそれたけど、そういう感じで私が若い事業家に会ったときには、3つのパターンがあって、90%は5分でいなくなる。ものすごい勢いでその場から消える。Zoomの最中にも消えますから。我ながらむちゃくちゃだし、嫌われても仕方ないと思う。
 で、残りの10%のうち、9%は「出資させて」というパターン。そして最後の1%は、「付き合いは続けるけど出資しない」というパターン。実際には、ここ10年で加藤さんしかいない。
加藤 そうなんですか!?
成毛 出会いのエピソードで「踊り狂ってた」と言ったけど、私は普段、ほとんど踊らないから。私の中では例外中の例外。
というのも、加藤さんは10年後、20年後、1兆円クラスの企業を作る可能性が高いと私はみている。だから、SCHAFTやFractaに出資して「成毛さんに稼がせてやった」なんて思われたら、未来の何百億という利益を手放すことになってしまう。
私が狙っているのは、そのときが来たら「黙って5%買わせてよ」と言うこと。実は、そんな下心があるんだよ(笑)。

起業家は“ジャンキー”かもしれない

成毛 しかし、加藤さんはいつ会っても、まったく変わらないね。
加藤 ですね(笑)。相変わらず、Tシャツとジーパンでうろうろしてます。
成毛 私が早稲田大学で20年間くらいもっていたMBA向けの講義にゲストで参加してもらったことがあって、当時の講義が『情熱の仕事学』という本にまとめられたけど、あのタイトルは加藤さんがつけたようなものだからね。
 毎回、経営者など異なるゲストを呼んでいて、その中で加藤さんだけが異質すぎた。まるで野球部のOBがやってきたみたいに、講義の後半で「お前らには熱がない!」なんて怒り出す始末でさ。学生もあぜんとしてたよ。
加藤 そういう講義じゃないんですか?
成毛 そんなわけないじゃない(笑)。「経営とイノベーション」という講義だから。でも、最終的には学生、といっても社会人だけど、みんなを巻き込んで町中華に飲みに行ったりしてたよね。間違っても南麻布でワイン飲んでるタイプじゃない。
加藤 たしかに、そこには全然興味ないな……。ちょっとお金が入ってきたら、ハワイに移住して、コンドミニアムを借りて、みたいな発想がないんでしょうね。そもそも、そこがゴールだと思っていなくて、あくまで知的興奮を求めているので、興味が湧く限り、走り続けている感じです。
成毛 わかるな。ベンチャービジネスって、脳内麻薬が出るから。
加藤 SCHAFTのときもFractaのときも、最後にドバっと脳内麻薬が出ました。Fractaのときは、初めて身ひとつでアメリカに挑戦する怖さがあったので、特にそうですね。傍から見ると「ただのジャンキーじゃねえか」と思われるかもしれませんが、まさしくその通りだと思います。
成毛 格闘技やってるんだっけ? 近いものがあると思う。
加藤 さすが成毛さん、視点がぶっ飛んでますね(笑)。今はブラジリアン柔術の道場に通っています。
 不思議なことに、企業再生を手掛けていた頃からビジネスが佳境に入ると運動量が増えて、体脂肪が減っていくんです。体が勝負に備えているのでしょうね。SCHAFTをGoogleに売却するときも、Fractaを栗田工業に売却するときも、そうでした。
 そして、ひと段落すると運動量も落ちるのですが、面白いことにここ1年、猛烈に体を追い込んでるんですよ(笑)。
Photo:Patrick Smith/GettyImages
成毛 また何か始めるってことか。
加藤 動物的な本能で、勝負どころが近づいていることを察知しているのかもしれません。仏教では荒行を通じて悟りを開くという考えがありますが、僕もそれを結構信じていて。
 やはり頭で考えているだけでは、限界があるんです。悟りの境地には達せない。頭よりも体が先に、何かが起こる未来に備え始めている。何が起こるのかは、自分でもわからないのですが。

連続起業家という生き方

成毛 ここまで成功している人が、わからないという。そういうものだよね。加藤さんはFractaもそうだけど、プランBまでちゃんと行くじゃない。最初はロボットだったけれど、途中でAIに切り替える。日米を問わず、あらゆる成功した起業家って、必ずと言っていいほどプランBで成功している。でも、大体の起業家はプランAをガチガチに固めて、それで成功しようとする。成功できると思っている。
 私はプランAを延々と説明する人は、案外、敬遠するんです。逆に、何かを始めるんだけど、それが最終的にどんなゴールにたどり着くのかはわからない、という人が成功しやすい気がするな。
加藤 “新しい価値を作る”ことが自分の仕事だと思っているので、そこに向かう過程でピボットする、つまり、ある事業から別の事業に軸足を移すことを、そもそも悪いことだと自分の中で定義していないんです。
 ひとつの分野に殉じている研究者や技術者からすると、節操がなかったり、ときには裏切り者に見えるかもしれませんが、僕は僕で「新しい価値を作る」「誰も解決できなかった社会的課題を解決する」という目的に向かって猪突猛進しているだけなんです。
成毛 今のベンチャーは社会貢献型になっているわけだけど、加藤さんは「社会的問題を見つけて、それを解決するために事業を作る」のか「まずビジネスプランがあって、それを社会貢献に結びつける」のか。どちらのタイプなのかな?
加藤 僕は完全に後者です。まず、人と会って、面白いものに出会って、じゃあ、そこに賭けてみよう! というところからスタートします。そうやって突っ走っていると、また新しい人に出会い、新しい技術や視点を知ったとき、「あれ? これなら別の方法で問題が解決できそうだぞ!」となっていく。
 今はなかなか難しい状況ではありますが、そういう意味で「人と会う」のが僕のビジネスの原点かもしれません。
 先ほど、体が何かを始める準備をしていると言いましたが、漠然と「メディカルをやりたいな」とは思っています。でも、本当にメディカルをやるかどうかは、わからない。人と出会い、新しいものを知って、「これなら、いけるぞ!」と知的興奮が身を震わせたとき、そのまま駆け出していくのだと思います。
成毛 イーロン・マスクというロールモデルもいるし、今は、次々にまったく別の事業を立ち上げるシリアル・アントレプレナー(連続起業家)への風当たりも、だいぶ弱くなった。昔は節操がないと批判されたけれど。
加藤 全員がそうだったら社会が成り立たないと思いますが、たまたま学校で座っているのが苦手だったり、そういう性分の人間でも何か社会の役に立てればいい、役に立てるはずだと思っています。
成毛 社会貢献が重視されるけれど、起業家が全員、立派でまともな人間じゃないといけないなんてことはなくて、テクノロジーに関する事業であれば、いつかは何かの役に立つんじゃないかな。

まったく異なるシリコンバレー

成毛 起業家で言えば、ビル・ゲイツとイーロン・マスクを比べると、公園でみんなで遊んでいるときに、ずっとブランコに乗って、別の誰かがブランコに乗ろうとしたら蹴っ飛ばすのがゲイツ。一方、ジャングルジムで遊ぼう、鉄棒で遊ぼうと公園中を駆け回っているのがイーロン・マスク。
 でも、日本の大企業の経営者って、そもそも公園に遊びに来ないよね。その頃、SAPIXで受験勉強しているんだよ。
Photo:Doug Wilson/GettyImages
加藤 僕も日本にいるとき、子供の幼稚園の保護者会で仕事を聞かれて、「ベンチャーをやっています」と言ったら肩身が狭かったですから。今はリモートワークでそうした偏見が少ないかもしれませんが、当時、平日の昼間に父親が子供と公園で遊んでいると、やはり肩身が狭かった。
 一方、アメリカにも「バック・トゥ・スクールナイト」といって、学期始まりの保護者会のような集まりがあるのですが、ベンチャーのCEOです、創業者ですと言うと、「そいつはクールだね!」となります。
 シリコンバレーでは、ベンチャーの創業者がもっともリスペクトされていて、その次がベンチャーキャピタリスト、その次にGoogle、Facebookに勤めている人間という感じです。日本とはまったく異なります。
ただ、こうした文化は、アメリカでもシリコンバレー特有のカルチャーだとは思います。
成毛 それはそうでしょう。
加藤 シリコンバレー流のエコシステムですね。ビジネスだけでなく、社会全体としての。やはりベンチャーの創業者には相当なストレスがかかりますから、父母参観に行ってまで肩身の狭い思いをしたくない。だから、「起業は素晴らしいもの」ということをシリコンバレーの社会全体で後押しする空気を作っているのだと思います。
 たとえば、息子がリトル・リーグのチームに入っていたとき、ロールスロイスがグラウンドに乗り付けてきたと思ったら、中からTシャツと短パンの男性が出てくるんです。息子のチームメイトの父親でインド人の起業家なのですが、4回起業して3社イグジットして、確実に1000億円以上の資産がある。でも、息子の野球の練習は欠かさず毎回見に来る。平日なので、僕がグラウンドとオフィスを行ったり来たりしている横で、彼はずーっと周囲を散歩しながら、たまに電話をしていたりする。
 さらに、そのチームのコーチは野球狂で、午後になるとすぐグラウンドに出てきて、子供たちに球出しをしている。その彼はデビッド・クレーンというグーグルベンチャーズの社長です。
 もう夢みたいな人たちがたくさんいるんですけど、全然ギラギラしていない。すごくリラックスしているんです。
Photo:San Francisco Chronicle/Hearst Newspapers via Getty Images
成毛 日本だと、ちょっと成功したら、すぐに「球団買う」とか「スタジアムを作る」とかになるじゃない。昭和のことをクソミソに言っていた連中が、昭和と同じことをやっているのは、本当に格好悪いと思いますよ。
 夜になったら西麻布界隈で肩を寄せ合って、高いワインを開けて、「俺は100億持ってる」「俺は1000億だ」と昭和のノリで生きている。
加藤 成功者のイメージがまったく異なりますね。シリコンバレーの成功者は、すごく健康的で、ファミリーを大切にしています。
成毛 私が入ったときのマイクロソフトもベンチャーで、しかも40年前ですから、日本では最高に肩身が狭かったですよ。Windows以前のBASICっていう謎の言語製品を売っている人間はPTAなんか絶対行けません、社会から落伍した人ですよね、という感じです。
 そう思うと、やはり起業するにはアメリカが最大の選択肢であることに変わりはないけれど、人材的には今、どうなのかな?
加藤 採用は……本当に難しいです。優秀な人のコストが高騰しすぎています。
 たとえば最近では、光学の博士号を持った20代の新卒者に、アップルが初任給38万ドルでオファーしたことが話題になりました。約4000万円です。人工知能の研究者やエンジニアも高騰していて、資本がない企業は戦えなくなってきています。
 ただ、その分、人材の流動するスピードはめちゃくちゃ速いです。日本でヘッドハントすると、抱えているプロジェクトの問題などで、なんだかんだ声を掛けてから移ってくるのに3カ月はかかります。
 一方、アメリカではCOOなど責任者クラスの人材ですら2週間で辞めてくる。6倍のスピードの違いがありますから、「新しいものをスピーディに作る」という意味では、アメリカ以上に適した環境はないと思います。
成毛 そのスピード感をもってすら、宇宙をやるとなったら20年以上かかっているからね。ジェフ・ベゾスにしろイーロン・マスクにしろ、がんがん人を引き抜いて、時間を圧縮して、その上で20年かかるという世界。
 だから、加藤さんが次に何をやるかわからないけれど、それとはまったく別に、20年がかりで育てるビジネスがあってもいいじゃないかな(笑)。
Photo:Joe Raedle/GettyImages

『リーチ』が生まれた背景

加藤 最後にまったく話は変わりますが、なぜ成毛さんは漫画が嫌いなんですか?
成毛 私はコマ割りがわからないんですよ。時系列が混乱して読めない。研究者に尋ねたら、そういうタイプの人間はいるみたい。4コマ漫画は読めるんです。順番が決まっているから。だから、今回の加藤さんの漫画は縦スクロールなので読めました。
 それにしても、漫画を読めない人間が「漫画にしたほうがいい」って編集者に推薦するんだから、我ながらむちゃくちゃ話だよね。でも、その結果、私にも読める漫画が出来た(笑)。
加藤 たしかに。奇妙な巡り合わせですね。でも、個人的には今回の作品は「正しい人が巡り合って、正しく作られた漫画」なのかなと思っています。僕と成毛さんの出会いから始まって、佐渡島さんを紹介してもらって。
 シリコンバレーというのはリファラル文化ですが、だからこそ、変な人を紹介すると自分の評価が落ちてしまうので慎重になるんです。「誰か紹介してくださいよ。お願いしますよ」という手合いは全部断る。
 そんな中で、成毛さんと佐渡島さんというプロ中のプロが繋いでくれた縁で出来上がった作品ですから、ある意味、極めてシリコンバレーらしい物語かなと思います。
成毛 成り立ちが日本っぽくないもんね(笑)。これから先のストーリーも期待してますよ。