2021/9/27

カルチャーを発信できない企業は生き残れない時代がきた

NewsPicks Brand Design editor
仕事内容、給与、会社の安定性……。働く場所を選ぶ「軸」は数多あるが、とりわけミレニアル世代・Z世代の若手社員は、企業カルチャーに関連する「ここで働く意味は何か」に重きを置く傾向がある。生活の豊かさには直結しない、エモーショナルな軸を重視する人も増え、価値観が多様化しているのだ。
企業カルチャーの発信のためのクラウドサービス「talentbook」を運営するPR Tableの大堀航氏・海氏へのインタビューから、これからの世代に「選ばれる」企業となるための方法を考える。

今の若者は何を仕事選びの軸にするのか

財務状況、ブランド力、企業規模など、企業の魅力にはさまざまな切り口がある。これまで就職先を選ぶ際に重視されてきたのは、年収や企業規模、知名度など、安定性につながる指標だった。
しかし、電通による『魅力度ブランディング調査』によれば、2016年の初回調査から「企業に魅力を感じる項目」として5年連続で1位になっているのが「人的魅力」だ。
「既存の評価軸がいきなり大きく変わったわけではなく、『ここで働く意味は何か』『どんな魅力的な人がいる企業なのか』。『エモーショナル』とでも呼ぶべき軸を持つ人が増えているのを感じます」
こう話すのは、株式会社PR​​ Tableの大堀 航氏だ。要因の一つとして、インターネットを通じてロールモデルの存在や、いろいろな人の働き方を知る機会が増えたことを挙げる。
「新たな選択肢の存在を知ることで、自分の目指す生き方や、身につけたいスキルの解像度が上がり、同時に、無理かもしれないと諦めていた『こうありたい姿』に近づける可能性が見えてきたのが、今の状態。
ですから、従来軸かエモーショナル軸かという二項対立ではなく、働くことの選択軸が多様化しているということです。
一方で、企業は『選ばれるためにすべきこと』が増え、負担に感じているかもしれません」
航氏が弟の大堀 海氏とともに立ち上げたPR​​ Tableは、企業の取り組みに関わる、社員一人ひとりの行動の背景にある想いをストーリー化し、社内外へ発信するクラウドサービス『talentbook』を運営している。
ここ数年で、「採用や人材定着のために、明確なビジョン・ミッション・バリュー、評価制度、フィードバックの仕組みを整えましょう」と言われるようになった。
ただし、重要なのは仕組みを作るだけでなく、それをきちんと回すこと。そして、仕組みを通じて社員の声に耳を傾けることだと航氏は強調する。
「若手社員がどんなキャリアを歩みたいのか、どんなスキルを身につけたいのかは、社員一人ひとりと向きあうことから見えてきます。それをマネージャーや経営幹部含めて支援し、個人を成長させてくれる企業が、現代の『選ばれる企業』なんです」(航氏)

企業が持つべき「視点の柔軟性」とは

逆説的に言えば、企業がやるべきことは、一人ひとりの社員をもっと知り、解像度を高めていくということになる。そこで考慮すべきなのが、近年注目される「アンコンシャス・バイアス」だ。
「アンコンシャス・バイアス」とは、無意識での認知の歪み、思い込みや偏見のこと。データだけを見ていると、このバイアスに陥りやすいため、「一人ひとりの社員」とコミュニケーションをとる必要があるのだ。
たとえば、データでは女性の転勤数が少ないかもしれない。
しかし、そこから「女性は転勤したくないのだな」という結論を導き出すのは早計だ。一人ひとりの社員に「転勤したいかどうか」を聞かなければ、本当のところはわからない。それをしないと、実情に沿わないズレた施策を打つことになる。
バイアスの積み重ねの結果、カルチャー自体が間違った方向に向かってしまう企業も多い。
「実際のコミュニケーションから生まれたものでないと、どんな企業も言うことが似てくるんです。すると、特に触れている情報量が多い若い世代から『この会社、画一的なことしか言わなくて魅力がないな』と判断されてしまう。
求人サイトの充実によって、年収、福利厚生、風通しのよさなど、『条件』の開示は進んできました。でも、それだけでは不十分。今後求められるのは、具体的な人に着目した、画一的ではない、『視点の柔軟性』を持った情報発信なのです」(航氏)
そのために企業が払うコストは決して安くはない。しかし、コミュニケーションが十分でなければ、取り上げるべき人も、切り口も見えてこない。
今月PR​​ Tableはエッグフォワード社からの出資を発表し、累積調達額は10億を超えた。オンライン採用やリモートワークが一般化した昨今、多くの企業がデジタルコンテンツの拡充を目指している。選ばれるための「人的魅力の発信」には、まだまだ課題があるのだ。

埋もれた人材に光を当てると何が起こるのか

発信が必要なのは、社外に向けたものばかりではない。人材の定着という意味では、社内への発信も重要だ。
航氏とともに二人三脚でPR​​ Tableを成長させてきた大堀海氏は次のように話す。
「たとえば従業員1万人の企業では、ロールモデルになりうる人が埋もれている状況もあります。
それを発掘し、『この企業なら自分が進みたい道を進めそうだ』と感じてもらえれば、効果があるのは採用だけではありません。このまま残っても評価されないのではないか、と辞めそうになっていた社員を奮起させることもできるのです」
そこで活用されるのがPR​​ Tableの『talentbook』だ。働く一人ひとりのストーリーを発信するための仕組みづくりから、記事作成・公開、提携メディアでの配信、結果の分析までをワンストップで提供する。
エヌ・ティ・ティデータやみずほファイナンシャルグループなどの大企業でも、2015年のサービス提供初期から『talentbook』が活用されてきた。
たとえばエヌ・ティ・ティデータの場合、組織が巨大だからこそ、組織間、世代間のコミュニケーションに壁ができていた。
「それを解消するために採用したのが、掲載した人に紹介された人の話を聞いていくリレー形式の連載です。日頃から関係性のある同僚からの紹介のほうが、現場に埋もれている社員を発見しやすいと考えたんです」(海氏)
導入から3年が経過したが、限られたリソースであるにもかかわらず、年間20件以上の記事が発信され続け、その功績によって全国社内報コンクール「社内報アワード2020」でブロンズ賞を受賞。「キャリアイメージが広がった」と社内満足度も高いという。

企業カルチャー発信をきっかけに、社員と向き合う機会を

みずほファイナンシャルグループは、サービス利用開始からまもなく4年になる。
担当者のリソースが限られているのはエヌ・ティ・ティデータと同様。社内にノウハウがなく、自前でシステムを構築する必要がないというハードルの低さから『talentbook』の導入に踏み切った。
採用のためだけではなく、社員の相互理解を深めるための施策であるため、これまで取り上げられることのなかった従業員にも光が当たる。その経験が自己肯定感を高め、エンゲージメントの向上につながっている。
「サービス開始初期からスタートアップや中小企業ばかりでなく、大企業ともお付き合いができたのは幸運でした。
担当者の方々と話す中で、僕たちに抜け落ちていた視点に気付かされ、製品の未熟な部分も鍛えてもらえた。
感銘を受けると同時に、そこまで考えている企業でも課題があるということは、実際にはもっと多くの企業が壁にぶつかっているに違いないと改めて確信しましたね」(海氏)
実際に利用するユーザーがいいと感じたこと、使い勝手が悪いと感じたことを真正面から聞き、改善する。PR​​ Tableの企業としての姿勢も、この経験から生まれたという。
PR Tableが、ストーリーを語る重要性に気づいてサービスを提供しはじめたのは2015年。「ストーリーテリング」という商標も取得した。そこからの数年で、社内のストーリーをシェアする企業は急増している。
「ストーリーをシェアする企業は、企業カルチャーをよりよいものにしていこうという意思がある。ということは、企業も社会もさらによくなるはずで、それがとても楽しみです。
多くの企業に利用されることで、企業が社員と向き合う機会を提供したい。社員の価値観がどんどん発信される状況を作ることが、若い世代が新しい世の中を作り上げることにつながるはずです」(海氏)

PR​​ Tableが陥ったバイアスの罠

サービス導入社数も調達額も右肩上がりのPR​​ Tableだが、実は順風満帆に成長を続けてきたわけではない。
「企業はこうあるべき、と偉そうなことを話しましたが、それを自分たちができていたかというと、まったくそうではありません。
重要性は理解していたけど、どこまでやればいいのかがわかっていなかった。それによって組織の結束力が弱まり、僕自身も心身に不調をきたして、3ヶ月間会社を休まざるを得なくなった時期もありました」(航氏)
それまで、PR​​ Tableは男性社員が多く、無骨な印象を持たれることも多かったという。ワイワイガヤガヤ仕事をするなかで、「わかってくれているだろう」という乱暴な期待もあったと航氏は反省する。
そして昨年12月から、立て続けに古参メンバーが離職。ダメージは深刻だったが、そのピンチが生まれ変わる契機にもなった。
組織を立て直すために社員一人ひとりと向き合って話すうちに、その思いが人によって実にさまざまだということに改めて気付かされたのだ。
「僕自身、バイアスに囚われていて、極端に言えば『子育て中の母親は時間に余裕のある働き方が第一で、スキルアップのことはあまり考えていないのでは』と思っていました。
でも実際には、これまでのスキルを生かしてバリバリ仕事をこなしつつ、さらに成長したいという人がたくさんいたんです」(海氏)
PR​​ Tableで働くメンバーたち。
ピンチに陥ったからこそ、「PR​​ Tableではこんな人が活躍するはず」という経営陣の思い込みも捨てた。年齢、性別関係なく優秀な人にどんな機会を提供できるかを考え抜き、メンバーのポテンシャルや良いところを活かすことを前提に組織改革を行なった。
新規採用によって新しい風も吹いている。フルリモートで働ける環境も後押しとなり、2021年に入ってから採用したメンバーの大半が女性。PR​​ Tableは生まれ変わったのだ。

企業と人が真摯に向き合えば世の中に「笑顔」が増える

PR​​ Tableはこの大きな変化を機に、ビジョンとミッションをそれぞれ「働く人の笑顔が“連鎖する”世界をつくる」「笑顔が生まれる“きっかけ”を増やす」と改めた。
「笑顔とは、つまり幸せな状態です」と航氏。ハピネス経営に乗り出す企業が増えているが、社員が「幸せ」であることはビジネス的にも非常に合理的だ。
たとえば、主観的に自分は幸せだと感じている人は営業の生産性が30%高く、創造性は3倍。幸せな人が多い会社は一株あたりの利益が18%高い、など。幸福の効用を裏付ける研究は多く存在する。
一方、人を蹴落としたり、人にストレスを押し付けたりすることで得る「悪い幸せ」もある。「悪い幸せ」の蔓延を避けるには、企業と社員がきちんと向き合い、誇りを持って違和感なく働ける状態をつくることが重要だ。
それが当たり前になれば「働く人の笑顔が“連鎖する”世界」が生まれる。
「これまで僕やPR​​ Tableは、正直、ちょっと格好をつけていた部分、背伸びしていた部分がありました。投資家やユーザーから軽く見られるのは嫌だし、傷つく。だから、必要もないサングラスをかけていたような感じで(苦笑)」(航氏)
しかし、サングラスをかけていれば、見える色は実際とは違ってしまう。受け手側が「この会社、カッコつけてるな」と気づけば、共感を得られなくなる。
「だからこそ、着飾ることなく、人に着目した発信をする意味があるんです。『うちのカルチャーはこれだ』と乱暴に決め打ちすることは、人の心が離れ、多様性を損なう要因になると、僕自身が学びました。
バイアスを捨て、目の前の人と向き合うことで、笑顔の社員が増え、それが社会に波及していく。新たなビジョンとミッションのもと、その世界を実現するため、仲間と一緒に歩んでいきます」(海氏)
※PR Tableは、ユーザベースグループのUB Venturesの投資先です。