2021/9/22

【心理的安全性】男女の“暗黙のルール”はもういらない

NewsPicks Brand Design / Senior Editor
 ビジネスシーンやプライベートで、「生理」という単語を口にすることはあるだろうか?
  もし言葉にするのを躊躇したとしても、仕方ないかもしれない。“日本国籍の健常な男性”が前提だった日本社会で、生理は長らくタブー視されてきたからだ。
 しかし今、ユニ・チャームが提供する企業向け研修プログラム「みんなの生理研修」が、広がりを見せている。
 なぜ企業で生理を学ぶのか。男性、特にマネジメント層や経営者が、生理について知る意味とは?
  その理由を示すのは健康課題などを理由に女性の4割以上が「職場で諦めた経験がある」という現実だ。
 いち早く「みんなの生理研修」を実施したサイボウズの経営陣である山田理氏と、プロジェクトを率いるユニ・チャームの長井千香子氏
 2社それぞれの視点で見据える“持続可能な組織や社会のあり方”を探る。
👉「みんなの生理研修」とは
生理にまつわる知識向上と、相互理解を目指す企業向け研修プログラム。

2020年7月、ユニ・チャームの生理用品ブランド「ソフィ」が、生理について気兼ねなく話せる社会を目指すプロジェクト「#NoBagForMe」の一環としてスタート。

男女一緒に受講可能で、カリキュラムは「生理や女性の健康に関する知識」と「生理ケアの選択肢」の2部構成。実施企業の希望に応じて、ディスカッションやワークショップの場も設ける。
INDEX
  • 生理は“100人100通り”
  • マネジメント層の男性にこそ必要な経験
  • 女性も賛否。波紋を呼んだ前例なき試み
  • 「生理の貧困」も研修ニーズを後押し
  • 組織を、企業を強くする「生理の知識」

生理は“100人100通り”

──サイボウズでは、どんな経緯で「みんなの生理研修」を実施することになったのでしょう?
山田 ボトムアップで決まりました。企画の中心となった人事部の女性社員が「1人で生理に悩むのがつらい」という社内の声を聞いており、以前から勉強会をしたいと考えていたそうです。
 ただ、社内にはオープンに議論しづらい雰囲気があり、なかなか実現できずにいた。そこに偶然、ユニ・チャームから「生理研修を受講してみませんか?」とお誘いをいただいたんです。
 2020年7月末に社員約70名で受講しましたが、その大多数は女性で、経営層の男性参加者は僕だけでした。
──先進的な働き方で知られるサイボウズでも、生理はタブーだったのですね。山田さんご自身は、生理研修の開催決定をどう感じましたか?
 率直に「切り込んでいくなぁ!」と思いました。
 マネジメントにおいて、メンバーの健康管理は仕事の1つ。たまに相談を受ける生理は、僕もずっと気になっていたテーマです。
 一方で、僕を含めたマネジメント層は、生理を経験しない男性がほとんど。いくら課題に感じていても、何をしたらいいかわからないんですよ。
 しかも「生理=女性の特有のもの」というバイアスで、それ自体が発しにくい言葉になってしまっていると思うんです。
 そもそも学校の保健体育で男女別々に学んだ場合、「男性が軽々しく触れてはいけない」とすり込まれている。ハラスメントの観点からも、生理はセンシティブなワードじゃないでしょうか。
──恥ずかしいというよりも、未知の領域でありタブーである、と。社内の反響はいかがでした?
 事後アンケートでは、研修に対して「満足した」が90.4%で、受講者の94.2%が「今後も他企業で生理研修を続けていったほうがいい」との回答でした。
オンライン上で2日間にわたって開催されたサイボウズの生理研修。初日はユニ・チャーム主導で、生理の仕組みや不調、生理ケア用品の知識を学び、2日目は社員同士のディスカッションを自主開催した。(撮影:宮本七生)
 生理がない人からは「生理は個人差があると理解できた」といった声が多く聞かれました。
 生理がある人も、生理ケア用品の選択肢の豊富さに驚いたり、自分の不調が改善されるかもしれないと感じたりしたとのこと。当事者にも知識の差があるんですね。
 ディスカッションでは、「生理による体調不良で仕事に支障が出やすいのは?」「男性は何に気をつけるべき?」といった質問が出ていました。
 印象的だったのは、「研修に参加していた男性社員には今後、自分の生理事情を話しやすくなるかもしれない」という声です。
 この勉強会が、コミュニケーションしやすいチームづくりに役立つ可能性を感じました。
──山田さんにとって最も大きな学びは何でしたか?
 働き方と同じで、生理も“100人100通り“だとわかったことですね。
 出血量や腹痛、眠気、むくみ、イライラ、気分の落ち込みなど、それぞれに強弱がある。その全部に困っていることもあれば、ほぼ普段どおりの場合もある。大変なのは生理中だけなのか? その前後も含めてか?
 講義もさることながら、ディスカッションを通じて社員一人ひとりのリアルな声に触れて、ようやく実感が湧きました。
 マネジメントをしていて、メンバーから「今日は生理痛でつらい」と聞くことはあっても、自分には生理がない上に、一緒に暮らす妻も彼女曰く、生理で仕事や生活に支障が出るタイプではないらしいので。
 そもそも「生理痛がつらい」と言える人自体、ごく一部なんですよね。女性にとっても、生理は言い出しづらいものだと実感しました。

マネジメント層の男性にこそ必要な経験

──生理で悩んだことのない人、特に男性は生理について考える機会がほぼないかもしれません。
 生理の経験がない人で、生理という言葉に発しにくさを感じている人こそ、生理研修に参加してもらう必要があるんですよ。
 なぜなら、職場の心理的安全性が担保されるようになるから。心理的安全性は、チームの生産性を考える上で非常に重要です。
 実際の感想にもあった通り、性別や年齢、立場の無関係な場で生理について語ることは、生理のある人が相談しやすい環境づくりに役立ちます。
 そして他方で、生理のない人にとっても、その相談を受け取る助けになる。
 僕自身、生理研修に参加して最もよかったのは、「生理」というワードの言いづらさを払拭する機会になったこと。
 自分自身の生理へのタブー視が和らげば、生理について相談されたときの配慮やサポートのしやすさがグッと上がるんですよね。
 たとえば気遣いでかけた「生理で体調が悪いときは相談してね」といった言葉が、セクハラだと受け取られてしまう。
 そんなすれ違いも、「あの人は、生理研修に出ていた人だ」という安心感があれば、防ぎやすくなるのではないでしょうか。
 特にマネジメント層には必要な経験だと思います。メンバーの体調管理をする上で基礎的な知識を得る機会にもなるので。
生涯で経験する生理の回数や期間は、講義で男女問わず驚きの声が上がるポイント。これだけ不調に悩むタイミングがあっても、1人で抱えてしまう人は少なくない。
──相互に理解しているからこそ、チーム内での言葉がけも適切になるんですね。
 評価の仕組みにしろ、機会創出にしろ、サイボウズを含む日本企業は、まだまだ“日本国籍の健常な男性”が前提のシステムが温存されています。
 その中で、生理に限らず、性別や障害の有無、国籍などの違いで、マイノリティの“声なき声”に耳を傾けようとするならば、ITツールだけでは解決し得ない部分がある
 人の感情に丁寧に触れるには、それぞれが事情を打ち明けやすい場が必要なのです。

女性も賛否。波紋を呼んだ前例なき試み

ここからは「みんなの生理研修」を含む#NoBagForMeプロジェクトの発起人に、その想いや社会的なインパクトについて聞いていく。
──#NoBagForMeプロジェクトは2019年6月のスタート告知の直後、ネットで大きな議論を巻き起こしました。
長井 振り返ると、あれがプロジェクトを続けるなかでの一番のハードシングスだったかもしれません……。
 #NoBagForMeは、生理のタブーを払拭し、生理期間のQOL向上を目指すプロジェクトです。
 プロジェクト名の“Bag”は、「生理用品をレジに出すと、何も言わなくても紙袋などに入れられる」という日本独特の習慣に由来します。
 立ち上げ当初は、「生理について隠すor隠さない(紙袋いるor紙袋いらない)」という表層的な議論にとどまってしまうことに悩みました。
 私たちが問題提起したかったのは、その根幹にある「あの紙袋によって、生理を恥ずかしいもの、タブーなものだと思わされていませんか?」ということなのです。
──激しい批判も寄せられたなかで、なぜプロジェクトを続ける決断を?
 生理がつらくて1人で苦しんでいる人たちの声もまた、数多く届いたからです。
 「生理が軽い母親に自分のしんどさが伝わらず、無理にでも学校に行く」

「父子家庭で、恥ずかしくて父親に生理用品を買ってほしいと言えず、ティッシュで代用している」
 こうした声は私たちが必ず受け止めて、状況を変えなければならない。そうチームの全員が強く感じていました。
 実際に困っている人たちの顔が見えたからこそ、批判を受けてもコミュニケーションを続けられたところは大きいですね。
──2019年は、生理ケア用品のパッケージデザインを人気投票で開発するなど、生活者を巻き込む形で展開していました。
 2020年からは当事者以外にも知識を浸透させ、相互理解を促すフェーズだと考えました。
 生理のイシューは自らの心身の不調に加えて、「みんなが我慢しているから自分だけつらいと言えない」と、その不調をたった1人で抱えなければいけない二重のつらさがある。
 近しい人と手を差し伸べ合える環境をつくるために、「みんなの生理研修」を企画しました。

「生理の貧困」も研修ニーズを後押し

──これまでの「みんなの生理研修」の活動実績について教えてください。
 生理研修は2020年6月にスタートし、2020年は25社中21社で実施。今年に入って57団体からの応募がありました(2021年9月現在)。
 サイボウズやJT、サッポログループ、グリコなどの企業を中心に、最近では地方自治体や大学、検察にまでニーズが広がっています。
 職場のダイバーシティ推進を目的に申し込みをいただくケースが多いですね。自治体や大学の場合は、今年3月の「生理の貧困*」の報道がきっかけにもなっているようです。
*生理用品を十分に入手できない状況を指す。社会問題として注目を浴びており、その背景には経済的な理由のほか、生理への無理解や知識不足があるとされる。
 2020年度に研修を実施した7社のアンケートでは、満足度が女性92%で男性95%。他企業への推奨度も、男女ともに94%です。研修後、生理休暇や女性用トイレの備品にナプキンやタンポンを導入した企業もあります。
 個人差の大きいものを題材に他者への想像力を持つ機会が、身近で働くメンバーで配慮し合う空気を醸成するようです。チームビルディングにも貢献している手応えがあります。
──研修プログラムの提供を開始して約1年経ち、どんな成果を感じていますか?
 プロジェクトの前後で、SNS上での生理の話題は2倍以上に増えました。アンケートでも「生理の話を周りで聞くようになった」との声が、開始直後の2020年11月時点は2割強でしたが、直近で4割まで拡大しています。
 マーケットに対して生理のイシューを問うのは、ユニ・チャーム史上初の取り組みでしたが、価値訴求にとどまらないアプローチにつながっていると感じます。
──手間暇のかかるプログラムを無償としたのは、どんなインパクトを期待してでしょうか。
 1つは製品のマーケティング効果です。生理の個人差に関する認識が広がれば、自分に合った生理ケア用品を選んでくださる方も増えるでしょう。
 それと両輪となるのが、ユニ・チャームがパーパス(存在意義)として掲げる「SDGsへの貢献」への寄与です。
 生理という1つの事象を通じて、一人ひとりの違いを知ることは、SDGsのベースである多様性の尊重につながる第一歩になると思います。
──では、SDGsのリミットである2030年を見据えた目標は?
 「生理のことを気兼ねなく話せる社会」「生理がある人のQOL向上」の実現ですね。
 そのためには、最適な生理ケア用品の選択肢を拡充しながら、正しい生理の知識のさらなる浸透が必要です。
 当事者だけではなく、その他の人たちへの理解促進が非常に重要であると考えています。
 今後は学校教育のなかの性教育や生理教育に関わるほか、テレビやマンガ、雑誌、SNSなどのメディアを通じて、正しい知識も発信していくつもりです。
 テレビに出ている人が堂々と生理について話し、子どもたちの目にするマンガで生理が描かれれば、偏見もなくなっていくと思っています。

組織を、企業を強くする「生理の知識」

──「生理について気兼ねなく話せる社会」は、なぜ生理の当事者以外にとっても重要なのでしょうか。
 先日、法政大学で生理研修を実施したのですが、学生さんたちの考えたイベント名が、それをよく示しています。
 イベントのタイトルは「生理から知る『やさしい社会を作る方法』」でした。
オンライン参加も含めて、計31名の学生が参加した。(写真提供:ユニ・チャーム)
 生理について気兼ねなく語れる社会は、あらゆる人の事情が尊重される社会です。
 生理だけでなく、花粉症などアレルギーがつらい人、持病を抱える人、育児や介護をしている人……それぞれの事情が尊重され、互いに助け合って生きる。
 こうした姿を、大学生たちは“やさしい社会”と捉えたのです。
 そんな社会なら、女性が女性らしさから解放されるばかりか、男性も自らを取り巻く「出世してこそ社会に認められる」「高収入でなければパートナーとして選ばれない」といった固定観念に苦しまずに済むはずです。
──SDGsの理念である「誰一人取り残さない」にも通じる気がします。
 NewsPicksユーザーのようなビジネスパーソンの方々に伝えたいのは、この理念が企業にとっても重要であることです。
 定年が延長傾向にある現代、仕事に100%の力で取り組める時期は、人生の何割でしょうか。
 家事育児や介護などをアウトソースできる人でも、自分や家族がまったく病気にならずに済むとは考えられません。
 つまり、優秀な人に最大のパフォーマンスを発揮してもらい、長く働いてほしいならば、それぞれの事情が尊重される職場環境は必須なのです。
 ユニ・チャームでは、#NoBagForMeプロジェクトを知ったのをきっかけに入社を希望する人が増えています。
 多様性を尊重する職場は、企業の競争力の面でも、大きな力を発揮するはずです。