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米軍占領下の20年間は、狂乱の20年間というべきもので、米国がアフガニスタンを新しい国につくりかえると呼号して、この国に注ぎ込んだ2兆ドルは、この国の人々を狂わせるのに十分でした。米国は、思いつきでそういうことができてしまいます。
 2001年に占領が始まってから20年で、GDPは5倍以上の200億ドルほどになりました。人口も2千万人から4千万人に増えました。実際は、もともとGDPも人口もほとんど把握されていない国なのですが。増えたといっても、1人当たりGDPは500ドルほどで、世界最貧国に属します。
 米国が起こした経済的な変化は実体をともなうものではなく、米国から持ち込まれるドルとカブールに住む欧米人の住居や事務所の不動産価格が異常に高騰しただけでした。それらは全てご破算になりました。
 アフガニスタンにとってはこれからが本当の始まりで、山のような課題があります。ターリバーン政権のもとで、どうすればできるだけましな国になるのか、が主な課題です。
 米国は、中央アジアと南アジアをカバーする拠点を失いました。イランから中国までの範囲は、米国の同盟国は無くなりました。パキスタンとの関係は微妙になり、あとはせいぜいインドくらいでしょう。米国は、そのうえで、この地域にどう関与していくのか再検討しなければなりません。
 米国はアフガニスタンをめぐるグレート・ゲームから下りて、カタールと韓国の間に米軍基地は存在しなくなりました。インド洋にはありますが。20世紀に英国がたどっていった撤退の過程とも似ています。この厄介な地域に関わっても、経済的な利得は少ないかもしれませんが、グローバルな超大国とは見られなくなっていくかもしれません。
アメリカにとって史上最も長い戦争は、事実上敗北でその幕を閉じました。
ここで、アメリカは何を間違えたのか、一体どうすべきだったのかを振り返ってみましょう。

2001年10月アフガニスタンに侵攻したアメリカは、僅か1ヶ月でカブールを落としタリバン政権を崩壊させました。
しかしここでアメリカは最初のミスを犯します。
アルカイダが立て篭もるトラボラ要塞の攻略に兵力を出し渋って、肝心のビン・ラディンに逃げられてしまったのです。
ここでビン・ラディンを始末できていればアフガニスタン戦争は圧倒的なアメリカの勝利として記録されていたことでしょう。

それでも2002年のアナコンダ作戦でアルカイダとタリバンの主力を壊滅させることに成功します。
しかし詰めが甘く安心したアメリカは、これ以上の追撃を行わずタリバン殲滅の絶好のチャンスを逃してしまいます。

一方敗れたタリバンはパキスタン国内のトライバルエリアと呼ばれるパシュトゥーン人が住む自治地域に逃れ、そこを拠点に勢力を回復。
2006年から遂に反撃にでたのでした。

泥沼化する戦況に対し、オバマ大統領は2011年にアフガニスタンから撤退するというプランを立案。
好都合な事に2011年5月逃亡中だったビン・ラディンの暗殺に成功し撤退の絶好の口実を得ることができたのですが、オバマ大統領はここで全面撤退を躊躇。
どっちつかずのまま時間ばかりが流れていきました。

2015年アメリカにとって最後の勝利のチャンスが巡ってきました。
イラクでイスラム国が勃興し、アフガニスタンでもタリバンの一部勢力がイスラム国に寝返った為、タリバンは分裂。
今度はタリバンの方から和平を求めてきたのです。
しかしこの交渉も失敗し、その後イスラム国やそのシンパとの内戦を制したタリバンは逆に勢力を強めることになってしまいます。

2020年既に勝利の可能性が失われたことを悟ったトランプ政権はタリバンとドーハ合意を結び2021年4月にアメリカ軍が全面撤退する事で合意しました。
しかしアメリカはここで最後のミスを犯します。
この交渉はアフガニスタンのガニー政権が参加しないまま行われたのです。
結局ガニー政権とタリバンの和平交渉は成立せず、2021年8月15日カブール陥落の日を迎えることになりました。

一体アメリカはどこで何を間違えたのか?
あなたはどう思いますか。
米国はアフガン関連戦費として20年間で300兆円ともいわれる予算を投入した。忸怩たる思いで米軍は去ることになるが、米国の政策優先順位、国内世論、中国との競争に投じる予算、ハイテク兵器の進歩などを考えると、駐留する戦闘部隊の撤退という選択肢あるのみだった。米国ほど多額の予算を使い犠牲者をだしながら安定のための作戦を展開した国はない。誰も米国を批判することはできない。
米軍撤退で中国は願ってもないチャンスが到来したと思っていることだろう。中国はアフガンの地下資源採掘のための協力を推進するだろうし、タリバンの人材不足を補うためにトルコが一部の任務を担当してもそのあとは中国が人材供給を持ちかけるかもしれない。それは一帯一路政策のアップグレイドを意味する。そこにロシアも関与することだろう。中国はこの数カ月、「米軍撤退以後」に備えて活発な外交活動をしてきた。それは中国国内と隣接地域に対するタリバンの影響力増大という問題に対処するための外交でもあった。
「米軍が撤退するかもしれない地域」「地下資源に恵まれた地域」「中国に隣接する地域」という点では、アフガンと朝鮮半島はよく似ている。
2001年9月11日の同時多発テロから20年、ついにアフガニスタンから米軍撤退です。オバマ政権時にもイラクとアフガニスタンからの米軍撤退を試みました。当時の泥沼化したイラク戦争(と実際は世界金融危機)がオバマ政権の誕生を後押ししたこともあり、米国内世論的には必然でしたが、イラクではISの台頭を許し、いまも米軍駐留は形を変えて継続されてきました。バイデン大統領のカブール陥落のタイミングの読みは甘かったですが、撤退を延期して泥沼化することは2022年中間選挙前に避けたいところ。

今回のアフガニスタンからの米軍撤退後の政府崩壊は遅かれ早かれ予測されていましたので、今後タリバン政権がいかに国際社会と折り合えるか、911テロを実行したアル・カイーダなどのジハード勢力を抑え込めるのか、タリバーンに敵対するISIS-K(今回も空港周囲で爆破)などの過激派を排除できるのかが問われます。タリバーンが崩れた場合はさらに過激派が控えているのも現実です。

ベトナム戦争時のサイゴン陥落との類推がピッカーでも見られ、興味深いところです。たしかにベトナムからの米軍撤退時の混乱やベトナムの共産化は実際に見られましたが、今やベトナムは対中戦略で米軍との部分的な協力関係も見られ、アメリカ企業の工場移転先にも選ばれています。中国と国境を接しているアフガニスタンでは今後一帯一路計画の一環で資源開発と運び出すインフラ工事が進みそうですが、わずかに接している場所がウイグル自治区なのも複雑ですね。
今から振り返れば、何故アメリカはあんな不毛な戦争を続けたのか、という感想だろうが、当時は9/11テロでふさぎ込んだアメリカ国民が、アフガン攻撃によって高揚した事実も忘れてはならない。私は当時、ロンドンに滞在していたが、イギリスでも米軍が仇を討つ、という見方でやはり高揚したものだ。しかし20年という月日はあまりに長く、その間に双方で10万を超える犠牲を出したことを考えると、やはり何のための戦争だったのか、という疑問に突き当たらざるを得ない。
撤退完了を早めたのは、続くテロ情報の中、さらなる米軍の死傷者を防ぐ目的かと思われます。「アフガン協力者の待避まで米軍を残すべき」という世論が強くなっており、もし内戦化した場合、批判も必至。
歴史的な日になった。20年続いた戦争が終わったというだけでなく、ここからタリバンの支配が暗黙のうちに認められ、それに手をつけることができなくなる日でもある。まずは米軍撤退を優先していたタリバンだが、これからどう統治するか。
31日に撤退完了予定が丸1日の前倒し。
既にタリバンによるコントロール下となっているカブールの空港から逃げるように撤退する米国軍事関係者。

NYTimesによるとまだ10万人ほど、米国の元で働いていた人が取り残されているとのこと。彼らの前途は暗いですね。。。


撤退自体は既定路線だとしても、ここまでアメリカを急がせ、結果的に政治的失敗と強く印象づけるに至った理由はなんなのか。

米国が撤退した後はメディアの関心も薄れるため、国際的な監視がない中でタリバンが好き勝手やり始めるのでしょう。
もちろん、日本のメディアも混合取り上げる量は激減かと。

アフガニスタンが世界から忘れられる日は遠くありません。。。
毎年、私のいるフィリピンの国家予算以上のお金をつぎ込んで撤退は辛いですね。
しかし、部外者がいくら頑張っても国を作ることができないということが証明されたと言うことです。
どれだけ遠回りしても、国は自分達で作るしかないのだと思います。
かなりの数の人たちが避難できたとはいえ、相当な数(数万人規模と言われている)のアフガニスタンの方々は取り残されている状況が続いています。今後どの様な形で米軍協力者の引き上げにサポートができるのか、元アフガニスタン駐留の軍人の方々が様々な活動を行われていますが、明日からご無事でいられるのか本当に心配です。しかし大使館も軍もいなくなった後も100-200名の米国人が駐留を希望して残っているというのがすごいですね。人道的支援やジャーナリズム関係なのでしょうか。