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日本は、影響力の大きな論文がごくわずかに増え、他の国はずっと多く増えました。日本は、増え幅が小さいのです。
 最も増え幅が大きかったのは、中国です。上位10%の影響力を持つ論文の数で1位になりました。ただし、上位1%の影響力を持つ論文の数では、米国が1位のままです。中国は、上位1%の論文では2位ですが、伸び悩んでいます。
 韓国は、2005年くらいまでは急増していましたが、2010年あたりから増え幅が縮小しています。
 日本の増え幅の縮小は2005年あたりから続いています。英国、ドイツ、フランスも、増え幅は縮小傾向ですが、日本ほど急速な縮小ではありません。
 2000年と2019年に出た上位10%の影響力を持つ論文の数です(自然科学全分野の合計)。
2000年: 米国 35,813、英国 8,570、ドイツ 7,222、
     日本 5,360、フランス 5,271、中国 1,899
2019年: 中国 59,056、米国 54,470、英国 19,367、
    ドイツ 15,756、フランス 9,907、日本 7,121

このように、日本の生産は減ったわけではなく微増している一方、他の国は大増産しました。といっても、米英独仏は倍増くらいで、中国は30倍です。
 日本が微増なのは、生産体制が20年前とあまり変わらないからです。増産のために必要な生産体制とは、設備、つまり実験などのできる研究所や大学院と人員を増やすことです。人員は、世界で上位10%の論文を英語で書くのですから、大学院博士課程以上です。人員を増やし研究に従事させる人件費と、設備投資を行うことで、論文の生産数は増えます。中国は圧倒的な人件費と設備投資の予算を配分したので、上位10%の論文の生産数が20年で30倍になりました。
 
https://www.nistep.go.jp/research/science-and-technology-indicators-and-scientometrics/benchmark
これはAIなど、分野を絞るとより顕著です。
経済力が根幹になるとはいえ、日本は本当に過去の財産を食い潰してきているので、予算配分や研究開発のあり方などを大きく変えないと、返り咲くのは難しいですね。
せっかく文科省が調べてくれたのだから、政策にも是非反映してほしい。
「選択と集中」が裏目に出ている感じですね。選択された以降の研究は細かな改良に終始してしまい、あまり参照されない。選択の「元ネタ」となる研究をしないかぎり参照数は伸びないでしょう。
戦後はカネはないが時間はありました。
バブル期はカネはあるが時間が無くなりました。
今はカネも時間もありません。

どの業界でも言えることですが、カネも時間もかけずに、良質なものなど作りようがない。
日本では、すぐに産業に結びつかない基礎研究にお金がつかないばかりでなく、研究者が安定した職に就きにくい状況になっています。研究者に競争させるという政策は良いと思いますが、競争的資金を増やす代わりに、これまで大学や国立の研究所などに配分されていた予算を削ったのでは全く意味がありません。
競争的資金による研究は期限付きなので、その期間しか研究者を雇用できないからです。しかも競争的資金の中から支払える人件費は大きくありません。さらに、その期間が終わると、期限付き雇用の研究者は次の職を探さなければならず、腰を落ち着けてじっくり研究することが難しくなっています。
現在の日本政府がやっていることは、研究者という日本の学術研究の基盤を損ないかねないものです。そもそも日本では、知識や技術、情報に対してお金を払いたがらない傾向にあると思います。スポーツ選手も競争の世界で、成果を出せなければ職を失いますが、能力があれば高額の年俸を得られます。研究者も競争しなければならないと思いますが、知力に対する対価が低過ぎます。
また、学術研究とは異なりますが、経済産業省が発表した「産業技術ビジョン2020」では、日本のイノベーション産業が発展しない理由として、知的資本主義経済においては個人の知識・ノウハウ・能力が最も重 要であるにもかかわらず、日本は組織中心の考え方が根深く(=慣性力が強い)、個人の力を十分に活かせていな いのではないか、と述べています。
https://www.meti.go.jp/press/2020/05/20200529010/20200529010-2.pdf
研究の成果は個々の研究者に属します。日本でも、個々の研究者の能力を発揮させるために、これまでの慣行を改めて、若い研究者が思う存分研究できる環境を整えるという荒療治が必要であると思います。
ここ十年、ちょうど日本ではアベノミクスの時代であり、GDPでは6兆ドルから5兆ドル未満まで下落していた時期です。日本の個人GDPはドル建てで比較すると、10年で3割低下しました。
相対的に科学研究に対する国の助成が少なくなり、論文数も減りました。
中国はいままでの10年で大体1.5の日本のGDPをつくりだし、相対的に科研費が豊かになっていた時期でした。
私に友人の研究所は10年前には年間の科研費が4千万元程度で、今は給料だけでも4千万元を支払っています。科研費はすでに10倍増の4億元となっています。
相対的に論文数が増えましたが、日本と比べると、日本は科研費がますます細くなっている中では非常によく頑張ったと感じます。
友人の研究所のスタッフは、もう飛行機に乗る際、よくファーストクラスを使うし、日本ではほとんどそのよう浪費を見ません。
日本の大学では、多くの研究者が先生の学説や研究に反論できないという雰囲気が昔からありました。

かつて、医学会の権威がつくった何の役にも立たない薬を、当時の厚生省が承認し、その権威の先生が亡くなるまで実用化されていたという話を聞いたことがあります。

学会は超閉鎖的なムラ社会なので、斬新な研究論文が出にくい環境にあります。

制度疲労した大学の人事を一度全部ぶち壊して、教授職もどんどん交代させていく必要があると思います。
物流分野でもトップに立つ中国人研究者や中国系研究者が何人もおり,中国の研究機関も外国のビッグネームを招いています.物流を学びたいと志望動機を述べる中国人受験生には「この分野は実務も学術も基本的に中国の方が進んでいるから,あえて日本で学ぶ理由を考えないといけない」とコメントしているくらいです.
東京五輪の結果と合わせて考えれば、質の高い論文生産のために資本投資が必要というエビデンスなのではないでしょうか。でもそのためには日本の生産性そのものを上げないといけないですね。