2021/8/9

【新教養】最も「友好的な人間」が生き残る

人間は自分のことしか考えていない――。
人類が生まれてから、人間の本質は利己的、攻撃的であり、危機時にはすぐにパニックを起こす、つまり本質的には「悪」である、という説は根強く信じられている。
例えば、17世紀の哲学者トマス・ホッブズは、人間の自然状態を「万人の万人に対する闘争」と指摘し、20世紀の生物学者リチャード・ドーキンスはその最高傑作の『利己的な遺伝子』で、当初は「人間は生来、利己的だ」という主張を繰り広げていた。
ほかにも、「人間は信用できない」というシニカルな見方は、小説や映画の題材としてだけでなく、実際の事件や科学実験などを通じて、今も補強され続けている。
人間の「素の状態」は万人の万人に対する闘争であるというホッブズの主張は、西洋史を通じて補強されていた(写真:Stefano Bianchetti/Corbis via Getty Images)
だが、こうした人間観を覆す若手の論客が登場した。
オランダの歴史学者であるルトガー・ブレグマンである。前著の『隷属なき道』で新時代の処方箋としてベーシックインカムを唱え、一躍世界の論壇を席巻したブレグマンは、新著の『Humankind 希望の歴史』(文藝春秋社)で、「人間の本質は善である」と唱える。
それも観念的な議論ではなく、世界大戦から監獄実験まで、これまで人間の性悪説を補強してきたあらゆる歴史的な事件や科学的な実験の原典をたどり、その矛盾をファクトで暴いたうえで、「新たな現実主義」を説く。
NewsPicks編集部は、本著の日本語版発売に際し、ブレグマンへ直撃インタビューを敢行。同書のメッセージにとどまらず、コロナを経て人類が向かう先、日本の現状への端的な洞察まですべてを聞いた(全2回)。
INDEX
  • ①人間はなぜ「冷笑」したがるのか
  • ②「人間の良心」はつまらない
  • ③「楽観」と「希望」は違う
  • ④「ヴィーガン」は現代の奴隷解放
  • ⑤変革はクレイジーから生まれる

①人間はなぜ「冷笑」したがるのか

──本書では、人間の本質的に善良な性質に着目し、新たな現実主義(リアリズム)を掲げていますね。きっかけは何だったのでしょうか。
きっかけは、デンマークの社会心理学者マリー・リンデゴーにインタビューをしたときのことです。
彼女は「① 傍観者効果」と呼ばれる現象について素晴らしい研究をしていました。傍観者効果とは、街中で人が襲われたり、溺れたりするような緊急事態が発生したとき、人々はお互いに助け合わないという現象です。
インターネット上で、誰かが苦しんでいても注意を払わない人たちのビデオが出回ることがありますが、この数十年、心理学やメディアでは「人々は無関心である」と喧伝されてきましたし、私自身、現代の都市生活には病理があると考えてきました。
しかし、彼女は防犯カメラの映像という最も強固な証拠に基づいた研究で、この見方を覆したのです。