2021/8/16

自然のなかで組織も自分も整える。信州リゾートテレワーク体験レポ

NewsPicks Inc. brand design, editor

「何も考えない」ための試行錯誤

──東京から2時間半、富士見町(長野県)に来られていかがでしたか。
加藤 本当に清々しいですね。何も考えずにボーッとしていたい。
 普段はつい仕事をしすぎてしまって、「リラックスすること」が疎かになってしまいがち。私にはこういう環境が必要だと感じます。
 人間は働きすぎてはダメだと思っていて。活発になる交感神経と、リラックスする副交感神経が交互に働く状態でないと、ここぞというときにレバレッジが利きません。
 交感神経が優位になる「オンの状態」と副交感神経が優位になる「オフの状態」をコントロールして自分のコンディションを最適化しようと、いつも試行錯誤しています。
──加藤さんはどのようにコンディションを最適化されているんですか。
「頭の中を休ませる」ことを意識しています。ただ、そのための「何もしない時間をつくる」って、今はすごく難しいですよね。
 通知がきたらついスマホを見てしまったり、入ってくる情報も多いですから。何より、普段忙しく仕事に追われていると、時間が細分化されて休まりません。
 去年から私たちもリモートワークに移行したのですが、オンラインで仕事が進むようになったためにスキマ時間にも会議がみっちり入り、ミーティングの間にSlackやメールを返すことが増えました。
 きちんと休まらないと集中や効率も落ちて、自分だけでなく、チームとしても健やかな働き方ができなくなってしまいます。

未来を考える時間をつくろう

──たしかに、個人の忙しさはチーム全体の働き方にも影響しますね。
 こんな変化の中だからこそ、本当はチームでしっかり未来の戦略を考えたいのに、みんな時間がない。
 マルチタスクで情報に溢れるとつい緊急度が高いものだけに追われて、『7つの習慣』(スティーブン・R. コヴィー)でいう第2領域、「緊急度は低く、重要度は高い」ものには普段なかなか取りかかれないんですよね。
 こういう時に、あえて日常と切り離してチームビルディングを設計することは、すごく価値があります。
──緊急度が低いものに取り組む時間をわざわざ作る、と。
 普段の仕事でみんながなかなか着手する余裕がない、「緊急じゃないけど重要なこと」をしっかり考える時間があるかないかで、組織の真価が変わってくるんです。
 その時間を設計するときに、リゾートテレワークはぴったりだと思います。
──成長や変化のフェーズにある多忙な組織こそ、しっかり時間をとって考えることが重要なんですね。
 未来の姿から逆算して、バックキャスティングで考えないと、本質的な準備はできませんから。
 忙しい中で立ち止まって、少し先の未来を考えるのは難しい。だからこそ、考えられる組織は強いし、考える時間を設計することが重要です。

積極的な「変化」は幸福度が高い

──なるほど。でも、忙しい時に緊急度の低いものを考える、まして非日常の空間に飛び込むのは、勇気が要るというか、面倒くさいというか。
 そうですね。人間は基本、変化したくない「慣性」の生き物です。
 でもひとつ面白いことに、「コイントスの実験」では、変化は現状維持よりも人を幸せにしているという結果が出ています。
 変化自体は誰にとっても一定のストレスをもたらすものですが、自ら意思決定して自分で選び取った変化は、人を幸せにする確率が高いんですね。
 もちろん、「外的要因によって無理やり変化を強いられた」というのは、ものすごくストレスです。現にコロナ禍のさまざまな変化を受けて、多くの人にストレスがかかっていますよね。

「楽しそう」と思わせたら勝ち

──そう聞くと、チームで合宿するにしても、トップダウンで無理やり時間をとるよりも、全員が目的に納得した上で行くことが効果的なんですね。
 それが理想ですが、モチベーションは「会社のお金で旅行できるらしいよ」くらいでいいと思います(笑)。
 なぜかというと、「緊急じゃないけど重要なこと」に合宿で取り組んで目線を揃えるのはあくまで経営者がやりたいことだから。従業員にとってはモチベーションになりにくい場合があります。
 つまりリゾートテレワークでコミュニケーション設計するときに大切なのは、「参加するメンバーにどれだけ楽しそうと思ってもらえるか」なんです。
──自ら意思を持って変化を選んでもらうための理由や、仕掛けが必要なんですね。
 移動に時間もかかるし、家族とスケジュール調整もしなくちゃいけないかもしれないですし、緊急度の高い仕事をいちどストップしなくてはいけない。
 でも行き先がリゾート地だったり、楽しそうな合宿プランならどうでしょう。全員が積極的なマインドでチームの課題に向き合えるのではないでしょうか。
 だから「未来を考えるために合宿するのだ」という裏テーマは経営やマネージャー陣で共有しておくぐらいで、まずは「楽しそうだよ、行ってみようよ」と。
 みんなでオフィスを離れていつもと違う環境で会話すると、仕事では切り離せない上下関係も自然となくすことができますしね。
──上下関係をなくす、ですか。オンラインのコミュニケーションではやはり難しいのでしょうか。
 やっぱりリモートワークだとSlackなどのチャット文化が強くなって、テキストだとニュアンスや表情が見えず、誤解されやすいところはあると思います。
 たとえば最近はSlackで「ありがとう」と書くだけでも、絵文字の有無で相手によって差があるように見えないようにしなくては、とすごく気を配っています。
 特に社長という立場だと、部下からはどうしても気を使われてしまいますし。
 でも「みんなで森に行って雪合戦をしよう」となれば、私が社長かどうかなんて関係なく、単なる鈍くさい1人のメンバーになれる(笑)。
 役職の上下も関係なく、フラットにコミュニケーションできそうですよね。
「環境を変えること」は組織の活性化にとても有効です。リーダーシップのあり方としても、大切にしたいです。
※対面取材においては、フィジカルディスタンスを確保し、マスク着用の上で実施しています。写真撮影については、取材対応者の顔が分かるように、換気などの感染予防対策をした上で実施しています。

唯一無二の魅力は「ソフト」の設計に

──「富士見 森のオフィス」をご覧になって、魅力に感じた点を教えてください。
加藤 すごく素敵で、特にハードとソフトのバランスが完璧だと思いました。ハードというのは場所や建物、ソフトはそこに集う人々のコミュニティやコミュニケーションの在り方です。
 最近はコワーキングスペースが流行りなので、新しく格好の良い施設もたくさん出来ていて、ハードの設備の目新しさが注目されがちです。
 でも大事なのは、その場所にどんな人たちが集うのか、その場所でどんな新しいアイデアや事業が生まれるか。つまりソフトの部分の育て方です。
 ハードはオープンした翌日から古くなっていきますが、ソフトはずっと、その場に集う人たちとともに、磨いて発展させていくことができます。
 森のオフィスは6年前からコンセプトとビジョンを持って、それを体現する人たちがいる。そこが魅力だと思いますね。
黄色い紙は『富士見 森のオフィス』入居者や利用者のプロフィール。人の繋がりからプロジェクトが始まり、新しい商品も生まれている。
──「富士見 森のオフィス」のコミュニケーションの仕掛けを教えてください。
津田 2015年にオープンした頃からずっとやっているのは、初めて来た人を質問攻めすること。もう、玄関先からめちゃめちゃ聞き込むんです(笑)。
 そうして僕らスタッフが生のデータを貯めていくと、「カレーが好きなんですか?あの人もカレー好きでしたよ」なんて繋げることができる。
 移住促進のために始まったというコアがあるから、コミュニケーションを土台にきちんとソフトを育てるよう意識していました。
 また、今は町役場でも移住対策チームができて、インフラなど生活の部分までかなり親身にサポートされています。雨宮さんたちの課のおかげですね。
──「人と仕事」「人と生活」をそれぞれ繋いで連携している、と。実際に、移住者数など変化はありましたか。
雨宮 最近では移住希望者数がコロナ禍前の6倍まで増加しました。JR富士見駅の中にも移住相談室が新しく設置されたりと、盛り上がりを感じています。
 富士見町の移住相談は少し変わっていて、ご案内する中で、移住をおすすめしないこともあるんです。
 田舎暮らしに憧れがあって移住を検討される方も多いのですが、やはり理想と現実の暮らしにはギャップがある。
 ミスマッチなく定着いただけるように、ヒアリングして期待値を調整するなど、面接力が問われますね。
加藤 それはすごく大事ですね。移住も企業の採用と一緒で、ミスマッチはお互いにとって不幸ですから。
 組織の中でも、理想と現実のミスマッチをなくすためには、やはりコミュニケーションを重ねていくしかありません。
津田 「富士見 森のオフィス」の入り口には、僕らのビジョンが掲げてあります。目指す理想に共感した利用者が集まることで、コミュニティも唯一無二の形になってきたと感じます。

「非日常の体験」をチームで共有する

──企業の合宿も受け入れていらっしゃるんですよね。みなさんどのような体験をされるのでしょうか。
津田 過去に8、9社実施しています。特に印象に残っているのは、広告代理店がクライアントと一緒に行った新規ビジネスの創出合宿です。
 ここに来てすぐ会議をするのではなく、「荷物を置いてちょっと森に行きましょう」と森を一緒に歩いてから始めたのですが、すごくリラックスされて議論も活発になったというんです。
 クライアントの方も「オフィスを離れて考えるだけでこんなに発想が変わるのか」と驚いていて。
 当時来たチームは今でもすごく仲が良く、いまだにその合宿の思い出が語り草になっているそうです。そうした経験ができるというのは僕らも印象的でした。

「ワーク」を活発にするアクティビティ設計

加藤 体験の共有は大事ですね。WAmazingでも、コロナ以前は半期に1回幹部合宿をオフサイトでやっていました。
 きちんと目線を合わせられますし、何より絆が強くなりますよね。
今回、加藤さんは富士見町で蕎麦打ちも体験。「蕎麦打ちは、まさにマインドフルネス!楽しかったです。でも切っている途中から集中が切れて、うどんくらい太くなってしまいました(笑)。チームで行くなら、ルールをしっかり決めた本気の雪合戦とかチームワークが培われるようなアクティビティも楽しそうですね」
──リゾート感だけでなく、ビジネスや働き方を活性化させるアクティビティを設計できるんですね。
津田 「楽しいけど、遊びだけじゃない」というのがポイントです。アクティビティを通して、人柄が見えたりしますよね。
雨宮 企業合宿を受け入れるワークスペースやテレワーク施設は長野県内に40カ所以上あります。
 設計したいコミュニケーションから、最適なところに来てもらうのがいいかもしれませんね。
──完全に移住するわけではなく、ふと来てこうした環境の中で働く「リゾートテレワーク」が広まっていくと、どんな働き方が叶えられるのでしょうか。
雨宮 コワーキング施設を起点に、ビジネスにつながるのはもちろんのこと、地域のローカルなコミュニティともつながることができます。
 今後は、都会で本業を持ちながら地域で副業的にスキルを発揮する働き方も注目されていくのではないでしょうか。
加藤 それは事業者さんからもニーズが高そうです。
 たとえば地方の小さい旅館さんがDXしたくても、知識やデザインスキルがなく、専門人材を雇うこともできない。
 そんなとき、地域でアドバイスをしてくれる人に副業してもらえたら、雇用負担も軽くなるし、働く側も自分のスキルを生かして地域に貢献できる。
 地域の人たちが新しい働き方をする人たちを積極的に利用したら、低コストで進化できそうですね。
加藤 経営者としても、まとまった時間をみんなで共有しながら働いて過ごすのはすごく価値があると思います。
 私はもう、次に行く予約をしちゃおうかな(笑)。