2021/7/6

誰もが「無意識のバイアス」に縛られている。打破するには?

Newspicks Studios Senior Editor
日本社会でインクルージョンを実現するために、個人や企業に出来ることは何か。
多様性の一歩先、“真のインクルージョン”がもたらす成長をテーマに、P&GとNewsPicks Studiosがオンラインシンポジウムを開催。
ジャーナリストの治部れんげ氏がファシリテーターを務め、高橋尚子氏、長谷川ミラ氏、澤田智洋氏、市川薫氏がパネリストとして登壇した。
議論に先立ってP&Gジャパン社長のスタニスラブ・ベセラ氏が登壇し、30年にわたる同社のE&I(イクオリティ&インクルージョン)への取り組みを紹介しながら、「多様性は組織の基盤であり、P&GにとってE&Iは市場で勝つための世界的な経営戦略である」と語った。
P&Gジャパン合同会社 スタニスラブ・ベセラ社長による挨拶

日本の課題をデータから読み解く

治部 議論を始める前に、日本社会が抱えている課題を見ていきましょう。まずはジェンダーについてです。
世界経済フォーラムが発表した世界ジェンダーギャップ指数では、日本は120位。特にスコアが低いのが政治と経済分野です。
治部 経済的な分析では、女性役員が多い企業は利益が上がっているという結果が出ています。多様な人材の力が活かされると、企業の経営戦略においても非常に良い効果があることが既に示されているわけです。
それにもかかわらず、日本ではいまだに男女格差が存在しています。それを象徴するかのように、JOCの森前会長が「女性が多くいる会議は時間がかかる」旨の発言をして、国内外から多くの批判を浴びました。
高橋 今スポーツ界は、男女格差を是正するために大きく変わろうとしている状況だということは、ぜひみなさんに知っていただきたいと思っています。
高橋尚子。シドニー五輪金メダリスト、スポーツキャスター
高橋 その潮流は、昨年スポーツ庁が制定したスポーツ団体ガバナンスコードに「女性理事の割合を40%以上に」という数的目標が明記されたことにも表れています。スポーツ界全体に「女性の意見も反映されるような仕組みを作っていかなければ」という考えは浸透し始めていると思います。
治部 LGBTQ+を巡っても日本ではインクルージョンが進んでいない現実があります。
今年3月に、札幌地裁で「同性同士の結婚が認められていないことは違憲」だとする判決が出るなど、国内での議論も盛り上がりつつありますが、G7の中で日本だけが同性カップルのパートナーシップをいまだ法制化していません。さらに、P&Gが実施した調査結果では、LGBTQ+当事者のうち約半数が職場での生きづらさを抱えているとの声もあります。
そうした中で「当事者かどうかにかかわらず、LGBTQ+について理解し、支援する人」といった意味の「アライ(ally)」という言葉が知られるようになっています。P&Gではアライを増やすための活動も開始されていますよね。
市川薫。P&Gジャパン合同会社人事統括本部 シニアディレクター
市川 はい。そもそもLGBTQ+の構成比は全人口の8〜10%だと言われていて、これは左利きの人と同じくらいの割合なんです。それだけ身近にたくさんの当事者が存在しています。組織内に何人も当事者がいるのに、周囲の理解が進まないから、彼らは社内で自分をオープンにできない。これはつまり「パフォーマンスを発揮できない職場環境」になってしまっていると言えるでしょう。
当事者が声を上げるだけでは、この状況を改善することはできません。周囲が正しく理解して、一人ひとりが正しく行動する必要があります。ですから、LGBTQ+など少数派になりがちな方々が働きやすくなるためには「アライ」の存在が非常に大切なんです。弊社ではアライ育成研修を開発し、社外にも提供するなど、積極的な取り組みを行っています。
治部 ジェンダー・LGBTQ+の他に、障がい者雇用の観点でも課題があります。
民間企業の雇用障がい者数を見ると、13年連続で過去最高を更新していますが、障がい者雇用義務がある企業(従業員43.5人以上)の約3割が障がい者を全く雇用していないという実態もあります。澤田さんは障がいを持つ方とも多くお仕事をされていますが、どのようにお考えですか?
澤田 このデータだけを見ると、障がい者も雇用されているかのように思えますが、現実はそうとは言えません。詳しく調べると、生産年齢人口(15〜64歳)の健常者のうち78〜80%の人が働いていますが、かたや障がい者で働いているのは33%ほどなんです。
さらに、障がい者雇用の質にもまだまだ課題があります。障がい者を雇用していても、ただ雇用しただけで何も仕事が与えられてない、といったケースもあるんです。定量的な調査だけで判断してはいけないと思っています。

各界からの多角的なアプローチ

治部 続いて、各界の具体的な取り組みについてお話をうかがいます。まずは市川さん、P&Gではどのような取り組みをされていますか?
市川 まず、ダイバーシティとインクルージョンの違いを理解し、自分たちの組織がどの段階にあるのかを客観的に把握する必要があります。その上で、適切なアプローチをしていかなければなりません。
私たちは、以下の図の4象限で組織のD&I段階を表しています。右上の状態が、様々な立場・価値観の人がいて(ダイバーシティ)、全員がひとつの組織に包摂されている(インクルージョン)という理想的な状態です。反対にダイバーシティも、インクルージョンもない状態が左下です。
小さいカラフルな丸を人に、大きな円を組織に見立てた図
そして、企業においてありがちなのが右下の「同化シチュエーション」です。一見するとインクルージョンされているように見えますが、よく見ると、カラフルな丸に青い円が付いています。これは少数派の人たちが、組織に受け入れてもらうために「マジョリティの殻を被っている」状態を表しています。
そして左上は「分化シチュエーション」です。例えば「女性だからこその意見が欲しい」と言われることがありますよね。それぞれの価値観があることは認められているけれど、“マイノリティな価値観”として求められている。それは組織に受け入れられているとは言えません。
これを踏まえて、実際にインクルージョンを組織内で促進していく上では、「文化」「制度」「スキル」の3つの柱が必要だと考えています。多様性を尊重する文化を醸成することはもちろん、様々な働き方を支える制度が必要。さらにインクルージョンの考え方を一人ひとりの社員がトレーニングを通じてスキルとして獲得していく必要もあると思っています。
澤田 僕は企業と仕事をするときに、障がい者の方を招くことがよくあります。
普段から障がい者の方と接していると、「彼らは自分とは違う新しい視点や異なる視力を持っているんだ」と感じるんです。D&I(ダイバーシティ&インクルージョン)やE&I(イクオリティ&インクルージョン)を実現する良さって、そうした多様な視点がチームに加わることだと思っています。
仕事をしていて、チーム全員が、健常者の男性でヘテロセクシャル、シスジェンダーなんてこともままあります。そこに、“別の視野”を持つ障がい者の方が参加すると、チームに新たな視点がもたらされる。それはお互いの良さを際立たせることにもつながっていきます。
治部 長谷川さんはモデルとしてエンターテインメント業界で活躍されていますが、どのような現状ですか。
長谷川 メディア界は、インクルージョンにはまだまだ程遠いのが現状だと思います。ですが、若い世代の中には業界全体の意識を底上げしたいと、ダイバーシティなどに関する企画を積極的に提案されている方もいますね。
コピーライターの澤田智洋氏(左)、モデルの長谷川ミラ氏(右)

日常で感じる「無意識の偏見」

治部 インクルージョンが促進されていかない背景には、ビジネスだけではなく、日常生活の中にアンコンシャスバイアス(無意識の偏見)が存在する影響もあると思います。
治部れんげ。ジャーナリスト。東京工業大学リベラルアーツ研究教育院准教授
そこで、みなさんが実際に経験されたアンコンシャスバイアスについてお話をうかがいます。
澤田さんは、「世界ゆるスポーツ協会」の代表理事も務めていらっしゃいます。これは自らのマイノリティ性を自覚する方法かなと思いました。
澤田 「ゆるスポーツ」とは、スポーツが苦手でも、障がいがあっても、どんな人でも参加できる新しい競技のことを指しています。今では90種類ほどの新スポーツがあります。
そもそも僕が福祉の世界に飛び込んだきっかけは、視覚障がい者の息子が生まれたことでした。それ以前は自分が生きることに精一杯で、自分と関係がない世界だと勝手に線を引いていたんだと思います。
息子と過ごして気付いたことがたくさんありました。まず視覚障がいと言っても見え方は多様で、ロービジョン(弱視)の中でも一人ひとり見えている世界は異なります。そして息子は全盲なので、視覚障がい者の中でもマイノリティ、言わば「マイノリティオブマイノリティ」なんです。
でも当然ながら彼にも人より得意なこと、強みはあるんですよね。その部分においては「マジョリティ性を持っている」とも言える。つまり、彼は「マイノリティとマジョリティのミックス」とも言えるんです。
澤田智洋。コピーライター。世界ゆるスポーツ協会代表理事
一方で、僕自身の場合を考えると、僕は成人男性で健常者だから「マジョリティオブマジョリティ」です。でも、幼い頃からスポーツがすごく苦手で、そのせいで自己肯定感がゼロになるような辛い経験をたくさんしてきました。これって「スポーツが出来ない」という「マイノリティ性を持っている」と言えるのではと思ったんです。
そこで、そういうスポーツが苦手な人々を「スポーツマイノリティ」だと輪郭付けてみたらどうだろう、と考えました。すると、「スポーツが苦手で辛い経験をしたことがある」「よく言ってくれた!」と共感してくれる人がどんどん集まって、「ゆるスポーツ」の活動が始まりました。
治部 ゆるスポーツは、アンコンシャスバイアスや自らのマイノリティ性を自覚するために有効な方法ですね。興味深いです。
澤田 一方で、こうした「マイノリティを増やす」ような活動をしていると、「今現在、格差や差別で苦しむ“ザ・マイノリティ”の人たちの課題を周縁化してしまうのでは」と厳しい意見をもらうこともあります。
でも、僕は全く逆だと思っていて。僕自身がそうでしたが、自分の中のマイノリティ性を可視化することが入り口となって、社会におけるマイノリティの課題に関心を持つことが出来る。「障がい者やその課題も自分と地続きに存在するのだ」と気付くことが出来るんです。
治部 長谷川さんは、アンコンシャスバイアスを感じた経験はありますか。
長谷川 私は生まれも育ちも東京ですが、いわゆる「ハーフ」です。私はなるべく「ミックス」と言っていますが……。
ずっと日本で育っているのに日本人の方からは日本人扱いされないことが多かったです。「どこから来たの?」「お父さんは何人?」と聞かれたり。
一方海外に留学したときは、見た目やバックグラウンドよりも、私自身がどうアイデンティティを持っているかに重きを置く雰囲気がありました。日本と海外では、インクルージョンの浸透度が大きく違う印象があります。
高橋 歳を重ねれば視力は落ちていきますし、明日事故に遭うかもしれない。そういう風に考えれば、マイノリティやマジョリティの線引きは難しいですし、この先の未来で誰もがマイノリティの経験をする可能性があります。
属性や立場でと分けがちですが、誰もが、つまりあらゆる人たちが生きやすくあるべきだと思うんです。
市川 私は大多数が男性の環境だったり、海外勤務の際には唯一のアジア人だったりと、少数派の体験をすることが多々ありました。なので自分でも割とマイノリティ経験があると思っていたのですが、自社の研修で「自分が持っているもの・持っていないもの」を洗い出したときに、「持っているもの」が自分で思っているよりも多かったんです。
例えば、営業という部署は会社のなかでも人数が多い部署なので、そうでない部署の人たちが思っていることに気づいていなかった。あとは若い世代の人たちが考えていることに鈍感になっていたな、と。
マイノリティ側にいると気づいていたことも、自分がマジョリティの立場になると「持っている」ことさえも気づかないことがあるんだなと実感しました。

インクルーシブな未来へ向けた「提言」

治部 最後にみなさんから、日本社会においてインクルージョンを実現するために、私たちに出来ることを、提言として書いていただきたいと思います。
市川 「インクルージョンはスキル!」
インクルージョンを実現しよう、良い組織を作ろう、と言うと「人徳がないと出来ないのでは」と思う人もいます。でも、インクルージョンの考え方は「スキル」です。誰にでも身につけられます。個人が少し意識や行動を変えることで、インクルーシブな環境に近づける。社員一人ひとりがこのスキルを身につけることで、企業のインクルージョンはどんどん促進されていくと思っています。
長谷川 「情報へ向かっていく!」
今日のお話で強く感じたのは、自ら積極的に調べ、学ぶことの大切さです。今はネットでもテレビでも、誰かがまとめた情報を受動的に得る習慣が付いてしまっていると思いますが、それでは偏った情報しか得られない。これをきっかけに、主体的に情報に“向かって”学んでいきたいと思いました。
高橋 「(他人との)違いを見つけ考えてみる」
相手との違いを見つけると、自分の知識の幅を広げることが出来ます。日頃から、そうした視点を持って、積極的に他者と対話してほしいと思います。
澤田 「ポケットにE&Iを。」
E&I(イクオリティ&インクルージョン)を企業やマネジメントの観点から話してしまうと、「利益につながらなければやらないのか?」という疑問が生まれます。ビジネスライクに考えるだけではなく、仕事が終わってプライベートモードになったときでも、インクルージョンを考えてほしい。いつもポケットにハンカチを入れるように、インクルージョンへの意識も毎日ポケットに入れて生活してほしいと思います。
治部 今日はみなさん初対面だったにもかかわらず、双方向の議論が出来てうれしかったです。ありがとうございました。