2021/7/7
【橘玲】資本主義の本質を知れば、投資の“勝ち筋”は見えてくる
NewsPicks, inc. BRAND DESIGN SENIOR EDITOR
資本主義社会では、富を得る者と得られない者が分かれる。今、世界中で格差が問題視されているが、その仕組みこそが資本主義の根幹でもある。しかし、資本主義と市場経済の本質を見抜ければ、勝者総取りの“ゼロサムゲーム”の攻略法も見えてくる。
では、どんな視点を養い、どんな武器を持てば、この世界を生き抜けるのか。連載2回目は、これまで数々の著書で、独自の金融・人生設計論を説いてきた作家の橘玲氏に話を聞いた。(全3回)
- 「自分らしく生きたい」が資本主義を生み出した
- 資本主義とは「夢を実現するタイムマシン」
- 富の分布は「ベルカーブ」ではない
- 人的資本、金融資本の両方が必要
- ゼロサムゲームではなく、プラスサムゲーム
「自分らしく生きたい」が資本主義を生み出した
──そもそも、資本主義がここまで多くの人に受け入れられている理由は何でしょうか?
橘 ひとことで表すなら「豊かになりたい」「幸せになりたい」という人々の夢を、最も効率的に叶えるシステムが、資本主義と自由市場経済だったからです。
紀元前1万年前後の農業革命は定住・都市化を促進し、ライフスタイルを劇的に変え「人口爆発」を引き起こしましたが、狩猟採集時代に比べ、豊かさ(人口1人当たりの所得)はほとんど変わりませんでした。
それに対して18世紀の産業革命は、テクノロジーの力で「富の爆発」を引き起こし、1人あたり所得は10倍以上になり、さらに増えつづけています。
この「とてつもない豊かさ」を背景に、1960年代後半にアメリカ西海岸でまったく新しい価値観が生まれ、それが瞬く間に世界中に広まっていきます。それが「自分らしく生きたい」です。
──自分らしく生きるのは、今では普通のことのように感じますが……。
そうですよね。ただ、これは人類史的には極めて特異な思想なんです。
日本でも江戸時代はもちろん、戦前までは「自由に生きる」などと考えた人はほとんどいなかったはずです。
この「リベラリズム(自由主義)」は、キリスト教やイスラム教の誕生に匹敵する。あるいはそれ以上のインパクトをもつ出来事で、わたしたちはその意味をいまだに正確に理解できていないのだと思います。
リベラル化の大潮流のなかでは、すべての人が自由に人生を選択し、自己実現すべきだとされます。誰もが自分なりの夢をもち、それを実現できるのがリベラルの理想です。
とはいえ、人はみな好き嫌いも考え方も違うので、みんなが自由に生きれば、あちこちで利害が衝突して、人間関係が複雑になっていきます。
iStock / Marcio Binow Da Silva
これに対処するにはものすごく大きな認知コストがかかるので、わたしたちは面倒な近所付き合いを「市場」で置き換えるようになりました。
──例えば、どのようなことが市場に置き換えられるようになったのでしょうか?
かつては子どもの面倒は地域の大人たちが助け合って見ていたけれど、今は保育園に預けるのが当たり前ですよね。
こうして、大家族や隣近所でやっていたことが市場に代替され、中間共同体が消失していきます。例外もありますが、世界は資本主義に覆われることになりました。
なぜこれほど大きな影響力をもつようになったかというと、資本主義がとてつもなく魅力的で、みんながそれを望んだからです。
当たり前の話ですが、資本主義が人間を不幸にするのなら、そんな制度はさっさと捨てられるだけですよね。
資本主義とは「夢を実現するタイムマシン」
──資本主義は、自由や夢を手に入れるために必要不可欠なものになったわけですね?
はい。私は、資本主義の最大の魅力は「レバレッジシステム」だと考えています。それはいわば「夢を実現するためのタイムマシン」です。
──タイムマシン、ですか?
マイホームを持ちたいという夢があって、3000万円の家を買おうとしたとしましょう。
これを自己資金だけで達成しようとすると、1年に100万円貯金しても購入まで30年かかってしまいます。
30歳でマイホームの夢を抱いて、それが実現するのは60歳ですから、子どもたちは成人して家を出ているでしょう。
ところが住宅ローンを使うと、600万円(2割)程度の頭金ですぐにマイホームが手に入る。これは、30年後の出来事がタイムスリップして、いま実現するのと同じです。
そのように考えれば、住宅ローンの金利というのは「タイムマシンの乗車賃」です。
このタイムマシン効果によって多くの人たちの夢をかなえたからこそ、文化や歴史に関係なく、資本主義(レバレッジシステム)が世界中で熱狂的に支持されることになったのでしょう。
──レバレッジシステムそのものが、資本主義の根幹といっても過言ではない?
そうですね。資本主義の最大の発明が株式会社ですが、これはレバレッジを最も効果的に効かせる仕組みです。
イーロン・マスクがどれほど天才でも、自己資金だけで事業を運営したら、電気自動車をつくったりロケットを飛ばしたりするのに数千年かかるでしょう(笑)
しかし株式会社なら、資本(エクイティ・ファイナンス)と負債(デット・ファイナンス)のダブルでレバレッジをかけられるから、夢を叶えるための資金を最速で集めることができます。
いったん成功すると株価が上がり、さらに投資家が集まってくるという正のフィードバック効果で、あっという間に時価総額でトヨタやGMなどの大手メーカーを抜き去ってしまった。
最近「資本主義は悪」が流行になっていますが、私はかなり違和感があります。
いろいろ問題はあるとしても、資本主義と自由市場経済によって、わたしたちが人類史上、未曽有の「豊かで平和な世界」を実現したのは間違いありませんから。
富の分布は「ベルカーブ」ではない
──とはいえ、資本主義のもとで誰もが自由を求めた結果、格差を生んでしまっています。その問題を橘さんはどのように見ていますか?
紀元前からの不平等の歴史を検証した歴史学者のウォルター・シャイデルは、古代中国でも古代ローマでも、平和で豊かな時代には常に格差が拡大していることを見い出しました。
「持てる者がますます豊かになり、持たざる者はますます貧しくなる」のがマタイ効果ですが、経済環境が安定していれば、元本が大きいほうがより効率的に富を増やせます。
それを破壊するのが「戦争」「革命」「(統治の)崩壊」「疫病」の四騎士です。
二度の世界大戦やロシア革命、ペストの蔓延のようなことが起きると、権力者や富裕層は富を失って社会は平準化し「平等」が実現するのです。
iStock / Diy13
シャイデルは新たな「平等の騎士」として核戦争と地球温暖化による環境破壊を挙げています。たしかに映画『マッドマックス 2』の世界は、今よりずっと「平等」なことは間違いないでしょう。
日本では昭和の「一億総中流」の時代を懐かしむ人がたくさんいますが、これは無謀な戦争によって多くの日本人が亡くなり、米軍の占領で戦前の既得権が破壊されたことへの「代償」です。
また「一億総中流」を経験した日本人は、富の分布は平均値を中心とする左右対称の「ベルカーブ」になるべきだと考えています。
でもこれは「四騎士」によって経済活動が破壊されたあとの特殊ケースで、平和で豊かな時代が続くと富の分布は「ロングテール」になっていきます。
──ロングテールになると、どんなことが起きるのでしょうか?
ロングテールでは、テールの端で統計学(正規分布)ではあり得ない「とんでもないこと」が起きます。
ビル・ゲイツやジェフ・ベゾス、イーロン・マスクのような超大富豪が登場するのは、富の分布がロングテールだと考えればなんの不思議もありません。
世界の富が拡大し、グローバル資本市場が大きくなればなるほど、テールは極端な方向に延びていくのですから。
──そうなってしまうと、格差はさらに広がってしまうことになりそうです。
平和な時代が続き、3世代、4世代と相続されていくと、さらに格差は顕著になっていきます。資産は複利によって増えるからです。
格差問題の難しさは、どこにも「悪」がないことです。事業を起こしたり、一生懸命働いたりして、稼いだお金を貯蓄・運用する人は一定数います。
この人たちの富が増え、そうでない人との差が広がっていく。でもこれは、「豊かになりたい」「幸福になりたい」と頑張ったからですよね。
みんなが「自分らしく生きて夢を実現したい」と願った必然的な結果として、現在の格差社会が生まれたのです。
人的資本、金融資本の両方が必要
──確かに難しい問題ですね。そうなると結局、私たちはどんな選択肢があるのでしょうか。
まず、欧米や日本のような豊かな社会では、ほとんどの人にとって、最大の資本は「金融資本」ではなく「人的資本」。すなわち労働市場から富を獲得する力です。
経済学者のトマ・ピケティは「資本収益率(r)>経済成長率(g)」という不等式で格差の構造を解き明かしましたが、ここには人的資本が欠けています。
資本から収益を上げるには、株式であれ不動産であれ、運用する資産が必要です。ビル・ゲイツもスティーブ・ジョブズも、親が大富豪で、その資産を相続して富を築いたわけではないですよね。
ジェフ・ベゾス、イーロン・マスク、マーク・ザッカーバーグ、セルゲイ・ブリン、ラリー・ペイジなど、大きな成功を収めた人たちはみな起業家で、人的資本から莫大な富を生み出しました。
これは極端なケースで自分は関係ないと思うかもしれませんが、日本でも大卒男性の生涯収入は3億円〜3億5000万円。大卒女性は2億5000万円から3億円です。
世界にはまだ1日200円以下で暮らしている絶対的貧困層の人々が10億人以上いることを思えば、わたしたちは日本に生まれたというだけで、とんでもない幸運の当たりくじを引き当てたのです。
知識社会における最大の資本は人的資本。それを活用して得た収入を、金融市場や不動産市場などの資本市場で運用する。
これが、豊かな国に生まれた幸運を活用するもっとも効果的な方法だと思います。
「資本収益率(r)>経済成長率(g)」は、基本的には不動産を資本として捉えているわけですが、その不動産を獲得するためには自分でお金を稼いで、住宅ローンを組むのが王道です。
──人的資本と金融資本、両方の活用が重要だということですね。
働いて、倹約して、貯蓄するという戦略は基本的にノーリスクじゃないですか。資産形成というと金融資本にばかり目が行くのですが、もっとも重要なのは資産運用の元手を生み出す人的資本です。
アメリカの富裕層研究の第一人者トマス・J・スタンリーは「豊かな国に生まれた幸運を活かせば、誰でも億万長者になれる」と言っています。
「平均より倍の収入の10~15%を貯蓄に回せば」という条件がつくのですが、これは共働きなら実現可能ですよね。
平均寿命が延びて「生涯現役社会」になり、これからは大学卒業から80歳まで働くのが当たり前になるでしょう。
そこで人生設計の目標を「年金+1億円の金融資産」とし、運用期間60年で考えてみましょう。
未来の株式の収益率を予測することはできませんが、NYダウ平均株価指数は2000年の1万ドルから、20年で3万ドル超と年率5%で上昇しています。
これからの60年間、平均年5%で資金を運用できるとすると、1億円貯めるのに必要な積立額は年約30万円、月額約2万5000円。保守的に年3%の運用で考えても、積立額は年60万円、月額約5万円です。
iStock / Fokusiert
ここからわかるように、複利での長期の積み立て投資はものすごいパワーをもっています。「金融資産1億円」というと雲をつかむように感じるかもしれませんが、「毎月5万円の積み立て」なら実現可能に思えるのではないでしょうか。
ゼロサムゲームではなく、プラスサムゲーム
──短期的に儲けるというモチベーションではなく、長期的な視野を持つことが重要なんですね。
資本市場が巨大化すれば、それをうまく利用し財を成す幸運な人たちが出てきます。
若くして億万長者になった人たちを見ると、コツコツ働くのがバカバカしいと思うかもしれませんが、株式やFX、ビットコインなどの短期投資(トレーディング)は「ゼロサムゲーム」です。
ゼロサムゲームでは、100億円儲けた人の背後には、総計で100億円損したものすごくたくさんの人がいます。
でもこの人たちにスポットライトが当たることはないので、“奇跡”にばかり目がいってしまいます。
これが「サバイバル・バイアス(生き残った人だけが注目されるバイアス)」です。ビットコインのようなボラティリティ(変動率)の高いトレーディングでは、途中で怖くなって売ってしまったり、高値で買って損した人もたくさんいるはずです。
──ゼロサムゲームに参加するには注意をしなければならない、と。
一方で金融市場の一番の魅力は、初心者と上級者がまったく同じ条件でゲームに参加できる。ものすごくフェアです。
でもこれは、裏を返せば、素人がヘッジファンド・マネージャーと同じ土俵で勝負するということです。“初心者向け株式市場”なんてありませんから。
だったらどうすればいいかというと、個人にとっての最大のアドバンテージは「いつまででも待てる」ことです。
iStock / lei liu
ヘッジファンドは四半期ごとに結果を出さなくてはいけないから、下落した株をいつまでももっているわけにはいきません。
そのうえ、投資適格の証券しか買えないとか、流動性の高いマーケットでしか取引できないとか、レバレッジ率に上限があるとか、いろいろな制約を課せられています。しかし、個人であれば自己責任の範囲ならなんでも自由です。
だとすれば、運用期間を50年、60年に設定して、株式市場が下落したときこそが最大の買い場だと考えて、長期で積み立て投資するのが個人にとって最強の資産運用戦略になります。
これは、どんなヘッジファンドだってできません。
──「待つ」が武器になるとは意外です。
かのウォーレン・バフェットは「10年間、持ち続ける気持ちがないなら、株を買うべきでない」と言ってます。
あと、自分が運用するバークシャー・ハサウェイを除けば「個人投資家にとって、最も有利な投資対象は手数料の安いインデックスファンドである」と話してますよね。
資本主義市場が「幸せになりたい」「夢をかなえたい」といった人々の欲望を原動力に、これからも拡大していくとすれば、長期投資はゼロサムゲームではなく、プラスサムゲームになります。
長期の積立投資の対象としては、世界株のインデックスファンドや定番のS&P500以外に、ハイテク銘柄が集まるNASDAQ100も有望だと思います。
今後10年で、とてつもない「テクノロジー爆発」が起きて世界が一変すると言われていますから、まず人的資本を活用し、その余剰である金融資本を長期的視点で投資する。
これが、唯一の勝ち筋なのではないかと考えています。
【当記事内の見解について】当記事内における情報は、執筆者および取材対象者の個人的見解であり、大和アセットマネジメントの見解を示すものではありません。
【当記事内で言及した企業について】当記事で言及した企業はあくまでも参考のために掲載したものであり、個別企業の推奨を目的とするものではありません。
執筆:浅原聡
デザイン:月森恭助
編集:海達亮弥