2021/6/29

リモートでこじれた組織を救う「心理的安全性のつくりかた」

NewsPicks Brand Design editor
リモートワークでチームの一体感がなくなった、仕事でのすれ違いが増えた──。リモートでの組織作りに、悩みを抱えるビジネスパーソンは少なくない。

そんな中で注目を集めるのが、「心理的安全性」という言葉だ。心理的安全性とは、恐怖や不安を感じることなく、自分の意見を伝えられる状態のこと。この心理的安全性が、リモートでもうまくいくチーム作りに、欠かせない要素だという。

『心理的安全性のつくりかた』の著者で、ZENTech取締役の石井遼介氏と、2021年の働きがいのある会社ランキング(Great Place to Work® Institute Japan)大規模部門で1位を獲得した、シスコシステムズ執行役員人事本部長の宮川愛氏に、話を聞いた。

注目ワード「心理的安全性」はなぜ組織に必要なのか?

──石井さんが2020年9月に発売した書籍『心理的安全性のつくりかた』は、「読者が選ぶビジネス書グランプリ2021」でマネジメント部門賞を受賞するなど、大きな注目を集めていますね。ご自身ではその理由を、どう考えていますか?
石井 やはりリモートワークが多くの企業に浸透した影響は、大きいと思います。リモートになって、「うちのチームって、こんなにバラバラだったんだ」と、気づいたマネージャーは多いのではないでしょうか。
 かつてのように毎日会社で顔を合わせて働いていたら、何となく「チームとしてまとまっている感」は醸成されていたのかもしれません。
 ですが、いざリモートで別々に働くようになると、メンバーがサボっているのではと疑心暗鬼になったり、仕事内容に認識の齟齬が次々と生まれたり。
 これは一緒に働くメンバーが、「チーム」というよりも、単なる人の集まりである「グループ」だったと露呈した結果だと思います。
 きちんとチームを形成できていたのであれば、リモート移行時の戸惑いはあったとしても、協働の仕方やツールを工夫しながら、お互いに能動的に発信し、確認し、意見を交わし、問題なく協働できるはずなのです。
──グループがチームに進化するために必要な要素の一つが、心理的安全性ということでしょうか?
 そうですね。グループがチームになるためには、一緒に目標に向かって課題を解決していくための信頼関係を築く必要があり、そこで心理的安全性が重要な役割を果たすのです。
 そもそも心理的安全性のある組織とは、チームや成果のために、新入社員やベテランといった経験、メンバーや管理職といった役職に関わらず、誰もが率直な意見を言い合える組織のこと。
 自分の意見を言っても頭ごなしに否定されることなく、一人ひとりの意見が歓迎される組織ですね。
 心理的安全性という言葉だけを見ると、何でも許される「ヌルいチーム」だと誤解されがちですが、そうではありません。むしろ社員全員が自由に意見を言えるので、心理的安全性の高いチームの方が、衝突は起こりやすい
 日本の企業風土では、対立を避けがちですが、健全な衝突はチームの様々な意見を引き出すことに繋がります。結果的に心理的安全性があるチームの方が、多様な視点・アイデアが活かされて多角的な検討が可能となり、生産性が向上するのです。
石井氏が推奨するのは、心理的安全性も仕事の基準も高い、「学習する職場」。

多様な組織が、最も力を発揮するには

──シスコシステムズは、2021年度の「働きがいのある会社」ランキングの大規模部門で1位を獲得しました。働きがいを高めるためにも、心理的安全性が鍵を握るのでしょうか?
宮川 ええ。いかに心理的安全性を担保して、社員が安心して発言できる環境を作るかは、常に意識しているポイントです。
 これまで、個人と組織が一体となり、双方の成長に貢献しあうエンゲージメントという指標は、売上などに比べれば軽視される傾向にありました。ですが今は、エンゲージメントこそ投資すべき領域だと考えています。
 私たちは今、変化が激しく複雑な社会環境でビジネスをしなくてはなりません。そんな時に、既存の考えに依存していては、その変化に到底追いつけません。
 そこで必要なのが、社員一人ひとりの多様な意見を、ボトムアップで汲み上げること。そうすることで、時代に合った発想を柔軟に取り入れ、既存の枠組みにとらわれない価値を生み出していけるのです。
 そのためには、多様性溢れる個人が強みを活かせ、安心して自分らしさを発揮できる組織作りが不可欠だと考えています。
石井 ダイバーシティはまさに、心理的安全性が担保された組織で初めて効力を発揮します
  ですから、個人と組織の双方を担保しようとする、その姿勢が成果に繋がっているのではと感じました。せっかく多様な人が集まっても、上司が「君たちは言う通りに動けばいい」と言うような組織なら、全く意味がなくなってしまいますから。

組織カルチャーは社員の行動の集積だ

──とはいえ、目に見えないカルチャーを変えるのは、至難の業です。どうしたら、心理的安全性のある組織カルチャーを構築できるのでしょうか?
石井 おっしゃる通りで、組織の風土や文化は、簡単に変わるものではありません。ただ、方法はあると考えています。
取材はオンライン会議機能を含むコミュニケーションプラットフォーム Webexで行った。
 カルチャーはそもそも、一人ひとりの「行動の集積」です。簡単な例でいうと、社員が毎朝元気に挨拶する会社は、「明るい文化を持つ会社だね」と言われるようになっていく。
 ですから、カルチャー自体を変えようとするのではなく、具体的な行動を変えればいいんです。自社にとって望ましい行動や、行動カテゴリを定義して、組織やチームの中で、その行動を増やすにはどうすればいいのかを考える。
 もう少し詳細にお話しすると、行動の後に出現する「みかえり」がハッピーならば、次も同じような「きっかけ」のもとで、同じような行動をしようと思えますよね。
  逆に行動した直後にアンハッピーなみかえりがあれば、もうこの行動をするのはやめよう、と行動が減ってしまいます。
 管理職・マネージャーの皆さんは、「若手は自分の意見を言わず、けしからん」と考えるのではなく、「自分は若手が発言しやすい、きっかけ・みかえりを提供できていただろうか」と振り返ってみるのが良いと思います。
宮川 非常に共感します。シスコシステムズでコロナ禍に行ったこととして、当社のカルチャーを実現するための行動指針を、社員全員で作るワークショップがあります。オンライン会議機能を備えたWebexで、実施しました。
 シスコはグローバルで6つの行動指針が定義されていますが、自分たちの言葉として腹落ちできるようにしようと。そしてさらにそれらを示す具体的行動を話し合い、明確にしました。
 250ものチームにわかれてワークショップを行ったので、最終的に一つにまとめるのは本当に大変な作業でした。
 ですが、ボトムアップで社員全員の意見を反映したことに意味がある。こういう草の根的な行動の集積が、カルチャーの土台を作っていくと私も信じています。

1on1の「質」を担保する方法

──シスコシステムズが「働きがいのある会社」ランキングで1位を獲得したのは、コロナ禍真っ只中の時期ですよね。リモートワークだからこそ、エンゲージメントや心理的安全性を高めるために意識していることはありますか?
宮川 あえて雑談の機会を作ることです。人間は社会的な動物で、人との繋がりを求めているということは、コロナ禍で再認識しました。
 その中でも1on1は、特に大切にしている文化ですね。コロナ前は対面が多かったですが、今はWebexで継続しています。
石井 1on1は私たちの会社でも行っています。私がいつも意識しているのは、「この30分はあなたのための時間ですよ」とまず約束を伝えること。「この仕事どうなっている?」と、部下を詰める時間になっては本末転倒です。
宮川 そうですよね。ですがマネージャーのレベルや業務の逼迫状況によって、どうしても1on1の質を担保できないことがあると思っていて。
 それをテクノロジーで補完できないかと導入したのが、この「Check In」というツールです。簡単に言うと感情を含めた週報のようなもので、毎週全社員に取り組んでもらっています。
Check Inツールの画面イメージ。
「あなたは毎日自分の強みを発揮できましたか?」といった問いに5段階評価で答えてもらうほか、「先週エネルギーを得たことはなんですか」など自由記述で答えてもらいます。
 5段階評価を見るときに重要なのは、数字単体ではなく、心境の変化を見逃さないこと。毎週4をつけることが多い人が2をつけたときは、何かがあったはず。それをフックに、1on1で社員が悩みを抱えていないか引き出していくのです。
石井 素晴らしい取り組みですね。週次でこういったものを追いかけていくと、変化も捉えられますし、メンバーへの理解も深まりそうです。
 一方、マネージャーの方の中にはこのCheck Inにある「エネルギーを削がれたこと」という質問項目に、ギョッとする方もいらっしゃるかもしれません。「自分では対処できないような、重い問題が書かれたらどうしよう?」と。
 ここでひとつマネージャーの方々に伝えたいのは、「マネージャーも、社員・メンバーに向けて弱音を吐いていいんですよ」ということ。
 メンバー全員の意見や悩みを全て解決しようとすると、マネージャーの方々も疲弊してしまいますよね。
 社員から何か改善を求められたら、いきなり解決しようとするのではなく、まずは「あなたはそういう意見や悩みを持っているんですね」と受け止める。
 その上で、「それは困ったね。どうしたら良さそうか、一緒に考えようか」というように、“メンバーと一緒に困っていいんです。マネージャーが全てを解決できるわけではないですから。

リモートでの「拍手」の効果とは?

──石井さんは心理的安全性という側面から、リモートでのコミュニケーションについてどんなアドバイスをしていますか?
石井 最近僕が推奨しているのは「返信」と「反応」を分けることです。
 たとえば、部下から重要な資料を受け取った上司は、その資料が重要であればあるほど、きちんと時間を作って目を通したいと考えます。
 けれど、資料を作成して送付した部下からすれば、返信が遅ければ遅いほど「クオリティが低くて怒っているのか?」などと、不安になってしまう。
 だから、忙しくて返信できないときは「送ってくれてありがとう。週明けまでに見るね」という一言、もしくはスタンプで「反応」するのが大切。それだけで部下の心境は大きく変わってくるのです。
──リモートでの組織作りには、オンライン会議ツールをどう活用するかという視点も、重要になると思います。
宮川 先ほどご紹介した会社カルチャーの方針をボトムアップで決めるためのワークショップ、1on1をはじめ、シスコでは私たちの製品であるWebexを今までよりさらに多様なシーンで活用しています。
 リモート会議は、対面での会議を超えることはできないと思っている人が、まだまだ多いと思うんです。ですが、Webexを使って全社リモートワークを実施する中で、「リモートだからこその強みがある」と実感できたケースがたくさん起きているんです。
 たとえば全社会議。今までは、役員が壇上で発表する一方通行のものでした。
 ですがオンラインになったことで、社長が話しているときに社員がリアクションボタンを押す、チャットに意見を書くといった反応を、気軽にできるようになりました。全社会議におけるエンゲージメントが、より活性化されたんです。
 当社が2020年に買収した、イベントなどの参加者と、双方向でQ&Aやライブ投票、アンケートなどを行えるクラウドサービスSlidoも、Webexと組み合わせることで、大人数での双方向のコミュニケーションの質をぐんと上げてくれますね。
今後Webex上でも使用可能になるSlidoは、イベントやセミナー参加者のQ&Aをリアルタイムで収集できるツールだ。
 またオンラインになったことで、参加者の立場がフラットになり、若手からの発言が増えました
 リアルに数百人が集まった会議では発言をしなかった新入社員が、オンラインでは積極的に発言し、全社の前で発表してくれるようになったんです。心理的ハードルが下がるのは、オンラインの良さですよね。
石井 おっしゃる通りですね。あとWebexのこのリアクションボタン、良いですね。自分がカメラの前でリアルに拍手すると、それを自動で認識して拍手のアイコンが表示される。
「きっかけ→行動→みかえり」でもお伝えした通り、発表する方からしても、こういった「リアクション=ハッピーなみかえり」があるだけで、発言のしやすさは大きく変わります。
宮川 ありがとうございます。ちなみにたくさんの人が拍手すると、画面上で拍手喝さいになり、すごく盛り上がるんですよ。
石井 それは話し手からすると、大変心強い。
 心理的安全性を高めるために必要な要素として、「話しやすさ」「助け合い」「挑戦」「新奇歓迎」という4つの因子があります。こういったリアクションボタンは、特に「話しやすさ」の因子に寄与すると思います。
宮川 また、地味に聞こえるかもしれませんが、重宝しているのが、ノイズ除去機能。特に1on1など相手の気持ちに寄り添わなければいけない場面で、外の工事の音がガンガン入ってきては、気持ちも萎えてしまいますよね。
 Webexで1on1するとほとんど外の音が入ってこないので、私自身も驚いているんです。
 それから、私も今使っているWebexのバーチャル背景や背景ぼかし機能も、日本人の住宅事情の中では、心理的安全性を保つことに役立っていると感じています。部屋の状況を気にすることなく、リモート会議に参加できますから。
石井 なるほど。オンライン会議だと、バーチャル背景をきっかけに雑談が始まる、なんてこともありますしね。組織の心理的安全性を高める方法は一つではありませんから、できることから取り組んでいただき、使えるテクノロジーは役立てていくと良いと思います。