2021/6/30

【山形浩生】あなたは、“本当に”資本主義を理解しているか

NewsPicks, inc. BRAND DESIGN SENIOR EDITOR
現代社会は、ますますグローバル化、高度化、複雑化の一途をたどっている。そのトリガーとなるのが「資本主義」だ。資本主義は私たちに自由と富をもたらした一方で、大きな格差を生んだ。

その反動で“ステークホルダー資本主義”や“社会資本主義”といったイデオロギーが生まれ、資本主義を再定義する動きも盛んになっている。しかし、私たちはそんな資本主義の本質を知っているだろうか。

なぜ資本主義が良いのか、あるいは悪いのか。資本主義の問題点はなにか。本質を知れば、私たちがこれからどう生きていけばいいのか、その指針を得られるはずだ。

世界を覆い尽くす資本主義の正体、そしてその乗り越え方を、トマ・ピケティ著『21世紀の資本』を筆頭に、数ある経済専門書を翻訳してきた翻訳家/評論家の山形浩生氏に聞いた。
(全3回連載)
INDEX
  • 経済成長は資本の増殖に追いつけない
  • なぜ、格差は拡大してしまうのか
  • 資本主義の勝者は、能力だけで決まらない
  • 資本主義の歴史から学んで、行動する

経済成長は資本の増殖に追いつけない

──資本主義によって、人類はさまざまな富を得られた一方、格差を生みだすことになりました。その状況をデータで示したのが、トマ・ピケティ著の『21世紀の資本』。この本のポイントは何でしょうか?
山形 本編だけで約600ページの大著ですが、言っていることはシンプルです。
山形氏が翻訳した、トマ・ピケティ著の『21世紀の資本』。経済の専門書にもかかわらず、300万部の世界的大ベストセラーとなった。
 まず19〜20世紀の初頭にかけて、製造業や運輸業を中心とした一部の産業で大幅な技術進歩が起こり、生産性が向上しました。
 しかし資本を持つトップの数パーセントに富が集中し、格差が急激に広がることになります。
 その後、戦争が起きたことで一旦リセットされるので、20世紀の半ばには空前の平等な社会になります。
 そして80年代くらいから、また格差が拡大する状況に戻りつつあるよ……という歴史分析の話です。
 なぜ、格差が生まれるのか。それを裏付けているのが「資本収益率(r)>経済成長率(g)」という現実です。
 要するに、過去に蓄積された富は、労働で得る富より成長が早いという意味です。結果、富裕層がますます金持ちになっていく。
 ピケティは膨大な歴史資料によって、「r>g」は“理論”ではなく“事実”であることを浮き彫りにしました。
 そして、金持ちが有利になる状況への対策として、彼はグローバルな累進資本課税を推奨しています。
 つまり、日本でも土地や家を持っていると固定資産税がかかりますが、同様の課税を金融資産などにも広げるべきだという主張です。
 土地も株も、たくさん持っている人には高い税率をかけ、少ない人には低い税率にすべきだと提案しています。
──そのメッセージが世界中で注目を集めたのが6年前。ピケティのスタンスは現在も変わっていませんか?
 そうですね。ピケティの新刊が2019年に出版され、実は今、ちょうど原著の翻訳が終盤に差し掛かっているタイミングです。
 そこで彼は「参加型社会主義を作りましょう」などと言い出すのですが、主張は『21世紀の資本』とほぼ同じで累進資本課税を拡大させること。
 富裕層の資産の一定額以上について、年2%の累進税をかけるアイデアも展開しています。
 でも、こんな話をするとみんな「オフショア」に逃げたがるので、世界各国で同時に同じ税率でやろうというのが重要なポイントです。
「うちの国のほうが税金安いよ。いらっしゃいませ」みたいな話が頻出しないように、世界中の銀行同士でデータを共有するべきだと。そのシステムを国際的に作ろうという試みです。

なぜ、格差は拡大してしまうのか

──資本を持っていることが有利な社会に一石を投じたわけですね。
 そうですね。ピケティに大きな影響を与えた経済学者のアンソニー・B・アトキンソンも、資本主義が招く不平等の構造を明らかにしています。
 2015年に出版されて話題を呼んだアトキンソン氏の著書『21世紀の不平等』でも、定量的なデータを用いて、文句のつけられない形で格差の実態を示しています。
 実は、まだまだ格差の実態や影響を過小評価している人もいるのですが、もう見て見ぬフリができなくなっているし、水掛け論が通用しない状況になってきていると思います。
──実際に格差は加速化しているのでしょうか?
 格差が広がっているのは間違いないですし、以前より少し悪化していると言っても過言ではありません。
 2008年の世界金融危機や新型コロナウイルスのパンデミックなど、格差が縮小する契機となるタイミングがいくつかありましたが、平均で見ると傾向が変わっていないんですよね。
 データを見ると、金持ちの収益性のほうが高まっているというのは間違いないことです。
──なぜ、以前より悪化するほど不平等が拡大しているのでしょうか?
 ひとつ挙げるとすれば、金融危機やコロナの状況下では、政府が「国の借金」を増やして経済対策としてバンバンお金を配りますよね。
 そうすると貧しいほうは使い、金持ちは貯め込むことになってさらに資産が増えます。簡単に言うと、今はそんな状況になっています。

資本主義の勝者は、能力だけで決まらない

──一方で、資本を保有する立場からすると、格差は自由に競争して勝敗が決まった結果に過ぎなくて、決して不平等ではないという考えもあります。
 その文脈は根強く存在します。
 ただ、いろんな分野で先行者利益があり、たまたま最初にある程度のシェアを獲得した企業がどんどん資産を増やすケースがありますよね。
 他の企業がサービスの良し悪しでは勝負できなくなっている場合も多い。
 そういえば、マイクロソフトはIBMに提供するOSを開発したことで急激に成長しましたが、当初IBMは別の企業に任せるつもりだったという話があります。
 でも目当ての企業が“たまたま”不在で縁がつながらず、“たまたま”ビル・ゲイツにチャンスが回ってきた。
 それこそ“運”で明暗が分かれたわけです。真相は分かりませんし、極端な例かもしれませんが、能力と経済的な成功が一致するとは限らないわけですよね。
──そう考えると、機会均等の格差も是正する必要がありますね。
 社会にはたまたま順番が遅れるなど、“はずれくじ”を引いてしまった人がたくさんいます。
 そんな人たちにも機会を与える社会を作っていく必要がありますよね。これまでは能力主義という仮面を被って、有利な人がさらに有利になる社会だった。
 だから、資産を貯め込んでどんどん貯金を増やしている層に税金をたくさんかけて、調整するのが“あるべき姿”なのかもしれません。
 実際に、世界の状況は変わりつつあります。アメリカのバイデン政権は、富裕層のキャピタルゲイン課税の税率を倍近くに引き上げる方針を打ち出しました。
──不平等に反対する市民の声を、政策に反映する政治家も増えている。
 アメリカのエリザベス・ウォーレン上院議員も、ピケティの提案をほぼ完全に流用する形で“金持ち課税”を掲げて支持率を上げた存在です。彼女が大統領選で敗れて、ウォール街の住民は胸をなでおろしたはず(笑)。
 その一方で、「格差はあるけれど、どうでもよくない?」という話になってくる可能性も無視できません。
 ビル・ゲイツがどれだけ稼ごうが、俺たちが普通に生活できるなら何も問題ないじゃないかと。
 第二次大戦後に格差が広がった際には、一般の人の生活レベルが全然上がらなかったので、不満の声が広がった経緯があります。富裕層だけがいい生活していることを許せない気持ちがあった。
 でも今は、経済成長のおかげで戦後より全体の生活レベルは底上げされている。お金持ちにやっかみつつも、ある程度の格差が出ても仕方がないと考える人も出てくるはずです。

資本主義の歴史から学んで、行動する

──とはいえ、今後も経済成長が堅調であるなんて、誰にも分かりませんよね。
 そう。だから、できるなら「資本収益率(r)」にかけて、金持ち側に行きたいところですよね。ただ、その具体的な方策は僕にも分かりません。知っていたら私もやっていますし(笑)。
 ビットコインのような未知のジャンルにいち早く投資する手もありますが、それこそ運がモノを言う世界。確実な方法ではありません。
 だから、結局はいろんな形で資産が持てるような状況を作っていくことが大事です。
──たとえば、どんな手法があるでしょうか?
 貯金して、不動産や株を保有するなど、何らかの資産形成をしていく……。チマチマした話になってしまうんですけど。
 たとえば不動産の場合ですと、経済学者の飯田泰之先生は、日本の場合、特に都市部において、中間層でも持ち家の有無で格差が広がっていくと指摘しています。
 親に持ち家がなく、収入も少ないと、子どもも不安定な職に就いて収入が低くなってしまう。親が老いれば扶養の義務がありますし、家賃を払う一方で、相続する資産はない。
iStock / y-studio
 日本においては不動産を持っている人と、持たない人とで小さな格差ができてしまい、それが分かれて、拡大してしまうんです。
──とはいえ、コロナ禍で先行き不透明ななか、マイホームのために長期ローンを組むのは尻込みしてしまいます。
 うーん。一概にそうも言えないんですよね。サブプライムのバブルが弾けて「戸建てを買うとかありえないよね」とか言っていたアメリカでも、近年は住宅バブル熱が再燃しています。
 住宅ローンも税率は低いし「今買わなくてどうするの?」という話になりつつあり、その影響でアメリカでは建材の材木が足りなくなっているとか。
 人口減少社会に突入する日本では不動産価値が下がる可能性もありますが、資本が少しずつであれ“差”を生むことを考えると、購入の可能性を検討するのは決して悪いことではありません。
 また、株にも回すことができれば資産の安定性が増しますよね。別に個別銘柄ではなくても、さまざまな海外株式を組み合わせた投資信託もあるので、そこに手を出すのもひとつの手段。
 もちろんリスクも考慮しなければなりませんし、絶対にオススメとは言えませんが。
iStock / davidp
──「r>g」の仕組みを考えると、少しでもいいから投資をする。それが、資本主義で生きる処世術ということでしょうか。
 少なくとも、これまでお話ししたように、資本主義の歴史はそう示しています。目先の話をすると、コロナ後の復興にも注目しておきたいですね。
 コロナ禍が次第に収束してくると、あらゆる業界が盛り上がりを見せるので、今からそれに合わせた投資を検討しておくべきかもしれません。
 それを取っ掛かりにして、運が良ければ孫正義かバフェットのように……。さすがにそれは無理かもしれませんが(笑)、少しであれば近づけるのではないかと思います。
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