2021/6/30

社員のエンゲージメントの向上で本当に企業価値が向上するのか

NewsPicks Brand Design editor
「どこで戦うか」「いかに戦うか」。この部分の議論に終始して戦略を定め、それで満足してしまう企業は多い。しかし、『パーパス経営』の著者である名和高司氏は、「戦略の前にまずやることがある」と指摘する。
では、戦略策定より先にクリアしなければならない課題とは何か。今、注目される組織の「エンゲージメント」は、本当に企業価値の向上につながるのか。混迷する日本企業の成長戦略を考える。

「グローバル・スタンダード」はどこにもない

一見、素晴らしい経営戦略を打ち出しながら、企業価値を上げられずにいる日本企業は非常に多い。なぜそうなってしまうのでしょうか。
それには大きく3つの原因があります。1つめが「グローバル・スタンダード(世界標準)」です。
たとえば、多くの企業がマイケル・ポーター教授の「基本戦略」を競争戦略のフレームワークとして取り入れています。私は、この戦略の確かさについては否定しません。ですが、どの企業も同じ戦略に倣うことで、企業が持つ「らしさ」が失われます。
昭和の日本企業は、オリジナリティ全開のユニークな戦略を立て、思いのままにビジネスを行っていたから強かった。つまり、本来は「らしさ」こそが企業独自の競争力なのです。
そもそも欧米には、「グローバル・スタンダード」という概念が存在しません。グローバル・スタンダードとは、自分たちのやり方に自信がない日本企業が、優れた欧米のモデルを真似したくて生み出した幻想なのです。
日本企業はこの数十年、幻想に惑わされて自ら競争力を弱めています。
2つ目の原因は、「中期計画」。中期計画病、PDCA病と言い換えてもいいでしょう。
多くの日本企業は、計画や戦略を立てないと気が済まない。ですが、変化のスピードについて行けず、数カ月かけてつくったプランの見直しばかりをやっています。簡単に言えば、計画倒れが頻発しているのです。
3つ目は、「たくみ」と「しくみ」を有機的に結合できていないから。どういうことか説明しましょう。
多くの日本の企業は現場が強く、現場が優れた技術=「たくみ」の技で顧客の課題を解決しています。しかし、「たくみ」の技で終わっていると、属人化して組織の力にはなりません。そのため、「しくみ」にする必要があるのです。
一方で、「しくみ」によってスケールを目指すとつまらない製品やサービスになることも多く、すぐに陳腐化します。常に新しい「たくみ」の技を現場から吸い上げて、「しくみ」をアップデートする。それができれば、日本企業の成長はもっと加速するはずです。
実際に「たくみ」と「しくみ」を有機的に結合した好例は、トヨタのTSP(トヨタ生産方式)でしょう。トヨタでは、問題が起こった時点でラインを止めて、解決されるまでは決して復旧しない。そして、解決した時点ですぐに、その予防策や解決方法を仕組みに落とし込むのです。
iStock.com/RainerPlendl
良品計画も、店舗に関するあらゆる業務のやり方を詳細に記載したマニュアル『MUJIGRAM』によって、「たくみ」と「しくみ」を掛け合わせています。このマニュアルはルーズリーフに書かれていて、店員が実際に試して上手くいったページだけが残る=「しくみ」になる。
優れた成長企業には、かたちは違えど「たくみ」を「しくみ」にする工夫があります。

これからは「資本経営」ではなく「志本経営」

これらは企業が利益という有形資産を生み出すための課題ですが、有形資産は結果にすぎません。
有形資産を生む源泉となるのは、後述する「エンゲージメント」とも密接に関係する「パーパス(=私たちは何をするために存在する企業なのか)」であり、私は「志」と訳しています。
つまり、企業は戦略を立てる前にパーパスという原点に立ち戻り、「組織資産」「人的資産」「顧客資産」などの無形資産をいかに蓄積していくかを考える必要があります。
現在、多くの企業が17の目標からなるSDGsを重視した結果、「社会を良くする」とか「環境に優しく」といった、同じようなパーパスを設定しています。社名を伏せれば、どの企業のパーパスなのかわからないほどです。これでは「らしさ」がなく、まったく意味がない。
大事なのは、18項目目の「自由演技」です。
型にはまったもの、外から与えられたものではなく、「私たちは何をしたいのか。何を変えたいのか」を明確にした独自のパーパスを打ち出すのです。それによって、企業の社会的価値を向上させつつ、経済的価値を上げることが可能になります。
どんな企業にも、創業者の想いや創業の原点となるストーリーが存在します。それを社員がどう受けて止めているのか、どのような企業にしたいのかを掘り下げると、現在が見えてくる。
次に、ロボットやAIが仕事を代替するような世界で、自分たちはどうありたいのかという未来にまで思いを馳せる。過去、現在、未来という時間軸をつなぐのがパーパスです。
私は、これまで重視されてきた「資本経営」に対して、「パーパス経営(志本経営)」とも呼んでいます。
素晴らしいパーパスには、「ワクワク」「ならでは」「できる」の3つがあります。
自分の会社の企業理念を見て、ワクワクするでしょうか。また、社員だけでなく、お客様も一緒に取り組みたいとワクワクできるのが、素晴らしいパーパスです。
同時に、その企業「ならでは」、つまりは独自性も必要です。この「ワクワク」と「ならでは」に「できる」という確信が加われば完璧です。この3つの条件が揃うパーパスを、社員全員であぶり出すのです。
重要なのは 「全員で」という部分。経営者だけでパーパスを考えると、大抵は現場の感覚とかけ離れたものになります。ミドル層だけでもいけません。多くのミドル層は日々の仕事に忙殺されて、想像力が欠如している可能性が高いからです。
私はよく、企業を良くするのは「よそ者」「若者」「馬鹿者」だと言っていますが、新卒や中途で入社したばかりの「若者」と「よそ者」は、まだ初心を忘れていない。また、社員の標準偏差から両極端に振れている人材は、「馬鹿者」としてぶっ飛んだ意見を出してくれる。
その企業をよく知る人間と、企業に染まっていないからこそ出てくる自由な意見を掛け合わせることで、「ワクワク」「ならでは」「できる」の3つが揃います。

エンゲージメントが高まると、なぜブランド価値が向上するのか

しかし、パーパスを定めるのは単なるスタート地点です。むしろ、現場に浸透させることができなければ、自己満足のパーパスなどないほうがいいくらいです。
先ほどもお話ししたように、日本企業では現場が強い。そこに重心を置き、対話を通じて社員一人ひとりに当事者意識を持ってもらうしか、パーパスを浸透させる方法はありません。
企業の大きなゴールと、そのなかでの自分の役割、自分がやりたいと思えるかといったポイントについてわかりやすく伝え、咀嚼してもらう時間も必要です。これには時間がかかりますが、絶対に飛ばしてはいけない重要なプロセスです。
パーパスが浸透した理想的な状態は、イソップ寓話『3人のレンガ積み』で理解することができます。
3人目の職人には、後世に残る、世の中に貢献できる事業に参加しているという自負があり、間違いなく自分の仕事に意義を感じている。つまり、社員一人ひとりにパーパスが浸透し、パーパス経営がうまく回りはじめると、社員の「エンゲージメント」が高まるのです。
企業の成長には、この「エンゲージメント」と「ブランド価値」の向上が欠かせません。
といっても、まったく違う2つの施策を打つ必要はありません。エンゲージメントとブランド価値は密接に関係しているので、エンゲージメントが高まれば、自ずとブランド価値も高まっていきます。
それはなぜか。企業ブランドは、エクスターナル(外部)とインターナル(内部)、両方のブランディングによって成立するものです。
インターナルブランディングのゴールは、社員が自社のブランド価値に誇りを持てている状態です。すると、企業と同じパーパスを持って働くことができ、結果として、サービスやプロダクトの質が向上します。
社員のエンゲージメントが高まればブランド価値が上がるとは、そういうわけです。
エンゲージメントの高い社員=人的資産、パーパス経営が浸透している組織=組織資産、ブランド価値を感じている顧客=顧客資産。
この3つに代表される無形資産は、時間がたつと価値が下がる「モノ」や「金」のような有形資産と違って、むしろ時間がたつほど価値が上がっていきます。そのため、世界の投資家はすでにESG投資といったかたちでそれを実践しています。
社員のエンゲージメントがすべての無形資産の源になるため、企業はエンゲージメントの測定によってそれを見える化することが必要です。
社外取締役の立場からすると、年1回の測定では不十分。毎月など高頻度の測定によって、リアルタイムのエンゲージメントを把握するのが理想でしょう。

「陰徳善事」では、企業価値は上がらない

このようにしてパーパス経営を実現しても、まだ終わりではありません。私は企業価値を上げるために重要なこととして、「3つのVC」を提唱しています。
パーパス経営の実現によって、社会課題を解決し、生態系全体の経済価値向上につなげる「Value Creation(価値創造)」と、創出した価値を自社の利益にする「Value Capture(価値獲得)」はクリアしました。
重要かつ、日本企業が苦手とするのが、3つ目の「Value Communication(価値伝達)」。パーパス経営に基づいて社会価値と経済価値を高めていく活動を、社員、顧客、サプライヤー、コミュニティといった多様なステークホルダーに発信することです。
日本では「陰徳善事」が美徳とされていますが、企業としての思いや行ってきた事実を伝えることができなければ、「なかったこと」になってしまいます。それはあまりにもったいない。
といっても、煌びやかなマーケティングゲームは必要ありません。今は、誠意を持ってコツコツ発信を続けることで、SNSなどを通じて伝播していく時代です。
どのようなパーパスをもって、いかに社員のエンゲージメントを高めたかを「統合報告書」として発信していく。これも有効な打ち手でしょう。
誠実な発信によって「3つのVC」が完成し、無形資産も含めた企業の価値が正しく評価されるのです。
パーパス経営の実現やエンゲージメントを高めることには長い時間がかかりますが、企業価値をサステナブルに高めていくために、決して避けては通れぬ道です。
逆説的に言えば、正しくパーパスを設定したり、リーダーを適切に育成したりすることで、どんな企業にも実現可能。組織能力のマネジメント施策のひとつだと捉えれば、「自分たちにもできる」と思えてきませんか。
大切なのは、「fail fast,learn faster(早く失敗し、早く学べ)」の精神です。後回しにして取り返しのつかないことになる前にはじめましょう。