2021/6/24

【夏野剛✕村上臣】3ヶ月で辞めてもいい。2021年の新キャリア常識

NewsPicks Brand Design editor
コロナ禍の企業の状況を見て、「終身雇用の時代が終わった」という言葉の意味をやっと実感した人も多いだろう。では、そんな時代に私たちは自分のキャリアをどのように組み立てていけばいいのだろうか。新しい時代に「社会に求められるキャリア」や「錆びないスキル」はあるのか。
2020年より近畿大学情報学研究所所長を務める夏野剛氏と、エンジニアとしてのキャリアを歩み、『転職2.0 日本人のキャリアの新・ルール』を上梓したばかりのリンクトイン村上臣氏をゲストに迎え、それぞれが考える「キャリアの正解」を示していく。

今の時代に「キャリアの正解」はない

村上 僕は仕事柄、学生からよく就職活動の相談をされます。LinkedInで直接メッセージを飛ばしてくるのは時代の変化を感じるところですが、話を聞いてみると考え方は僕の学生時代とあまり変わっていない。
 人気企業や大企業、つまりは親が安心するような企業に入りたいというのがいまだに大多数で、「スタートアップに行きたい」というのはごく少数。
 結局、日本ではキャリア教育を受ける機会がないから、意識がアップデートされていないんですよ。
 就活の時点で、キャリアとは何なのかがわかっていないし、「キャリアを積み重ねる」ということを学べるロールモデルも周りにいない。働いている身近な人が両親だから、その価値観に影響されるのでしょう。
夏野 キャリア教育に限らず、大学自身があまり変わっていませんからね。でも、大きく変わったこともあります。大卒新入社員の3分の1が3年以内に辞めること、入社時に終身雇用を期待していないということです。
村上 「転職することがあっても1回だけ」という時代から、何回も転職するのが当たり前の時代になりましたからね。3年どころか、3ヶ月で辞める新卒だっています。
 私自身、新卒で入った野村総研は10ヶ月で辞めて、学生時代に立ち上げたベンチャーに戻りました。
出典:厚生労働省「転職者実態調査」平成27年
夏野 10ヶ月もいれば、合う合わないは大体わかるでしょう。昔は「石の上にも3年。3年は勤めてみないとわからないぞ」と言われていたけど、最近はネットのおかげでいろいろな情報が手に入る。
 社会に出たばかりだと、自分の能力の生かし方も、何が合っているのかもわからない状態ですが、何か掴めそうに思えなければ、3ヶ月で見切りをつけてもまったく構わない。
 そのためにも「今辞めるとしたら、その後どういうことをやろう」とか、「他にやりたいことはあるだろうか」と、常に自分で考えることが大事なんですよ。
村上 学生のうちは、テストをすれば先生が「これが正解だよ」と言ってくれる。でも、社会人になった瞬間に正解を誰も言ってくれませんからね。
出典:厚生労働省「新規学卒就職者の離職状況」平成28年
夏野 はっきり言ってしまえば、「これだけやりさえすれば、いいキャリアを積める」なんて「キャリアの正解」はありません。「向いている仕事」や「ものすごく力を発揮できる仕事」に出会えれば、正解だったと言えるけど、全部結果論なんですよ。
 キャリアを考えるにあたって重要なのが経験値ですが、ひとつの会社の中でいろいろな仕事を経験させる余裕があった昔と違って、今は自分でキャリアをチェンジしながら自分に合った仕事を探す時代です。
 転職しないと経験を積めないのに、転職というオプションを捨ててしまったら、自分の人生やキャリアにとってマイナスです。そもそも人生自体が、自分に向いてることを探す旅ですから。
 スティーブ・ジョブズの「Connecting Dots」の話は有名です。わからないなりにいろいろなキャリアを積んで、あるところで振り返ってみると、「あの経験がここに結びついていた」、「この経験がここに結びついていた」と、点と点がつながるときが来ると。
村上 ベストなチョイスはその時点ではわからないので、「この選択がベターだ」と信じ抜くことはすごく大事ですね。

成果が出せる仕事にめぐり合えれば「正解」になる

村上 ベストなキャリアを探す旅で難しいのが、「自分がやりたいことを得意だと思いたい」心理が働くことです。「これが得意だ」と思っていても、半分は「そうなりたい」という「自分目線の願望(バイアス)」が入ってるんですよね。
 でも、仕事は成果でシビアに判断されるので、ズレが出る。結局、成果が出なければ、それは自分に合っている仕事とは言えません。
夏野 成果が出たときならともかく、普段から「やってて楽しい」のが自分に合っている仕事だとは思いません。僕も仕事では、成果が出るまではひたすらつらい思いばかりしてますよ(笑)。スポーツ選手だって、練習のとき「楽しい」とは思っていないでしょう。
村上 そもそも、新しいことに挑戦するというのは、これまでのコンフォートゾーンから飛び出すことなので、つらいのも当然です。だけど、つらいなかにもワクワクすることがあると思うんです。
 僕は決められたことをキッチリやるのは苦手です。でも、新しい世の中の動きに合わせて何かを作ることはワクワクする。そして、そのためにはチームを作らなければいけません。
 マネジメントは正直、ものすごく面倒くさいけど、その先に「世の中をこうしたい」という思いがあり、成果が出て「これ便利だね」と言ってもらいたいから、つらいことでも我慢できる。結局、自分では普通にやっているつもりでも、他の人より成果が出ちゃうものが、その人の得意技なんですよ。
夏野 逆に、「あの人、すごいな。真似してみよう」と思っても、真似できないとか、追いつけないならば、それは向いてないということですね。
村上 それに「スキルは必ず錆びる」という前提がなきゃダメだと思います。世界経済フォーラムのレポートでも、「スキルは5年以内に陳腐化する」と明確に言われている。
 技術が日進月歩しているなかで、新しい技術にキャッチアップするために必要な時間や難易度は年々上がっている。だから、「大きく差をつけられた」と気付いたときにはもう遅いんですよ。
 今、eラーニングが増えているのは、マイクロラーニングというかたちで、少しずつでも勉強を進めてギャップを解消したいという人が増えているからです。
 それが無理なくできるのは「やりたいからやってる」という感覚があればこそだと思います。合っている仕事というのは、公私の別がないというか、趣味のようなものなんですよ。
夏野 ゲームにハマるのと同じです。ゲームでも時折、武器を更新しないと、強いモンスターと出会ったときに倒せないですよね。
 進め方がわからなければ一生懸命調べるし、良いチームを組まないとクリアできないなら、SNSで人を探す。そして、『Fortnite』が好きな人もいれば、『ポケモンGO』が好きな人もいるように、人によって合っている仕事も違う。
 自分に向いてる仕事であれば、好奇心が湧くからどんどん自分で調べちゃうんですよ。最近、「学び」という言葉をよく聞くけど、自分の仕事がうまくいくために武器を探す行為は商売上必須の「仕入れ」と言うのがふさわしい。
 面白いのが、「このジャンルに関心がある」ことと、自分に向いていることが必ずしも関係ないことですね。業界の発展ステージによっても、自分の経験が効くかどうか変わります。
 たとえば、ちょっと前まではIT人材を必要としていなかったメーカーも、製品をネットワークにつながなきゃいけなくなってきた。
 だから、タイミングによっては、興味のなかった業界でも自分の仕事内容とピシッと合うことがある。
村上 それは僕も身をもって経験しました。そもそも人材系の会社に興味はなかったけど、テクノロジーで社会を変えるという意味で面白みを感じたからLinkedInに移ったんです。

ITスキルは現代のビジネスパーソンの「文房具」だ

村上 日本の場合、ビジネスとアカデミアがすごく離れているという問題もあります。アメリカの大学も入学後、まず一般教養の授業を受けるのは一緒です。でも、早い人は1年生からサマーインターンがある。
 だから一般教養の枠のなかに、アカウントの作り方とか、プロフィールの書き方など、LinkedInの使い方を教えてもらう時間があるんです。企業側はLinkedInを見て採用するので、LinkedInにプロフィールを載せていない人には、そもそも採用のチャンスがありませんから。
iStock.com/Tero Vesalainen
 インターンも1社だけという人はあまりいません。
 たとえば、Facebookに採用されたAさんと、Googleに採用されたBさんが、3ヶ月働いたあとに、お互いをリファラルで紹介し合うんです。成果を出していれば、「この学生の知り合いなら大丈夫だな」と企業側も安心して採用できる。
 結果、AさんとBさんはFacebookとGoogleでインターンをしたというプロフィールを得る。そんなふうに、学内のネットワークを駆使して、それぞれが考えたキャリアビルディングを1年生の時ときからはじめているんです。
夏野 日本の学生は「待ち」の姿勢が強いけど、海外の大学生はガツガツ感が全然違いますね。少しでもチャンスがあったら教授とも仲良くなろうとするし、何かをつかみ取ってやろうと思って、授業では教室の前のほうから席が埋まるんですよ。
iStock.com/gorodenkoff
村上 アクションを取ることで万に一つでもチャンスを掴めれば、それが大きく人生を変えることをわかっているんですよね。オンラインでメッセージをバンバン飛ばしますし。
 僕のところにも毎日のように、「日本で働くのが夢で、僕はこういう能力があります」と海外の学生から履歴書つきでメッセージが来ます。なかには「日本で働きたいから、ビザを取るのを助けてくれ」みたいなメッセージすらあります(笑)。
 日本でも、新卒採用や転職が徐々に変わりつつあります。
 特にIT系企業では採用を盛んにやってきたこともあり、社外のネットワークを持っている人が多い。結果、技術交流も、転職も盛んだし、アクションを取る人も多い。その他の業界は、旧来どおりまだまだ社内に閉じていますが。
 転職4回が普通になるこれからの時代は、「人脈」とは違う、広くてゆるい「ネットワーク」づくりが重要です。これはキャリアを構築する上で、みなさんに意識してほしいですね
夏野 社外ネットワークを持つの、僕は昔から好きでしたよ。むしろ、社内で飲みに行くのは絶対に嫌だったから、社外に友達を作って、飲んだり、勉強会をしたり。
 そうしたつながりが、「同年代で、こんなすごいことやってる奴が社外にはいるんだ」とショックを受けたり、知らなかった業界に興味を抱いたりするきっかけになった。
 僕は日本の大学がやるべきは「教える」ことではなく、「機会を提供する」ことだと思うんです。チャンスを掴むためには、あくまで自分が動かなきゃいけない。でも、いろいろな人や仕事と出会う機会は大学が用意できる。
 たとえば近畿大学は去年、情報学研究所を開設していて、僕はそこの所長をしています。来年4月には高度IT人材の育成をめざす新学部「情報学部」を開設しますが、どちらも「社会実装」を強く意識しています。
村上 どんな特徴があるんですか。
夏野 単にプログラミングの知識やアプリの作り方を学ぶのではなく、世の中にある課題を捉え、ITの力でどうやって解決していくかを試行錯誤してもらうということですね。
村上 これからの時代は、同僚がAIになるわけですから、そういった知識は「同僚と話すために外国語を学ぶ」のと同じですよね。
 また、1次産業からサービス業まで、あらゆる既存の産業とITを組み合わせた「◯◯テック」がどんどん生まれています。そこで必要とされるスキルは、自分で開発できる能力だけではありません。
 たとえば自動化を実装する上で、従来携わってきた人たちと衝突しないよう、コンセンサスを作るポジションも重要です。ただ、そういう立場の人も、単に「交渉能力がある」というだけでは務まらなくて、ITへの理解が求められる。
 高度IT人材は、これからどんな業界でも需要がありますね。
夏野 そうなんですよ。ITっていうのは、もはや言語であり、文房具なんです。近大の情報学部も、ビックデータやAI、ロボットなどを駆使して、第4次産業革命の進展を担う人材を育成するのが目標で、学生たちにこれからの時代に必須の文房具を渡したい、という気持ちでいます。
 ちなみに学部長には「プレイステーション」を開発した元ソニーの久夛良木健さんが就任予定です。学問畑の人ばかりでなく、実際に技術で社会を変えた人が身近にいると、学生たちも知識を詰め込むばかりではダメだというのが実感できるんじゃないでしょうか。
村上 夏野さんや久夛良木さんの薫陶を受けた学生が、あらゆる業界で活躍するのが今から楽しみです。
夏野 ありがとうございます。社会に出る段階で、腐りにくいITスキルを渡したうえで、あらゆる業界を横断しながらスキルを磨き続けるような人材をどんどん輩出したいですね。