2021/6/25

【渋澤健】企業のサステナビリティは財務諸表だけで測れない

NewsPicks Brand Design editor
新型コロナウイルス感染症拡大で加速した「株主資本主義」から「ステークホルダー資本主義」への転換が追い風となり、今、企業の評価指標は大きく変わりつつある。従来の財務諸表からは見えてこない、「非財務指標」の重要性が増しているのだ。非財務指標とは、主にESGへの取り組みや人的資本など。「有形資産はもはや企業価値の2割弱の説明能力しか持たなくなった」というレポート(米国管理会計人協会、2017年)もあり、企業は迅速な変革を求められている。
では今、企業は何に投資すべきなのか。コモンズ投信取締役会長兼ESG最高責任者の渋澤健氏と、組織のエンゲージメント解析ツール「wevox(ウィボックス)」を運営するアトラエ取締役CFO鈴木秀和氏が意見をかわす。

喫緊の課題は「S」の数値化

渋澤健(以下、渋澤) ESG(Environment:環境、Social​:社会、Governance:ガバナンス)という言葉が出現したのは2000年代中盤です。コモンズ投信を立ち上げた2008年にも、ほとんど市民権を得ていませんでした。
投資をこの先30年で考える「コモンズ30ファンド」に代表されるように、私たちは世代を超える長期の投資を提供しています。
長期投資は短期投資と比べて、企業のサステナビリティを重視する必要がある。そして、サステナビリティを測る指標のひとつが、ESGを含めた財務的価値以外の要素、つまり「非財務指標」なのです。
鈴木秀和(以下、鈴木) 財務的価値として可視化できるのは、あくまでも成果として結実したものだけですから、いわば企業価値の氷山の一角ですね。
渋澤 そのとおり。企業が今後も成長を続けられるかは、海面下に隠れている競争力や経営力、そして対話力の判断が重要です。
売上や利益を作る「競争力」、競争力を十分に発揮させるための「経営力」、そして、経営力の源泉になる、経営者と従業員、従業員同士のインナーコミュニケーションを支える「対話力」。そして、これらすべての源となる「企業文化」。
これらは部分的には数値化できても、その本質まで捉えるのは相当困難です。
鈴木 私たちも問題意識は同じです。生産性の高い組織づくりに欠かせない従業員のエンゲージメントを測定する「wevox」を、約4年前にローンチしました。このサービスは、まさに渋澤さんがおっしゃっている「対話力」の可視化もサポートできるツールだと考えています。
エンゲージメントという言葉にも幅がありますが、wevoxでは、日本におけるワーク・エンゲイジメント研究の第一人者である慶應義塾大学・島津教授監修の下、「組織や仕事に対して自発的な貢献意欲を持ち、仕事に主体的に取り組めている状態」と定義して、毎月定点観測しています。
渋澤 ESGのうち「G(ガバナンス)」は社外役員の数や女性比率、ROEなど、すぐに数値化できます。「E(環境)」も企業によって使う単位や言葉が違って、共通言語化されていないという課題はありますが、「CO2排出量は◯トンです」などと表せる。
このように「G」と「E」がある程度数値化できたから、「次はS(社会)を数値化したい」という機運が高まっている。ところが実際には、多くの企業が指標を持てずに困惑しています。
従業員のエンゲージメントはSに含まれる要素ですから、そこが明確になるのは、企業にとって朗報ですね。
鈴木 おかげさまで現在、1,900を超える企業・組織に導入いただいています。回答する従業員の負担にならず、正しくエンゲージメントを測れるよう設問を工夫しているので、ありがたいことに回答率も非常に高く、回答数は現在4,950万件を超えています。
渋澤 それだけの組織に活用され、高回答率なら、かなりのデータが集まっていますよね。因果関係とまではいかなくとも、いろいろな相関関係が見えてきそうです。
鈴木 たとえば、同じ職種のチームを比べると、エンゲージメントがより高いチームのほうがパフォーマンスも高いことが明確に数字に現れています。
また、データの蓄積によって、組織の生産性を高めるために、どのスコアを改善すればいいのかがわかるようになりましたし、自社のスコアが業界内でどういうポジションにあるのかという情報も、経営に活かすことができます。
渋澤 これまで見えていなかった競争力、経営力、対話力、企業文化といった企業の価値を一言で表すと、それは「人」なんです。以前は企業のあり方を機械論的に捉える人がほとんどでしたが、人が集まってチームになる以上、チームや企業も生き物なんですよ。
生き物は必ずしも効率的に動かないないし、組織の中には、短期的には「無駄」と感じられるものもある。でも実際には、その「無駄」の中から、将来の成長につながる何かが生まれるかもしれない。
これまで見落とされてきた価値に光を当てるという意味で、wevoxの取り組みは非常に有意義だと感じます。

非財務指標が財務諸表に反映されるまでのタイムラグ

渋澤 極端に言えば、20世紀まで、経営者は株主だけ見ていればよかった。大規模な不祥事はメディアに取り上げられても、ちょっとした問題は誰にも知られないまま終わることのほうが多かったでしょう。
それが今では、たった1人の社員が犯した不正や漏らした不満がSNS上で広まり、簡単に「炎上」します。その意味でも、経営者は株主だけでなく、従業員や顧客や社会といったステークホルダーに、これまで以上に目を配らなければならない。
エンゲージメントを高めることは、従業員にとってはより働きがいを感じられるようになるし、投資家の目線で言えば、リスクを抑えたうえで、組織のサステナビリティを可視化し、向上させることにつながります。
鈴木 おっしゃる通りです。実際、ユーザー企業とコミュニケーションを取るうちに、可視化したデータが企業と投資家にとっての新しい共通言語になり得ることもわかってきました。
渋澤 PBR(株価純資産倍率)という考え方があります。1.0より低ければ、市場は純資産よりも企業価値を低く見ているということです。
今、日本の株価は30年ぶりの高値をつけていますが、半分くらいの企業のPBRが1.0前後で、0.5や0.3という企業も少なくありません。「人」をはじめとする非財務指標が株価に適切に反映されていないケースもあると思われます。
もちろん企業は「いや、うちには素晴らしい人材がいますよ」とアピールするけど、資本市場に伝わるよう、説得力を持たせることができていない。
それで現状では、PBR1.0割れ企業は資本市場に「あなたの企業の経営者や従業員は価値がマイナスです」と言われてしまっているのです。非常にシビアな状態ですね。
鈴木 非財務指標がタイムラグを経て財務諸表に反映されるからですね。ですが、だからこそ非財務情報から企業のサステナビリティが測れる。
私は前職でIPOのアドバイザーをしていたのですが、上場準備をしている間に、競争環境が変わっていないにも関わらず業績が悪化していく企業をいくつも見てきました。
そのときは、経営陣も何が原因なのかわからないのですが、事後的に組織体制やエンゲージメントの部分で問題が発生していたことに気づく、というケースが多かったですね。
上場、未上場に関わらず、非財務指標が企業に与える影響は軽視できません。非財務情報の動きをリアルタイムに把握することは、財務諸表の動きを先読みすることにつながります。
私たちはタイムラグを極力なくし、企業と投資家がリアルタイムの非財務指標をもとに、共通の言語で、定量的に会話する状態をスタンダードにしたい。そうすれば、コミュニケーションはよりクリアになり、互いのフェアバリュー追求のための対話も変わっていくのではないでしょうか。

ESGを「自分ごと」にすれば武器になる

渋澤 20年ぐらい前に「社会的リタ―ン」を議論していましたが、端的に言えば、それは「子どもの笑顔を増やす」ということ。でも、それをどうやって測るんだという問題は出てきますが(笑)。
いずれにせよ、重要なのは「Why」を突き詰めていくことです。
日々の仕事を回すとき、一番よく出てくるのは「どうすればいいんですか」、つまり「How」を知りたい人が多いです。
しかし、いろいろなやり方があるなかで、「Why」が定まっていないと、企業の存在意義や個人が仕事をしている意味を失ってしまうような、誤った選択をする危険性がある。
創業者1人だった企業が従業員10人になったとき、「Why」に結構なズレが出てくるかもしれない。
鈴木 「Why」はパーパスにつながりますよね。スタートアップだとパーパスへの共感が強いメンバーが集まる傾向があるので、「なぜ自分はこのチームで仕事をしているのか」という答えを持っている人は多いと思います。
渋澤 そう、勘違いされがちですが、ミッションは「Why」じゃなくて「What」。宗教から来ている言葉なので、「神のお告げだから、やらなければいけない」という選択の余地のないことです。
一方、「Why」と自分自身に問いかけると、自分の答えを持てるんです。そうすると、チームの目的を自分ごととして捉えられるようになるし、エンゲージメントも高くなる。
鈴木 私たちは、未上場のスタートアップに対しても積極的にwevoxの活用をご提案しています。資金的にも人的にもリソースに限りがあることが多いため、従業員のエンゲージメントが企業価値や企業文化の醸成に与える影響はとても大きいです。
取締役会で毎月結果を共有し、組織状態の潜在的なシグナルや、企業文化の浸透・定着を把握し、「企業価値の先行指標」として経営判断に役立てていただいている企業も多くあります。
投資家の方からも、経営陣と共通言語で企業の状態についてより深く対話ができるようになったと好評なんですよ。
渋澤 同じ目線で対話できると、コミュニケーションの質が高まって、投資家としても企業への理解が深まります。先ほどお話に出た企業文化もまた、重要な非財務的な見えない価値ですね。
今、日本の多くの企業が企業文化の浸透に苦労しているのは、インナーコミュニケーションの問題です。
ちょっと昭和チックな話ですが、以前ほど企業内で運動会や社員旅行が行われなくなったじゃないですか。そういった場のコミュニケーションを何らかのかたちで代替するのも有効でしょう。
あるいは、「リピート」も有効な手段です。あるグローバル企業の社長に「どうやってトップからいち社員に至るまで意識をまとめているのですか」と聞いたら、「そんなの簡単だ。とにかく繰り返し、何度も何度も直接訴えかけるんだ」と。
今ならグループウェアもあるし、オンライン会議は、実際の会議よりも距離感が近い。画面越しであっても、経営者と従業員が顔を突き合わせた状態で直接呼びかけられます。
鈴木 日常的に目に触れるように、オフィスの部屋の名前に行動指針を入れるという企業もありますよね。
渋澤 日本の企業はストーリーテリングも苦手です。アメリカの映画関係者にも、「日本は素晴らしいストーリーがたくさんあるのに、ストーリーテリングが苦手だ」と指摘されました。
「言わなくても通じる」とか、「空気を読む」というのは日本の村社会的な価値観でしかなくて、それではやっぱり市場には通じないんですよ。
鈴木 変に壮大な話を広げなくとも、投資家と誠実に対話するために、企業の実際の取り組みを明確に伝えることが重要ですね。
渋澤 そのとおりです。ESGは目的ではなく、企業価値を高めるためのツールや、手段として捉えるべきなんです。手段だからといって、なおざりにするのではなく、自分ごととして、自分の言葉として、従業員や投資家に語りかけられる経営者がもっと増えなければ。
ミレニアル世代のような若い世代は、「事業を通じて社会をよくしたい」とサラッと言ってのけます。上の世代の経営者も、彼らに負けずに語り続けてほしいですね。