【高岡浩三】受講生との1on1も実施。「イノベーション道場」にコミットする理由

2021/8/6
「NewsPicks NewSchool」では、2021年8月から「イノベーション」について徹底的に学び、ディスカッションする高岡イノベーション道場 〜DX×イノベーション〜を開講します。
プロジェクトリーダーを務めるのは、元ネスレ日本 代表取締役社長兼CEOの高岡浩三氏です。
今回は開講にさきがけ、高岡氏に前回のプロジェクトを振り返っていただき、今回のプロジェクトへの意気込みを語っていただきました。
※3人の受講生との対談形式との動画はこちら

いま、求められているスキルとは

──今回NewSchoolで「高岡イノベーション道場」を開催したことで、高岡さんの中で新たな発見はありましたか。
高岡 参加者の動機には驚かされました。起業家志向の方や実際に起業した方も多く参加していますが、大企業勤務で、「新規事業を任されたものの右も左もわからないために参加した」という方が少なくありませんでした。
──既存事業の行き詰まりから参加したという受講者も少なくありません。
まさに、今は業界によってはコロナ禍で大きな打撃を受けている状態ですからね。
例えば、サービス業はほとんどが苦境に陥っています。産業構造の大転換期が訪れているとも言え、ビジネスモデルを変えるために、新規事業やDXはかなり身近になってきました。
もちろん日本企業は今までも、大企業をはじめ社内研修というシステムを駆使して人材育成に力を入れてきました。ところが、日本型経営は欧米のようにいわゆるプロ経営者を育む土壌がありません。
MBAも取得された途端に転職されるのを嫌い、大企業は導入に消極的です。
自社養成という、すべてを狭い鳥籠のなかでのトレーニングにしてしまったのが、世界の趨勢に日本型経営が遅れをとった一因です。
実際、私がCEOを務めたネスレ日本もそうでした。スイスに研修機関はあるものの、95%の社員は英語が話せないため、外資系企業でありながらほかの日本企業と同じように、社内研修に年間1億円近くを費やしていました。
在任中にイノベーションアワードをはじめたのも社内研修に意味を感じられなかったからで、今回のイノベーション道場の役割と存在意義も実は同じです。
もはや、若いビジネスマンは日本型経営を重要視していないのではないかと。
求められているのは、社内研修や終身雇用よりもどの企業でも役に立つようなスキルや専門性です。それを自分自身でいかに身に付けられるかが問われます。
実際、決して安価ではない今回の講座にも、半数以上が会社持ちではなく自費で参加しています。そう考えると、多くの参加者が社内研修では得られないものを求めているのだと思います。
特にイノベーションに関しては、ビジネススクールだからと言って教えられるものではありませんから、今回の講座が持つ役割は非常に大きいと感じています。
参加人数こそが限られますが、それこそ社内研修の一環として新規事業やイノベーションを学ぶには適した場と言えるのではないでしょうか。
高岡 浩三/ケイアンドカンパニー 代表取締役・元ネスレ日本 代表取締役社長兼CEO
1983年、神戸大学経営学部卒。同年ネスレ日本入社。各種ブランドマネジャー等を経て、「キットカット」受験生応援キャンペーンや新しい「ネスカフェ」のビジネスモデルを提案・構築し、利益率の低い日本の食品業界において、新しいビジネスモデルを追求しながら超高収益企業の土台をつくる。2010年〜2020年までネスレ日本CEO。2020年4月より現職。マーケティングの世界的権威のフィリップ・コトラー氏が日本人で最高のマーケターと絶賛する。著書に『ゲームのルールを変えろ――ネスレ日本トップが明かす新・日本的経営』(ダイヤモンド社)、『逆算力』(日経BP社、コトラー氏との共著で『Marketing in the 21st century』他多数。

イノベーションは勝手には起こらない

──講座には、経営者や大企業の管理職といったハイクラス人材が多く参加している印象があります。高岡さん自身も、受講者とのマンツーマンでのオンラインでのイノベーション指導を、毎月月30分ずつ実施されていますね。
事前に話す内容を把握しているわけではなく、何時間も話し続けるため、講演の5倍ほど疲れる実感はありますね。
ただ、私が10年かけてネスレで培ってきたことでもあるので、それ故に今回の講座は誰でもできるわけではない、という自負もあります。
正直に言えば予想以上に大変さはありますが、参加者が求めているためやりがいはありますし、それほど新規事業に悩みを抱えている方が多いこともわかります。
──高岡さんの熱意が通じることで、参加者の成長も促されそうです。
勇気を出して参加してきてくれた方々ですから、私としても特別な存在です。
講座の内容も彼らの満足するものにしたいし、彼らを大事にしたい。そして、コロナ禍で会えなくても、講座終了後はいつでもコンタクトできるようにしたいとも考えています。
だからこそ、彼らの声を今後の受講者にもしっかり伝えていきたいですね。
──マンツーマン指導を通して、新規事業の悩み以外に発見はありましたか。
やはり、イノベーションは部下をはじめ、他人任せではできないということです。
いくら経営層が新規事業への熱意を持ち、部署を立ち上げて社内で人材を集めたからと言って、それだけでうまくいくものではありません。
イノベーションは人から始まるものである以上、トップもわからないことがあったとしても現場に足を踏み入れ、ともにもがこうという姿勢は必要です。そうでなければ、任された人間も途方に暮れてしまいます。
誰が責任を取るのかもわからないような状態では、社内でもイノベーションや新規事業が重要視されることもなく、浮いた存在になってしまいます。
そうなると、企業の規模が大きくなればなるほど孤独感に苛まれます。あるいは、社内の説得が難しく実証実験まで進めないなど、ハードルも決して少なくありません。
それだけに、今回の講座に異業種から多種多様な人材が集い、私との対話や同じ受講生とのグループディスカッションを通して得られる関係は、同じ立場で挑戦しているという精神的な支えにもなるはずです。
個人的にも、イノベーションを起こすために大企業と中小企業、スタートアップのマッチングをするという目標があります。
イノベーション道場と今回私が新たに始める「ADIS(アンカー・デジタル・イノベーション・サロン)」も、その一環です。
ただ、いまの日本の現状ではイノベーションを起こすのが難しいのも確かです。
例えば、東京都内にある起業支援の施設の多くは、スタートアップと大企業で入居するフロアがわかれていたりします。地方も似たり寄ったりで、箱物行政による施設しかありません。
実際、大企業の社長はそれらの施設に何度足を運んでいるのでしょうか。現実としては、イノベーションを期待して箱だけ作り、企業が集まっているだけの施設に成り下がっています。
いくら立派な箱物をつくったところで、イノベーションは勝手に起こるわけではありませんから。

今後描くビジョン

──その問題を解決するためのイノベーション道場であり、ADISであると。
イノベーションは大企業だけでは生まれませんから、中小企業とスタートアップも一緒になり、金銭面でも支え合う体制が望まれます。
それこそが、まさしくオープンイノベーションであり、ADISの会員企業をマッチングすることで生み出そうと考えています。
加えて、ADISの運営企業であるデロイトトーマツは全国で5000社から6000社の会員企業を抱え、SMBCコンサルティングも1万5000社に及ぶ中小企業ネットワークを持っています。
さらに言えば、箱物行政の結果として作られた施設も、全国に100カ所ほどは存続しています。それらをインターネットでつなぐことで、従来の箱物行政のDX化も果たせるはずです。
過去20年ほどオープンイノベーションは声高に叫ばれながら、さしたる進歩はありませんでした。地方行政の作った施設から、大規模上場を果たしたような企業は生まれていません。
ADISはそんな現状に一石を投じるためにも、箱物行政のDX化を大きなポイントだと捉えています。
今までは地方ごとに税金を投入してきた全国の施設をつなぐことで、全国の知見を集結させ、マッチングの可能性も飛躍的に高まるはずです。
イノベーションという観点では日本全体がアメリカや中国から遅れを取っている状況にも関わらず、「地方で何とかしよう」という発想自体が、そもそも実情に即しているとは言えません。
幸い、デロイトトーマツが既にマッチングのソフトウェアを社内で開発したとのことで、すぐに会員企業のマッチングは実装できそうです。
さらにSMBCコンサルティングが従来構想していた、ゼロからスタートアップを立ち上げる起業家の支援も、コンテンツとして組み込んでいきます。
さらには、ADISではドリームチームと言えるメンバーによる月1回の講演を開催することで、地方だけでは得られないような知見が提供できるはずです。
日本で最大級のビジネスプロフェッショナルグループであるデロイトトーマツ、メガバンクグループの一角であるSMBCコンサルティングが関わることで、ようやく私自身の描く構想を実現できる布陣が整いました。
(構成:小谷紘友、写真:遠藤素子)