2021/6/4

【徹底解明】負のループ。なぜ成長企業ほど採用に失敗するのか

NewsPicks Brand Design editor
たくさんの便利な採用ツールが誕生し、採用チャネルも増えた。これだけ聞くと、採用は楽になったように見える。しかし、採用管理システム「sonar ATS」を提供するThinkings代表の吉田崇氏は「実態は違う」と否定する。「ツールが多くて作業が膨大になる」「通年採用で多忙を極め、応募者一人ひとりを見極める時間がない」など、負の影響もあるのだ。そこから、採用してもどんどん人が辞める負のループに陥る企業が後を絶たないという。
では、採用に「成功する企業」と「失敗する企業」には、どんな違いがあるのか。今、人事はどのような課題を抱えているのか。Thinkings吉田崇氏と、さまざまな採用施策を成功に導いたメルカリCHRO木下達夫氏が意見をかわす。

採用に成功する企業、失敗する企業

──最初に核心の質問からはじめましょう。ずばり、採用に「成功する企業」と「失敗する企業」には、どんな違いがありますか。
吉田崇(以下、吉田) 私たちは、国内800社以上に採用管理システム「sonar ATS」を提供しています。そのクライアント企業を見ていると、採用を大きく左右するのは「採用の解像度」ですね。
採用は、企業理念と個人理念の重なりを見つけていくものです。そこで採用の前に明確にしておくべきなのが、自分たち(企業)はどんな目標を持っている何者で、今の事業フェーズではどんな人材が必要なのか。それを踏まえてどのような採用活動をすべきか。
こういった「採用の解像度」が高ければ採用は成功するし、そうでないと失敗します。
木下達夫氏(以下、木下) メルカリでは創業当初より、カルチャーフィットをもっとも重視しています。
もちろん、事業フェーズにおいて必要なスキルを持ち合わせていることは大前提ですが、技術試験を行う、課題を提出してもらうなど、スキルの確認は比較的容易です。カルチャーはそれが難しい。
まず、自分たちはどんなカルチャーで、これからどんなカルチャーにしていきたいのか、その言語化が必要です。それができてはじめて、「メルカリのカルチャーに合うのはこんな人」という要素分解ができる。
吉田 カルチャーフィットも「採用の解像度」の重要な要素なので、その言語化を創業当初から実践されているのは理想的だと思います。
木下 具体的には、「新たな価値を生みだす世界的なマーケットプレイスを創る」というミッションへの共感。
さらに、「Go Bold=大胆にやろう」「All for One=全ては成功のために」「Be a Pro=プロフェッショナルであれ」という3つのバリューの体現を面接で見極める。
その上で、吉田さんの言う、企業理念と個人理念の重なりの確認ですね。事業戦略や成長戦略といった組織のWinと、成長する個人のWinが、高いレベルでシンクロする「Win- Win Max」の状態を目指しています。
このやり方のおかげで、事業と組織が急拡大する中で、高いエンゲージメント、一体感を保つことができました。そう考えると、カルチャーフィットの確かさは成功のひとつの鍵ではないかと思います。
吉田 とはいえ、カルチャーは「ふわっとした」感覚値・暗黙知にもなりがちです。どのように言語化されているのか興味があります。
木下 これは採用のためにはじめたことではありませんが、メルカリの組織、人材、働く環境に関する考え方をまとめた「カルチャードック」を2019年に社内リリースしました。
1700人規模になり、いよいよ「見える化」するフェーズになった。作ったのは最近ですが、これまで当たり前に行われてきたことを明文化している感覚です。それを必要に応じてアップデートしています。
吉田 素晴らしい取り組みですね。事業フェーズが変わりやすいスタートアップは、採用の解像度を上げる作業もメルカリさんのように頻繁に行うべきだと思います。
木下 そうなんですよね。これはどの成長企業も直面することだと思いますが、初期は常に戦略ピボットして勝ちパターンを見出すフェーズ。IPOをした後は、しっかりした中長期の戦略と、持続可能な仕組みをつくるフェーズになります。
この間、わずか数年という企業もざらですが、そのわずかな期間でゼロイチの立ち上げが得意な人材、安定した仕組みをつくるのが得意な人材、と求める人材がまったく変わってくるんですよ。
適宜アップデートしていかないと、「入社するときにはフェーズが変わっていた」ということにもなりかねません。

企業が採用に失敗する2つのパターン

──逆に、採用がうまくいかない企業にも特徴があるのでしょうか。
吉田 私の経験では、採用が失敗するループに陥る企業は2種類。企業のスピードに採用が追いつかない「成長企業」と、人が定着せずどんどん辞めていく「低エンゲージメント企業」です。
後者については、採用した人材どころか既存の人材まで辞めていく状態なので、職場環境やカルチャーなど、かなり根本的なところに企業として改善すべき課題があります。
木下 この場合、「採用の解像度」を上げる作業よりも改善を優先すべきですね。
吉田 そう思います。一方、前者の課題は純粋に採用です。多くの成長企業では、人事も人手不足です。すると、「通年採用への対応で常時採用が動いている」「採用チャネルやツールが増えて作業が膨大になる」と、要するに多忙を極めます。
それによって、「採用の解像度が低いまま、とりあえず採用活動をはじめてしまう」「応募者一人ひとりに時間をかけられないから、採用成功率が低い」「フィットするかの見極めが甘いから、せっかく採用した人も辞めていってしまう」「それをなんとかするために、さらに採用チャネルを増やす」と、負のループに陥るのです。
成長企業の代表であるメルカリさんがそうならないのは、なぜでしょうか。
木下 人事を「リクルーター」と「ハイアリングマネジメント(採用管理)」の2チームに分けていることが大きいかもしれません。
リクルーターチームは候補者への対応や社内でのリファラル推進に集中し、採用管理チームは面接官の研修や採用サーベイのPDCAを回すことに集中する。正直言って、どちらも兼任するのはハードですよ。
吉田 それは理想的な体制ですね。ある程度の規模がないと難しいかもしれませんが、その体制が作れている当社クライアント企業は、採用活動が順調なケースが多いです。

採用に成功する企業の特徴とは

──「採用に失敗する企業」にならないためには、採用の解像度を上げなくてはいけない。でも、人事にはその時間がない。この矛盾を解決するために、ほかにどんなことができるでしょうか。
吉田 「頑張る」という精神論ではない方法で、時間を捻出することです。私たちが提供する「sonar ATS」なら、多様な応募チャネルに集まったデータを一元管理し、チャネルごとに行っていた作業を集約できます。
また、応募者や職種ごとに自由に採用フローをデザインでき、エントリーシートの案内などそれぞれのフローで必要なオペレーション業務を自動化できるので、人事の負担が減る。
私たちが「sonar ATS」を開発した目的はまさにそこで、人事の負担を軽減することによって、「採用の解像度を上げる」本質的な採用活動に時間を割いていただきたいと思っています。
もうひとつ重要なのは、人事に採用を丸投げせず、経営や各部門も採用にコミットすること。これは負担軽減の意味合いだけではなく、採用力を強くするためにも重要です。
木下 まったく同感です。
メルカリでは部門が採用にコミットし、求人票なども部門の採用決裁者が記入します。また、「全員採用」といって、文字通り全メンバーで採用にコミットするスタイルです。コロナ禍でオンラインがメインですが、採用会食も積極的にサポートしています。
僕が思うに、本当に欲しい人材を採用しようと思ったら、オーナーは各部門が持って、人事がサポートにまわるくらいがちょうどいい。優秀な人材を口説く段階では、実際の部門の人間が出てきたほうが熱意も伝わるし、話が早いですからね。
全メンバーが「欲しい人材は自分で探しに行く」くらいの気概を持つのが理想です。
吉田 その理想に対して、メルカリさんの現状はどうですか。
木下 カンパニーOKR(高い目標を達成するための目標管理手法)に採用の項目を設けて、全社的にウォッチしているので、かなり近い状態にはなっていると思います。
ただ、採用にコミットする際に自戒を込めて注意したいのは、「今期は◯人採用する」という結果目標だけにしないこと。採用人数を目標にすると、無意識に「数合わせ」が起きて、採用のハードルを下げてしまうことがあるんです。
どの採用チャネルで何人の候補者プールがあれば、何人採用できるか。これは吉田さんが詳しい部分だと思いますが、ATS(採用管理システム)でかなり正確にシミュレーションできるんですよ。ATSを正しく分析に活用している企業は、確実に採用力が上がります。
吉田 ATSを活用した分析は重要ですね。私たちも、ATSの提供で培ったノウハウにより、「この職種ならこの応募チャネルが最適」といった、採用ツールの提案までできるようになりました。

遠回りなようで「実は近道」な採用施策とは

──さまざまな「採用成功の鍵」をお聞きしてきましたが、最後に、成功への一番の近道を教えてください。
木下 ある意味一番時間がかかることですが、「選ばれる企業」を目指すことだと思います。結局、「ここで働きたい」「仲間として活躍したい」と候補者に思われる企業になることが、回り道なようで一番の近道なんですよ。採用テクニックよりは、本質を磨くこと。
吉田 負のループに陥る例として挙げた「低エンゲージメント企業」に必要な打ち手ですね。
木下 そうです。企業としての魅力が磨かれれば、同時にエンプロイー・エクスペリエンス(EX=社員体験)も向上します。
メルカリでは、3ヶ月ごとに全メンバーに「自社を他の人に薦めたいと思うか」というサーベイをとっています。おかげさまで、継続的に良い結果が出ています。すると、社内のメンバーが優秀な人材を連れてきてくれる好循環が生まれる。
現在、リファラルが採用全体の約3割を占めています。東京オフィスにいるエンジニアの約半数がノンジャパニーズというダイバーシティが実現したのも、採用したメンバーが新しい人材を紹介してくれるからです。
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吉田 負のループに陥る企業とは真逆の好循環ですね。
私が考える成功への近道は、個人と企業は対等である、という基本を企業が強く意識して採用活動に取り組むこと。メルカリさんの「Win- Win Max」は、この考えに基づくものですよね。
長く続いた就職氷河期の影響もあって、数年前までは「採用してあげる」という感覚の企業も少なくありませんでした。
ですが、今は違う。企業の実態がわかる口コミサイトも多く、個人も企業を選べる時代になっています。それを理解して、どんどん情報開示する企業が採用力を上げている。
積極的に情報開示するためにも、魅力的な企業にならなくてはいけない。やはり、採用を成功させるには、覚悟と時間が必要です。そういった本質の部分に集中していただくためにも、私たちは「sonar ATS」を磨き上げ、「採用の解像度」を上げる支援をしていきたいと思います。